50歳の女性A、会社員の事例です。
事例の内容は以下の通りです。
- Aは不眠を主訴に来談した。81歳の母親Bと二人暮らしである。
- Bは3年前にAlzheimer型認知症と診断され、要介護2で週3回デイサービスに通所していた。
- 1か月前から、Bは家を空けると泥棒が入り預金通帳を盗まれると言って自宅から出なくなった。
- さらに、不眠で夜間に徘徊し、自らオムツを外して室内を汚すようになった。
- Aは介護と見守りのためにほとんど眠れないという。
この問題は介護保険法に定められた日常生活において介護を必要とする状態を意味する要介護認定(第27条)について問うているものです。
それに加え、医療的な見立て、法律的な理解が若干求められます。
解答のポイント
AおよびBの置かれた状況をきちんと把握することができ、求められる対応についてある程度見立てることができる。
選択肢の解説
『①Aがカウンセリングを受ける』
現在のAの不眠は心理的要因によるものではなく、Bの介護による面が大きく、具体的・現実的な問題と言えます。
カウンセリングでAの苦労を汲み取ることは可能かもしれませんが、現実的な環境に手を入れることが優先されるべき状況です。
介護疲れによるA自身の心身の不調、Bへの介護という閉ざされた状況で適切な判断ができなくなること、その結果生じるAとBとの関係性の悪化やそれに伴う暴力等の危険。
こうした問題が生じないとは言えない状況です。
起こっている問題が、心理的なものか、環境的なものか、きちんと見極めつつ支援を行っていくことが重要ですね。
災害時支援においても、いきなり心理的ケアをはじめようとするのではなく、生活環境が整うよう支援を行うことが重要とされています。
それは、心理的な問題に取り組んでいくためには、まずはライフライン等の最低限の安全が確保されていることが重要だからです。
この事例は介護の現実を示したものですが、やはり事情は同じだと思います。
まずは「介護と見守りのためにほとんど眠れない」というAの最低限の健康を保証できるようなアプローチが重要です。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
『②AがBと関わる時間を減らす』
これはもっともな助言ですが、それができれば苦労はしません。
事例の内容から「二人暮らし」であり、他の援助資源については明記されておりません。
明記されていないものを「ある」とすることはできませんので、Bへの介護はAが担わねばならない状況にあると判断します。
こうした状況において「関わる時間を減らしましょう」という助言は、Aを傷つけることはあっても楽にすることはありません。
おそらくAは「わかってもらえなかった」「この人は私の苦労をまったく理解していない」と感じることでしょう。
週2回デイサービスも「家から出なくなった」ことで途切れていると予想され、A自身も仕事をしていることを考えると心身の負担は相当なものであることは想像に難くありません。
この選択肢は「結果として目指すこと」として心理師の頭の中にあって良いのですが、助言として出すものではないと考えられます。
「関わる時間が減る」ような具体的・現実的な提案をしていくことが重要ですね。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
『③Aが地域活動支援センターに相談する』
地域活動支援センターとは、障害者自立支援法を根拠とする、障害によって働く事が困難な障害者の日中の活動をサポートする福祉施設です。
障害者自立支援法第5条第27項には「この法律において「地域活動支援センター」とは、障害者等を通わせ、創作的活動又は生産活動の機会の提供、社会との交流の促進その他の厚生労働省令で定める便宜を供与する施設をいう」とされております。
Bは「障害者」ではないので、地域活動支援センターの枠組みで支援を行うのは不適切となります。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
『④Aが介護支援専門員と共にBのケアプランを再検討する』
介護支援専門員とは、介護保険制度においてケアマネジメントを実施する有資格者のことを指し、要支援・要介護認定者およびその家族からの相談を受け、介護サービスの給付計画(ケアプラン)を作成し、自治体や他の介護サービス事業者との連絡、調整等を行います。
介護保険法第7条第5項には「要介護者又は要支援者(以下、要介護者等)からの相談に応じ、及び要介護者等がその心身の状況等に応じ各種サービス事業を行う者等との連絡調整等を行う者であって、要介護者等が自立した日常生活を営むのに必要な援助に関する専門的知識及び技術を有するものとして介護支援専門員証の交付を受けたもの」と定義されており、一般にケアマネと称されます。
介護支援専門員は、ケアプランの再検討を通してAの具体的・現実的環境の変更が可能な立場です。
「1か月前から、Bは家を空けると泥棒が入り預金通帳を盗まれると言って自宅から出なくなった」ためにデイサービスに通うことも難しくなっていると考えられ、元々のケアプランの実行が難しい状態にBがなっていると判断できます。
こうしたBの状態に合うようなケアプランの再検討が重要です。
また、Bは要介護2とされていますが、こちらは軽度の介護や補助が必要なレベルとされており、具体的には以下のような状態です。
- 身だしなみや居室の掃除などの身のまわりの世話の全般に何らかの介助(見守りや手助け)を必要とする。
- 立ち上がりや片足での立位保持などの複雑な動作に何らかの支えを必要とする。
- 歩行や両足での立位保持などの移動の動作に何らかの支えを必要とする。
- 排泄や食事に何らかの介助(見守りや手助け)を必要とすることがある。
- 混乱や理解低下がみられることがある。
読んだ印象としては、Bの状態はこちらよりも重いようにも感じられます。
介護保険法によると、要介護認定の更新申請及び区分変更申請の認定調査に限っては、指定居宅介護支援事業者、介護保険施設、介護支援専門員などに委託することができます(第28条第5項)。
介護支援専門員とケアプランを検討していく中で、要介護認定の区分変更申請などが話し合われることもあり得ますね。
このように、介護支援専門員と相談することで、現在のBへの支援内容を見直し、よりBの現状に合った環境に修正していくことが可能です。
こうした現実的な支援によってAの負担が軽減し、不眠をはじめとした心身の状態を改善させていくことが重要と言えます。
以上より、選択肢④が最も適切と判断できます。
『⑤Bが医療機関を受診し抗精神病薬による治療を受ける』
こちらは、Bの「1か月前から、Bは家を空けると泥棒が入り預金通帳を盗まれると言って自宅から出なくなった」という点から抗精神病薬による治療が必要と見た場合です。
ですがこちらは、認知症の被害妄想として頻繁に表れる「物盗られ妄想」であると考えられます。
Bがアルツハイマー型認知症であることは明示されていますし、物盗られ妄想は認知症による記憶障害と、認知症の症状を認めたくない不安によって生じる妄想とされております。
こちらの対応としては、話を聞く機会を増やし、不安感を軽減するなどが重要とされております。
また、選択肢にある「Bが医療機関を受診し」という表現にも違和感を覚えます。
まずBが外に出ようとしないことは明らかにされておりますし、不眠で夜間に徘徊していたり、排泄が自分で処理できないなどの状態を踏まえると、B自らが医療機関を受診することは困難なように思えます。
もちろんAが付き添うなどは考えられますが、選択肢の内容はBが自分から動くというニュアンスがあり、これは困難と言えます。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。