公認心理師 2024-142

アルコール関連の事例で見られる状態の理解に関する問題です。

本事例では、かなり典型的な状況を描いていますね。

問142 40歳の女性A、夫Bと二人暮らし。Bが健康診断で肝機能障害を指摘されたため、AはBの付き添いで総合病院に来院した。Bは2年前にアルコール関連の問題を起こし、職場で処分を受けた。しかし、その後も、Bの飲酒量は減らず、半年前から欠勤が増えている。Aは、飲酒を止めるように常に言い聞かせ、健康に配慮した食事を作るなど、懸命にBをサポートしている。一方で、酔ったBから暴力を受け、不眠がちになり、両親から離婚を勧められたが、「Bには私が必要だから」と言って同意しない。担当医はBの入院治療を提案したが、Aは、「私が世話をできるので入院は不要です」と言って、頑なに拒否する。
 Aの状態の理解として、最も適切なものを1つ選べ。
① 共依存
② 抑うつ
③ 誇大妄想
④ 情動麻痺
⑤ 見当識障害

選択肢の解説

① 共依存

本事例は、おそらくはアルコール依存症の夫と、その夫を懸命にサポートする妻という登場人物で作成されていますが、ポイントなのは「酔ったBから暴力を受け、不眠がちになり、両親から離婚を勧められたが、「Bには私が必要だから」と言って同意しない」や入院治療の提案について「「私が世話をできるので入院は不要です」と言って、頑なに拒否する」といった反応です。

こうした現象は、かつてからアルコール依存症者の家族に特有のものとして指摘されており、「アルコール依存症患者との関係に束縛された結果、自分の人生を台無しにされてしまっている人々」の特徴を説明するために「Co-alcoholic:アルコール依存症の家族」と看護師などの領域で用いられてきました。

アルコール依存症患者を世話・介護する家族らは、患者自身に依存し、また患者も介護する家族に依存しているような状態が見受けられることが、以前より経験則的にコメディカルらによって語られていたわけですが、こうした状態が後に「自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態」として「共依存」という概念が提出されるに至りました。

共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、そして相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平穏を保とうとしているとされており、本事例において暴力を受けても離婚を考えないこと、入院治療という支援の手が自ら離れる状況を拒否すること等が見られますが、これも共依存ゆえの反応であると考えるのが妥当です。

共依存にある状況では、依存症患者がパートナーに依存し、またパートナーも患者のケアに依存するために、その環境(人間関係)が持続すると言われており、典型例としては、アルコール依存の夫は妻に多くの迷惑をかけるが、同時に妻は夫の飲酒問題の尻拭いに自分の価値を見出しているような状態で、まさに本事例もこうした仕組みがあり得ます。

こういった共依存者は一見献身的・自己犠牲的に見えるが、しかし実際には患者を回復させるような活動を拒み(イネーブリングと呼ぶ)、結果として患者が自立する機会を阻害しているという自己中心性を秘めているとされています。

以上のように、本事例の状況はまさに「共依存」の典型的なものであり、共依存概念を用いることで、事例の不可解な言動(離婚を拒否する、入院治療を拒否する)が説明可能になります。

よって、選択肢①が適切と判断できます。

② 抑うつ
③ 誇大妄想
④ 情動麻痺
⑤ 見当識障害

さて、先述の通り、本事例は共依存の典型的な様相を呈しているわけですが、それ以外の概念を用いて本事例の特徴的な現象(「酔ったBから暴力を受け、不眠がちになり、両親から離婚を勧められたが、「Bには私が必要だから」と言って同意しない」や入院治療の提案について「「私が世話をできるので入院は不要です」と言って、頑なに拒否する」)を説明できないか検証していきましょう。

まずはここで挙げられている状態・概念について簡単にまとめていきましょう。

  • 誇大妄想:自己の能力、資質の優位を過剰に信ずるものであり、妄想性障害、統合失調症、躁状態などで出現する割合が高いです。己が有名で、全能で、裕福で、何かの力に満ちているという幻想的な信念を特徴としており、その妄想は一般的に幻想的であり、典型的には宗教的、SF、超自然的なテーマを持っています。
    例えば、自分の力や権威について架空の信念を持っている人は、自分は王族のように扱われるべき支配的な君主であると信じているなど、誇大妄想とそれと関連した誇大さの程度には、さまざまな人や病理の程度において違いがあるものです。
  • 情動麻痺:ショックで悲しみや喜びなどが表現不能になった状態を指します。類似したものとしては「感情鈍麻」があり、こちらは統合失調症や器質性精神障害などに見られる、文字通り感情の発現が鈍い状態です。情動麻痺は天災などの突発的な出来事の後、急性に感情表出が無い状態が生じることを言います。
    例えば、地震や火事の直後に、放心状態で驚きも悲しみも見せないままに座り込んでいる状態を指します。小さな子どもが、はずみで悪いことをしてしまった場合もこんな感じが見て取れますね。本当に悪いことをしたときは、謝るという行為ができなくなるくらい衝撃を受けるわけです。
  • 見当識障害:脳損傷によって今いる時間や場所を定位することが困難になる障害のことを指します。健忘症や認知症に伴って生じることが多いとされています。時間の見当識障害は、年月日や季節、曜日あるいは時間がわからなくなる病態であり、時間見当識障害とも呼ばれます。場所の見当識障害は、今いる地域や市区町村、あるいは施設やその中での部屋の位置がわからなくなる病態です。これに既知の人物が誤って認識する人物の見当識障害を含めることもあります。場所や人物の見当識障害の一つに、街並失認や相貌失認などの失認症があります。

Aに誇大妄想的な様子は見られませんし(「Bには私が必要」というのは誇大的と言うほどではないし、ある意味それは間違ってはいない。もっと言えば、間違っていないことが問題なのだが)、困った考え(暴力を受けてもしがみつく、入院を認めない)などはありますが、これは見当識障害と表現して良いものではありません。

また、情動麻痺については、事例のAに感情の発露が鈍い状態は見受けられません(おそらく、正常な判断ができなくなっているということの説明として「情動麻痺」という概念を引っ張ってきて迷わせようとしていると思われますが、違いますね)。

これらに加えて、選択肢②の「抑うつ」については、DSM-5の抑うつエピソードを引用しましょう。


A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分、または(2)興味または喜びの喪失である。
注:明らかに他の医学的疾患に起因する症状は含まない。

  1. その人自身の言葉(例:悲しみ、空虚感、または絶望感を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているようにみる)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。 (注:子どもや青年では易怒的な気分もありうる)
  2. ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明、または他者の観察によって示される)
  3. 食事療法をしていないのに、有意の体重減少、または体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)、またはほとんど毎日の食欲の減退または増加(注:子どもの場合、期待される体重増加がみられないことも考慮せよ)
  4. ほとんど毎日の不眠または過眠
  5. ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的でないもの)
  6. ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退
  7. ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある、単に自分をとがめること、または病気になったことに対する罪悪感ではない)
  8. 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言葉による、または他者によって観察される)
  9. 死についての反復思考(死の恐怖だけではない)。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画

アルコール依存症の妻が抑うつ的になっていくことはあり得ることですが、本事例では上記のような抑うつエピソードに該当する状態像は確認できませんね。

なお、本事例を共依存であると見なした場合、むしろ、他者より共依存という関係を否定されたり責められると抑うつ的になることがあり得ます。

ただその場合においても、どちらかと言えば抑うつ的になるよりも、より相手にしがみつくという依存性が高まる可能性の方が大きいかもしれないですね。

以上より、選択肢②、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。

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