BeauchampとChildressが提唱した医療倫理の4原則に関する問題です。
こういう概念は問題を作りやすいですね。
問39 T.L.BeauchampとJ.F.Childressが提唱した医療倫理の4原則に該当しないものを1つ選べ。
① 正義
② 説明
③ 善行
④ 無危害
⑤ 自律尊重
解答のポイント
T.L.BeauchampとJ.F.Childressが提唱した医療倫理の4原則を把握している。
選択肢の解説
① 正義
③ 善行
④ 無危害
⑤ 自律尊重
アメリカでは医学実験を巡るスキャンダルの暴露を契機に「国家委員会」による「ベルモントレポート」が公表され、医学実験の倫理的な原則として、人格の尊重、慈恵(善行・仁恵)、正義の3つが確立されましたが、これを継承したBeauchampとChildressはその著書「生命医学倫理の諸原則」で、医学実験だけでなく医学・医療全般の倫理的諸問題を考察するための4原則を明示しました。
※アメリカの「生物医学および行動学研究の対象者保護のための国家委員会(National Commission for the Protection of Human Subjects of Biomedical and Behavioral Research」によって作成された報告書。このベルモント・レポートは、ヒトを対象とした研究のための倫理的原則とガイドラインを要約したもので、米国の臨床試験において被験者を保護する原則として最も基本的で重要なものとされている。
この考え方は、倫理学的にはRossの「一応の義務(prima facie duties)」に由来します。
ロスは著作で、道徳的に正しい行為とは以下の義務を守るもののことであるとしています。
- 誠実の義務:約束を守る
- 補償の義務:他人に与えた損害を補償する
- 正義(公正)の義務:幸福の分配に関する義務
- 善行の義務:他人に善をもたらす
- 改善の義務:自分の状態を改善する
- 感謝の義務:受けた恩恵に対するもの
- 無危害の義務:他人に不当な侵害をしない
他にもっと優先すべき重要な義務がない場合は、これらの義務を守るべきであるという意味で、これを「一応の義務」と言います。
ビーチャムらによれば、一般に道徳生活の基盤を成し、多くの倫理理論で共有されている倫理諸原則が医療倫理の原則でもあります。
その4原則は以下の通りです。
- 自律尊重:自律的な「患者」個人の意思決定を尊重せよ
- 無危害:「患者に」害を引き起こすことを避けよ
- 慈恵(善行・仁恵):「患者に」益を与え、リスクやコストを比較考量せよ
- 正義:益、リスク、コストを公平に配分せよ
これら4原則が医療倫理の諸問題を分析・考察するための理論的枠組みになります。
なお、これらの原則の間には優先づけの関係は成り立たず、どの原則や規則にも絶対的拘束力はなく、具体的事例に関係した暫定的な拘束しか認められないとされています。
自律尊重の原則は、患者が自分の身体について自分で決定するという権利で、パターナリズム(強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援すること)的倫理を拒否する原理です。
この原則が真っ先に取り上げられているのは、欧米の生命倫理がこれをことのほか重視しているからです。
自立原則では、自らの生命に関する問題について人間は自分で決定する権利があるとします。
インフォームドコンセントとは、この自律原則を出自として誕生した意思決定の在り方でした。
無危害の原則は、古来からの「医の倫理」の第一命令でもあります。
この無危害の原則を、善行の原則に含めて、危害を加えることを差し控え、悪を避けたり除去したりすること、および積極的に全を増進させる義務として捉えるFrankenaのような見解もあります。
しかし、ビーチャムとチルドレスは無危害原則として、これを「他者への普遍的義務」としています。
それに対して、危害の予防・除去のような積極的行為を「善行原則」に入れて、このような善を増進させたり他者を助ける行為は無危害原則よりも緩やかな原則であり、多くの場合、医師であるとか親であるとかの特定の役割に伴う責務に関わるものとしています。
慈恵(善行)の原則は、一切の医療行為への道徳的動機で、慈悲の心で他人を助けるという宗教的徳とも結びつきます。
他人にとって正当な利益の範囲を超えて他人の利益を促進することが重要であり、そこには、積極的に危害を予防したり除去したりする義務も含まれています。
前述の通り、その点で、単に危害を加えないことを要請する無危害原則からは区別される一方で、施す側の主観的親切心・同情心を超えて、相手にとっての善を実際にもたらすことを要請するものです。
ビーチャムとチルドレスによれば、善行原則には、善の提供を要請する第一原則と、それに加えて利益と危害のつり合いを要請する第二原則があるとされています。
第一原則は「積極的慈恵原則」と呼べるのに対して、第二原則は「功利原理」の一形態と言えます。
ただし、後者は総和としての利益の最大化を優先する功利原理に還元されるものではありません。
たとえ被験者にリスクが伴っても、医学研究によって社会全体の利益が増進されれば良いわけではなく、つり合いとして配慮すべきものには個人の権利や配分の正義も含まれるからです。
正義は、益、リスク、コストを公平に配分せよという原則です。
「社会的な利益と負担は正義の要求(各人にその正当な持ち分を与えようとする不変かつ不断の意思)と一致するように配分されなければならない」というものであり、医療においては限られた医療資源(医療施設・医療機器・医薬品・医療従事者など)をいかに適正に配分するかというテーマになります。
この原則主義に対しては、諸原則をただ並置するだけで、それら原則間の連関を示す統一理論を欠いているという問題点が指摘できます。
他方では、患者の自律などよりも医師の徳に目を向け、義務よりも理想を説く徳倫理の立場からの批判、また臨床が直面する具体的な倫理問題に対処するには事例に照らして道徳判断と意思決定を下すような臨床倫理学が求められるという立場(決疑論)からの批判、更には、臨床の個々の事例では患者をはじめとする個人の具体的な人生が語られているから、この物語に耳を傾ける術こそ大切であるとする物語倫理学や、権利や正義よりも他者を思いやるケアを中心におくケア倫理学からの批判もあります。
以上のように、BeauchampとChildressが提唱した医療倫理の4原則を概説しました。
よって、選択肢①、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤はこの4原則に該当するため、除外することになります。
② 説明
上述の通り、説明はBeauchampとChildressが提唱した医療倫理の4原則に含まれておりません。
自律尊重の原則でも述べましたが、説明を基盤とするインフォームドコンセント(医療行為を受ける前に、医師および看護師から医療行為について、わかりやすく十分な説明を受け、それに対して患者は疑問があれば解消し、内容について十分納得した上で、その医療行為に同意すること)はこの原則を出自としています。
インフォームドコンセントという概念の前提として、こうした医療倫理の原則があるという理解が求められているということになりますね。
よって、選択肢②はBeauchampとChildressが提唱した医療倫理の4原則に該当しませんから、こちらを選択することになります。
いつもお世話になっております。
「これらの原則の間には優先づけの関係は成り立たず」、
例えば、患者が輸血を拒否する信仰を持っている場合で、意識不明、交通事故など事前に意思確認ができていなかった場合、輸血をすべきかどうか、延命を図るかどうか、は難しい課題ですよね。
すみません。試験とは関係のない質問になりました。