問3に続いて自殺予防の問題になっています。
本問は「ポストベンション」という用語に関する理解が問われています。
この用語はブループリントに直接的な記載はありませんが、その概念を理解していれば「自殺予防」に含有されていると判断できますから、大枠では「ブループリントに記載がある」と見なすことができますね。
問4 ある医療機関で入院患者が自殺し、3日後に同じ病棟の患者が続けて自殺した。この病棟における自殺のポストベンションについて、最も適切なものを1つ選べ。
① 第一発見者のケアを優先する。
② 患者の担当以外の病棟スタッフは対象にならない。
③ 自殺の原因を特定し、病棟の問題を解決することが目的である。
④ 入院患者と医療スタッフが当該自殺に関する率直な感情を表現する機会を設ける。
⑤ 守秘義務のため、亡くなった患者と親しかった他の患者には自殺について伝えない。
解答のポイント
ポストベンションの目的や具体的な内容について理解していること。
必要な知識・選択肢の解説
本問のキーワードは「ポストベンション」です(2020-3でも出てきましたね)。
疾病の予防は一次予防、二次予防、三次予防に分類されますが、自殺の背後にはしばしば精神障害が存在していることや、自殺そのものを疾病と捉えることができないなどの理由から、自殺予防の場合はプリベンション(prevention)、インターベンション(intervention)、ポストベンション(postvention)という用語の予防の3段階を表します。
ポストベンションは、不幸にして自殺が生じてしまった場合に、遺された人々に及ぼす心理的影響を可能な限り小さくする対策を取ることを意味しています。
想像してもらえればわかると思いますが、他の死に方ではそう思いませんが、自殺が生じたときには「死なれてしまった」という感覚になります。
つまり「~されてしまった」という受身の感覚が生じやすく、これは心的外傷を生じやすくする心的構えと言えます(心的外傷的出来事は常に受身的体験であることが基本)。
現在の日本では、実際に行われていることのほとんどがインターベンションであって、インターベンションやポストベンションとなるとごく限られた範囲で行われているにすぎません。
ですが、特にポストベンションは次の世代へのプリベンションとも言える対応ですから、きちんとその方向性について理解しておくことが重要です。
ポストベンションについては安全衛生情報センターのホームページに「自殺後に遺された人への対応」としてポストベンションで行うべきことがまとまって記載されています。
ここでの解説は、こちらの記述も参考にしながら行っていきます。
① 第一発見者のケアを優先する。
自殺にとくに影響を受ける可能性のある人としては、以下の人が挙げられています。
- 故人と強い絆があった人
- 精神疾患にかかっている人
- これまでに自殺を図ったことがある人
- 第一発見者、搬送者
- 故人と境遇が似ている人
- 自殺が起きたことに責任を感じている人
- 葬儀でとくに打ちひしがれていた人
- 知人の自殺が生じた後、態度が変化した人
- さまざまな問題を抱えている人
- サポートが十分に得られない人
このように、自殺の第一発見者はハイリスクと見なして個別に支援を検討することは言うまでもありません。
一方で、ポストベンションは組織を含めた大枠での自殺予防の概念ですから、その範囲はもっと広くとってあります。
患者の自殺が生じた場合、①遺族、②他の患者、③医療・看護スタッフ、④担当の医師・看護師がポストベンションでのケアの対象となります。
なお、割り振った数字は重要度の順番ではありません。
ケアの優先度は、置かれた状況や亡くなった患者の特徴等によって変動することは言うまでもありませんね。
このようにポストベンションの対象は、第一発見者に「限定されない」ということが言えます。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
② 患者の担当以外の病棟スタッフは対象にならない。
先述の通り、患者の自殺が生じた場合、①遺族、②他の患者、③医療・看護スタッフ、④担当の医師・看護師がポストベンションでのケアの対象となります。
この中の「医療・看護スタッフ」は、患者の担当以外の病棟スタッフということであり、こちらもポストベンションの対象となります。
患者が自殺しても、現場でもそれまでと変わらずに医療・看護を提供していくことが求められます。
事実、患者が自殺しても、それでも何とかやっていける大きな要因は「次の患者が待っているから」だと思います(それでも結構な期間は堪えます)。
精神科で働いている、特に医師に関しては自殺を経験することも少なからずあるでしょうし、多くが「こころのお墓」をもっているものです。
しかし、例えば、特に若いスタッフが「それまでと変わらずに医療・看護を提供していく姿」を見ることで、「昨日まで治療していた患者が亡くなったのに、みんな前と変わらずにいるのはおかしい」と怒りに似た感情を抱くことが考えられます
あるいは、職場で誰かが冗談を言い合っている場面に出くわしたり、宴会の話などが出たりすると、「自殺した直後なのに不謹慎だ」と怒りを覚える人もいるかもしれませんので、適切な振り返りの場を与えていくことが大切になります。
患者の自殺直後は、医療者は患者等に対するケアは考えていますが、自分の感情に適切に向き合うだけの余裕も時間もありません。
ですから、ポストベンションではまずは最低でも以下の点に配慮する必要があります。
- 自分自身の持っているサポートシステムを活用する。
- 信頼できる同僚、スーパーバイザー、家族、友人に、今回の経験やそれに伴う率直な感情について話を聞いてもらう。
- 自分に起きている身体的・精神的な変化に十分に注意を払う。
- 同じように患者の自殺を経験したことのある医療者と話す。
- 患者を自殺で失った他の医療者について報告された文献を読む。
- 精神的に不安定になっているならば、しばらく休暇を取る。
まずはこうした対応が求められます。
また、ある程度時間が経って、感情の混乱がおさまった段階で、信頼できる専門家に助言を求め、自殺した患者の治療経過について詳しく提示し、今後この種の悲劇を再び起こさないようにするにはどうすればよいかを検討してきます。
具体的には、進行役を決めて「懸命に治療にあたってきた患者の死という事態から、自分たちは何を考え、得て、次の治療に活かすのか」という視点のもと、検討会を進めていきます。
この際、病棟単位での症例検討や個人レベルので症例検討など、規模は必要性に応じてさまざまです(それぞれの詳しい内容は選択肢③で述べていきます)。
このように、患者の担当以外の病棟スタッフもポストベンションの対象となることがわかりますね。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 自殺の原因を特定し、病棟の問題を解決することが目的である。
既に述べたとおり、ポストベンションは、不幸にして自殺が生じてしまった場合に、遺された人々に及ぼす心理的影響を可能な限り小さくする対策を取ることを目的として行われます。
この点でそもそも本選択肢の内容に誤りがあることがわかりますね。
なお、このポストベンションの基本的姿勢は選択肢②で述べた症例検討の中でも実践されます。
自殺が起こった場合、関係するスタッフが集まって症例検討する機会をもちます。
往々にして、責任の所在を明らかにするような言動が出てきますが、肝心なのは、あくまでも将来に向けた建設的な雰囲気の中で症例を検討するという姿勢であり、犯人捜しなどの雰囲気を作ることはあってはなりません。
もちろん、症例検討ですから、自殺した患者についての経過を検討し、医療記録も踏み込んでの再検討を行うことで、自殺の原因を探ることが可能です。
ですが、これが目的なのではなく、そこから治療や看護の面で自殺を予防する手立てが他になかったかを探っていくことが大切です。
つまり、こうした症例検討の目的は、患者の自殺が再発するのを防ぐためにどのような改善策が必要かを見出す点にあります。
本選択肢の「病棟の問題を解決することが目的」という現在にのみ目を向けたものではなく、これからの未来に向けての対応ということになりますし、それが「ポストベンションがプリベンションになる」ということです。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
④ 入院患者と医療スタッフが当該自殺に関する率直な感情を表現する機会を設ける。
ポストベンションの重要な目的は、関係者の複雑な感情をありのままに表現する機会を与えることです。
わが国では自殺が起きても、まるで何事もなかったかのように振る舞ったり、時が過ぎることだけが問題を解決する唯一の方法であると考えたりする傾向が未だに強いようです。
しかし、その間にも、遺された人は衝撃を受けて、さまざまな問題を呈しかねません。
こうした状況においては、自殺した人と何らかのつながりがあった人々が集まって、お互いの率直な気持ちを語り合い、分かち合うことが重要です。
複雑な感情を抱いているのが自分だけではないと知るだけでも、負担が軽くなったと感じる人は少なくありません。
ただし、中には自分の感情を言葉に表せない人もいるので、全員が必ず話さなければならないといった強制的な雰囲気を作ってはなりません。
率直な気持ちを話すことも自由だし、他の人々の話を黙って聞いている自由もあることを保証しておきます。
おそらくこの選択肢を除外した人の中には、サイコロジスト・ファーストエイドで繰り返し述べられている「心的外傷的出来事の直後にその体験について語るよう促す(=デブリーフィング)のは不適切な行為である」という事実を根拠とした人がいたのではないかと思います。
確かにここには矛盾があるように感じられると思いますので、この辺も解消しておくことが解説では求められますね。
そもそもデブリーフィングとは被災地で支援にあたったアメリカの消防士が、(おそらくは)自分たちに対する支援の必要性を感じて作り上げたものです。
その消防士が心理の大学院に入ってデブリーフィングを作ったという経緯から、元々は消防士、警察官、軍人等に対するPTSD予防の早期介入技法でした。
その後、一般の被災者にも適用できるものとして広く知られるようになり、阪神・淡路大震災を契機に日本にも紹介されました。
しかし21世紀に入った頃から、心理的デブリーフィングがPTSDの予防に有効ではない、あるいはかえって悪化させることがあるという研究が相次いで発表されるようになりました。
その問題点の一つはタイミングで、被災直後の安全が確保されていない時期に言語化すること、あるいは他の人の語りを耳にすることにより、トラウマ反応がかえって強化されてしまう可能性が指摘されています。
もう一つの問題点は回数で、PTSDの発症には個人の歴史、その人をとりまく現在の環境が多大な影響を与えますから1、2回の介入でそれらにアプローチするのは、まず不可能であろうということです。
ですが、ここで元々のデブリーフィングが、先述した特定の任務に従事する職能集団に対するものであるということを理解しておきたいところです。
こうした集団に対してのものが一般の被害者や被災者に対して援用されたため、多くの研究で示されたような問題点が出てきたと思われます。
本問の場合、そもそもポストベンションの対象となるのは、自殺した人物の身近にいる人たちになります。
これはデブリーフィングが効果があったとされる状況と類似しており、もちろん語らない自由を認めた上で、実施することでの効果が期待できる状況と言えます。
中井久夫先生はデブリーフィングの価値として、区切りや締めくくりといった「終結(入門)儀式」として有効であるとしています。
本問の状況では、自殺に関わった人たちがどのように自殺について「締めくくるのか」が重要であると考えられますから、率直な感情を表現する機会を設けることはとても大切であると言えますね。
以上より、本選択肢が最も適切であると判断できます。
⑤ 守秘義務のため、亡くなった患者と親しかった他の患者には自殺について伝えない。
自殺は家族に深刻な影響を及ぼすが、自殺した人をよく知っている他の患者にも強い打撃を与えます。
他の患者も同じような病気を抱えているために、同様の危険因子を抱えていることを考えてみれば、よく理解できると思います。
本問の状況でも、既に群発自殺(自殺、自殺未遂、またはその双方が、通常以上の頻度で、時間的かつ空間的に近接して発生する現象のこと)が生じたという設定になっていますね。
群発自殺には2つの自殺行動のピークが存在するとされています。
まずは発端としてある人物の自殺、自殺未遂が生じ、それを知った親しい人物に第一波の一連の自殺行動が生じます。
なお、こうした自殺行動の場合、最初の発端となった自殺者と同様の手段や場所を用いる傾向が強いとされています。
次の段階では、マスメディアによって美化、誇張、過度の一般化が行われて報道されると、直接交流のない同年齢で同種の問題を抱えた人々の間に第二波の自殺衝動が生じてきます。
この種の行動には被暗示性や共感性が絡んでくるので、思春期や若年成人期で顕著に見られます。
本問は、第一波の群発自殺が生じたという設定ですね。
このように自殺が起こった場合、自殺者と親しかった人は自殺リスクが高いと見なすのが自然です。
よって、他の患者たちをどう支援していくかが大切になってきます。
本選択肢では「守秘義務のため」とありますが、自殺が生じたという事実を必死になって隠そうとしたところであっという間に噂や憶測でほぼ全員に知れ渡ってしまいます。
たしかに衝撃的ではありますが、自殺が起きたという事実を淡々と伝えて、それに動揺している人がいるならば、個別・具体的に働きかけていくことが賢明です。
具体的な働きかけ方について述べていきましょう。
まず大切なのは、伝えたときにその反応が把握しやすい人数で集まってもらい、伝えるということです。
自殺の事実を伝えると少なからず他の患者には動揺が走るはずです。
大勢がいる場で伝えてしまうと、こうした個々の患者の動揺を把握することができにくくなってしまいます。
そのため、10数人程度のグループや病室単位に伝えていき、人数によっては反応を見落とさないための補助者も入れるなどの対応が重要になっていきます。
この点は他の領域でも活用されていて、例えば、学校現場で事件や事故を伝える際、全校集会かクラスごとかという選択がありますが、個々人の反応を見るならクラスごとになります。
しかし、現場ではそうもいかないことが多いので、全校集会後にクラスで再度情報を伝えて様子を見てもらうなどの対応を取ります。
そして情報を伝えるときには、あくまでも事実を淡々と話すべきであって、故人を非難したり、貶めるような発言をしてはなりません。
また、逆に故人の生前の様子をあまりにも美化して語ることで、病的同一化を促進させてしまい逆効果になり得ることを知っておくことが大切です。
その他、これから起こり得る反応について説明すること、ハイリスク群(親しかった、自殺経験がある、自殺前後で態度が変わるなど)を同定して個別に支援にあたること等が、親しかった患者に行う支援となります。
本選択肢の「亡くなった患者と親しかった他の患者」というだけで十分ハイリスクであると見なすことができ、積極的に支援の手を差し伸べる必要があります。
このように、亡くなった患者と親しかった他の患者には、きちんと事実を中立的に伝えていくこと、その上で状態を把握して支援にあたることが大切と言えます。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。