公認心理師 2019-64

問64は身体的・精神的問題が見られない高齢者の「眠れない」という訴えへの助言に関する問題です。
この辺は治療という枠組みではなく、養生という捉え方をしつつ関わることが大切になります。
カウンセラーにとって養生という捉え方は欠かすことはできないものです。

問64 75歳の男性A。総合病院の内科で高血圧症の治療を受けている以外は身体疾患はない。起床時間は日によって異なる。日中はテレビを見るなどして過ごし、ほとんど外出しない。午後6時頃に夕食をとり、午後8時には床に就く生活であるが、床に就いてもなかなか眠れないため、同じ病院の精神科外来を受診した。診察時に実施した改訂長谷川式簡易知能評価スケール〈HDS-R〉は27点であった。診察した医師は薬物療法を保留し、院内の公認心理師に心理的支援を指示した。
 Aに対する助言として、最も適切なものを1つ選べ。
①寝酒は寝つきに有効かもしれません。
②眠くなるまで布団に入らないようにしましょう。
③1時間程度の昼寝で睡眠不足を補ってください。
④健康のために、少なくとも8時間の睡眠が必要です。
⑤午前中に1時間くらいのジョギングをしてみましょう。

まず事例の基本的な事柄として、

  • 高血圧症以外には身体疾患は見られない。
  • 長谷川式の点数からも認知症は否定される(9項目30点満点で、20点以下だと「認知症疑い」となる)。
  • 医師も薬物療法を保留にしている。
…などの点を踏まえて解いていくことが重要になります。
ちなみに長谷川式については、こちらでまとめているので押さえておきましょう。
こちらの問題は厚生労働省のこちらのページを把握しているか否かになりそうです。
といっても、そこからの引用だけでは味気ないので、おそらくは一般にはされないだろうという方向性からも解説を述べていきましょう。

解答のポイント

高齢者の睡眠に関する複数の知見を把握していること。
特に関連する厚生労働省のページを見ておくと良い。

選択肢の解説

①寝酒は寝つきに有効かもしれません。

資格試験的な解説は後半に載せていますから、そこしか興味のない方は前半は読み飛ばしてください。

選択肢②で詳しく述べますが、事例で示されているような睡眠の変化は生理的なものと見なすのが自然です。

よって、こちらから行う専門的操作についても、日常的・常識的・非特異的な範囲のものに留めておくことが支援における倫理と言えるでしょう。
神田橋條治先生は、その名著「精神療法面接のコツ」において以下のように述べておられます。
「専門的操作技術は劇薬だと心得、少量を恐る恐る用いるのを習慣にしてほしい。この領域での用心のコツは二点である。その一は、専門的操作技術は、序列の最上位になる主体の自助活動を傷害することがないように、である。その二は、異物としての専門的操作技術は、抱え環境の一部であり、それに従属しつつ機能すべき存在なのだから、母屋を乗っ取ることがないように、である」

そしてこの前提に沿いながらの基本姿勢として以下のように述べておられます。
「わたくしは、精神療法面接では患者の生活への意欲と能力とを「引き出す」「妨げない」「障害を取り除く」ことが目標であり、診断面接では同質のことを二人関係という狭い範囲内で行うのである」

さて、神田橋先生が言われるように「引き出す」「妨げない」「障害を取り除く」ことが目標であるならば、事例Aの生活にもともとなかった(と思われる)酒という異物を組み込んでいくことは、かなり強いアプローチだと言えるでしょう
先述の通り、事例Aの睡眠変化は加齢による自然現象と見なすことができますから、それに対してそこまでの強いアプローチは適切と言えないと思われます

更に、酒という方法を提示することについての連想を述べておきます。
中井久夫先生が嗜癖について述べられていることを引用します。

「嗜癖となるのは用い方次第であるということだろう。酒であろうがセックスであろうが他の何であろうが、楽しむということは、ゼロから出発してプラスに向かう行動である。それは満足感と共におのずと終息に向かう。ストレス解消とはマイナスから出発してゼロに近づく行動である。そしていくらゼロに近づけようとしても、ゼロにはならず、マイナスのまま留まる。それをゼロにしようとする行動はますます強い渇きを生むであろう。手段が何であれ同じである」

この視点で捉えると、本事例で酒を勧めるのは明らかに「ストレス解消」という意味合いの方が強いことがわかります。
これは酒の量が増えていくといった危険もなくはないと言えます
しかも自然現象に逆らうようにして酒を飲ませるとなると、むしろネガティブな変化が出ないかが心配なくらいです。

もしも支援者として何かを飲むように勧めるとすれば、私なら1杯のホットミルクを勧めます。
「人肌ほどの温かさのミルクは睡眠誘導剤1錠の値打ちがある」というのは中井先生の言です(こちらに載っています)

他にも睡眠への助言はいくつかあります(高齢者という限定はないけど、条件が合うならその都度伝えるようにしている内容です)。

  • 過ぎ去った睡魔を追いかけようとしない。2時間くらいおきに睡魔はやってくるので、追いかけずに、それを待つ方が良い。
    「眠りは鳩のようなものだ。追いかけると逃げ、静かに手を差し伸べているといつの間にかとまっている」(スイスの精神療法家デュボス)
  • 睡眠は基本的に2日で収支を合わせると良い。短い時間しか眠れなかった日は、次の日に少し長めに眠れると良い。眠れなかったことをクヨクヨしないこと。
  • お昼の1時から3時まで、30分以内の昼寝は夜の睡眠への影響はない。中国人をはじめ人類の半分以上は昼寝をしている。
  • 早く起きてしまうのが心理的要因、例えば、早朝の大震災を経験した人に地震があった時刻の直前に目覚めるという人が少なからずいる。そういう場合は、「明日は○時まで寝ていても大丈夫だよ」と自分に命令してあげると効果的。
…などでしょうか。

こういう助言はとても日常的なものですが、それ故に使われる場面も結構多いものです。
こころの専門家でありますが、こころと身体の繋がり(心身一如という言葉がありますね)を意識した支援を行っていくことが大切です。
特に睡眠は心理的支援の「有能で老練な助手」ですからね。

それと一応、資格試験的な解説もしておきましょう。
事例Aは高血圧症がありますから、酒を勧めるのはあまりよろしくありませんね
高血圧との関係 アルコールは血圧を一時的に下げることもありますが、長い間、飲み続けると、血圧を上げ、高血圧症の原因になると考えられています。
多くの研究で、日々の飲酒量が多いほど血圧の平均値が上がって、高血圧症になるリスクも高まることがはっきりしてきました。

また厚生労働省のこちらのページに、睡眠とアルコールに関する知見として「睡眠薬がわりに飲用されることの多いアルコールも決して勧められません。アルコールは寝付きをよくしますが、明け方の睡眠を妨げるからです」とあります。
睡眠という視点でもアルコールを勧めることが望ましくないことがわかりますね。


以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

②眠くなるまで布団に入らないようにしましょう。

冒頭で紹介したページにほぼ答えとなるような記述が見られましたので転記します。
以下の通りです。
年齢とともに睡眠は変化します。
健康な高齢者の方でも睡眠が浅くなり、中途覚醒や早朝覚醒が増加します。
高齢者における睡眠変化の第一は、高齢者では若い頃にくらべて早寝早起きになることです。
これは体内時計の加齢変化によるもので、睡眠だけではなく、血圧・体温・ホルモン分泌など睡眠を支える多くの生体機能リズムが前倒しになります。
したがって高齢者の早朝覚醒それ自体は病気ではありません。
眠気が出たら床につき、朝方に目が覚めて二度寝ができないようであれば床から出て朝の時間を有意義に使いましょう
早寝早起きは結構ですが、眠気がないのに「やることがないから寝床に入る」ことはやめましょう
寝つきは悪くなりますし、中途覚醒が増えてしまいます。
年齢を重ねるごとに実際に眠れる時間は短くなります。
若い頃の睡眠時間を望むのは無い物ねだりと言えましょう。
一方で寝床にいる時間はどうでしょうか。
高齢者ほど寝床に入っている時間が長いことが分かっています。
睡眠時間が短くなるのに寝床にいる時間が長くなる…
結果として眠れぬままに寝床でうつらうつらしている時間が増えて睡眠の満足度も低下してしまいます
これらの記述から、事例の男性Aへの助言として本選択肢が適切である可能性が高いと見なせます
事例の記述を見直してみても、「起床時間が日によって異なる」のは眠くないのに寝床に入ることで睡眠の質が低下した可能性、「午後8時には床に就く」のは睡眠時間が短くなるのに床に入るのは早いということに該当しますね
医師がこの可能性を見越して薬物療法を保留にし、公認心理師に回したという可能性も考えられます
こうした助言を行っていく上で同時に必要になってくる可能性があるのが、こうした高齢者の睡眠の変化についての心理教育です。
幸い長谷川式での結果からも認知症は否定されていますし、入眠時の助言と併せて高齢者の自然な睡眠の変化について話し合っていくこともあり得る対応と言えましょう。
ただし、長年の習慣をなかなか変えられないというのも高齢者臨床では理解しておくことが大切ですから、無理強いにならぬよう伝えたときの反応やそのニュアンスを大事にしつつ進めることが必要です。
以上より、選択肢②の助言が最も適切であると判断できます。

③1時間程度の昼寝で睡眠不足を補ってください。

上記でも述べていますが、昼寝の助言は「お昼の1時から3時まで、30分以内の昼寝は夜の睡眠への影響はない」というのが正しいです。
選択肢にある「1時間程度」というのは長すぎで、夜の睡眠に影響が出てしまう可能性が高まります
65歳以上の高齢者に30分の昼寝をとってもらうと午後の眠気が改善し、覚醒度や作業成績も上昇する、夜間睡眠も良好になることが報告されています(こちらのページに論文の詳細が載っています)。

ただし、本事例において昼間に睡魔が出てきているかどうかが示されておりません。
上記のような助言は、そういった昼寝に関する話題の中でなされることが重要であり、事例内でテーマになっている夜の睡眠に対する助言(つまり選択肢②の助言)が先になると思われます
「そんなこと言ったって、眠くならないんだもん」という場合もあるでしょうから、選択肢②の優先される助言を行い、その後のアプローチとして本選択肢の内容は考えておくことが大切ですね

とにかく、助言の方向性としてはあり得ますが、昼寝の時間が長すぎるのでいただけません。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④健康のために、少なくとも8時間の睡眠が必要です。

これは無茶な要求というものです。
先述の通り、高齢者の睡眠が短くなるのは生理現象の一つです。
以下の表を見てみましょう。

こちらからもわかるとおり、75歳の平均6時間未満の睡眠時間になります
そもそも8時間以上眠るということ自体、ある程度の年齢になると難しいものです。
本選択肢の助言は、睡眠時間に関する年齢変化を把握していないために完全に間違った情報を与えていることになります

本事例から離れたことについて一つ。
上記で「睡眠は基本的に2日で収支を合わせると良い」としましたが、この基本ラインは6時間程度です。
つまり4時間しか眠れない日があったら、次の日は8時間眠れるくらいの時間を確保する、ということです(最低の睡眠時間は4時間という説がある。だけど2日続けての4時間はよろしくない)。
こちらの助言は高齢者に対してではなく、成人一般に対しての予防的助言として行うことかなと思っています。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤午前中に1時間くらいのジョギングをしてみましょう。

まず「なぜこの選択肢が問題の一部として採用されたのか」を考えてみましょう。
おそらく「総合病院の内科で高血圧症の治療を受けている」という点だと思われます
選択肢の設定には必ず理由があり、この選択肢では「高血圧症の治療として運動療法がある」という論理に基づいてまず考えてみるのが専門家としての捉え方だと思います

高血圧治療の基本は生活習慣の修正(運動療法・食事療法)と薬物治療があります。
運動療法として、運動の頻度は定期的に(できれば毎日)実施し、運動量は30分以上、強度は中等度(ややきつい)の有酸素運動が一般的に勧められています。
運動療法により降圧効果が得られ、高血圧症が改善されます。

運動を実施する上での注意点としては、準備・整理運動は十分に行うこと、メディカルチェックを受けて虚血性心疾患・心不全などの心血管合併症がないことを確認し、運動療法の可否を確認した後に、個人の基礎体力・年齢・体重・健康状態などを踏まえて運動量を設定する必要があります
本選択肢の助言は、高血圧症の人へのそれとしては適切なものと言えるでしょう。
しかし、やはり75歳という年齢の人に勧めるには躊躇してしまいます(A個人の基礎体力等についての記述が全く無いので)。
また、そもそも本事例の主訴は「床に就いてもなかなか眠れないこと」です。
高血圧症の治療がテーマではないので、本選択肢の内容では主訴と助言に齟齬があると言えます

本選択肢が設定された理由を、素朴に「眠れない人に運動をさせ、身体疲労がある中で眠れば睡眠も取りやすいだろう」という視点で考える方もおられるかもしれません。
その論理についても考えてみましょう。
この点についても厚生労働省のこちらのページに記載がありました。

国内外の疫学研究(数千人を対象とした質問紙調査)において、運動習慣がある人には不眠が少ないことがわかっています。
とくに睡眠の維持に習慣的な運動の効果があるようです。

運動の内容も睡眠に影響します。
1回の運動だけでは効果が弱く、習慣的に続けることが重要です。
その効果として、寝付きがよくなるのと深い睡眠が得られるようになります。
特に高齢者など普段から不眠がちな人に効果が大きいようです
ただし、激しい運動は逆に睡眠を妨げますので、負担が少なく長続きするような有酸素運動(早足の散歩や軽いランニングなど)が良いでしょう。

効果的なのは夕方から夜(就寝の3時間くらい前)の運動だと言われています
就寝の数時間前に運動によって脳の温度を一過性に上げてやることがポイントです
そうすると床にはいるときの脳温の低下量が運動をしないときに比べて大きくなります
睡眠は脳の温度が低下するときに出現しやすくなるので、結果として快眠が得られやすくなる訳です。
ただし就寝直前の運動は体を興奮させてしまうので禁物です。


この視点で考えたとしても、やはり本選択肢の助言は「運動をする時間」に瑕疵があることがわかります(夕方以降が効果的なのに、午前中にするよう伝えてしまっている)

すなわち、本選択肢が設定された理由として考えられるのは以下の2点ですが、いずれの理由であろうが不適切と言えるわけです。

  1. 高血圧症があることを前提とした助言:高血圧症に対する助言としては正しいが、そもそもそれが主訴じゃないのでクライエントのニーズとずれてしまっている。
  2. 運動によって睡眠を深められるという前提での助言:運動を勧めるということ自体は間違っていないが、運動をする時間に関して誤りがある。
これらより、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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