中枢性統合の弱さを示す病態を選択する問題です。
明確に過去問で示されている内容になっていますね。
問26 DSM-5の神経発達症群/神経発達障害群のうち、細部に注意がいき過ぎて全体を捉えられない中枢性統合の弱さのために、固執傾向や文脈の読み取りにくさなどがある病態として、最も適切なものを1つ選べ。
① トゥレット症/トゥレット障害
② 注意欠如多動症/注意欠如多動性障害
③ 発達性協調運動症/発達性運動協調障害
④ 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害
⑤ コミュニケーション症/コミュニケーション障害
選択肢の解説
④ 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害
まずはDSM-5の診断基準を確認しておきましょう。
A.複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人相互反応における持続的な欠陥があり、現時点または病歴によって、以下により明らかになる(以下の例は一例であり、網羅したものではない)。
- 相互の対人的-情緒的関係の欠落で、例えば、対人的に異常な近づき方や通常の会話のやりとりのできないことといったものから、興味、情動、または感情を共有することの少なさ、社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ。
- 対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥、例えば、まとまりのわるい言語的、非言語的コミュニケーションから、視線を合わせることと身振りの異常、または身振りの理解やその使用の欠陥、顔の表情や非言語的コミュニケーションの完全な欠陥に及ぶ。
- 人間関係を発展させ、維持し、それを理解することの欠陥で、例えば、さまざまな社会的状況に合った行動に調整することの困難さから、想像遊びを他者と一緒にしたり友人を作ることの困難さ、または仲間に対する興味の欠如に及ぶ。
B.行動、興味、または活動の限定された反復的な様式で、現在または病歴によって、以下の少なくとも2つにより明らかになる(以下の例は一例であり、網羅したものではない)。
- 常同的または反復的な身体の運動、物の使用、または会話(例:おもちゃを一列に並べたり物を叩いたりするなどの単調な常同運動、反響言語、独特な言い回し)。
- 同一性への固執、習慣への頑ななこだわり、または言語的、非言語的な儀式的行動様式(例:小さな変化に対する極度の苦痛、移行することの困難さ、柔軟性に欠ける思考様式、儀式のようなあいさつの習慣、毎日同じ道順をたどったり、同じ食物を食べたりすることへの要求)。
- 強度または対象において異常なほど、きわめて限定され執着する興味(例:一般的ではない対象への強い愛着または没頭、過度に限局したまたは固執した興味)。
- 感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、または環境の感覚的側面に対する並外れた興味(例:痛みや体温に無関心のように見える、特定の音または触感に逆の反応をする、対象を過度に嗅いだり触れたりする、光または動きを見ることに熱中する)。
C.症状は発達早期に存在していなければならない(しかし社会的要求が能力の限界を超えるまでは症状は完全に明らかにならないかもしれないし、その後の生活で学んだ対応の仕方によって隠されている場合もある)。
D.その症状は、社会的、職業的、または他の重要な領域における現在の機能に臨床的に意味のある障害を引き起こしている。
E.これらの障害は、知的能力障害または全般的発達遅延ではうまく説明されない。知的能力障害と自閉スペクトラム症はしばしば同時に起こり、自閉スペクトラム症と知的能力障害の併存の診断を下すためには、社会的コミュニケーションが全般的な発達の水準から期待されるものより下回っていなければならない。
こうしたDSM-5の記述の中には、本問で挙げられている「固執傾向や文脈の読み取りにくさ」が示されていますね。
また、ASDは「社会的コミュニケーションおよび社会的相互作用の障害」と「限定した興味と反復行動ならびに感覚異常」を主症状する症候群でありますが、こうした症状を説明する代表的な理論としては、こころの理論障害仮説の流れを汲む「共感‐システム化理論(EmpathizingSystemizing Theory)」「実行機能理論(ExecutiveFunction Theory)」「弱い中枢性統合(全体的統合 )理論(Weak Central Coherence Theory)」「社会脳理論(Social Brain Theory)」などがあります。
本問で示されている「細部に注意がいき過ぎて全体を捉えられない中枢性統合の弱さ」というのは、こうしたいくつかある仮説のうちの一つであり、以下ではこの弱い中枢性統合理論について概説します。
中枢性統合(全体的統合:Central Coherence)とは、入力される情報を文脈(もしくは状況、背景、一連の流れ)の中で処理する傾向のことを指します。
この意味を捉えようとする傾向、つまり情報を意味のある全体にまとめ上げようとする動機が弱いというのが「弱い中枢性統合(Weak Central Coherence)」とされています。
この理論はどういうことを意味しているのか、具体的な例をあげて説明すると、AさんがBさんと一緒に中華料理を食べに行ったという状況で、そこで野菜の盛り合わせが運ばれて来たが、Aさんは白い大きな大根を食べようとしました。
するとBさんに「いきなり頭から食べるんだ」と笑われたAさんは、そこで初めて羽がキュウリで尻尾がニンジンというように、野菜が鳥の姿に盛り付けられていて、大きな大根は鳥の頭を模していたのだと気がつきました。
このような「木を見て森を見ない」という全体を処理せずに細部に注目した処理をする傾向が、ASDにおける弱い中枢性統合理論の中核であるとしています。
ASDの弱い中枢性統合に関するメカニズムについては、脳機能の観点から説明がなされています。
この理論を提唱しているFrithは、注意をつかさどる前頭葉の機能障害ゆえに、弱い中枢性統合
が生じているとしています。
実際に、中枢性統合を測定するといわれる埋め込み図形課題(Embedded Figure課題)を実施したときに、ASD群は前頭葉があまり活動せず、目から入ってきた低次の視覚情報を処理する後頭葉が活動し、さらにこれらの部位の結合性も低いという報告があります。
このような脳内での情報の統合や処理の結果、ASDの弱い中枢性統合が生じると推測されています。
上記を踏まえれば、本問の「DSM-5の神経発達症群/神経発達障害群のうち、細部に注意がいき過ぎて全体を捉えられない中枢性統合の弱さのために、固執傾向や文脈の読み取りにくさなどがある病態」は自閉症スペクトラム障害であることがわかります。
よって、選択肢④が適切と判断できます。
① トゥレット症/トゥレット障害
まずはDSM-5の基準を見ていきましょう。
A.多彩な運動チック、および1つまたはそれ以上の音声チックの両方が、同時に存在するとは限らないが、疾患のある時期に存在したことがある。
B.チックの頻度は増減することがあるが、最初にチックが始まってから1年以上は持続している。
C.発症は18歳以前である。
D.この障害は物質(例:コカイン)の生理学的作用または他の医学的疾患(例:ハンチントン病、ウイルス性脳炎)によるものではない。
上記の基準からは、本問の「細部に注意がいき過ぎて全体を捉えられない中枢性統合の弱さのために、固執傾向や文脈の読み取りにくさなどがある病態」と合致しないことがわかりますね。
チックの原因としてICD-10では、以下のような事柄が指摘されています。
- 気質要因:チックは不安、興奮、強い疲労によって悪化し、落ち着いて集中しているときは改善します。放課後や夜に自宅でくつろいでいるときよりも、学校や仕事で作業に従事しているときのほうが、症状が少ないかもしれません。学校のテストや刺激的な活動に参加する日は、しばしば悪化します。
- 環境要因:相手の身振りや音声を、意図せず真似する場合があります。権威のある立場の人(例:教師、監督者、警察官)とかかわる際には、問題になるかもしれません。
- 遺伝要因と生理学的要因:遺伝要因と環境要因はチック症状の表出と重症度に影響します。また、トゥレット症の重要なリスク対立遺伝子と、チック症のある人の家族にみられる遺伝子変異は同じものです。出産の際に生じた合併症、父親の高年齢、低出生体重、妊娠中の母親の喫煙が、チックの重症度の悪化に関連しています。
こうした内容も本問が求めている内容とは合致しないですね。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 注意欠如多動症/注意欠如多動性障害
まずDSM-5におけるADHDの診断基準をチェックしておきましょう。
A. (1)および/または(2)によって特徴づけられる、不注意および/または多動性‐衝動性の持続的な様式で、機能または発達の妨げとなっているもの
(1)不注意:以下の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月持続したことがあり、その程度は発達の水準に不相応で、社会的および学業的/職業的活動に直接、悪影響を及ぼすほどである。
注:それらの症状は、単なる反抗的行動、挑戦、敵意の表れではなく、課題や指示を理解できないことでもない。青年期後期および成人(17歳以上)では、少なくとも5つ以上の症状が必要である。
(a)学業、仕事、または他の活動中に、しばしば綿密に注意することができない、または不注意な間違いをする(例:細部を見過ごしたり、見逃してしまう、作業が不正確である)。
(b)課題または遊びの活動中に、しばしば注意を持続することが困難である(例:講義、会話、または長時間の読書に集中し続けることが難しい)。
(c)直接話しかけられたときに、しばしば聞いていないように見える(例:明らかな注意を逸らすものがない状況でさえ、心がどこか他所にあるように見える)。
(d)しばしば指示に従えず、学業、用事、職場での義務をやり遂げることができない(例:課題を始めるがすぐに集中できなくなる、また容易に脱線する)。
(e)課題や活動を順序立てることがしばしば困難である(例:一連の課題を遂行することが難しい、資料や持ち物を整理しておくことが難しい、作業が乱雑でまとまりがない、時間の管理が苦手、締め切りを守れない)。
(f)精神的努力の持続を要する課題(例:学業や宿題、青年期後期および成人では報告書の作成、書類に漏れなく記入すること、長い文書を見直すこと)に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいや行う。
(g)課題や活動に必要なもの(例:学校教材、鉛筆、本、道具、財布、鍵、書類、眼鏡、携帯電話)をしばしばなくしてしまう。
(h)しばしば外的な刺激(青年期後期および成人では無関係な考えも含まれる)によってすぐ気が散ってしまう。
(i)しばしば日々の活動(例:用事を足すこと、お使いをすること、青年期後期および成人では、電話を折り返しかけること、お金の支払い、会合の約束を守ること)で忘れっぽい。
(2)多動性および衝動性:以下の症状のうち6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月持続したことがあり、その程度は発達の水準に不相応で、社会的および学業的/職業的活動に直接、悪影響を及ぼすほどである。
注:それらの症状は、単なる反抗的行動、挑戦、敵意などの表れではなく、課題や指示を理解できないことでもない。青年期後期および成人(17歳以上)では、少なくとも5つ以上の症状が必要である。
(a)しばしば手足をそわそわと動かしたりトントン叩いたりする。またはいすの上でもじもじする。
(b)席についていることが求められる場面でしばしば席を離れる(例:教室、職場、その他の作業場所で、またはそこにとどまることを要求される他の場面で、自分の場所を離れる)。
(c)不適切な状況でしばしば走り回ったり高い所へ登ったりする(注:青年または成人では、落ち着かない感じのみに限られるかもしれない)。
(d)静かに遊んだり余暇活動につくことがしばしばできない。
(e)しばしば“じっとしていない”、またはまるで“エンジンで動かされるように”行動する(例:レストランや会議に長時間とどまることができないかまたは不快に感じる;他の人達には、落ち着かないとか、一緒にいることが困難と感じられるかもしれない)。
(f)しばしばしゃべりすぎる。
(g)しばしば質問が終わる前にだし抜いて答え始めてしまう(例:他の人達の言葉の続きを言ってしまう;会話で自分の番を待つことができない)。
(h)しばしば自分の順番を待つことが困難である(例:列に並んでいるとき)。
(i)しばしば他人を妨害し、邪魔する(例:会話、ゲーム、または活動に干渉する;相手に聞かずにまたは許可を得ずに他人の物を使い始めるかもしれない;青年または成人では、他人のしていることに口出ししたり、横取りすることがあるかもしれない)。
B.不注意または多動性‐衝動性の症状のうちいくつかが12歳になる前から存在していた。
C.不注意または多動性‐衝動性の症状のうちいくつかが2つ以上の状況(例:家庭、学校、職場;友人や親戚といるとき;その他の活動中)において存在する。
D.これらの症状が、社会的、学業的または職業的機能を損なわせているまたはその質を低下させているという明確な証拠がある。
E.その症状は、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中に起こるものではなく、他の精神疾患(例:気分障害、不安症、解離症、パーソナリティ障害、物質中毒または離脱)ではうまく説明されない。
本問で問われているのは「細部に注意がいき過ぎて全体を捉えられない中枢性統合の弱さのために、固執傾向や文脈の読み取りにくさなどがある病態」であるか否かですが、上記の診断基準からはこうした病態は確認できませんね。
ADHDの基本的特徴は「機能または発達を妨げるほどの、不注意と多動性‐衝動性、またそのいずれかの持続的な様式」になりますから、問われている内容とは異なることがわかるはずです。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 発達性協調運動症/発達性運動協調障害
まずはDSM-5の基準を確認していきましょう。
A.協調運動技能の獲得や遂行が、その人の生活年齢や技能の学習および使用の機会に応じて期待されているものよりも明らかに劣っている。その困難さは、不器用(例:物を落とす、または物にぶつかる)、運動技能(例:物を掴む、はさみや刃物を使う、書字、自転車に乗る、スポーツに参加する)の遂行における遅さと不正確さによって明らかになる。
B.診断基準Aにおける運動技能の欠如は、生活年齢にふさわしい日常生活動作(例:自己管理、自己保全)を著明および持続的に妨げており、学業または学校での生産性、就労前および就労後の活動、余暇、および遊びに影響を与えている。
C.この症状の始まりは発達段階早期である。
D.この運動技能の欠如は、知的能力障害(知的発達症)や視力障害によってはうまく説明されず、運動に影響を与える神経疾患(例:脳性麻痺、筋ジストロフィー、変性疾患)によるものではない。
本問で問われているのは「細部に注意がいき過ぎて全体を捉えられない中枢性統合の弱さのために、固執傾向や文脈の読み取りにくさなどがある病態」であるか否かですが、上記の診断基準からはこうした病態は確認できませんね。
発達性協調運動症の診断は、病歴、身体検査、学校又は職場からの報告、および心理測定的に妥当性があり、文化的に適切な標準化されて検査を用いてなされた個別的評価を臨床的に総合判断することによって下されます。
このように、発達性協調運動症の診断的特徴や診断までの経緯において、中枢性統合の弱さ、固執傾向や文脈の読み取りにくさなどが留意されることはありません。
以上より、選択肢③は不適切と判断できます。
⑤ コミュニケーション症/コミュニケーション障害
こちらの選択肢については、ちょっとわかりにくい内容になっています。
DSM-5には「コミュニケーション症群/コミュニケーション障害群」という、言語、会話、およびコミュニケーションの欠陥に関する群が設定されています。
ここで言う「会話」とは、音の表出性産出であり、個人の構音、流暢性、音声、共鳴の質を含むものであり、「言語」とは、形式、機能、および記号(例:話し言葉、手話、書いた言葉、絵)をコミュニケーションのための規則に従ったやり方で慣習的に使用すること、「コミュニケーション」は意図的であるか否かに関わらず、あらゆる言語的または非言語的行動であって、他者の行動、考え、または態度に影響を与えるものを指します。
こうした「コミュニケーション症群/コミュニケーション障害群」には、①言語症/言語障害、②語音症/語音障害、③小児期発症流暢症(吃音)/小児期発症流暢障害(吃音)、④社会的(語用論的)コミュニケーション症/社会的(語用論的)コミュニケーション障害、⑤特定不能のコミュニケーション症/特定不能のコミュニケーション障害が含まれます。
上記からもわかると思いますが、本選択肢の「コミュニケーション症/コミュニケーション障害」という名称の診断名および基準は設定されていないということなんですね。
ですが、上記で述べたように「言語、会話、およびコミュニケーションの欠陥に関する群」とするならば、本問の「細部に注意がいき過ぎて全体を捉えられない中枢性統合の弱さのために、固執傾向や文脈の読み取りにくさなどがある病態」ではないことがわかると思います。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。