アルコール依存症者の支援の方法に関する問題です。
依存症に限らずですが、極端に見える支援法にも意義があり、その意義を理解しつつ事例や状況に合わせた運用が重要になります。
問25 アルコール依存症者の支援において、最初から断酒を目指すのではなく、飲酒がもたらす心身や社会生活への悪影響の緩和を目的とする方法として、最も適切なものを1つ選べ。
① ゼロトレランス
② セルフコントロール
③ ハームリダクション
④ リスクマネジメント
⑤ リスクコミュニケーション
解答のポイント
アルコール依存症者への支援方針について把握している。
選択肢の解説
① ゼロトレランス
③ ハームリダクション
ゼロトレランスとは、元々は品質管理における理念の一つであり、「わずかな不具合も見逃さず、不良品を徹底的に排除すること」を指します。
そして、このゼロトレランスの考え方を教育に採用した考え方として「ゼロトレランス方式」があります。
この「ゼロトレランス方式」とは、クリントン政権以来、米国の学校現場に導入されている教育理念及び教育実践を表現したもので、学校規律の違反行為に対するペナルティーの適用を基準化し、これを厳格に適用することで学校規律の維持を図ろうとする考え方であり、軽微な違反行為を放置すればより重大な違反行為に発展するという「破れ窓理論」による説明も見られます。
「ゼロトレランス方式」については、直訳では「寛容度ゼロ」となることから「規律違反=放校」という厳罰主義・管理徹底主義の言い換えにすぎないなどの評価をされることが多かったわけですが、その後のアメリカにおける成果等を踏まえると、施策の名称はともかく、その根底にある「(処罰)基準の明確化とその公正な運用」という理念そのものは、学校規律という身近で基本的な規範の維持を指導・浸透させる過程で、児童生徒の規範意識(一定の規範に従って行動するという意識)を育成するという観点から、日本の生徒指導の在り方を考える上でも参考とすべき点が少なくないものと考えられています。
さて、こうしたゼロトレランスの考え方は、アルコール依存症支援にも採用されています。
「薬物ダメ、ゼッタイ!」という標語に代表されるような、「悪いものは完全に絶つ」という考え方・対応を「ゼロトレランス」と呼び、アルコール依存症の文脈で言えば少しでも飲んだらダメというものですね。
こうした「ゼロトレランス」に対して、「完全にやめられなくても、周囲におよぼす害(ハーム)を減らせればいい」という「ハーム・リダクション」という考え方が生まれてきました。
そもそもハーム・リダクション(harm reduction)とは、個人が健康被害や危険をもたらす行動習慣(合法・違法を問わない)をただちにやめることができないとき、その行動に伴う害や危険をできるかぎり少なくすることを目的としてとられる、公衆衛生上の実践、指針、政策を指します。
主に嗜癖・依存症に対するものを指すことが多く、直訳すれば「害 (harm)の低減 (reduction)」となり、そもそもはオランダの薬物乱用者らが、自分たちの健康と安全を維持するために始めた活動に由来しています。
国際ハーム・リダクション協会が提唱するハームリダクションの定義は以下の通りです。
- 合法・違法にかかわらず、精神作用性のある薬物(広義ではアルコールやたばこも含まれる)について、必ずしもその使用量は減ることがなくとも、その使用により生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを主たる目的とする政策・プログラム実践。
- ハームリダクションは、薬物使用者やその家族、そしてそのコミュニティに対して寛容さをもって問題を軽減する、現実直視の低減政策・プログラム。
ただし、これは上記NGOが採用する定義であり、各国や各地域の政府によってこの用語の使用法には幅があって、国によっては薬物使用の予防や、薬物依存のリハビリテーションを意味する場合もあります(本問の使用は後者に近い感じですね)。
ハームリダクションの実施が多い欧州では、「飲酒問題を起こさないようにする」「やめさせることよりも、治療につながり続けることが大切」「その人の健康を守ることを基本に接していくことが大切」という観点から、血液検査の肝臓の数値を指標にしたり、対象者が大量飲酒できなくなる環境を作るなどの「節酒」ハームリダクションが実施されています。
こうしたハームリダクションに対する批判として、ハイリスク行動や違法行為について断罪せず認めることは、その目的が害の低減のための第一ステップであるにせよ、その行動や行為が「肯定的に認められている」という誤ったメッセージを送ることになるという意見があり、これは先述のゼロトレランスの批判を裏返したものであるとも言えますね。
重要なのは、どちらのやり方が「正しい」ということではなく、その人や状況によって刻々と適切な対応が「変化する」という認識であり、どのようなやり方も好き嫌いせずに納め、活用できるようにしていくことだと思います。
本問では「最初から断酒を目指すのではなく、飲酒がもたらす心身や社会生活への悪影響の緩和を目的とする方法」を選択するわけですから、上記ではハームリダクションが合致していることがわかりますね。
以上より、選択肢①は不適切と判断でき、選択肢③が適切と判断できます。
② セルフコントロール
④ リスクマネジメント
⑤ リスクコミュニケーション
セルフコントロール(自己制御)とは、外界の認知や将来の結果の予期に基づいて、環境に適応するように自己の行動を統制することを指します。
効果的な自己制御には、自己の行動を評価し変化させる基準(目標)、制御すべき行動に注意を向けること(自己モニタリング)、現状を基準に合致させようとする動機づけが必要であるとされています。
自己制御する能力が低い者の特徴として、欲望や感情を抑えにくい、計画的な行動が苦手である、衝動性が高く、遅延された大きな報酬よりも目の前の小さな報酬を求めやすいことがあげられます。
例えば、目の前に置かれた菓子を一定時間食べずに我慢して待つ課題(マシュマロテスト)では、自己制御する能力の低い年少児ほど、待つことができる時間が短いことが示されています。
こうした視点から、自己制御は「短期的利得が長期的損失あるいは(短期的利得以上に得られる)長期的利得と対立する状況下において、長期的結果を選ぶ能力」と見なす向きもあり、たとえばアルコール依存症の患者では、飲酒をセルフコントロールする能力が喪失しているため、自分では飲酒をやめることができなくなり長期的には健康を害してしまうという説明ができるわけです。
自己制御する能力は、認知発達に伴って高まるものの、幼少期の自己制御値向が青年期まで持続することが報告されています。
そもそもアルコール依存症では、セルフコントロールの範疇を超えて自制が効かなくなるような状態になっていると説明されることが多く、その視点から言えば「セルフコントロール」が依存症治療の中核にくるというのはあり得ない話ではないかなと思っています。
重要なのは「セルフコントロールが困難になった状態において、どのような支援を行っていくか」ということになるでしょうし、その視点からさまざまな支援の形が出てきているように思うのです。
リスク分析はリスク評価、リスク管理およびリスクコミュニケーションの三つの要素からなっており、これらが相互に作用し合うことによってリスク分析はよりよい結果が得られます。
リスクコミュニケーションとは、リスク分析の全過程において、リスク管理者、消費者、事業者、行政担当者、研究者、その他の関係者などの関係者の間で、情報や意見をお互いに交換しようというものです。
つまり、リスクコミュニケーションとは有事のときに組織内外のステークホルダー(利害関係者)と適切なコミュニケーションを図ること、そのための準備を平時から進めることを指すわけですね。
リスク・危機が発生したとき、迅速なコミュニケーションを取りながら問題の解決に当たることが、負の影響を最小限にとどめることにつながります。
リスクコミュニケーションのあり方を定めている組織の一つが、アメリカ疫病予防管理センター(CDC)で、有事が生じた際の対策の方法として「危機と緊急時のリスクコミュニケーション(Crisis&Emergency Risk Communication:CERC)」を設定し、公開しています(その冒頭部分にはリスクコミュニケーションにおける6つの原則が提示されています)。
- Be First(迅速に情報を発信する)
- Be Right(正しい情報のみ発信する)
- Be Credible(信頼性のある情報を発信する)
- Express Empathy(人々に共感を持つ)
- Promote Action(人々の行動を促進する)
- Show Respect(人々に敬意を持つ)
この6つの原則で強調されているのは、情報を素早く適切に発信すること、人々・関係者と共にリスクに向き合おうとする姿勢です。
以上のように、選択肢⑤のリスクコミュニケーションは、実際にリスクが生じたときに、関係者間でコミュニケーションを取って情報共有を行ってリスクに向き合うことを指すわけです(火事の場合、消火・避難を迅速に行えるように、関係者間でコミュニケーションを取れる体制を事前に構築しておくこと)。
このリスクコミュニケーションとよく似た概念として選択肢④のリスクマネジメントがありますが、こちらは主に企業経営において、想定されるリスクを管理し、損失を回避もしくは低減させる取り組みを指します。
実際にリスクが起こったときにその被害を回避する、被害をできるだけ抑えるために講じる対策・方法のことを指すということです(火事の場合、消火活動の手順に従った行動を素早く取れるように、事前に消火訓練を重ねること)。
こうした「リスクマネジメント」にしても「リスクコミュニケーション」にしても、企業等や組織論などで用いられることが多い概念であり、依存症治療の中で用いられることは聞いたことがありません(私がないだけで、用いられているのかもしれません)。
アルコール依存症の既往がある人を雇用するときには、頭の片隅で考えねばならないことなのかも…などと想像しました。
以上のように、「最初から断酒を目指すのではなく、飲酒がもたらす心身や社会生活への悪影響の緩和を目的とする方法」としてセルフコントロール、リスクマネジメント、リスクコミュニケーションは該当しないと考えられます。
よって、選択肢②、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。