事例の病態から、最も適切な診断基準を備えた障害を選択する問題です。
虐待があること、対人関係の持ち方などを踏まえて判断することになります。
問138 7歳の女児A、小学1年生。両親による身体的虐待やネグレクトにより4歳から児童養護施設で生活している。Aは、学業成績に問題はなく、質問への返答も的確である。その一方で、施設入所以来、笑うことがなく、苦痛や不平を一切訴えることがない。また、他人と交流せず孤立しており、Aはそれを苦痛に感じていないようであった。ある日、Aが学校で継続的ないじめを受けていることが発覚した。加害児童は、「Aは話しかけても無視するし、全然笑ってくれない」と話した。施設の担当職員に対しては入所時よりも若干柔らかい表情を示すようになってきている。
DSM- 5の診断基準から考えられるAの病態として、最も適切なものを1つ選べ。
① 脱抑制型対人交流障害
② 心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉
③ 反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害
④ 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害〈ASD〉
⑤ 小児期発症流暢症(吃音)/小児期発症流暢障害(吃音)
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解答のポイント
各障害の診断基準を踏まえ、事例に該当するものを選択する。
選択肢の解説
① 脱抑制型対人交流障害
ここではまずDSM-5における脱抑制性対人交流障害の診断基準を示しましょう。
A.以下のうち少なくとも2つによって示される、見慣れない大人に積極的に近づき交流する子どもの行動様式:
- 見慣れない大人に近づき交流することへのためらいの減少または欠如
- 過度に馴れ馴れしい言語的または身体的行動(文化的に認められた、年齢相応の社会的規範を逸脱している)
- たとえ不慣れな状況であっても、遠くに離れて行った後に大人の養育者を振り返って確認することの減少または欠如
- 最小限に、または何のためらいもなく、見慣れない大人に進んでついて行こうとする。
B.基準Aにあげた行動は注意欠如・多動症で認められるような衝動性に限定されず、社会的な脱抑制行動を含む。
C.その子どもは以下の少なくとも1つによって示される不十分な養育の極端な様式を経験している。
- 安楽、刺激、および愛情に対する基本的な情動欲求が養育する大人によって満たされることが持続的に欠落するという形の社会的ネグレクトまたは剥奪
- 安定したアタッチメント形成の機会を制限することになる、主たる養育者の頻回な変更(例:里親による養育の頻繁な交代)
- 選択的アタッチメントを形成する機会を極端に制限することになる、普通でない状況における養育(例:養育者に対して子どもの比率が高い施設)
D.基準Cにあげた養育が基準Aにあげた行動障害の原因であるとみなされる(例:基準Aにあげた障害が基準Cにあげた病理の原因となる養育に続いて始まった)。
E.その子どもは少なくとも9ヵ月の発達年齢である。
該当すれば特定せよ
持続性:その障害は12カ月以上存在している。
現在の重症度を特定せよ
脱抑制型対人交流障害は、子どもがすべての症状を呈しており、それぞれの症状が比較的高い水準で現れているときには重度と特定される。
上記を読めばわかる通り、「脱抑制」という表現どおり、対人交流をすることへの抑制が無いことを特徴とする障害になります。
「大切な人がいない」ために、だれかれ構わず精神的交通を求めるという説明がなされることが多いですし、それは当たらずとも遠からずという印象です。
児童養護施設に行くと、特に小さい子どもにこの診断基準が示しているような言動を示すのを観察可能ですし、関わりの目標としては「特定の対象に「馴染む」という環境を構築する」ということになるだろうと思います。
ある対象に「馴染んだ」後については、また何かしらの対人関係上の問題を示すことも考えられるでしょうから、その都度見立てを行っていくことになると思います。
事例の状態としては「施設入所以来、笑うことがなく、苦痛や不平を一切訴えることがない。また、他人と交流せず孤立しており、Aはそれを苦痛に感じていないようであった」とあり、むしろ対人交流に対して遠ざかろうとしている傾向が見て取れますね。
また「両親による身体的虐待やネグレクトにより4歳から児童養護施設で生活している」という状況因からは、診断基準C(その子どもは以下の少なくとも1つによって示される不十分な養育の極端な様式を経験している)を満たしていると考えられますし、診断基準D(養育が行動障害の原因であるとみなされる)に矛盾する点も事例では示されていません。
このことを踏まえれば、本事例が脱抑制性対人交流障害である可能性は低いと言えます。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉
まずはDSM-5におけるPTSDの診断基準を見てみましょう(ちょっと長いですが)。
A. 実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:
- 心的外傷的出来事を直接体験する。
- 他人に起こった出来事を直に目撃する。
- 近親者または親しい友人に起こった心的外傷的出来事を耳にする。家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうだった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。
- 心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする(例:遺体を収容する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し曝露される警官)。
注:基準A4は、仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。
B.心的外傷的出来事の後に始まる、その心的外傷的出来事に関連した、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の侵入症状の存在。
- 心的外傷的出来事の反復的、不随意的、および侵入的で苦痛な記憶
注:6歳を超える子どもの場合、心的外傷的出来事の主題または側面が表現された遊びを繰り返すことがある。 - 夢の内容と情動またはそのいずれかが心的外傷的出来事に関連している、反復的で苦痛な夢
注:子どもの場合、内容のはっきりしない恐ろしい夢のことがある。 - 心的外傷的出来事が再び起こっているように感じる、またはそのように行動する解離症状(例:フラッシュバック)(このような反応は1つの連続体として生じ、非常に極端な場合は現実の状況への認識を完全に喪失するという形で現れる)。
注:子どもの場合、心的外傷に特異的な再演が遊びの中で起こることがある。 - 心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに曝露された際の強烈なまたは遷延する心理的苦痛。
- 心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに対する顕著な生理学的反応。
C.心的外傷的出来事に関連する刺激の持続的回避、心的外傷的出来事の後に始まり、以下のいずれか1つまたは両方で示される。
- 心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情の回避、または回避しようとする努力。
- 心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を呼び起こすことに結びつくもの(人、場所、会話、行動、物、状況)を回避しようとする努力。
D. 心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。
- 心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)。
- 自分自身や他者、世界に対する持続的で過剰に否定的な信念や予想(例:「私が悪い」、「誰も信用できない」、「世界は徹底的に危険だ」、「私の全神経系は永久に破壊された」)。
- 自分自身や他者への非難につながる、心的外傷的出来事の原因や結果についての持続的でゆがんだ認識。
- 持続的な陰性の感情状態(例:恐怖、戦慄、怒り、罪悪感、または恥)。
- 重要な活動への関心または参加の著しい減退。
- 他者から孤立している、または疎遠になっている感覚。
- 陽性の過剰を体験することが持続的にできないこと(例:幸福や満足、愛情を感じることができないこと)。
E. 診断ガイドラインと関連した、覚醒度と反応性の著しい変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。
- 人や物に対する言語的または肉体的な攻撃性で通常示される、(ほとんど挑発なしでの)いらだたしさと激しい怒り。
- 無謀なまたは自己破壊的な行動
- 過度の警戒心
- 過剰な驚愕反応
- 集中困難
- 睡眠障害(例:入眠や睡眠維持の困難、または浅い眠り)
F. 障害(基準B、C、DおよびE)の持続が1ヵ月以上
G.その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または両親や同胞、仲間、他の養育者との関係や学校活動における機能の障害を引き起こしている。
H. その障害は、物質(例:医薬品またはアルコール)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。
いずれかを特定せよ
解離症状を伴う:症状が心的外傷後ストレス障害の基準を満たし、次のいずれかの症状を持続的または反復的に体験する。
離人感:自分の精神機能や身体から離脱し、あたかも外部の傍観者であるかのように感じる持続的または反復的な体験(例:夢の中にいるような感じ、自己または身体の非現実感や、時間が進むのが遅い感覚。
現実感消失:周囲の非現実感の持続的または反復的な体験(例:まわりの世界が非現実的で、夢のようで、ぼんやりし、またはゆがんでいるように体験される)。
注:この下位分類を用いるには、解離症状が物質(例:意識喪失)または他の医学的疾患(例:複雑部分発作)の生理学的作用によるものであってはならない。
該当すれば特定せよ
遅延顕症型:その出来事から少なくとも6ヵ月間(いくつかの症状の発症や発現が即時であったとしても)診断基準を完全には満たしていない場合。
出来事基準(診断基準A)を基本とし、PTSDの症状(侵入症状・回避症状・認知と気分の陰性の変化・覚醒度と反応性の著しい変化)の存在が診断にとって重要となります。
事例を踏まえてみていくと、まず出来事基準については「両親による身体的虐待やネグレクトにより4歳から児童養護施設で生活している」という点から満たしていると考えられます(事例は現在7歳ですから、かなりの期間経っていると言えますが、だからと言ってPTSDを妨げる理由にはなりませんね)。
ですが、女児Aに症状が存在しているかについては、微妙なところと言えます。
「施設入所以来、笑うことがなく、苦痛や不平を一切訴えることがない。また、他人と交流せず孤立しており、Aはそれを苦痛に感じていないようであった」というのは、認知と気分の陰性の変化に該当しないと言えなくもありませんが、こちらについては2つ該当することが求められる基準ですが1つしか満たしていない(他者から孤立している、または疎遠になっている感覚)と言えます。
また「ある日、Aが学校で継続的ないじめを受けていることが発覚した。加害児童は、「Aは話しかけても無視するし、全然笑ってくれない」と話した」に関しては、基準Gに該当してくる可能性はあります。
ですが、やはり症状の基準で満たすものがほとんど記述されていないことを踏まえれば、また、他の障害の可能性も重ね合わせれば、PTSDと見なすには無理があると言えます。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害
まずはDSM-5の基準を示しますね。
A.以下の両方によって明らかにされる、大人の養育者に対する抑制され情動的に引きこもった行動の一貫した様式:
- 苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽を求めない。
- 苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽に反応しない。
B.以下のうち少なくとも2つによって特徴づけられる持続的な対人交流と情動の障害
- 他者に対する最小限の対人交流と情動の反応
- 制限された陽性の感情
- 大人の養育者との威嚇的でない交流の間でも、説明できない明らかないらだたしさ、悲しみ、または恐怖のエピソードがある。
C.その子どもは以下のうち少なくとも1つによって示される不十分な養育の極端な様式を経験している。
- 安楽、刺激、および愛情に対する基本的な情動欲求が養育する大人によって満たされることが持続的に欠落するという形の社会的ネグレクトまたは剥奪
- 安定したアタッチメント形成の機会を制限することになる、主たる養育者の頻回な変更(例:里親による養育の頻繁な交代)
- 選択的アタッチメントを形成する機会を極端に制限することになる、普通でない状況における養育(例:養育者に対して子どもの比率が高い施設)
D.基準Cにあげた養育が基準Aにあげた行動障害の原因であるとみなされる(例:基準Aにあげた障害が基準Cにあげた適切な養育の欠落に続いて始まった)。
E.自閉スペクトラム症の診断基準を満たさない。
F.その障害は5歳以前に明らかである。
G.その子どもは少なくとも9カ月の発達年齢である。
これらが反応性アタッチメント障害の基準ですが、脱抑制性対人交流障害との比較で考えていくと、両者ともに「不十分な養育の極端な様式を経験している」という点が共通しています。
ただ、脱抑制性対人交流障害では「だれかれ構わず」という対処スタイルだったのに対し、反応性アタッチメント障害では「他者との交流を抑制する」という対処スタイルとして表現されているのが特徴です。
これらは、対人関係の基盤となるであろう養育者との「不十分な養育の極端な様式」によって、その後の対人関係の持ち方全般に影響が出ているという点で共通しており、対処スタイルの差は「求めて関わろうとする」か「関わりを良くないものと見なして遠ざける」かの違いに過ぎないだろうと思います。
「不十分な養育の極端な様式を経験している」のであれば、いずれもが適応的な対処であると言えますが、それが一定期間続くことで「適応的な対処」だったものが「不適応的」になっていくのは心理の世界の常ですね。
さて、上記の診断基準を踏まえて、本事例を見ていきましょう。
まず大本になる診断基準C(不十分な養育の極端な様式を経験している)については、脱抑制性対人交流障害でも述べた通り、満たしていると考えるのが妥当です(両親による身体的虐待やネグレクトにより4歳から児童養護施設で生活している)。
加えて、診断基準Aも「苦痛や不平を一切訴えることがない」という箇所から、診断基準Bも「他人と交流せず孤立しており、Aはそれを苦痛に感じていない:他者に対する最小限の対人交流と情動の反応」「施設入所以来、笑うことがなく:制限された陽性の感情」から満たしていると考えられます(Bは3つの内、2つ該当で満たされていると判断)。
いじめの件からも、そうした苦痛を訴えていなさそうなこと(発覚するのが遅れそうな雰囲気がありますね)、学校で無視や笑わないなどの言動が見られることなどが明らかになっていますね。
更に、こうした問題は入所当時からであり(つまり基準Fを満たす)、かなりの長い間続いていることがわかります(ASDを満たさないという基準については、別選択肢を参照のこと)。
ちなみに「施設の担当職員に対しては入所時よりも若干柔らかい表情を示すようになってきている」に関しては、施設職員の長い期間をかけての関わりが愛着の傷つきがあったAに対して、多少の「馴染み」を生じさせていることが窺えます。
この点は直接的に診断に係わる事項ではありませんが、愛着による問題を背景にしていることを示唆している情報であると言えるでしょう。
このように、女児Aが反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害であることを否定する情報はありません。
以上より、選択肢③が適切と判断できます。
④ 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害〈ASD〉
まずはDSM-5の診断基準を確認しておきましょう。
A.複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人相互反応における持続的な欠陥があり、現時点または病歴によって、以下により明らかになる(以下の例は一例であり、網羅したものではない)。
- 相互の対人的-情緒的関係の欠落で、例えば、対人的に異常な近づき方や通常の会話のやりとりのできないことといったものから、興味、情動、または感情を共有することの少なさ、社会的相互反応を開始したり応じたりすることができないことに及ぶ。
- 対人的相互反応で非言語的コミュニケーション行動を用いることの欠陥、例えば、まとまりのわるい言語的、非言語的コミュニケーションから、視線を合わせることと身振りの異常、または身振りの理解やその使用の欠陥、顔の表情や非言語的コミュニケーションの完全な欠陥に及ぶ。
- 人間関係を発展させ、維持し、それを理解することの欠陥で、例えば、さまざまな社会的状況に合った行動に調整することの困難さから、想像遊びを他者と一緒にしたり友人を作ることの困難さ、または仲間に対する興味の欠如に及ぶ。
B.行動、興味、または活動の限定された反復的な様式で、現在または病歴によって、以下の少なくとも2つにより明らかになる(以下の例は一例であり、網羅したものではない)。
- 常同的または反復的な身体の運動、物の使用、または会話(例:おもちゃを一列に並べたり物を叩いたりするなどの単調な常同運動、反響言語、独特な言い回し)。
- 同一性への固執、習慣への頑ななこだわり、または言語的、非言語的な儀式的行動様式(例:小さな変化に対する極度の苦痛、移行することの困難さ、柔軟性に欠ける思考様式、儀式のようなあいさつの習慣、毎日同じ道順をたどったり、同じ食物を食べたりすることへの要求)。
- 強度または対象において異常なほど、きわめて限定され執着する興味(例:一般的ではない対象への強い愛着または没頭、過度に限局したまたは固執した興味)。
- 感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ、または環境の感覚的側面に対する並外れた興味(例:痛みや体温に無関心のように見える、特定の音または触感に逆の反応をする、対象を過度に嗅いだり触れたりする、光または動きを見ることに熱中する)。
C.症状は発達早期に存在していなければならない(しかし社会的要求が能力の限界を超えるまでは症状は完全に明らかにならないかもしれないし、その後の生活で学んだ対応の仕方によって隠されている場合もある)。
D.その症状は、社会的、職業的、または他の重要な領域における現在の機能に臨床的に意味のある障害を引き起こしている。
E.これらの障害は、知的能力障害または全般的発達遅延ではうまく説明されない。知的能力障害と自閉スペクトラム症はしばしば同時に起こり、自閉スペクトラム症と知的能力障害の併存の診断を下すためには、社会的コミュニケーションが全般的な発達の水準から期待されるものより下回っていなければならない。
これらの特徴が本事例に見られるかを考えていきましょう。
Aが示している感情表現の薄さ、対人交流の抑制やそれによる孤立については、診断基準Aの「複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人相互反応における持続的な欠陥があり」と捉えることができないわけではありません。
しかし、診断基準Bに該当する情報はなく、むしろ「学業成績に問題はなく、質問への返答も的確である」からは否定されていると言えなくもありません(ASDであっても学業成績に問題がないことも多いですが、質問への返答などの細かいところで特徴が出やすい)。
また、やはり「両親による身体的虐待やネグレクトにより4歳から児童養護施設で生活している」という背景(つまり、診断基準Aに該当する情報について、別の捉え方(愛着障害)が可能になる)、「苦痛や不平を一切訴えることがない」という様式、を踏まえればASD以外の問題を念頭に見立てていくことが重要な事例と言えます。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ 小児期発症流暢症(吃音)/小児期発症流暢障害(吃音)
まずはDSM-5の診断基準を確認しておきましょう。
A.会話の正常な流暢性と時間的構成における困難、その人の年齢や言語技能に不相応で、長期間にわたって続き、以下の1つ(またはそれ以上)のことがしばしば明らかに起こることによって特徴づけられる。
- 音声と音節の繰り返し
- 子音と母音の音声の延長
- 単語が途切れること(例:1つの単語の中での休止)
- 聴き取れる、または無言状態での停止(発声を伴ったまたは伴わない会話の休止)
- 遠回しの言い方(問題の言葉を避けて他の単語を使う)
- 過剰な身体的緊張とともに発せられる言葉
- 単音節の単語の反復(例:I-I-I see hjm)
B.その障害は、話すことの不安、または効果的なコミュニケーション、社会参加、学業的または職業的遂行能力の制限のどれか1つ、またはその複数の組み合わせを引き起こす。
C.症状の始まりは発達期早期である[注:遅発性の症例は成人期発症流暢症と診断される]。
D.その障害は、言語運動または感覚器の欠陥、神経損傷(例:脳血管障害、脳腫瘍、頭部外傷)に関連する非流暢性、または他の医学的疾患によるものではなく、他の精神疾患ではうまく説明されない。
いわゆる「どもり」の診断基準になりますね。
具体的には…
- 音のくりかえし(連発) 例:「か、か、からす」
- 引き伸ばし(伸発) 例:「かーーらす」
- ことばを出せずに間があいてしまう(難発、ブロック) 例:「……からす」
…といった発話の流暢性(滑らかさ・リズミカルな流れ)を乱す話し方を吃音と定義できます。
話す時に最初の一音に詰まってしまうなど、言葉が滑らかに出てこない発話障害の1つで、 幼児期に発症する「発達性吃音」と、疾患や心的ストレスなどによって発症する「獲得性吃音」に分類され、その9割は発達性吃音であると言われています。
発達性吃音の特徴として、以下のようなことが知られています。
- 幼児が2語文以上の複雑な発話を開始する時期に起きやすい
- 幼児期(2~5歳)に発症する場合がほとんど(小学校以降に発症することもあります)
- 発症率(吃音になる確率)は、幼児期で8%前後
- 発症率に国や言語による差はほとんどない
- 有病率(ある時点で吃音のある人の割合)は、全人口において0.8%前後
- 男性に多く、その比は2~4:1程度である(年齢や調査により結果は変動します)
体質的要因(子ども自身が持つ吃音になりやすい体質的な特徴)、発達的要因(身体・認知・言語・情緒が爆発的に発達する時期の影響)、環境要因(周囲の人との関係や生活上の出来事)などが絡み合って発症するとされています。
さて、本事例が吃音に該当するかを判断していくわけですが、上記で示されたような発話の流暢性(滑らかさ・リズミカルな流れ)を乱す話し方は見られないことがわかりますね。
Aが他人との交流をしていないこと、すなわちほとんど他者と話していないことと吃音とは関連があるとは言えず、それに、Aは「質問への返答も的確である」とあるように、聞かれれば答えるというスタンスであることが見て取れます。
また、「両親による身体的虐待やネグレクトにより4歳から児童養護施設で生活している」という状況因も含めて考えるのであれば、他の障害の可能性を考えることが優先され、本症が第一選択になることはないでしょう。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。