事例に今後起こり得る症状を選択する問題です。
認知症の型の推定→その型で生じ得る症候の理解、という流れで解いていく問題ですね。
問140 65歳の女性A、夫Bと二人暮らし。Aは、半年前から動作が緩慢となり呂律が回らないなどの様子がみられるようになった。症状は徐々に悪化し、睡眠中に大声を上げ、暴れるなどの行動がみられる。「家の中に知らない子どもがいる」と訴えることもある。Bに付き添われ、Aは総合病院を受診し、認知症の診断を受けた。
Aに今後起こり得る症状として、最も適切なものを1つ選べ。
① 反響言語
② 歩行障害
③ けいれん発作
④ 食行動の異常
⑤ 反社会的な行動
解答のポイント
事例の認知症の型を推定し、その認知症で生じやすい症候を把握している。
選択肢の解説
② 歩行障害
本問で求められるのは「半年前から動作が緩慢となり呂律が回らないなどの様子がみられるようになった。症状は徐々に悪化し、睡眠中に大声を上げ、暴れるなどの行動がみられる。「家の中に知らない子どもがいる」と訴えることもある」という情報に加え、「認知症の診断を受けた」から、どういうタイプの認知症であるか推定することです。
すなわち、解く手順としては…
- 本事例の認知症のタイプを推定する。
- 推定された認知症のタイプに生じる問題を把握している。
- 各選択肢の症状が、その認知症で生じうるかを判断する。
- 不適切な選択肢の症状がどういう問題で生じるかを理解できれば、除外しやすいのでなお良い。
…となります。
この手順に従い、まずは本事例の認知症が厳密には何であるかを述べていくことにしましょう。
本事例では…
- 半年前から動作が緩慢となり呂律が回らないなどの様子がみられるようになった。
- 症状は徐々に悪化し、睡眠中に大声を上げ、暴れるなどの行動がみられる。
- 「家の中に知らない子どもがいる」と訴えることもある
…という症状が既に生じています。
これらはLewy小体型認知症の特徴が現れていると考えられます。
Lewy小体型認知症は、認知症と意識障害、それとパーキンソン症状などを特徴とし、大脳においてLewy小体を認める疾患です。
マッキースらによって1996年に「Lewy小体をともなう認知症」の臨床的診断基準を提唱したのが注目を集めるきっかけになったのですが、それ以前より、通常はパーキンソン病の脳幹部に限局して見られるLewy小体が大脳皮質にもみられることがあることは知られていました。
老年期の認知症患者において、大脳皮質にLewy小体を認めた報告は、岡崎によってなされましたが、その後、日本を中心に多くの症例が報告されています。
小阪ら(1990)は、このような症例をびまん性Lewy小体病と名付けて報告しました。
神経病理診断では、認知症疾患の20%前後とされ、アルツハイマー型認知症について多い変性性認知症疾患です。
1995年第1回国際ワークショップでLewy小体型認知症の名称と診断基準が提唱され、第3回ワークショップで診断基準が改訂されて、変動する認知障害、パーキンソニズム、繰り返す具体的な幻視の中核的特徴に加え、示唆的特徴としてレム期睡眠行動異常症、顕著な抗精神病薬に対する過敏性、SPECTあるいはPETイメージングによって示される大脳基底核でのドパミントランスポーターの取り込み低下が挙げられました。
Lewy小体型認知症の臨床診断基準(2017)では、「日常活動に支障を来す進行性の認知機能低下(必須)」に加えて「中核的特徴」および「指標的バイオマーカー」の該当数により「Probable DLB(ほぼ確実)」または「Possible DLB(疑い)」と診断します。
Lewy小体型認知症の診断には、社会的あるいは職業的機能や、通常の日常活動に支障を来す程度の進行性の認知機能低下を意味する認知症であることが必須である。
初期には持続的で著明な記憶障害は認めなくてもよいが、通常進行とともに明らかになる。
注意、遂行機能、視空間認知のテストによって著明な障害がしばしばみられる。
1.中核的特徴(最初の3つは典型的には早期から出現し、臨床経過を通して持続する)
- 注意や明晰さの著明な変化を伴う認知の変動
- 繰り返し出現する構築された具体的な幻視
- 認知機能の低下に先行することもあるレム期睡眠行動異常症
- 特発性のパーキンソニズムの以下の症状のうち 1つ以上;動作緩慢、寡動、静止時振戦、筋強剛
2.支持的特徴
- 抗精神病薬に対する重篤な過敏性
- 姿勢の不安定性
- 繰り返す転倒
- 失神または一過性の無反応状態のエピソード
- 高度の自律機能障害(便秘、起立性低血圧、尿失禁など)
- 過眠
- 嗅覚鈍麻
- 幻視以外の幻覚
- 体系化された妄想
- アパシー、不安、うつ
3.指標的バイオマーカー
- SPECTまたはPETで示される基底核におけるドパミントランスポーターの取り込み低下
- MIBG心筋シンチグラフィでの取り込み低下
- 睡眠ポリグラフ検査による筋緊張低下を伴わないレム睡眠の確認
4.支持的バイオマーカー
- CTやMRIで側頭葉内側部が比較的保たれる
- SPECT、PETによる後頭葉の活性低下を伴う全般性の取り込み低下(FDG-PETにより cingulate island sign を認めることあり)
- 脳波上における後頭部の著明な徐波活動
Probable DLB(ほぼ確実にLewy小体型認知症)は、以下により診断される
- 2つ以上の中核的特徴が存在する
- 1つの中核的特徴が存在し、1つ以上の指標的バイオマーカーが存在する
※Probable DLB は指標的バイオマーカーの存在のみで診断するべきではない
Possible DLB(Lewy小体型認知症の疑い)は、以下により診断される
- 1つの中核的特徴が存在するが、指標的バイオマーカーの証拠を伴わない
- 1つ以上の指標的バイオマーカーが存在するが、中核的特徴が存在しない
DLBの診断の可能性が低い
- 臨床像の一部または全体を説明しうる、他の身体疾患や脳血管疾患を含む脳障害の存在(ただし、これらはDLBの診断を除外せず、臨床像を説明する複数の病理を示しているかもしれない)
- 重篤な認知症の時期になって初めてパーキンソニズムが出現した場合
これらは国際ワークショップが示した臨床診断基準であり、米国精神医学会による認知症の診断基準(DSM)とは表現等に違いがあるので注意が必要です。
さて、これらを踏まえて本事例の症状を見てみると、以下のように捉えられることがわかるはずです。
- 特発性のパーキンソニズムの以下の症状のうち 1つ以上;動作緩慢、寡動、静止時振戦、筋強剛:半年前から動作が緩慢となり呂律が回らないなどの様子がみられるようになった。
- 認知機能の低下に先行することもあるレム期睡眠行動異常症:症状は徐々に悪化し、睡眠中に大声を上げ、暴れるなどの行動がみられる。
- 繰り返し出現する構築された具体的な幻視:「家の中に知らない子どもがいる」と訴えることもある
このように本事例で既に生じている症状は、Lewy小体型認知症の中核的特徴であると言えますね。
では、次に各選択肢で示された症状のうち、Lewy小体型認知症で生じやすいであろう症状を同定していく作業に入ります。
上記の「支持的特徴」に「姿勢の不安定性」や「繰り返す転倒」が含まれていますが、これは中核的特徴であるパーキンソン症状が強くなってきたためであり、このパーキンソン症状は全過程を通して徐々に悪化していくのがLewy小体型認知症の特徴でもあります。
すなわち、パーキンソン症状の悪化によって選択肢②の「歩行障害」が生じると、本事例の将来像として考えられるわけですね。
こうした確かな知識や経験に基づいた「未来予測」は、臨床上非常に重要であると私は考えています。
それができれば、本事例に限らずですが、クライエントやその周囲に対して「今後起こり得ること」と「その理由」について伝えることができ(もちろん、伝えるべきではないことは伏せるべきですが)、また、支援者としても心の準備ができます。
そうした「心構え」ができていれば、それがネガティブな未来予測であろうと、その問題を軟着陸させる環境を作りやすくなります。
以上のように、本事例において今後起こり得る症状としては歩行障害が考えられると言えます。
よって、選択肢②が適切と判断できます。
① 反響言語
④ 食行動の異常
⑤ 反社会的な行動
認知症の枠組みで言えば、これらの選択肢は前頭側頭型認知症で生じることが多い症状と言えます。
まず、言語における症状としては以下が挙げられます。
- 言語の内容が貧困になり言語解体と呼ばれる状態になります。自発語や語彙が少なくなり言語の理解も困難になります。
- 中期になると、話を聞いても了解できなくなりますし、自発言語も乏しくなりますが、文章の模写や口真似は十分にできるといった超皮質性失語のかたちをとります。
- 本病では、まず健忘失語や皮質性感覚失語が始まり、そのうち超皮質性感覚失語、超皮質性運動失語などが明らかになり、最も進行した段階では全失語も見られます。この段階になると、認知症に加えて、失書、失読、失行、失認、象徴能力の喪失などが出現します。
- 同じことを繰り返す反復言語、それに反響言語、緘黙、無表情の四徴候は本病の特徴とされています。
反響言語とは、他者が話した言語を繰り返して発声することであり、これが前頭側頭型認知症では見られるとされているわけです。
なお、反響言語に関しては、ASDの特徴としても挙げられており、「常同的または反復的な身体の運動、物の使用、または会話」の例として、おもちゃを一列に並べたり物を叩いたりするなどの単調な常同運動、反響言語、独特な言い回しなどが示されています。
選択肢⑤の「反社会的な行動」に該当するだろうパーソナリティ変化も前頭側頭型認知症の主徴の一つになります。
前頭側頭型認知症に共通する特徴は社会的な態度の変化であり、発動性の減退あるいは亢進です。
特に、衝動のコントロールの障害は、欲動の制止欠如とか、人格の衝動的なコントロールの欠落などと表現され、思考において独特の投げやりな態度は考え不精と呼ばれます。
具体的には、万引きや盗み食いなど、社会生活を送る上での礼儀や、社会通念が欠如した行動や、周囲の迷惑となる行動が見られます。
また、思いやりがなくなり、自分本位な行動が目立つのも特徴で、道徳観が低下するため、本人には罪悪感が見られません。
選択肢④の「食行動の異常」についても、前頭側頭型認知症の特徴になります。
際限なく食べ続けたり、甘いものを大量に摂取したり、味の濃いものを好んだりといった食事行動の変化がみられます。
他にも、食事のメニューにこだわり、同じものをいくつも食べたり(意味理解の障害から食べる食材やメニューの種類が徐々に減少・狭小化し、固定化される)、咀嚼せずに次々に食事を口に詰め込むようになります(そのため窒息の危険が出てくる時期がある)。
生活習慣病などの身体的合併症を引き起こす恐れがあり管理が必要になりますので、食材を目に付くところに置かない、気をそらす、食事時間を決めるなどの方法を取り入れてみることも重要になります。
こうした口唇傾向と食習慣の変化(食事嗜好の変化、過食、飲酒、喫煙行動の増加、口唇的探求又は異食症など)は前頭側頭型認知症(の行動異常型)に見られる特徴であると言えます。
なお、他の型の認知症での食行動の変化については、脳血管型では四肢麻痺や嚥下障害により摂食行為に介助が必要になったり、半側空間無視による異常が見られます。
Alzheimer型では、賞味期限切れの食品が増えたり(近時記憶障害)、段取りの悪さ(遂行機能障害)や味付けの変化が指摘されています。
Lewy小体型では、初期から嚥下の障害がみられる、幻視が活発な時には「ふりかけ」などの細かな模様が幻視を活性化させる恐れもあります。
以上のように、ここで挙げた選択肢に関しては、前頭側頭型認知症の症状として生じうるものと考えられます。
よって、選択肢①、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。
③ けいれん発作
けいれん発作は、認知症と間違えられやすい症候の一つです。
けいれん発作を起こす疾患として最も代表的なのがてんかんですが、高齢発症のてんかんもあることを知っておきましょう。
てんかんは小児発症のイメージが強いですが、海外の研究の中には、てんかんの発症率は2000年ころから高齢者が小児を上回るようになり、今日では高齢者の発症率が最も高くなっていると報告しているものもあります。
高齢者のてんかんは、脳卒中の後遺症、脳腫瘍、頭部外傷、中枢神経の感染症、加齢に伴う脳の異常などのような「症候性てんかん」の他、認知症(アルツハイマー病は、大脳の側頭葉の内側にある「海馬」から神経の変性が起こることが多いといわれています。海馬はてんかんとのつながりが深い脳の部分で、ここを起点とするてんかんは側頭葉てんかんとして扱われます。したがって、アルツハイマー病の人は側頭葉てんかんが多いといわれています)などにより起こることが多く、このように原因の明らかなものが全体の半分~約2/3と言われています。
高齢者のてんかんは部分てんかんがほとんどです。
発作は若年者に比べると二次性全般化発作が少なく、多くは複雑部分発作でけいれんを伴わない目立たない発作が特徴です。
発作とは別に過去のエピソード記憶が失われること(人生の大事なイベントを思い出せないなど)も高齢者てんかんの特徴です。
日本では高齢者における部分てんかんの焦点は側頭葉がもっとも多く、次が前頭葉です。
側頭葉てんかんが多いと、四肢や顔のけいれん発作ではなく、複雑部分発作の特徴である意識減損(一点を凝視したまま反応がなくなる)や自動症(口を動かしてペチャペチャと音を出す、手をモゾモゾと動かすなど)が見られます。
また、前兆として上腹部の不快感、既視感や未視感(一度体験しているにもかかわらず初めてのような気がする)などの精神症状を伴うことがあります。
気をつけねばならないのは、こうした高齢者のてんかんは認知症と誤診されることもあるということです。
上記の通り、意識減損を伴う複雑部分発作の症状が出ている場合、それが認知症のように見えることから、一部のてんかん患者さんは認知症を疑われ、物忘れを主訴として外来を受診されるケースがあります。
以上より、けいれん発作は本事例の認知症に生じやすい症候と見なすことはできません。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。