公認心理師 2018-143

5歳の男児の事例です。

事例の内容は以下の通りです。

  • 父母からの身体的虐待とネグレクトを理由に、1週間前に児童養護施設に入所した。
  • 入所直後から誰彼構わず近寄り、関わりを求めるが、関わりを継続できない。
  • 警戒的で落ち着かず、他児からのささいなからかいに怒ると鎮めることが難しく、他児とのトラブルを繰り返している。
  • 着替え、歯磨き、洗面などの習慣が身についていない。
  • 眠りが浅く、夜驚が見られる。

このときの施設の公認心理師が最初に行う支援として、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。

この問題で重要なのは、事例の男児をどのように見立てるかです。
不適切な養育が行われていたという背景やそれを裏付ける基本的生活習慣の未熟さ、入所後の対人関係の持ち方、感情コントロールの難しさなどから「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」であると考えることができます。
DSM-5の診断基準をすべて満たしているわけではありませんが、状況を鑑みれば愛着の傷つきによって男児の問題が生じていると見るのが適切と考えられます。

よって、本問では「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」に焦点を当てた対応になっている選択肢を選ぶ必要があります。
上記の点を踏まえて、各選択肢の検証を行っていきます。

解答のポイント

男児を「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」と見立てて、その適切な対応を把握していること。

選択肢の解説

『①眠りが浅いため、医師に薬の処方を依頼する』

本選択肢は「眠りが浅く、夜驚が見られる」という点に対する対応になっております。
夜驚自体は睡眠障害の一つとされており、3~7歳の子供が発症することが多いです。
子どもの夜驚症は、睡眠から覚醒するための脳の機能が発達途中にあることが原因であるとされているため、多くの場合は成長とともに症状が落ち着くので特別な治療を要しないとされています。

虐待を受けたことによる脳の過緊張が影響しているということもあり得ないではないでしょうが、虐待と結びつけて解釈するのは尚早です。
眠りの浅さは環境の変化による可能性も否定できず、しばらく様子を見ておくことが大切になります。

また明らかな愛着障害の反応が見られているので、こちらに対してのアプローチが重要になりますが、本選択肢の対応はその点が考慮されておりません
よって、選択肢①は不適切と判断できます。

『②心的外傷を抱えているため、治療として曝露療法を開始する』

DSM-5の心的外傷後ストレス障害では6歳以下の基準が示されました。

  • 6歳以下の子どもにおける、実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露
  • 心的外傷的出来事の後に始まる、その心的外傷的出来事に関連した、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の侵入症状の存在
  • 心的外傷的出来事に関連する刺激の持続的回避、または心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化で示される、以下の症状のいずれか1つ(またはそれ以上)が存在する必要があり、それは心的外傷的出来事の後に発現または悪化している。

事例の男児が、上記のような出来事・症状を有しているか否かについては明確な記述は見られません
「父母からの身体的虐待とネグレクト」とありますが、選択肢前半の「心的外傷を抱えている」ことを明確に証明することにはならないと思われます。

一方で、選択肢後半の「治療として曝露療法」については迷いどころです。
一般にトラウマ治療においてデブリーフィングの有効性は否定されております。
(この点は今回の試験で本当に何回も出ていますね)
まずは安全な環境の構築、これが第一とされています。
安全な状況の中で子どもの主体性をもって、トラウマ体験が語られることが重要になります。

自分の言葉で語り、自分で整理していく中で、「体験の意味づけを変更」が生じます。
こうしたことを指して「長時間曝露療法」と呼ぶこともあるので、もしかするとトラウマ体験の治療法としては、「治療として曝露療法を開始する」という記述は適切とも取れます

いずれにせよ、選択肢前半の内容は不適切と考えることができます。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

『③気持ちを自由に表現できるよう、プレイルームでプレイセラピーを開始する』

愛着障害では、トラウマのダメージから回復させるアプローチが重要になります。
選択肢②で示した「長時間曝露療法」もその一つであり、本選択肢にある「プレイセラピー」もトラウマ治療の方法として挙げることが可能です。

言語を自由に発することができない幼児の場合、苦痛を伴う体験を遊びなどの行為の中で象徴的に表現することがあります。
遊びはトラウマや苦しみを表現し、それを開放するためのツールとして有効だと言えます。

トラウマに特化したプレイセラピーとして「ポスト・トラウマティック・プレイセラピー」があります。
ごっこ遊びのようなものに誘いながら、その中でトラウマを再現していく手法を採り、その体験を絵に描かせるなどの別の遊びへと展開させることで、マルトリートメント体験に伴う感情を徐々に開放していきます。

また、愛着障害の治療において上記のようなアプローチと並んで重要なのが、「子どもが誰か特別な人に対して信頼を寄せ、愛着を築くことができるような環境づくり」です。
すなわち、子どもが安全に、安心して生活できる場を用意することです。

あらゆる心理療法的アプローチは、上記のような安心して生活できる場を基盤として行われるものです(日常がお化け屋敷という感じではダメですよね)。
事例の男児も、まだ施設の環境に馴染めているという印象は受けませんし、そのことが本人の不安定さを引き出している可能性も否定できません

本選択肢のアプローチは支援法としてあり得ますが、「施設の公認心理師が最初に行う支援として」は適当ではありません
よって、選択肢③は最も適切とは言うことができません。

『④趣味や嗜好を取り入れて、安心して暮らせる生活環境を施設の養育者と一緒に整える』

選択肢③の解説でも述べましたが、愛着障害の治療において優先されるのは「子どもが誰か特別な人に対して信頼を寄せ、愛着を築くことができるような環境づくり」です。
こうした環境の中で、「私の目の前にいる人は、安心できる存在だ」と子どもが思えるように関わっていくことが求められます。

本選択肢のように「安心して暮らせる生活環境を施設の養育者と一緒に整える」ことは愛着障害のある児童への支援の第一歩として適切なものと考えることができます
こうした安全な場を基盤として、子どもの状態に応じた支援を選択していくことが大切です。

以上より、選択肢④は最も適切と判断できます。

少々引っかかる点として「趣味や嗜好を取り入れて」というところです。
児童養護施設の状況によっては、これが不可能な場合もあるでしょう。
大舎制であれば困難でしょうし、ユニット制であっても限界があります。
重要なのが、養育者が「安定した存在でいること」「無い袖を振らないこと」だと個人的には考えております。
(この点については、本選択肢の正当性を揺るがすものではありません)

『⑤年齢相応の基本的な生活習慣が身につくよう、施設の養育者と一緒にソーシャルスキルトレーニング〈SST〉を開始する』

このアプローチは、事例にある「着替え、歯磨き、洗面などの習慣が身についていない」という点に対するものと思われます。
先述したように、愛着障害への支援として「安全な場」の構築が重要です。
こうした安全感を背景としながら、心理療法や本選択肢にあるような内容の支援を行っていくことが自然です。

本選択肢は「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」への支援という点を考慮しておらず適切とは言えません
もちろん、児童養護施設では日常生活の中で本選択肢のような関わりを行っていきますし、そのこと自体は間違いではありません。
あくまでも「反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害」ということを踏まえた支援として、「最初に行う」ものとは言えないということです。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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