公認心理師 2024-141

事例にあてはまる診断名を選択する問題です。

心理的要因で起こることの範囲をしっかり知っておくことは、身体疾患を見逃さないためにも非常に重要と言えます。

問141 20歳の男性A、医療系大学生。下痢と腹痛を訴え、内科クリニックを受診した。Aによると、半年前から学外の病院に実習で通うことになった。その頃から、ストレスを感じるようになり、下痢が始まった。3か月前からは、腹痛を伴うようになっている。実習がある日は、排便の頻度が1日10回程度に増え、何度もトイレに駆け込んでしまったことがある。トイレに行くことを周囲の学生に気づかれるのではないかと不安で、実習に行くことが怖いという。症状は排便によって改善し、実習がない日の便通や便の形状は正常である。内科的検査が行われたが、異常は認められなかった。
 Aの病態の理解として、最も適切なものを1つ選べ。
① 社交不安症
② 広場恐怖症
③ 潰瘍性大腸炎
④ 過敏性腸症候群
⑤ 機能性ディスペプシア

選択肢の解説

④ 過敏性腸症候群
⑤ 機能性ディスペプシア

本事例の特徴を挙げると以下の通りです。

  • 下痢と腹痛を訴え、内科クリニックを受診した。
  • 半年前から学外の病院に実習で通うことになった。その頃から、ストレスを感じるようになり、下痢が始まった。3か月前からは、腹痛を伴うようになっている。
  • 実習がある日は、排便の頻度が1日10回程度に増え、何度もトイレに駆け込んでしまったことがある。トイレに行くことを周囲の学生に気づかれるのではないかと不安で、実習に行くことが怖いという。症状は排便によって改善し、実習がない日の便通や便の形状は正常である。
  • 内科的検査が行われたが、異常は認められなかった。

これらの特徴に合致する診断名を選択することが求められていますね。

「機能性消化管障害(Functional gastrointestinal disorders: FGIDs)」とは、1988年にローマで開催された世界消化器病学会で、「消化器症状があるにもかかわらず、その原因となる客観的な所見が見当たらないもの」をFGIDsと定義し、その診断基準が提唱されました。

この診断基準は改訂を重ねられており、現在は2016年に改定されたRomeⅣ診断基準が最新のものです。

RomeⅣにおける機能性消化管障害の病型分類は以下の通りです。

A.機能性食道障害
B.機能性胃十二指腸障害
C.機能性腸障害
D.機能性腹痛症候群
E.機能性胆嚢・乳頭括約筋障害
F.機能性直腸肛門障害
G.新生児・乳幼児の機能性消化管障害
H.小児・青年期の機能性消化管障害

このそれぞれの分類の下に、さらに細かい細分類が存在し、実際の診断はこの細分類の病名をつけ、詳細な診断基準のもとに症状からその方の状態をある一定の疾患カテゴリーに分類していく、というのが機能性消化管障害の診断プロセスになります。

機能性消化管障害には非常に多くの疾患が属しますが、実臨床で診断を行う場合に診断される機会の多い「3大機能性消化管障害」があり、以下の疾患が挙げられます。

  1. 機能性ディスペプシア(Functional dyspepsia: FD):
    胃の痛みや胃もたれなどの症状が続いているが、内視鏡で所見をみとめないもの
  2. 非びらん性胃食道逆流症(Non-erosive reflux disease: NERD):
    胃酸の逆流によって胸焼けや呑酸、胸の痛みの症状があるが、内視鏡で炎症を認めないもの
  3. 過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome: IBS):
    腹痛とそれに関係する下痢や便秘などの便通異常があるもの

機能性消化管障害の原因については1つだけでなく、複数の要因が影響しあって起きていると考えられており、そのことが病態をより複雑にしています。

本選択肢の「過敏性腸症候群」では、通勤・通学中に急におなかが痛くなってトイレに駆け込み、排便が終わると腹痛は消失するという経験を繰り返すなどで呈されることが多く、直腸粘膜の過敏性が証明されていますが、中枢の機能障害も指摘されています。

過敏性腸症候群の国際的な診断基準RomeⅣは以下の通りです。

最近3ヶ月間、月に4日以上腹痛が繰り返し起こり、次の項目の2つ以上があること。
1.排便と症状が関連する
2.排便頻度の変化を伴う
3.便性状の変化を伴う
※期間としては6ヶ月以上前から症状があり、最近3ヶ月間は上記基準をみたすこと。

また、便の形状とその頻度から便秘型、下痢型、混合型、分類不能型に分類されます。

  1. 便秘型IBS(IBS-C):硬便または兎糞状便が25%以上あり、軟便(泥状便)または水様便が25%未満のもの
  2. 下痢型IBS(IBS-D):軟便(泥状便)または水様便が25%以上あり、硬便または兎糞状便が25%未満のもの
  3. 混合型IBS(IBS-M):硬便または兎糞状便が25%以上あり、軟便(泥状便)または水様便も25%以上のもの
  4. 分類不能型IBS:便性状異常の基準がIBS-C、D、Mのいずれも満たさないもの

治療には、大腸の蠕動を調節する薬、便の形状を改善する薬、抗不安薬などを組み合わせて使用することになります。

本事例の特徴は、こうした過敏性腸症候群に合致していますね(その頻度:3か月ほど前から、排便の頻度が1日10回程度、症状は排便によって改善する、下痢型である、など)。

一方で、機能性ディスペプシアの特徴とは合致していません(診断基準は以下の通り。ちなみにディスペプシアという言葉は、元々は「消化不良」を意味するギリシャ語が語源)。


下記の症状のいずれかが診断の少なくとも6か月以上前に始まり、かつ直近の3か月間に上記症状がある。
 1.つらいと感じる心窩部痛
 2.つらいと感じる心窩部灼熱感
 3.つらいと感じる食後のもたれ感
 4.つらいと感じる早期飽満感
  及び症状を説明しうる器質的疾患はない。

食後愁訴症候群(PDS)の診断基準:少なくとも週に3日、次の1-2のいずれか1つか2つを満たす。
 1.つらいと感じる食後のもたれ感
 2.つらいと感じる早期飽満感

心窩部痛症候群(EPS)の診断基準:少なくとも週に1日、次の1-2のいずれか1つか2つを満たす。
 1.つらいと感じる心窩部痛
 2.つらいと感じる心窩部灼熱感


上記の通り、器質的な疾患ではないにもかかわらず、胃・十二指腸領域由来と考えられる4つの症状、すなわち、心窩部痛(みぞおち辺りの痛み)、心窩部灼熱感(みぞおち辺りの焼ける感じ)、食後の胃もたれ、早期飽満感(食事開始後すぐに胃が充満した感じとなり、食事を最後まで摂取できない状態)のうち、1つ以上の症状があること、これらの症状は辛いと感じるものであること(生活に影響するものであること)、さらにその症状は6か月以上前から出現し、週に数回程度、症状があることが3か月は持続する状態と定義されています。

本事例では腹痛と下痢が主訴であり、上記のような記述はありませんね。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢④が適切と判断できます。

① 社交不安症

まずはDSM-5の診断基準を示しましょう。


A.他者の注目を浴びる可能性のある1つ以上の社交場面に対する、著しい恐怖または不安。例として、社交的なやりとり(例:雑談すること、よく知らない人と会うこと)、見られること(例:食べたり、飲んだりすること)、他者の前でなんらかの動作をすること(例:談話をすること)が含まれる。 注:子どもの場合、その不安は成人との交流だけでなく、仲間達との状況でも起きるものでなければならない。

B.その人は、ある振る舞いをするか、または不安症状を見せることが、否定的な評価を受けることになると恐れている(すなわち、恥をかいたり恥ずかしい思いをするだろう、拒絶されたり、他者の迷惑になるだろう)。

C.その社交的状況はほとんど常に恐怖または不安を誘発する。
注:子どもの場合、泣く、かんしゃく、凍りつく、まといつく、縮みあがる、または、社交的状況で話せないという形で、その恐怖または不安が表現されることがある。

D.その社交的状況は回避され、または、強い恐怖または不安を感じながら堪え忍ばれている。

E.その恐怖または不安は、その社交的状況がもたらす現実の危険や、その社会文化的背景に釣り合わない。

F.その恐怖、不安、または回避は持続的であり、典型的には6ヵ月以上続く。


事例では、「学外の病院に実習で通うこと」があり、それがストレスで下痢が始まっているという心理的要因と明確に関連があるように記述されています。

ただ、こうしたストレスは社交不安状況であるとは明示されておらず、また、症状が排便によって改善するなど過敏性腸症候群の特徴を明確に示しています。

こうした状況において、本事例を社交不安障害と見なすのは無理がありますね。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② 広場恐怖症

まずは広場恐怖症の診断基準を見ていきましょう。


A.以下の5つの状況のうち2つ(またはそれ以上)について著明な恐怖または不安がある。

  1. 公共交通機関の利用(例:自動車、バス、列車、船、航空機)
  2. 広い場所にいること(例:駐車場、市場、橋)
  3. 囲まれた場所にいること(例:店、劇場、映画館)
  4. 列に並ぶまたは群衆の中にいること
  5. 家の外に一人でいること

B.パニック様の症状や、その他耐えられない、または当惑するような症状(例:高齢者の転倒の恐れ、失禁の恐れ)が起きた時に、脱出は困難で、援助が得られないかもしれないと考え、これらの状況を恐怖し、回避する。

C.広場恐怖症の状況は、ほとんどいつも恐怖や不安を誘発する。

D.広場恐怖症の状況は、積極的に避けられ、仲間の存在を必要とし、強い恐怖または不安を伴って耐えられている。

E.その恐怖または不安は、広場恐怖症の状況によってもたらされる現実的な危険やその社会文化的背景に釣り合わない。

F.その恐怖、不安、または回避は持続的で、典型的には6ヵ月以上続く。


広場恐怖症については、明確に恐怖・不安の状況が指定されており、本事例のように「学外の病院に実習へ行く」というだけで広場恐怖と見なすのは難しいですね(もちろん、その実習状況の中で、広場恐怖を連想させるような状況があるなら考慮する)。

また、広場恐怖では、本事例の下痢や腹痛の症状の推移について説明することは困難と言えますね。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 潰瘍性大腸炎

潰瘍性大腸炎は大腸の粘膜(最も内側の層)にびらんや潰瘍ができる大腸の炎症性疾患です。

特徴的な症状としては、血便を伴うまたは伴わない下痢とよく起こる腹痛です。

病変は直腸から連続的に、そして上行性(口側)に広がる性質があり、最大で直腸から結腸全体に拡がります。

この病気は病変の拡がりや経過などにより下記のように分類されます。

  1. 病変の拡がりによる分類:全大腸炎型、左側大腸炎型、直腸炎型
  2. 病期の分類:活動期、 寛解期
  3. 重症度による分類:軽症、中等症、重症、激症
  4. 臨床経過による分類: 再燃 寛解 型、慢性持続型、急性激症型、初回発作型

発症年齢のピークは男性で20~24歳、女性では25~29歳ですが、若年者から高齢者まで発症します。

これまでに腸内細菌の関与や本来は外敵から身を守る免疫機構が正常に機能しない免疫反応の異常、あるいは食生活の変化の関与などが考えられていますが、まだ原因は不明です。

上記を見てみると、事例に特徴的である下痢や腹痛が存在しますから、潰瘍性大腸炎も考えていくことが重要になります。

ですが、過敏性腸症候群と潰瘍性大腸炎の決定的な違いは、便の状態と腸の炎症の有無だとされています(潰瘍性大腸炎だと便に症状が出やすく、過敏性腸症候群でも起こる下痢に加えて血便や膿などが混じったベタベタとした粘血便が特徴的。この理由は、大腸の粘膜が炎症を起こすことで腸壁に潰瘍やびらんが生じ、そこから出血しているため。これらは大腸内視鏡検査で、はっきりと確認することができる)。

本事例では「症状は排便によって改善し、実習がない日の便通や便の形状は正常である。内科的検査が行われたが、異常は認められなかった」という記述があり、この点から本事例は潰瘍性大腸炎ではないと見なすのが妥当です。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

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