過敏性腸症候群に関する問題です。
治療法というよりは、疫学・症状・病態生理といったアウトラインに関する理解が問われています。
来年度以降の受験を考えている人は、治療法についても大まかに調べておくと良いでしょうね。
問19 過敏性腸症候群〈IBS〉について、正しいものを1つ選べ。
① 感染性腸炎は、発症と関連しない。
② 内臓痛覚閾値の低下が認められる。
③ 我が国の有病率は、約2%である。
④ プロバイオティクスは、有効ではない。
⑤ 下痢型IBSは女性に多く、便秘型IBSは男性に多い。
解答のポイント
IBSの疫学、症状、病態生理に関する理解があること。
必要な知識・選択肢の解説
過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)とは、通常の検査では腸に炎症・潰瘍・内分泌異常などが認められないにも関わらず、慢性的に腹部の膨張感や腹痛を訴えたり、下痢や便秘などの便通の異常を感じる症候群です。
客観的マーカーとなるものがなく、ストレスによる症状増悪を見ることも多いですが疾患の定義には含まれていません。
国際的研究者グループのRome委員会による診断基準が国際的に認知されており、2016年に発表されたRomeⅣが標準となっています。
- 過去3か月間、平均して1日以上の割合で腹痛が繰り返し起こり、次の項目の2つ以上がある。
1.排便と関連する。
2.排便頻度の変化がある。
3.便形状(外観)の変化がある。 - 診断の6か月以上前から症状があり、最近3か月間は診断基準を満たしていること。
ちなみに、RomeⅣは研究のための基準であり、一般臨床では必ずしも全ての基準を満たさなくてもよいとされています。
なお、上記の便形状の客観的評価のため、Bristol便形状スケールを用いることが多いです。
- 木の実のようなコロコロした硬い塊の(排便困難な)便。
- 短いソーセージのような塊の便。
- 表面にひび割れのあるソーセージのような便。
- 表面がなめらかで軟らかいソーセージ、あるいは蛇のようなとぐろを巻く便。
- はっきりとした境界のある軟らかい半分固形の(容易に排便できる)便。
- 境界がほぐれて、ふわふわと軟らかい泥状の便。
- 水様で、塊のない、液体状の便。
その他の特徴として、行動が制限される状況下やそれが予測される状況では生じやすく、恥体験があると自己不全感が高まるため、症状誘発の可能性のある場面を回避する傾向が強くなると、社会生活に少なからぬ影響を及ぼすようになります。
こうした腹部症状、そのための社会生活制限、心理的不全感により、健康関連QOLへの障害が生じやすくなります。
治療は重症度によって、プライマリケア(第1段階:生活指導と対症療法)、消化器科(第2段階:血液生化学検査および消化管の精査で鑑別すべき疾患を確認除外し、異常所見がないことを保証する)、心療内科(第3段階:不安障害やパニック障害、うつ状態が確認された場合はこちらに移行することが多い。心理的問題への対応と併せて、薬物療法の併用を行う)の領域で行われます。
どの領域であっても、IBS患者は何らかの不安や生活習慣の問題を抱えていることが多いので、病態の説明、生命に影響を与える重篤な病態ではないなどの保証を行うことが基本となります。
よって、その説明が通りやすくなるためにも信頼関係の構築は重要になります(信頼関係が構築された上でのプラセボには50%程度の症状改善が見られるという結果が明らかにされています)。
では、これらを前提としつつ、各選択肢の解説に入っていきましょう。
① 感染性腸炎は、発症と関連しない。
IBSの病態には、脳腸相関を介したメカニズムが密接に関与し、また、遺伝的素因や環境因子が少なからず影響を与えているとされていますが、これらの病態に加えて、感染性胃腸炎とその後に誘導される腸管粘膜の炎症や免疫異常の関与が示唆されています。
1990年代後半に、サルモネラなどの感染症による急性胃腸炎を発症した患者の経過観察をしていくと、一部の患者にIBSが発症することが報告されました。
その後も同様の研究結果が多く発表され、これらの疾患群は感染後過敏性腸症候群(post-infectious IBS)として広く認知されるようになりました。
それまでは、炎症などの器質的疾患を有さないことがIBS診断の基本であったが、感染後過敏性腸症候群の病態研究を通じて、IBS患者における腸管粘膜局所あるいは全身性の炎症や麺英気異常が明らかになりました。
感染後過敏性腸症候群の発症率は、地域・人種・感染後の観察期間などによって異なりますが、概ね10~20%程度と推定されています。
発症の臨床的リスク因子は、若年・女性・胃腸炎が重症で罹患期間が長い、不安やうつ傾向などが挙げられています。
以上より、IBSの発症と感染性腸炎は密接に関係しあっていることがわかります。
よって、選択肢①は誤りと判断できます。
② 内臓痛覚閾値の低下が認められる。
ヒトの消化管運動は、中枢(脳)と内臓知覚(腸管)の相互作用によって調節されています。
しかし、IBSでは心理的異常や内臓知覚過敏によって脳腸相関の恒常的バランスが崩れ、結果的に腸管神経叢を介して腸管運動異常が生じると考えられています。
具体的には、心理的異常(ストレス)を感じると視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出因子が分泌され、内因性セロトニン遊離が促進されます。
これは、腸管神経叢のセロトニン受容体を刺激し、アセチルコリン遊離を介して腸管運動の異常をきたします(つまり、便通異常になる)。
一方、ストレスは副腎皮質刺激ホルモン放出因子の分泌によって肥満細胞を活性化させ、内因性セロトニンの遊離や炎症性メディエーターを介して内臓知覚過敏を誘発します。
つまり、ストレスからの遠心性経路による腸管運動異常、内臓知覚過敏による求心性経路からの心理的以上の増悪が複雑に絡み合い、IBSの病態形成に関わっています。
以上のように、IBSの重要な病態生理として内臓知覚過敏があることがわかります。
内臓知覚過敏が解明されてきた背景としては、バロスタット法の発達によるところが大きいとされています。
なお、バロスタット法とは、消化管知覚を定量的に評価できる方法で、内腔を閉塞する収縮運動、内腔を閉塞しない収縮運動、消化管壁緊張の変化を検出することができます。
具体的には、柔らかな合成樹脂のバッグを消化管に挿入し、コンピュータ制御化で空気を注入し、知覚測定値を算出します。
大腸に柔らかなバロスタットバッグを挿入し、拡張させて消化管に伸展刺激を加え、消化管知覚閾値を観察するとIBS患者では閾値が低下します。
「閾値が低下する」とは「より少ない刺激で知覚が生じる」という意味です。
「低下」という表現から「鈍くなる」と連想する人もいるようですが、「知覚できる刺激の強さが下がる」ということですから、その辺を間違えないようにしましょう。
以上より、選択肢②が正しいと判断できます。
③ 我が国の有病率は、約2%である。
IBSについては、およそ10%程度の人がこの病気であると言われており、よく見られる病気と言えます。
女性のほうが多く、年齢とともに減ってくることがわかっています。
少し古いですが2008年の疫学調査では、消化器を中心とする内科一般外来で、その主訴の如何にかかわらず、およそ30%の患者がRomeⅢに合致するIBSと診断されています。
また、一般住民を対象とした調査では、月2回以上の腹痛を伴う便秘もしくは下痢のエピソードは、成人男性で10%、成人女性では17%に認められるとされています。
更に、腹痛のない便秘もしくは下痢は、男性の21%、女性の28%に認められるなど、かなり多くの人がIBSもしくはその予備軍であることがわかりますね。
以上より、選択肢③は誤りと判断できます。
④ プロバイオティクスは、有効ではない。
腸内細菌叢の研究の発展に伴い、そのバランスを整えるためにさまざまな機能性食品が開発されています。
その代表が宿主に保健効果を示す生きた微生物を含む食品と定義されるプロバイオティクスです。
プロバイオティクスは腸内微生物のバランスを改善させることによって宿主動物に有益に働く生菌添加物で乳酸菌、納豆、酪酸菌などの生菌剤および発酵乳、乳酸菌飲料などを指します(ビフィズス菌とか乳酸菌とかですね。これらは、ヒトの消化管に通常みられる微生物と類似しています)。
含まれる微生物の特徴は、胃酸や胆汁酸などの消化管上部のバリア内でも生存可能であること、下部消化管で増殖可能であること、便性改善・腸内細菌叢のバランス改善および腸管内腐敗物質の低下などの効果を発現すること、抗菌性物質の産生や病原細菌の抑制作用を有していること、安全性が高いことなどが挙げられます。
IBSにおいても、腸内細菌叢のバランスの是正や抗炎症作用による治療効果が期待されています。
プロバイオティクスはプラセボと比較してIBS症状を改善するという研究結果が出ています(例えば、乳酸菌製剤は、糖分解による乳酸で腸内を酸性にして消化液の腐敗、ガス発生を抑制し、症状・病態を改善します)。
試験の結果では、プロバイオティクスが患者の腹痛、膨満感および腸管ガス貯留を低減することが示唆されています。
以上より、選択肢④は誤りと判断できます。
⑤ 下痢型IBSは女性に多く、便秘型IBSは男性に多い。
- 便秘型IBS:硬便または兎糞状便が25%以上あり、軟便(泥状便)または水様便が25%未満のもの。
- 下痢型IBS:軟便(泥状便)または水様便が25%以上あり、硬便または兎糞状便が25%未満のもの。
- 混合型IBS:硬便または兎糞状便が25%以上あり、軟便(泥状便)または水様便も25%以上のもの。
- 分類不能型IBS:便性状異常の基準が上記のいずれにも満たさないもの。
下痢型IBSでは、突然に起こる腹痛や下痢が生じます。
通勤や通学途中に便意や腹痛が起こり外出に支障が出ることや、大腸の蠕動運動が亢進することで大腸における便の水分吸収が不十分となり下痢・腹痛を生じます。
便秘型IBSでは、腸が緊張状態となることで大腸の蠕動運動が減少し便秘となります。
便が長時間、大腸に停滞することで過剰な水分吸収が起こって兎糞状便になり、さらに便が貯留することにより下腹部~左側腹部の違和感が起こることもあります。
そして、便通異常のタイプとして、男性の半数は下痢型であり、女性の9割は便秘型であるとされています。
ただし、近年の若年男性には便秘が多い人もおります。
いずれにせよ、本選択肢の内容は上記の疫学とは合致しないことがわかりますね。
以上より、選択肢⑤は誤りと判断できます。