サーカディアンリズム(circadian rhythm)に関する問題です。
日本語では概日リズムと言いますね(circa=約、dies=1日)。
生理的基盤を中心にしっかりと覚えておきましょう。
問86 ヒトのサーカディアンリズムと睡眠について、正しいものを1つ選べ。
① 加齢による影響を受けない。
② メラトニンは、光刺激で分泌が低下する。
③ 時計中枢は、視床下部の室傍核に存在する。
④ 睡眠相遅延(後退)症候群は、夕方から強い眠気が出る。
⑤ ノンレム睡眠とレム睡眠は、約45分の周期で出現する。
解答のポイント
サーカディアンリズムに関する生理的基盤、特徴を把握している。
選択肢の解説
私は大学時代の教科書だった以下を未だに使っています。
生理心理学に関して詳しく載っていますし、特に睡眠脳波やその周辺については非常に詳しいとおもいます。
参考になれば幸いです。
① 加齢による影響を受けない。
加齢によって生理学的睡眠特性が変化することは、実感としてもっている人も多いだろうと思います。
加齢により体内時計の発振するサーカディアンリズムも変化を受け、実時間に対して前進するのが一般的です。
時計遺伝子発現リズムの振幅が低下するとともに、ほとんどの生理機能でそのサーカディアンリズムの振幅が低下するわけです。
高齢者では体内時計の前進により深部体温がより早い時刻に低下し、より早い時刻から上昇するようになるため、夜早くに眠たくなり、朝早くに目覚めてしまいます。
これは、加齢とともにサーカディアンリズムの周期長が短くなっていくことと相同です。
加齢とともに、光同調が拙劣になり、高齢者は海外旅行のとき、時差ぼけの程度が大きくなるとされています。
これらの特徴については、視床下部の視交叉上核は、加齢とともに機能的あるいは組織解剖学的に変化していくことで生じるとされています。
中枢時計と末梢時計とを連絡する VIP ニューロンに変化がみられること、視交叉上核のVIPニューロンの数は加齢とともに減少し、サーカディアンリズムの振幅が低下することなどが示されています。
また、加齢の影響は、まず網膜の光受容に現れます。
高齢者にみられるサーカディアンリズムの乱れは、こうした加齢とともに現れてくる光同調感度の低下が大きな要因であることが示されています。
以上より、サーカディアンリズムは加齢により強く影響を受けることが示されています。
よって、選択肢①は誤りと判断できます。
② メラトニンは、光刺激で分泌が低下する。
サーカディアンリズムがどのような仕組みで生理機能に発現されているかは、松果体細胞で合成されるメラトニンで詳しく調べられています。
松果体におけるメラトニン合成には顕著なサーカディアンリズムが認められ、昼行性夜行性を問わず夜間に合成が亢進します。
視交叉上核から発振されたサーカディアンリズム信号が交感神経系を介して松果体細胞に伝えられ、メラトニン合成が刺激されることで、夜間のメラトニン上昇が起こります。
交感神経が刺激されると、神経終末からノルアドレナリンが分泌され、βアドレナリン受容体を刺激して細胞内cAMP濃度を上昇させます。
その結果、メラトニン合成の酵素が活性化され、セロトニンからメラトニンが合成されます。
光入力経路はサーカディアンリズムの光同調経路と共通しており、網膜から入った光情報は網膜視床下部路、視交叉上核を経由して交感神経系に入り、松果体細胞に達します。
明るい光によってメラトニンの分泌は抑制されるため、日中にはメラトニン分泌が低く、夜間に分泌量が十数倍に増加する明瞭な日内変動が生じます。
この経路は形態視を司る視神経から独立しており、完全盲の人でも眼球が保存されている場合には、メラトニン合成が光によって抑制されることがわかっています。
光によるメラトニン抑制反応は、ヒトでは500ルックス以上の光で生じるとされています。
メラトニンには催眠作用があるため、欧米では睡眠薬としてドラッグストアなどで販売されており、日本でもインターネットで並行輸入が可能です。
しかし、一般的にメラトニンの催眠作用は弱く、寝る前に服用しても寝つきは若干良くなるものの、不眠症の改善効果は乏しいことが分かっています。
非24時間睡眠覚醒リズム・睡眠相後退症候群・交代勤務睡眠障害・時差症候群などの概日リズム睡眠障害(睡眠・覚醒リズム障害)に対してはメラトニンが有効ですが、メラトニンのリズム調整作用を十分に引き出すには特殊な時間帯での服用が必要です(寝る前ではありません。時間帯を決めるには睡眠検査が必要です)。
上記の通り、光を浴びることによって、メラトニンの生成が抑制されることがわかっています。
よって、選択肢②が正しいと判断できます。
③ 時計中枢は、視床下部の室傍核に存在する。
サーカディアンリズムは、地球の自転によって作り出される昼夜の交代に対する適応の結果として生物が獲得したものですが、長い生物の歴史の初期にはおそらく外因性のリズム、すなわち学習性のリズムであったと思われます。
その後、進化の過程のどこかで遺伝的形質の一つとしてサーカディアンリズムが組み込まれたと考えられます。
つまり、サーカディアンリズムは先天的に生物に備わっているものであり、24時間の環境サイクル(たとえば明暗)を経験することによって後天的に獲得されるものではありません(この点については、多くの研究で立証されています)。
ただし、サーカディアンリズムの本来の周期は25時間であり、サーカディアンリズムが「概日リズム」と呼ばれるのは概日(おおむね1日であり、正確に24時間ではない)という意味を持っています。
本来の周期が25時間であるにも関わらず、私たちの日常生活が24時間で営まれているのは、生物時間が24時間を周期とする環境変化に合わせているということになります。
これを「同調」と呼びますが、この同調因子として挙げられているのは「明暗(昼夜)」「社会的接触」「時刻の認知」です。
特に重視されているのは「明暗」であり、180ルックス~千数百ルックスの照度の光もリズムに影響を与えることが示されています。
一方、サーカディアンリズムには、内的脱同調(睡眠覚醒リズムや体温リズムなどの複数のリズムが同調せず、自発的に異なる周期で継続すること)や温度不依存性(温度変化に抵抗してほぼ一定のリズムを刻むこと。温度補償性ともいう)などの特徴があることが示されており、人間内部にリズムの中枢があることも証明されています。
上記のような特徴より、サーカディアンリズムはヒトにプログラムされた設定であることがわかります。
となると、その所在、すなわち中枢はどこにあるのかが研究対象になりますね。
ヒトの場合は研究方法上の制約によって、その部位は確定的とは言えませんが、複数の動物実験等によってかなり同定されています。
まず、ラットを用いた研究では、ラットの視床下部の内側基底部を損傷すると、摂食や内分泌系のサーカディアンリズムが消失することは古くから知られていました。
また、解剖学的研究では、視覚情報経路である「網膜-外側膝状体-後頭葉視覚野」とは別の光受容経路が発見されました。
この神経路は、網膜から直接的に視床下部の視交叉上核へ連絡するもので、網膜視床下部路と呼ばれています。
先述の通り、同調因子として極めて重要な光の受容は、哺乳類では網膜以外にはなく、しかも、サーカディアンリズムと関わっていそうな視床下部への直接の神経路(網膜視床下部路のことですね)があることから、視交叉上核が時計中枢である可能性が高くなりました。
事実、視交叉上核を破壊すると、ホルモン、摂水、活動性、睡眠覚醒のサーカディアンリズムは消失するとされています。
こうした知見によって、現在ではサーカディアンリズムは視床下部の視交叉上核によって司られていると考えられています。
本選択肢の「室傍核」は、視床下部前方の背側、第三脳室壁の近くにある明瞭な神経核であり、室傍核の内側部に位置する小細胞性領域にはストレスホルモンとも呼ばれる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを分泌するニューロンの細胞体が存在します。
セリエは、その研究の最初期において適応における副腎の重要性に気づき、また、下垂体-副腎皮質系がストレス反応に重要であることを実証し、この重要なストレス反応系を「視床下部-下垂体-副腎系(hypothalamic-pituitary-adrenalaxis:HPA系)」と呼びます。
大脳皮質がストレスを認識すると、視床下部へと刺激が伝えられ、副腎皮質刺激ホルモン(コルチコトロピン)放出ホルモン(CRH)が分泌されると下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌が促進されます。
ACTHは副腎皮質において糖質コルチコイド(ステロイド)の合成と放出を促し、ステロイドは短期的にはエネルギー利用促進、循環器系活動の増加、成長や生殖に関する機能を抑制します。
こうした身体に種々のストレス反応として現れてくるわけですね。
以上のように、時計中枢は室傍核ではなく視交叉上核であることが示されています。
よって、選択肢③は誤りと判断できます。
④ 睡眠相遅延(後退)症候群は、夕方から強い眠気が出る。
サーカディアンリズムによる生理機能の時間的秩序形成は、フィードバックによる恒常性の維持とともに、生理的な機能発現には欠かすことができません。
生理機能の時間的秩序が乱れる時差飛行や夜間勤務では様々な障害が発生し、それらは「時差ぼけ」や「非同期症候群」として知られています。
また、リズム同調が障害される疾患としては「睡眠相後退症候群」や「非24時間睡眠覚醒リズム症候群」が知られています。
これらについて詳しく述べていきましょう。
まずは「時差ぼけ」についてです。
時差のある地方へ飛行機で急速に移動すると、不眠、昼間の眠気、倦怠感、食欲不振などの身体症状が出現します。
時差ぼけは通常1週間ほどで消失しますが、2~3週間かかる場合もあります(遷延性時差ぼけ)。
時差ぼけは瞬時には同調することのできないサーカディアンリズムと現地時刻に合わせた睡眠覚醒との位相のずれ、つまり人為的に起こされた内的脱同調(先述の通り、睡眠覚醒リズムや体温リズムなどの複数のリズムが同調せず、自発的に異なる周期で継続すること)が原因です。
サーカディアンリズムが徐々に現地の昼夜変化に同調し、内的脱同調が解消されると時差ぼけも消失します。
続いて「睡眠相後退症候群」についてです。
睡眠相後退症候群は入眠困難と覚醒困難が慢性的に持続し、睡眠相前進症候群は夕方の眠気や早朝覚醒を呈します。
睡眠相後退症候群は、社会的に望ましい時刻に入眠および覚醒することが慢性的に困難であり、多くの場合午前3時~6時のある一定の時刻になってやっと寝付くことができます。
学校の試験などの大事なスケジュールがある時でも決められた時刻に起床することができず、なんとか無理をして起床したとしても、午前中は眠気や頭痛・頭重感・食欲不振・易疲労感などの身体的不調のために勉学や仕事を行うことが困難な状態になります。
大学生の中には、夜型の生活を続けているうちに、同様の睡眠・覚醒パターンになっている場合が見られますが、この場合は試験や遊びなどで、どうしても朝起床しなければならない時には起きることができるという点が異なっています。
睡眠相後退症候群の場合には、本人にとって非常に重要なスケジュールがある時でも起床することができず、その結果社会的不利益を受けることになります。
発症年齢については、思春期から青年期が好発年齢であると考えられており、治療としては、朝の高照度光療法または夜のメラトニン投与などで生体リズムの位相を前進させる方法が有効です。
睡眠相前進症候群は、夕方の眠気や早朝覚醒を呈するもので、高齢者に多いのも特徴です。
加齢に伴う生体リズムの周期の短縮が関与していると考えられており、治療としては、入眠前の高照度光療法が有効とされています。
これは夕方の光の体内時計に対する作用により、生体リズムの位相が後退することを目的とした治療法です。
最後に「非24時間睡眠覚醒リズム症候群」についてです。
こちらは、昼夜変化に同調した睡眠覚醒リズムを維持することができず、就寝と起床の時刻が毎日遅れていく状態を指します。
つまり、サーカディアンリズムのフリーラン(24時間周期から外れてくること)です。
不眠や覚醒障害を中心とした症状が出現し、通常の社会生活が困難になります。
上記の通り、睡眠相後退症候群では多くの場合午前3時~6時のある一定の時刻になってやっと寝付くことができ、覚醒が午後1時以降になってからになるため、社会生活の困難さが強くなります。
よって、選択肢④は誤りと判断できます。
⑤ ノンレム睡眠とレム睡眠は、約45分の周期で出現する。
まずレム睡眠・ノンレム睡眠について理解しておきましょう。
レム睡眠のレム(REM)とは、rapid eye movementの頭文字を取ったものであり、急速眼球運動を意味し、睡眠中にその眼球運動が出現している状態を「レム睡眠」と呼ぶわけです。
成人では入眠後約90分の周期をもって、一夜の睡眠の間にレム睡眠は4~5回出現し、合計で約90分ほどになります。
他の睡眠段階とは明らかに異なった睡眠であり、以下の5点の特徴をもちます。
- 脳波が、睡眠段階1に似た低振幅の波形を示し、覚醒パターンに近似していること。
- 抗重力筋(頸筋のように姿勢を保つための筋肉)の緊張が完全に消失すること。
- 急速眼球運動が出現すること。
- 自律活動の昂進があり、脈拍増加、呼吸数の増加・不規則化(換気量も増加する)、血圧の上昇、陰茎勃起などが生じる。
- この睡眠段階では夢を見ていることが多い(夢の想起率約80%)。
動物実験でレム睡眠の選択的剝奪を行うと、学習成績が下がること、ヒトではイライラしてきたり、不安感にかられたり、幻覚が起こることが示されています。
上記で睡眠段階についての言及がありましたので、そちらについても確認しておきましょう。
「公認心理師 2018追加-99」で述べているので、それを転載しますね。
【段階1】
- α波の出現パターン間歇的になり、2~7ヘルツの低振幅徐波が現れます。
徐波=α波より周波数が低いという意味で、δ波(0.5~4Hz未満)とθ波(4~8Hz未満)に分けられます。 - いわゆる入眠期であり、θ(シータ)波が多いので「やっと寝まシータ」と覚えましょう。
- ゆっくりとした眼球の振り子運動(slow eye movement:SEM)が見られます。
【段階2】
- 12~14ヘルツで0.5秒以上の持続をもった明瞭な紡錘波(ノンレム睡眠時の脳波に見られる12~14Hzの波で、律動的に連続して出現し、それが紡錘の形に似ている脳波パターン)が出現します。
段階2に移ったと判断するには、この紡錘波の存在が必須になります。 - この段階では持続が0.5秒以上の明瞭なK複合波(瘤波と紡錘波が結合したような形でみられ、音などの感覚刺激で誘発されたり、自発性に出現することもある)が出現することも特徴的です。
- SEMは停止し、呼吸は規則正しい寝息になります。
- 男性は覚醒中は腹式呼吸ですが、この時期から胸式呼吸に変わり、これ以降の睡眠中の呼吸運動の性差は無くなります。
【段階3および段階4】
- 1~2ヘルツのδ波が出現します。
- 判定区間に占めるδ波の割合によって、50%以上を段階4、20~50%を段階3とします。これらをまとめて「徐波睡眠」と呼ぶこともあります。
- この段階では呼びかけてもなかなか目を覚ましません。
【REM期】
- 眠り始めてから1時間半から2時間たつと、脳波パターンは突然低振幅、不規則状態を示し、入眠期とよく似た脳波パターンに変わります。
ところが通常の入眠期と異なり、閉じたまぶたの下で、眼球が水平方向に急激な速さで運動を繰り返します。
一般に眼球運動の速さは覚醒水準と関係しており、不安や緊張など高覚醒状態では小刻みな急速眼球運動(rapid eye movement:REM)が連続します。
この時期がレム期と呼ばれるのは、こうした急速眼球運動が見られることに由来します。 - 本来は安静にするとレムは減少し、うとうとすると入眠時に特有のセムが現れるはずであり、一方で、レムであれば脳波パターンはβ波が優勢な高覚醒パターンでなければならないはずです。
しかし、入眠後1時間半から2時間たってから現れる段階1では、レムが現れているにも関わらず、眼を開けて起きたりせず、行動的には眠りの状態が維持されています。 - つまり、眠っているはずの人に起きている時に表れるはずのレムが見られることから、この睡眠は非常に逆説的といえ、それ故に「逆説睡眠」などと呼ばれています。
- Jouvetら(1959)によって、顎や頸などの抗重力筋の筋緊張が著しく低下することもレム期の特徴として挙げられるようになり、レム睡眠は脳波・眼球運動・筋電図の3つの指標から判定されるようになりました。
現在では、レム期以外の睡眠段階をまとめてノンレム睡眠(non-REM sleep)と呼んでいます。
上記の通り、ノンレム睡眠とレム睡眠の周期は約90分であることが知られています。
90分の周期の中にノンレム睡眠の4段階とレム睡眠段階が入ってくるわけですね。
よって、選択肢⑤は誤りと判断できます。