Neisserの「自己知識」に関する問題になっています。
こちらはなかなか専門的な内容だと思いますが、その前提になっている「自己意識」に関してはたいていの辞書にも載っている内容ですから把握しておきたいところです(Neisserの自己知識は、専門の辞書でないと載っていないかなと思います)。
問114 U. Neisser が仮定する5つの自己知識について、不適切なものを1つ選べ。
① 公的自己
② 概念的自己
③ 対人的自己
④ 生態学的自己
⑤ 拡張的/想起的自己
解答のポイント
Neisserの自己意識について把握している。
選択肢の解説
本問に関しては以下の書籍を参考にしつつ解説を行っています。
興味のある方は参考にしてみてください。
① 公的自己
本問は「自己意識」に関しての設問です。
自己意識とは、意識の対象が自分自身にあること、自分自身を客観的な対象としてみる能力のことを指します。
それは、主体が外界に注意を向けている時ではなく、自分自身の内部環境に焦点を当てているときに発生するものです。
すなわち、自らが自分に関する情報の処理を行う観察者になることを指します。
自己意識の個人差を測定する尺度では、「私的自己」と「公的自己」の2側面に区別されています(Fenigstein,1975)。
私的自己は、外から観察不可能な事象や特性をもつ要素からなるもので、情動や生理的な感覚、知覚、価値、目標、動機といったものが挙げられます。
私的自己意識が高められると、そのときの感情が強化されることに加え、自分の身体状態や態度などをより正確に知覚できるようになるとされています。
一方、公的自己は、行動や身体的な見かけのように、外側から見えるものが挙げられます。
公的自己があることによって、基準と自己の実態とのズレが鋭く意識され、このズレにより当惑や恥などのネガティブな感情(自己意識情動とよばれる)を感じやすくなります。
なお、このようなズレを低減させるために、自己の判断や行動を他者と一致させる同調行動が出現しやすくなるとされています。
私的自己と公的自己をそれぞれ高める誘因が指摘されており、公的自己意識を高める誘導因は、①他者に観察されること(発表などの場で大勢の人の視線にさらされる場合は、注意が自己に対して強く向けられる。また、録画・録音の装置を向けられる場合も、他者に変わって自己が観察されることとなるため公的自己意識が高められる)、②自己のフィードバックを与えられること(自分が映った写真やビデオ映像を見ること,録音された自分の声を聴くことである。これによっても自分の容姿や声が他者にどのようにとらえられているかを意識させられる。カラオケで自分の歌声を聞いた時のような感じ)。
私的自己意識を高める誘因としては、自身の感情に目を向ける(内省する)、自分について書く(日記とか)ことで自分自身についての私的な思考や空想への注意を向ける、などが挙げられます。
こうした自己の心理学的研究では、自己概念など、認識の対象としての自己が中心的なテーマになっていました。
それに対して、「行動を起こす力として、あるいは行動の特徴を作り出す源として」の自己の機能に着目する向きが生じ、こうした課題を克服する方向で、その後の乳幼児期における自己発達に関する仮説が提起されました。
その代表的なものが、SternとNeisserの仮説になります。
スターンは、乳児の有能性や能動性を示す実証的研究の成果と、精神分析的臨床知見をもとにした乳児像を理論的に統合し、乳幼児が自己を主観的レベルでどのように感じているのか(自己感)を推定しています。
乳幼児の自己感には次の4種類があり、それらによって他者との関係も特徴づけられると考えられています。
- 新生自己感:生後2か月ごろまでに出現し、直接的で全体的な知覚経験に基づくもの。
- 中核自己感:生後2か月から6か月ごろに出現する。自分が何かをしようとしているという主体性の感覚や、自分が永続的に存在している連続性の感覚を通して、自己と他者はそれぞれあるまとまりをもった別個の存在であることを感じている。
- 主観的自己感:生後7~9か月以降、自他は身体的に別の存在であるだけではなく、それぞれが主観的精神状態をもつことに気づいていく。こうした相互主観的な関わり合い中で感じる自己感のことを指す。
- 言語自己感:生後2年目以降、言語にもとづいて自己を対象化したり、自己や他者を言語的に表現することで感じる自己感のこと。
なお、スターンは、新しい自己感が出現しても、その前の自己感は残存して作用し、それぞれ相互に関連しあいながら機能していると考えており、この点がフロイトの発達段階論と異なるところです(自己に関する論考の始まりはフロイトをはじめとする精神分析学)。
Neisserの自己知識に関しては以下の選択肢でも述べるので省略しますが、本選択肢の公的自己は上記のような意味を持ち、私的自己・公的自己という考えを発展させる形でスターンやネイサーの考えが出てきたと言えます。
よって、選択肢①はNeisser が仮定する5つの自己知識として不適切と判断でき、こちらを選択することになります。
② 概念的自己
③ 対人的自己
④ 生態学的自己
⑤ 拡張的/想起的自己
さて、上記のような流れから、Neisser(1997)は、自己を感じたり知ったりする「自己に関する知識」を、利用される情報の種類(知覚、感覚、認知、想起など)に着目して以下の5つに分けています。
- 生態学的自己:視覚、聴覚、内受容感覚などによる物理的環境の知覚に基づく自己で、乳児期のかなり早い時期から知覚可能である。
- 対人的自己:他者との社会的交渉に基づく自己で、そのような社会的交渉は、人に典型的なコミュニケーションの信号や情動的なラポール(音声、アイコンタクト、身体接触など)により特定される。この自己知識のモードも乳児期の早い時期から想定される。
- 概念的自己または自己概念:自分自身の特性に関する心的表象のこと。そうした表象は、個々人で異なるように、文化間でも変わるが、主に言語的な情報によって獲得されたものである。したがって、2歳くらいからこうした自己を仮定できる。
- 時間的拡張自己:個人が知っており、語り、想起し、未来に映し出すような、その個人のライフストーリーであり、概念的自己を持つまでは出現しないとされている。ナイサーはこの時期を4歳くらいと考えている。
- 私的自己:子どもが主観的な経験を理解し重んじるようになったとき、そして、他者とはそうした意識的経験を共有し得ないということの重要性に気づいたときに出現する自己を指す。
ナイサーによる自己に関する仮説の特徴の一つは、Gibson(1979)以来の生態学的知覚論に拠っている点です。
あらゆる知覚現象は、その知覚対象と同時に、知覚者自身の知覚も含まれているとし、伝統的な知覚心理学の限界を超えて、発達初期の自己の存在を理論的考察の射程に入れることができています。
なお、ナイサーもスターンと同様に、それぞれの自己は新たに出現したものと置き換えられるのではなく、相互に関連しあっていると考えているのが特徴です。
スターンとナイサーの依拠する理論的背景は異なりますが、ともに発達初期からの自己の発達を正面から論じている点で、それまでの発達心理学では扱えない問題に目を向けています。
自己をアプリオリに想定してしまうのではなく、自己がいつどのように発生していくのかという発生的視点をもつことで、自己には環境世界や他者との相互作用に応じて、いくつかのレベルでの存在様式があることが理解できます。
つまり、環境世界や他者との関係の在り様を度外視して、単一の実体として自己を想定することは不可能であると言えます。
以上より、選択肢②、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤はNeisser が仮定する5つの自己知識として適切と判断でき、除外することになります。