40歳の男性A、会社員の事例です。
事例の内容は以下の通りです。
- 仕事でいくつも成果を上げ、大きなやりがいを感じている。
- 部下へのアドバイスやサポートも惜しまず、人望がある。
- 一方、家庭では息子の学業成績の不振や生活態度の乱れに不満を持ち、厳しく注意したり威圧的にふるまったりすることから、それに反発した息子と言い争いになることが多い。
- 最近、息子はAと顔を合わせることを避け、自室に引きこもるようになった。
E.H.Eriksonのライフサイクル論におけるAの発達課題(危機)として、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。
エリック・エリクソンは人が生まれてから死ぬまでの一生を乳幼児期から老年期まで8発達段階に区分しました。
エリクソンによれば、一生は「乳児期」「幼児期」「児童期」「学童期」「青年期」「成人期」「壮年期」「高齢期」という8つの段階に分類されます。
時期(大まかな年齢)、心理・社会的危機、危機を通して獲得されるものは以下の通りです。
- 乳児期(0歳~1歳6ヶ月頃):基本的信頼感 vs 不信感;希望
- 幼児前期(単に幼児期とも)(1歳6ヶ月頃~4歳):自律性 vs 恥・疑惑;意思
- 幼児後期(遊戯期とも)(4歳~6歳):積極性(自発性) vs 罪悪感;目的
- 児童期・学齢期・学童期(6歳~12歳):勤勉性vs劣等感;有能感
- 青年期(12歳~22歳):同一性(アイデンティティ) vs 同一性の拡散;忠誠性
- 成人期前期(前成人期)(就職して結婚するまでの時期):親密性 vs 孤立;愛
- 成人期後期(成人期)(子供を産み育てる時期):世代性 vs 停滞性;世話
- 老年期(子育てを終え、退職する時期~):自己統合(統合性) vs 絶望;英知
エリクソンは上記の通り、各段階で達成されなければならない発達課題を定め、これを心理・社会的危機と呼ぶ葛藤を示しました。
各段階ごとに「肯定的側面 対 否定的側面」と対になって設定されています。
エリクソンは、それぞれの発達段階には成長や健康に向かうプラスの力(発達課題:肯定的側面)と、衰退や病理に向かうネガティブな力(危機:否定的側面)がせめぎ合っており、その両方の関係性が人の発達に大きく影響すると仮定しています。
こうしたせめぎ合いの末、さまざまなものが獲得されるとしています(上記の一番左に記載してあるものがそれに当たります)。
発達課題という節目とどのように関わるかによって、大きな成長がもたらされる場合もあれば、自分にマイナスな部分が加算されていく場合もあります。
そのため、エリクソンは課題は危機でもあるとも考えました。
本問は、そうした心理・社会的危機に関する理解を問うています。
ちなみにより基本的な内容についての設問として、公認心理師2018-15があります。
復習しておきましょう。
解答のポイント
エリック・エリクソンのライフサイクル論について把握していること。
選択肢の解説
『①自律性 対 疑惑』
こちらは幼児前期(1歳6ヶ月頃~4歳)の課題となります。
※年齢は資料によって若干異なることもありますのでご承知おき下さい。
この年齢の子どもは運動機能と言語能力の発達とともに一個の独立した意思をもつようになり、また両親のしつけの内在化により自己統制を学び、自分の意思によって決定できるという感覚を育みます。
これに失敗すると恥と疑惑を引き起こし、自律性の感覚を獲得できないとされています。
これは精神分析的に言えば、肛門期へ対応の段階ということになります。
上記の内容(しつけとか、その内在化とか、自分を統制する感覚とか)はすべて肛門期の課題ですね。
事例の発達課題の肯定的側面として現れているのが「仕事でいくつも成果を上げ、大きなやりがいを感じている」「部下へのアドバイスやサポートも惜しまず、人望がある」という点だと思われます。
対して否定的側面として現れているのが「家庭では息子の学業成績の不振や生活態度の乱れに不満を持ち、厳しく注意したり威圧的にふるまったりすることから、それに反発した息子と言い争いになることが多い」「最近、息子はAと顔を合わせることを避け、自室に引きこもるようになった」だと考えられます。
これら課題の在り方は、幼児前期の課題の在り方と異なることがわかります。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
『②親密性 対 孤立』
こちらは成人期前期における発達課題になります。
成人期に異性の世界と関係を持つことは自己の世界観を揺るがす経験であるので、自我同一性(アイデンティティ)が確立されていない場合はこれが困難になります。
この危機を回避するには関わりを断って孤立することが考えられますが、回避的な孤独は不適応的な結果を招くことになります。
すなわち、この段階では「自分と他者の同一性の共存、融合」が試されているわけですね。
事例の「家庭では息子の学業成績の不振や生活態度の乱れに不満を持ち、厳しく注意したり威圧的にふるまったりすることから、それに反発した息子と言い争いになることが多い」という点が、一見他者との同一性の共存に見えなくもありません。
ですが、エリクソンの理論を見てみると、この段階では幸福感・安心感につながる異性との結びつきや愛の実感を重視していますから、対象が「息子」である点が合致しないように思えます。
また事例の「仕事でいくつも成果を上げ、大きなやりがいを感じている」「部下へのアドバイスやサポートも惜しまず、人望がある」という点については、本選択肢の内容と合致するものではないことがわかりますね。
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。
『③信頼性 対 嫌悪』
こちらはエリクソンのライフサイクル論のどの段階に該当するのか特定することができません。
「信頼性」に一番近いのは乳児期の「基本的信頼感 vs 不信感」であろうと思われますが、「嫌悪」に近いのは老年期になります。
※老年期の否定的側面の課題ですが、資料によっては「絶望・嫌悪」と表記されています。
ちなみに「基本的信頼感」では、授乳を始め養育者から世話を受ける中で、自他への基本的信頼感を形成していきます。
また「絶望・嫌悪」は、自分の人生全体や人間関係を振り返ってみての叡智の獲得ややり終えたという満足感が得られていないということを指します。
こちらの選択肢については「選択肢の内容が、エリクソンの段階を正確に示していない」という点で不適切と見なすのかなと思います。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
『④勤勉性 対 劣等感』
こちらは学童期の発達課題となります。
エリクソンがこの時期に重視していることは、自分が自分の課題に挑戦し、それを成し遂げることに喜びを見いだすこと(勤勉性)であり、しかし、挑戦した課題を上手く成し遂げられないということになると、自分は何をしても上手くできないという不全感と自信の無さに悩む結果(劣等感)になります。
この時期の重要な関係の範囲は、学校集団であり、その中での関係性によって生じるものであるとされています。
事例の内容(「仕事でいくつも成果を上げ、大きなやりがいを感じている」「部下へのアドバイスやサポートも惜しまず、人望がある」)は、何かに挑戦しているという勤勉性という枠組みで捉えることは不自然であると思われます。
また、息子への関わりも「劣等感」と捉えるのは不自然ですね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
『⑤生成継承性〈世代性〉 対 停滞』
こちらは成人期後期の発達課題を指しています。
成人期後期には、自身の子どもあるいは自身よりも年下の世代をいかに育み得るか、そこでの生成継承性(世代性)が課題となります。
広い意味で、次世代に残す仕事や作品や事業を生み出し、育み、世代から世代へと継承していく働きを指します。
この概念が重要なのは、その前までは「自分自身」に関する課題だったのに対し、次世代を育てるという「他者」を育成する方向になってきているということです。
この生成継承性が発達していかないと、いつまでも子どものままで自分にしか関心がなく、停滞し、人間関係が貧困になっていきます。
事例で「仕事でいくつも成果を上げ、大きなやりがいを感じている」「部下へのアドバイスやサポートも惜しまず、人望がある」となっているのは、まさにそうした次世代を育てるという課題に取り組んでいる証拠だと言えます。
一方で、こうしたプロセスはそう単純ではありません。
前の世代が伝統を伝えようとしても、次の世代はそれに反発し、前の世代が作ったものを壊しながら新たなものを創造するという、世代間のせめぎ合いが起こります。
前世代から継承しながら、新たなものを「生成的」に想像していくプロセスが生成継承性と言えます。
事例の「家庭では息子の学業成績の不振や生活態度の乱れに不満を持ち、厳しく注意したり威圧的にふるまったりすることから、それに反発した息子と言い争いになることが多い」という点は、まさに上記のせめぎ合いが示されていると言えます。
A自身も、こうしたせめぎ合いの中で親として「育てられる」わけです。
息子も反発し「Aと顔を合わせることを避け、自室に引きこもるようになった」ことで、Aから押し付けられた価値観をブレイクスルーし、新たなものを創造しようとしているわけですね。
以上より、選択肢⑤が適切であると判断できます。