プロスペクト理論について、正しいものを1つ選ぶ問題です。
プロスペクト理論については、聞いたことが無い人もいるだろうと思います。
しかし、この理論の示している内容は日常的に理解しやすいものであると思います。
マーケティングなどでも活用されています。
この際、しっかりと理論的なところも含めて理解しておきたいところですね。
解答のポイント
プロスペクト理論における、価値関数、確率加重関数、参照点などの概念を把握していること。
プロスペクト理論について
【概要】
プロスペクト理論とは、Kahneman&Tverskyによって提唱されました。
不確実性下における意思決定モデルの1つであり、個人の選択によって得られる利益や損益とそれが生じる確率を踏まえて個人がどのような選択をするかを記述し説明するためのモデルです。
選択の結果得られる利益もしくは被る損害および、それら確率が既知の状況下において、人がどのような選択をするか記述するモデルとなります。
伝統的経済学では「合理的経済人」を前提とした消費者の捉え方をしておりましたが、こちらの理論は消費に係わる人間の認知判断のメカニズムを「非合理性」を前提として理解する行動経済学アプローチとなります。
すなわち、最適解を求める規範的モデルと異なり、現実の選択がどのように行われているかをモデル化することを目指すものです。
個人が損失と利得をどのように評価するのかを、実験などで観察された経験的事実から出発して記述する理論となっています。
ちなみにカーネマンは、この理論によって2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
(トヴェルスキーは既に他界していた)
【実験】
この理論においては、期待値は同じなのに、利益を得る場面と損失を得る場面での行動が異なることが示されています。
よく例として使われるのが、以下の実験です。
質問1:あなたの目の前に、以下の2つの選択肢が提示されている。
- 選択肢A:100万円が無条件で手に入る。
- 選択肢B:コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない。
質問2:あなたは200万円の負債を抱えているものとする。そのとき、同様に以下の2つの選択肢が提示されたものとする。
- 選択肢A:無条件で負債が100万円減額され、負債総額が100万円となる。
- 選択肢B:コインを投げ、表が出たら支払いが全額免除されるが、裏が出たら負債総額は変わらない。
質問1は、どちらの選択肢も手に入る金額の期待値は100万円と同額であるにもかかわらず、一般的には、堅実性の高い「選択肢A」を選ぶ人の方が圧倒的に多いとされています。
これに対して、質問2も両者の期待値は-100万円と同額であるにもかかわらず、質問1で「選択肢A」を選んだほぼすべての者が、質問2ではギャンブル性の高い「選択肢B」を選ぶことが実証されています。
すなわち、利益を得られる場面では「利益を逃す損失を回避しようとすること」が、損失を被る場面では「リスクを負ってでも損失を回避しようとすること」が明らかにされています。
こうした行動傾向を「損失回避バイアス」や「損失回避性」と呼びます。
【プロスペクト理論における意思決定基準:価値関数】
この理論は「価値関数」と「確率加重関数」という2つの意思決定基準から成り立っています。
カーネマンは、実際の価値(客観的)と心理的な価値(主観的)の関係性について、実験で以下のような質問を通して明らかにしました。
- 80%の確率で4000ドルもらう(=期待値は3200ドル)
- 100%の確率で3000ドルもらう(=期待値は3000ドル)
上記において、ほとんどの人が第2項を選択しました。
カーネマンはこうした実験から以下のような価値関数を導きました。
価値関数において感じる利益と損失の比率は、1:2~2.5とされています。
ですから、100%の確率で1万円≒50%の確率で4万円(期待値1万円:期待値2万円)ということになりますね。
つまり「利益よりも損失の方が重大に感じる」ということが示されているわけです。
また価値関数グラフでは、扱う金額が大きくなるほどに損得の感覚は鈍くなっていくことが示されています(グラフが少しずつ横ばいになっている)。
これを感応度逓減性と呼びます。
数千万する家を購入するときに、数万の違いは微々たるものと感じてしまいます。
実際は塵も積もれば、ということですからオプションをバンバン付けてると大変なことになるのですが。
【プロスペクト理論における意思決定基準:確率加重関数】
もうひとつの「確率加重関数」で示されていることをまとめれば「人は確率を主観的に感じる」ということです。
以下のグラフによって示されています。
上記からもわかるように、人の主観的な確率は35%を境にその感じ方が変わってきます。
つまり、35%以下の確率を高く見積もり、それ以上の確率を低く見積もるという傾向です。
むかしファイナルファンタジータクティクスというゲームをしていた時に、敵キャラクターから武具を盗むことができるのですが、その確率が表示される仕様でした。
その際、30%ぐらいだったら「イケそうな気がする」と感じ、60%ぐらいだったら「ちょっと厳しいかもな」と感じたことを覚えています。
すなわち、人は客観的確率が低くても主観的には高く見積もり、客観的確率が高いと主観的には低く感じてしまうという傾向があるということです。
よって、「90%で100万円もらえる」と言われても低く感じてしまい、「90%で100万円損する」と言われても「失わない確率が10%ある」ためにそれを高く見積もってしまうという説明が可能になります。
宝くじの当選確率は紙よりも薄いですが、それでも買ってしまうのはこういう心理が働いているためとされています(低い確率は高く見積もりがち)。
【プロスペクト理論における「参照点」について】
人は物やサービスの価値を判断する際、参照点(一つ目の図の原点にあたるところ)を基準にして相対的に感じ方が変わってきます。
人にはそれまでの経験から、ある物やサービスをどの程度に価値づけするかというこころのなかの基準をもっています。
例えば、毎日コンビニコーヒー1杯100円を飲んでいる人は、スターバックスのコーヒーは割高に感じるかもしれないですね。
ゾゾタウンが割引サービスをして、ブランドが離れたという話がありました。
つまり割引が頻繁=通常価格で買うと損をするということになりますが、先述の通り、人は損失を利益の2倍から2.5倍に感じる傾向があるので、心理的な打撃が大きいわけです。
通常価格で購入したすぐ後に割引価格になると心理的打撃が大きいのはそのためです。
すなわち消費者の参照点を低くしてしまうことで、その後の購買意欲がそがれてしまう可能性があるわけですね。
そうならないように様々な工夫によって、参照点を高めていく努力が企業は行うわけです。
メルカリでも「手数料1割」は明らかに高いのですが、売買の仲介として企業が入ることで「どんな相手と取引しても、お金が支払われないなどのマイナスが生じない」という安心感があることで参照点が高くなり、利用者が多くなっているわけです。
これらから参照点については以下のことが言えます。
- 損得は客観的な価値づけではなく、参照点からの差が重要になる。
- 参照点は状況によって移ろいやすいものである。
以上を踏まえ、選択肢の解説に入っていきます。
選択肢の解説
『①損失回避の傾向を説明することができる』
すでに示している通りプロスペクト理論では、損失は利得よりも2倍~2.5倍大きく感じるとされております。
そのため、利益を得られる場面では「利益を逃す損失を回避しようとすること」が、損失を被る場面では「リスクを負ってでも損失を回避しようとすること」が明らかにされています。
このため人は、客観的な損得勘定とは異なる判断基準によって、より強く損失を回避しようとすることが示されています。
以上より、選択肢①が正しいと判断できます。
『②主観的な満足の度合いは利得の絶対量に比例する』
人の主観的な価値判断の満足度は、その実際の利得量(客観的な利得)によって左右されるのではなく、元々持っているこころの中の価値づけ、すなわち参照点に依存しています。
つまり、どれほど客観的利益が大きかろうが、参照点との折り合いが悪ければ、得をしたという感覚は生まれないことになります。
ある集団で行ったテストで最高得点が60点だった場合、もしもその人がいつも100点ばかり取っている人なら、低い点数だと感じる可能性がありますね。
そのように日常的に定められた価値基準(参照点)に依存して、人は価値判断を行うことがプロスペクト理論において示されています。
以上より、選択肢②は誤りと判断できます。
『③低い客観的確率は主観的に過小評価されるとする』
プロスペクト理論の確率加重関数において、35%以下の低い可能性を大きく見積もる傾向があることが示されています。
例えば、失敗する可能性が10%や20%だとしても、それを客観的確率よりも大きく感じてしまう(すなわち過大評価してしまう)ということです。
以上より、選択肢③は誤りと判断できます。
『④ある事象の起こりやすさを典型例として類似している程度によって判定するものである』
こちらは参照点についての記述に近いように見えますが、別の概念の説明になっています。
参照点であれば「類似している程度によって判定するもの」という説明は適切ではありませんね。
「類似している程度」ではなく、自分の参照点を基準に損得の感じ方が変わるということになりますから。
この選択肢は「代表性ヒューリスティック」のことを指していると思われます。
問題解決の際、簡略化されたプロセスを経て結論を得る方法をヒューリスティックスと呼びますが、典型例と類似している事項の確率を過大評価しやすいヒューリスティックを「代表性ヒューリスティック」と呼びます。
つまり「人間は確率判断を求められたとき代表性により判断する」ということです。
代表性ヒューリスティックの例として有名なものにKahneman&Tverskyの示したリンダ問題があります。
「リンダは31歳、独身で、非常に聡明で、はっきりものをいう。大学では哲学を専攻し、学生時代は人種差別や社会正義の問題に関心を持ち、反核デモに参加していた。リンダの今を推測する場合、可能性が高いのはどちらか?」
A:銀行員である。
B:銀行員で、女性解放運動もしている。
この場合、BはAの部分集合なので、AよりBの方が確率が高くなることはないはずですが、多くの人はBと回答します。
このような現象を連言錯誤と呼んでいます。
概念の提唱者が同じなので、その辺の混乱を狙った選択肢と言えますね。
以上より、選択肢④は誤りと判断できます。