大脳皮質の運動関連領域に関する問題です。
「前頭葉」とか「一次運動野」だけならまだ簡単なのですが、それ以上の知識が求められていますね。
ブロードマンの脳地図は有名ですから、今回の出題を機に覚えるようにしておきましょう。
問103 大脳皮質運動関連領域の構造と機能について、正しいものを1つ選べ。
① 運動前野は、運動に対する欲求に関わる。
② 補足運動野は、運動の準備や計画に関わる。
③ 一次運動野は、体幹や四肢の平衡の維持に関わる。
④ 一次運動野は、Brodmannの6野に位置している。
⑤ 一次運動野が障害されると、同側の対応する筋に麻痺が生じる。
解答のポイント
大脳皮質の運動と関連する領域に関する理解がある。
選択肢の解説
③ 一次運動野は、体幹や四肢の平衡の維持に関わる。
④ 一次運動野は、Brodmannの6野に位置している。
⑤ 一次運動野が障害されると、同側の対応する筋に麻痺が生じる。
一次運動野は、中心溝の前壁とそれに接する中心前回は細胞構築上からブロードマン4野にとして区分され、一次運動野あるいは単純に運動野と呼ばれます。
19世紀後半にHughlings Jacksonは、てんかん患者の発作時に見られる痙攣がしばしば手に始まり、より近位の腕から体幹に、あるいは顔に移行していく様子を観察し、中心溝付近に体部位局在があると推測したのが始まりです。
その後、ヒトやサルの一次運動野の表面に電極を当て、弱い電流で局所的に刺激すると、反対側の四肢や顔面の運動が誘発させることがわかったという経緯があります。
運動野への直接の大脳皮質性入力は、運動前野ないし補足運動野(ともにブロードマン6野)、体性感覚野(ブロードマン3、1、2野)および頭頂連合野(ブロードマン5野)からの連合線維と対側の運動野からの交連線維です。
この辺については、実際のブロードマンの脳地図を見ておくと良いでしょう。
体性感覚野、視覚野、聴覚野などからの入力は、頭頂および前頭連合性皮質を経由し、運動前野および補足運動野から運動野に入るものが主流になっています。
このような連絡は、感覚性入力が次第に運動性入力に結びついていく学習過程の形成を示唆していると言えますね。
一次運動野が破壊除去されると、皮質脊髄路(錐体路)の大部分が交差性があるので、反対側の支配筋の弛緩性麻痺が起こり、随意運動ができなくなります。
そして、明らかな筋緊張の低下と表在性反射および深部反射の消失を伴います。
麻痺はサルやヒトの場合は著明で、特に遠位筋の障害が目立ち、とりわけ手指の細かい運動は回復しにくい傾向にあります。
少し時間がたつとバビンスキー反射が現れるようになります。
腹壁反射や挙睾筋反射などの表在性反射はほとんど消失したままですが、腱反射などの深部反射は回復してきます。
麻痺している筋では腱反射が増強し、痙縮を起こすことが多く、これは痙性麻痺と呼ばれており臨床的には錐体路症状とみなされているが、錐体路そのものの障害では生じません。
実際には、延髄錐体のみに損傷が限局する症例はないし、運動野あるいは内包損傷例では、皮質脊髄路のほかに多くの皮質遠心性投射線維が障害されています。
したがって、錐体路症状と呼ばれるものの中には錐体路以外の障害によるものも含まれています。
以上をまとめると、一次運動野は「随意運動のプログラミングに関わる大脳皮質の高次運動野や頭頂連合野からの入力を統合して最終的な運動指令を形成し、これを下位中枢(脳幹や脊髄)へ出力する」のが役割と言えます。
選択肢③にある「体幹や四肢の平衡の維持」については、小脳の機能になりますね。
小脳は系統発生学的、あるいは機能的区分に基づいて「前庭小脳」「脊髄小脳」「大脳小脳」の3つに分類することができます。
- 前庭小脳(前庭系):身体平衡と眼球運動を調節する。半規管と前庭神経核からの入力信号を受け取り、前庭神経外側核・内側核に出力する。また、上丘と視覚野からの視覚信号の入力を受け取る。前庭小脳の傷害は、平衡と歩様の異常を引き起こす。
- 脊髄小脳(脊髄系):体幹と四肢の運動を制御する。三叉神経、視覚系、聴覚系および脊髄後索からの固有受容信号を受信する。深部小脳核へと出力された信号は大脳皮質と脳幹に達し、下位の運動系を調節する。脊髄小脳には感覚地図が存在し、身体部位の空間的位置データを受け取っている。運動の最中に、身体のある部位がどこへ動くかを予測するため、固有受容入力信号の詳細な調節を行うことができる。
- 大脳小脳(大脳皮質系):運動の計画と感覚情報の評価を行う。大脳皮質(特に頭頂葉)からの全入力を、橋核を経由して受け取り、主に視床腹外側に出力する。信号は前運動野、一次運動野および赤核に達し、下オリーブ核を通って再び小脳半球へとリンクする。
上記の通り、平衡感覚は前提小脳と、体幹は脊髄小脳と関わることが示されています。
また、選択肢④のブロードマンの脳地図における一次運動野は4野に分類されており、選択肢内にある6野は運動前野および補足運動野になりますね。
更に、選択肢⑤については、一次運動野が障害されると「筋に麻痺が生じる」のは正しいのですが、「同側の対応する」という点が間違っており、正しくは「皮質脊髄路(錐体路)の大部分が交差性があるので、反対側の支配筋の弛緩性麻痺が起こる」ことになります。
よって、選択肢③、選択肢④および選択肢⑤は誤りと判断できます。
① 運動前野は、運動に対する欲求に関わる。
運動前野はブロードマン6野に該当し(6野には補足運動野も入る)、一次運動野の前方、前頭前野の後方に位置しています。
大脳皮質の中心溝の前方に位置する中心前回の一次運動野と、それより前方の皮質外側面を占
める運動前野、そして内側面を占める補足運動野が「運動領野」(本問の言い方に沿えば「大脳皮質運動関連領域」となりますね)として存在します。
一次運動野は4野で、その前方に運動前野(6野外側)があり、そして補足運動野(6野内側)という位置関係になっています(運動前野と補足運動野と合わせて高次運動野ともいう)。
運動前野は、更に背側部と腹側部に分けられます。
運動前野に関しては、解剖的に頭頂連合野から視覚情報が豊富に入力していることと、障害時の運動障害の結果から視覚性の運動調節が重要性されてきました。
例えば、目標に向かって手を伸ばすなど、外界からの視覚的な情報をもとに、行動しようとする機能を司るということです。
この時にはかなり複雑なことが行われていますので、詳しく見ていきましょう。
まず、目標に向かって手を伸ばすなどの行動を取るときには、その目標の空間的位置を把握する必要があり、この「空間の座標軸における位置情報を、腕を動かすのに必要な身体中心座標軸に変換すること」が、まず前頭前野の働きとされています。
前頭前野は背側部と腹側部に分けられますが、背側経路からの情報は目標に向かうリーチングの情報を提供し、腹側経路からの情報は物体を把握して操作するための情報を提供します。
それぞれの情報は運動前野において処理され、動作を企画・構成するのに必要な情報に変換さ
れるということです。
そして、目の前の物体を握ったり、それを保持するためにはどういった動作が適切かという情報と結び付けて、ある動作を行うことになります。
この一連の過程を「動作の視覚性誘導」と呼びますが、これも前頭前野が行っています。
「赤信号で止まり、青信号で進む」とされますが、こうした色と動作には本来結びつきはないにも関わらず、社会生活の中でそれらを結び付けることを覚えます。
こうした結びつきを連合と呼びますが、日常生活において、連合によって成立した感覚情報と動作の組み合わせはおびただしい数になりますね。
前頭前野を切除する実験では、こうした連合が失われることが明らかにされています。
簡単に述べると、「習熟した運動ができなくなる」ということです。
さて、上記のような過程を経て、実際に動作を行うわけですが、それに先行して、動作の内容を情報として形成し、脳内に維持している過程があるはずですね(この過程の内容を「動作プラン」と呼びます)。
この動作の具体的プランの形成に運動前野が重要な働きをすることが明らかになっています。
以上のような前頭前野の役割をまとめると以下のようになります。
- 視覚情報による動作の選択と誘導
- 感覚情報と動作の連合
- 動作プランの形成
こうした運動における細やかな活動を、他の連合野と連携しつつ行っているのが前頭前野ということになります。
これらの点より、本選択肢の「運動の欲求に関わる」に関しては誤りであることがわかりますね。
なお、選択肢にある「運動の欲求」ですが、運動の位置づけも様々なのでなかなか限定しにくいという印象です。
内的欲求ということであれば、辺縁系や視床下部を通しての発現が行動の起点になりますし、その情報は前頭連合野に伝達されます。
また、帯状回運動野は報酬の価値判断に基づく運動の選択や、内的欲求と価値判断に基づく自発的な行動選択に関与するとされていますが、本選択肢の内容が「内的欲求」を指しているかは不明です。
内的欲求はかなり原始的な欲求のことを指しますから、本選択肢の「運動に対する欲求」となると、上記の説明で良いと見なすか微妙なところです。
一般に、意欲低下や発動性(何かをやろうとする意志)の低下と絡んでくるのが前頭葉とされています(ロボトミー手術で意欲が失われたという精神外科)。
ですが、この前頭葉には前頭前野を含みますし、上記の「意欲」は本選択肢の「運動の欲求」よりも広い概念だと感じますから、これも説明としてはイマイチです。
とりあえず、本選択肢の「運動の欲求」が、生理的な欲求(「食べたい」「眠りたい」「休みたい」など)も含むのであれば大脳辺縁系にその基盤があるということで、本選択肢の解説としておきましょう。
以上より、選択肢①は誤りと判断できます。
② 補足運動野は、運動の準備や計画に関わる。
補足運動野とは、大脳皮質前頭葉のうちブロードマン脳地図の6野内側部を占める皮質運動領野です。
PenfieldとWelchによって初めてその存在が報告され、それまでに知られていた一次運動野に対して、もう一つの補足的な皮質運動領野であるという意味を込めて命名されました。
補足運動野の機能に関しては、脳血管障害などに伴う破壊症状や動物・人間における電気生理学的研究、脳機能イメージング等から様々な仮説が提唱されています。
こちらについて以下に列挙していきましょう。
補足運動野が損傷されても、一次運動野のように麻痺が生じるようなことはありませんし、運動の発現に直接的な影響を与えない皮質領野と見られていました。
しかし補足運動野の損傷は自発的な発語や運動の開始が著しく困難になる無動性無言症と呼ばれる特徴的な症状を引き起こすことが明らかにされました。
こうした患者でも本を渡して「声を出して読みなさい」と指示されると問題なく読むことができるので、動作を真似する限りはなんら障害を示しません。
つまり、運動の遂行自体に障害はなく、外部から何をいつ為すべきか指示を与えられると運動を遂行できるが、自発的に運動を開始できないという「随意的な運動の開始及び抑制」に関与していることがわかります。
こうした所見からは補足運動野は自発的な運動の開始に寄与していることが窺われ、実際、ヒトでは自発運動の開始に先行して補足運動野領域から運動準備電位が記録されており、補足運動野のニューロンは動物が外部からの指示に拠らずに運動を実行する際に活動する傾向があることが指摘されています。
また補足運動野は、動作を順序だてて実行するのに関与していることが示されています。
複数の動作を適切な順序で実行することは日常生活を営む上で重要な役割を持ちますが、ヒトの補足運動野の損傷は一連の動作を順序立てて実行することが困難になる運動障害を引き起こします。
その一方で、個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示しません。
ヒトの健常者に於いては順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位が増強することが指摘されており、順序動作の実行に関与している傍証とされています。
さらに、補足運動野は「両手の協調運動」にも深く関与していることが示されています。
両手で糸を結ぶなど両手を協調させて動作させることは日常の様々な場面で見られるが、補足運動野の傷害は両手の協調動作にも重篤な障害をもたらします。
これは、補足運動野が、それぞれ右手・左手の運動を独立に制御しているのではなく、両手の動作の組み合わせを生成していることを背景にしていると考えられています。
上記の通り、もともとは「一次運動野の補足」に過ぎなかった補足運動野ですが、随意運動の開始、順序動作の実行、両手の協調運動などに深く関与していることが明らかにされています。
こちらは本選択肢の「運動の準備や計画に関わる」という表現と一致することがわかりますね。
以上より、選択肢②が正しいと判断できます。