情動に関する問題です。
ミラーニューロンに関しては初出ですね。
問89 情動について、最も適切なものを1つ選べ。
① 情動処理の脳内部位は、主に下垂体後葉である。
② 情動麻痺は、不可逆的な情動の麻痺状態である。
③ 特別な対象を持たない不快な感情と定義されている。
④ 情動失禁とは、喜びの感情や興味が失われた状態である。
⑤ 脳内で他者の行動を模倣するミラーニューロンが関与する。
解答のポイント
情動の定義や生理学的知見を把握している。
選択肢の解説
① 情動処理の脳内部位は、主に下垂体後葉である。
記憶の重要な回路として知られているのがパペッツの回路です。
アメリカの神経解剖学者パペッツは、19世紀後半のブローカによって辺縁葉として解剖学的に分類された脳梁息を参考に、帯状回と強い神経連絡をもつ海馬、そして脳弓と呼ばれる太い線維で海馬とつながる乳頭体、さらに乳頭体からの投射を受ける視床前核をまとめた一つの循環回路が感情の制御に関わっているという考え方を述べました。
これはパペッツの回路と呼ばれ、現在では否定されています。
マクリーンは、パペッツの回路に扁桃体、視床下部、中隔を加えた大脳辺縁系という概念を提唱し、これが情動の制御に関わっていると説明しています。
とりわけ、情動の制御に対して扁桃体が果たす役割は大きく、情動の研究に際して注目されることが多いです。
扁桃体を電気刺激すると攻撃行動や逃避行動が喚起されるなど、情動と密接に関わっており、また、さまざまな精神疾患との関連も示唆されています。
古典的条件づけの最終基盤として扁桃体は注目されており、とりわけ、嫌悪刺激を用いる恐怖条件づけについてはルドゥーが精力的に研究を行った結果、神経基盤はほぼ明らかにされています。
また、こうした一連の研究から、扁桃体とつながりが深いとされているPTSDに関しても、その治療につながる知見が報告されています。
なお、本選択肢の下垂体後葉については、ホルモンと密接な関連があります。
視床下部にはホルモン産生神経細胞が分布しており、これらの細胞は2種類の様式で下垂体からのホルモン分泌に関わっています。
下垂体前葉に対しては、そのすぐ上流の血管である下垂体門脈に下垂体からのホルモン放出ホルモンを分泌します。
成長ホルモン放出ホルモンは、下垂体前葉からの成長ホルモンの分泌を促進します。
同様に、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンは副腎皮質刺激ホルモンを、性腺刺激ホルモン放出ホルモンは性腺刺激ホルモンを、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンは甲状腺刺激ホルモンおよびプロラクチンの分泌を促します。
2つ目の様式は、視床下部神経内分泌細胞が、直接、その軸索を下垂体後葉に伸ばし、そこから下垂体後葉ホルモンを分泌するもので、バソプレシンとオキシトシンがこれに該当します。
なお、バソプレシンは利尿作用があり、オキシトシン委は乳汁を射出させます。
以上のように、情動と関連が深い脳部位としては扁桃体が挙げられ(他にも島、腹内側前頭前野などの脳領域、および上向系の伝達経路より脳に入力される身体情報との関わりが注目されている)、下垂体後葉に関してはバソプレシンやオキシトシンなどのホルモンとの関連が深いとされています。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
② 情動麻痺は、不可逆的な情動の麻痺状態である。
情動麻痺については2018-103の選択肢③や2019-30の選択肢④に出題されていますね。
情動麻痺はショックで悲しみや喜びなどが表現不能になった状態を指します。
類似したものとしては「感情鈍麻」があり、こちらは統合失調症や器質性精神障害などに見られる、文字通り感情の発現が鈍い状態です。
情動麻痺は天災などの突発的な出来事の後、急性に感情表出が無い状態が生じることを言います。
例えば、地震や火事の直後に、放心状態で驚きも悲しみも見せないままに座り込んでいる状態を指します。
小さな子どもが、はずみで悪いことをしてしまった場合もこんな感じが見て取れますね。
本当に悪いことをしたときは、謝るという行為ができなくなるくらい衝撃を受けるわけです。
こうした説明を踏まえれば、本選択肢の「不可逆的な情動の麻痺状態」というのは間違いであることがわかりますね。
可逆的な情動の麻痺状態、と見なすのが正しいわけです。
よって、選択肢②は不適切と判断できます。
③ 特別な対象を持たない不快な感情と定義されている。
本選択肢の内容は「不安」の説明になっています。
何らかの脅威があるが、その対象が明確でないときに経験する漠然とした心配を指して「不安」と定義づけられます。
意外とこの定義を把握していない人が多く、対象がある場合は「恐怖」と称するのが正しいです。
この二つを弁別せずに用いている人がいるので、きちんとその辺の意味を理解しながら使い分けられると良いですね(私も解説を書いているときに、かなり弁別せずに使っていると思うので反省せねばなりません)。
不安の生起や強度は、脅威がいつ来るかわからない(予測可能性)と自分にはコントロールできない(統制可能性)という認知的評価が関わっています。
試験の場合、予告されているか否か、得意科目か否か、などによって不安の生起や強さが変わってくるということですね。
不安は、脅威に対して適切な対処を促すことがあり、適応的な機能をもつ感情と言えます。
心拍数の上昇など交感神経系の興奮は、ある程度高まっていた方が、低い時よりもパフォーマンスが良くなることが知られています(ヤーキーズ‐ドットソンの法則)。
しかし、認知的不安が高まると、その場で行うべき課題の注意を十分に向けることができず、注意散漫となりパフォーマンスが低下します。
自分にとってベストのパフォーマンスを発揮するためには不安のコントロールが重要になってきますし、そのためのメンタル・トレーニングの方法が開発されています。
ちなみに情動の定義としては、「急激に生起し、短時間で終わる比較的強力な感情。情動は主観的な内的経験であるとともに、行動的・運動的反応として表出され、また内分泌腺や内臓反応の変化などの生理的活動を伴うものであり、より広義の意味を含む感情と明確に区別することは難しい」とされています。
また、別の辞典では「進化の過程で獲得された、生き残りの可能性を高める素早い情報処理と反応のための仕組み」であり、感情との違いとしては「立ち上がりまでの時間が短い、継続時間が長い、生理的・行動的に強い反応として現れる」といった点が特徴とされ、特に能動的特質が強調されています。
なお、感情は「経験の情感的あるいは情緒的な面を表す総称的用語」であり、気分は「楽しい気分、憂鬱な気分、楽観的などのように、ある長さをもった感情」を指します。
以上のように、本選択肢の「特別な対象を持たない不快な感情と定義されている」は情動ではなく、不安の説明になっています。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
④ 情動失禁とは、喜びの感情や興味が失われた状態である。
よく聞くのが「感情失禁」なのですが、本選択肢は「情動失禁」になっています。
これらは同じ意味の言葉ですから、そのように覚えておきましょう。
脳血管障害などで脳循環不全が起こると様々な症状が現れます。
仮性球麻痺(発語や嚥下の障害などの脳幹症状と類似の症状が大脳の障害によって現れるもの)、小幅の歩行、まだら認知症(それぞれの認知機能の障害に不均衡がある)などに加えて、情動失禁がある場合に脳動脈硬化症と呼ばれました。
※情動失禁が脳血管の障害で生じるという意味ではありません。あくまでも、器質的な問題によって生じやすい反応の一つであり、他の問題でも生じ得ます。
この情動失禁では、感情のコントロールが困難になり、笑って話しだしても、そのうちに泣き顔になるなどの反応が見られます。
刺激に対して過剰に感情反応をする、感情が脆くなり、わずかなきっかけで泣き出す、などですね。
以上より、情動失禁は「喜びの感情や興味が失われた状態」ではなく、むしろ「だだ漏れ」というイメージの方が近いですね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。
⑤ 脳内で他者の行動を模倣するミラーニューロンが関与する。
ミラーニューロンは、霊長類が自ら行動する時と他の個体が同じ行動をするときの両方で活動する脳内の神経細胞のことです。
1996年、イタリアのパルマ大学のリゾラッティらは、対象物を掴んだり操作したりする行動に特化した神経細胞の研究をするために、マカクザルの下前頭皮質に電極を設置して、マカクザルが餌を取ろうとする際の手の運動に関わる神経細胞の活動を記録しました。
その際に彼らは、ヒトである実験者が餌を取り上げるのをマカクザルが見たときに、マカクザル自身が餌を取るときと同様の活動を示すニューロンが存在するのを発見しました。
更に、その後の追試実験によって、マカクザルの腹側運動前野と下頭頂葉の約10%のニューロンが、この「鏡のような機能」を担っていることがわかりました。
例えば、マカクザルが紙を引き裂くときに反応するミラーニューロンは、ヒトが紙を引き裂くのを見たり、引き裂く音を聞いたりする際にも反応することがわかったわけです。
そのため、ミラーニューロンは、「紙を引き裂く」という行動を抽象的な概念として符号化する機能を担っているのではないかと考えられています。
その後、ヒトを対象とする研究もなされているが、ヒトの脳の活動を細胞単位で研究するのは困難です。
そのため、ヒトの脳にもミラーニューロンが存在するという明確な証拠は得られていませんが、脳画像解析によって、ヒトの場合にも下前頭回と上頭頂葉に同様の機能を担う神経部位が存在することが報告されています。
ただし、ヒトの場合は単一のニューロンというよりも、より広い脳の部位がシステムとして関与していることが明らかになり、ミラーニューロン・システムと呼ばれることが多いです。
このミラーニューロンの発見が注目されている理由は、運動と知覚の機能が接続することにより、自己と他者が「合わせ鏡」のように結ばれるからです。
つまり、ニューロンが基盤となって他者の行動的スキルの模倣が可能になり、更に、その模倣を基盤とする一種のシミュレーションを行うことで、他者の行為の意図を推測したり、他者の感情を理解したり、他者と共感したりすることが可能になるのではないかと考えられています。
ミラーニューロンが共感とも関連付けられているのは、特定の脳領域 (特に島皮質前部と下前頭皮質)は自身の情動(快、不快、痛みなど)に反応し、かつ他者の情動を観察する際にも活動するからです(ただし、サルの研究ではこうした共感に関するミラーニューロンは見つかっていない)。
つまり、運動制御に基づいたミラーニューロンの機能仮説は拡張され、動作意図に加えて他者の情動や感覚の推測(いわゆる共感)にまでミラーニューロンが関わると主張されているわけです(自己評価質問表における共感の値が高い人ほど手の動きに対するミラーニューロン・システムと情動に対するミラーニューロンシステムの活動が高いことを示し、ミラーニューロン・システムが共感と関連づけられる証拠となっています)。
こうした他者の感情を理解するという点でミラーニューロンは重要な役割を担っており、ASD児の社会的認知機能の不全との関わりも指摘されています。
以上のように、他者の情動を観察する際にもミラーニューロンは機能して自身に情動をもたらすなど、ミラーニューロンと情動との関連は深いと考えられています。
よって、選択肢⑤が適切と判断できます。