公認心理師 2021-88

ある感情理論の特徴が示され、その特徴から理論名を選択する問題です。

示されているのは感情における代表的な理論ばかりですから、大まかな内容は掴んでおきたいですね。

問88 「感情は覚醒状態に認知的評価が加わることで生じる」とする感情理論として、最も適切なものを1つ選べ。
① A. R. Damasioのソマティックマーカー説
② P. Ekman、C. E. Izardの顔面フィードバック説
③ S. Schacter、J. Singerの2要因説
④ W. B. Cannon、P. Bardの中枢起源説
⑤ W. James、C. Langeの末梢起源説

解答のポイント

代表的な感情理論について把握している。

選択肢の解説

④ W. B. Cannon、P. Bardの中枢起源説
⑤ W. James、C. Langeの末梢起源説

末梢起源説とは、刺激によって身体反応が喚起され、それが脳に伝達されることで感情体験が生じると主張する説です。

ジェームズは、脳に感情の中枢が存在することを否定し、感覚皮質と運動皮質のみから、感情を含むすべての精神活動が生じると考えました(ジェームズは、1890年に出版された最初の心理学の教科書の著者)。

そのために、感情を体験する感覚皮質が知覚するための対象として身体、特に内臓の反応を重視しました。

ジェームズの主張は「私たちは泣くから悲しくなり、殴るから怒り、震えるから怖いのであって、悲しいから泣いたり、怒っているから殴ったり、怖いから震えるのではない」という言葉に集約していますね。

同時期にデンマークの生理学者ランゲも、同様に感情体験における身体反応の役割を重視する説を提唱しましたが、彼は血管の拡張や収縮を精妙に支配する交感神経系の働きを感情の源泉と考えました。

彼らの考えは2人の名前を取って「ジェームズ‐ランゲ説」とも呼ばれています(こっちの呼び方の方が一般的かもしれませんね。ちなみに上記の1890年の教科書には、既にこの説が載っていました)。

この説は19世紀に提唱された思弁的な古典的理論ですが、現代の感情研究にも影響を与えています。

このジェームズ‐ランゲ説は40年間ほど優勢でしたが、1920年代ごろから激しい攻撃を受けるようになり、その急先鋒がウォルター・キャノンであり、ジェームズ‐ランゲ説を批判する形で出てきたのが「中枢起源説(キャノン‐バード説)」です。

キャノンの以下のような3つの主要な批判を提起しています。

  1. 内臓は鈍感な組織で神経も行き渡っていないので、内臓変化はゆっくりなもので、感情的な気分の原因にはならない。
  2. ある感情と結びついた身体的変化を人為的に誘発することは、本当の感情経験を生じさせるとは言えない。
  3. 自律神経系の覚醒は、感情状態によって大きくは異ならない。怒りでも恋人を見ても、心臓の鼓動は同じく高まる。

その後さまざまな研究が見出されたが、上記の1と2は否定されていないため、多くの心理学者が自律神経系の覚醒以外の何かが感情を区別すると考えています。

さて、この中枢起源説は、脳が刺激を知覚することで、感情体験と身体反応が同時に喚起されると主張する説です。

アメリカの生理学者キャノンとその弟子バードは、緊急事態では、状況は様々でも、交感神経系の働きによって同様な身体反応が生じることを観測しました。

また、動物の視床(当時は視床下部を含む間脳の広範な領域を指していた)を破壊する感情反応が消失することから、視床が感情体験とそれに伴う身体反応を作り出す中枢であると主張しました。

こうした実験知見に基づいて、ジェームズ‐ランゲ説を批判した彼らの説は、感情の発生に脳(中枢)の役割を重視することから感情の中枢起源説と呼ばれているわけです。

以上より、末梢起源説は「環境に対する身体的・生理学的反応の認知が情動を生む」というものであり、中枢起源説は「情動は、知覚の興奮が視床(現在では視床下部とされる)を介して、大脳皮質と抹消機関に伝えられて、情動体験および情動反応が起こる」と考えます。

よって、ここで挙げた選択肢は、本問の「感情は覚醒状態に認知的評価が加わることで生じる」とする感情理論に合致しないことがわかります。

従って、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断できます。

③ S. Schacter、J. Singerの2要因説

上記のジェームズ‐ランゲ説およびキャノン‐バード説は、情動の起源における代表的な考え方になりますが、これらと同じく代表的な感情の起源に関する理論としてシャクター&シンガーの2要因説があります。

キャノン‐バード説では、同一の身体反応で異なる感情を抱く場合をうまく説明できません。

そこで出てきたのがシャクター‐シンガー説(二要因説)です。

二要因説は感情における認知的要素の重要性に関する説であり、1962年に提唱されたものです。

提唱者のシャクター&シンガーは、自律神経系の一般的な覚醒状態に人々が誘導されたならば、彼らの感情の性質はその状況の評価だけで決まると主張しました。

すなわち、二要因説では、感情は二つの要因の組み合わせ、すなわち、まだ説明されていない最初の覚醒状態に、その覚醒に対する認知的説明(あるいは評価)が加わって生じるとします。

つまり、キャノン‐バード説では「外部刺激→中枢神経系(視床)→情動体験 / 末梢神経系の生理学的変化」だったのに対して、二要因説では「外部刺激→末梢神経系の生理学的変化→認知的解釈→情動体験」となっているわけです。

シャクターとシンガーは実験参加者にエピネフリン(アドレナリン)を注射しました。

このホルモンは、顔の紅潮、手の震え、血圧や心拍の増加などの生理的・身体的変化を引き起こすものですが、実験参加者の半数にはこうした変化に対して「正しい情報」を与え(正情報群)、もう半数にはこうした情報を「与えない」こととしました(無情報群)。

両群とも、注射の後、同じ実験を受けるという実験協力者(サクラ)の人物を紹介され、次の2条件のいずれかに導きます。

  • 気分高揚群:実験協力者は紙にいたずら書きをしたり、紙を丸めて部屋の隅にある屑籠へシュートしたりして、実験参加者に「やってみようよ」と誘う。紙飛行機を作って飛ばして陽気にはしゃぐ。
  • 怒り群:実験参加者はサクラとともにある質問紙に答えることを求められる。サクラは質問紙について文句を言いだし、最後には質問紙を破いてクシャクシャにし、床に投げつけて「時間を無駄にしたくない!」と言って部屋を出る。

気分高揚群あるいは怒り群の実験参加者の行動は、正情報群と無情報群では全く異なることがこの実験では明らかになりました。

無情報群では、サクラが楽しく過ごしていれば自分も楽しい気分になりますが、サクラが怒っていれば怒りを感じて怒りの表情を浮かべます。

一方、正情報群では、いずれの部屋でもサクラの行動には左右されず、感情変化を経験しませんでした。

無情報群では、アドレナリン注射によって生じた生理的・身体的変化の真の原因がわからないとき、自分が置かれている状況を解釈することによって、自身の生理的・身体的変化に(楽しいとか怒っている等の)ラベリングを行ったと考えられます。

シャクター&シンガーの研究は、状況の解釈(=認知)が感情喚起を規定する重要な要因であることを明らかにしたものとされており、この考え方はその後のラザルスの説(認知的評価が感情の生起にとって決定的に重要であると考える説。一次的評価、二次的評価、再評価など)に繋がっていくことになります。

さて、上記をまとめると、シャクター&シンガーの2要因説は「感情は身体反応による生理的な喚起と、それに対する認知的な評価の両方の相互作用によって生じる」と考える説であることがわかります。

こうしたシャクター&シンガーの2要因説は、本問の「感情は覚醒状態に認知的評価が加わることで生じる」とする感情理論に合致することがわかります。

よって、選択肢③が適切と判断できます。

② P. Ekman、C. E. Izardの顔面フィードバック説

これまでのジェームズ‐ランゲ説(末梢起源説:1890年)、キャノン‐バード説(中枢起源説:1926年)、2要因説(1964年)は、感情の起源に関する代表的な説であると解説しました。

本選択肢の顔面フィードバック説は、この中でもジェームズ‐ランゲ説の応用に該当する説です。

顔面フィードバック説とは、意図的に表情を表出すると、表情筋の感覚フィードバックによって、感情体験が生じるとするTomkins(1962)による仮説です。

特定の表情筋の組み合わせによる反応パターンが1つの感情をコードしているという考えに基づいています。

前述のように、身体変化が感情の源泉と見なすことから、感情の末梢起源説に由来すると考えられ、より広義では、表情の誇張・抑制によって主観的感情が増減する現象も含みます。

実証的知見としては、ペン・テクニック(ペンが唇に触れないように水平方向に歯で挟むと、自然と口角が持ち上がる)を用いてマンガを読むと、主観的な面白さが向上するという報告がありますが、再現性は薄いという批判もあります。

一方で、神経科学的知見では、意図的な眉しかめの表情筋活動と感情の座と言われる偏桃体の活動に正の相関が見られることから、表情変化が中枢神経系レベルにおいては作用している可能性があるとされています。

このように、そもそも本選択肢の「P. Ekman、C. E. Izardの顔面フィードバック説」に関しても、顔面フィードバック説はトムキンスの唱えた説であると見なせますから、エクマンやイザードをここでもってくるのは違和感があります。

エクマンやイザードは基本感情理論(基本感情説)という、感情には通文化的普遍性があると考える理論で有名です。

普遍性を持つ「基本感情」は、特定の刺激を知覚すると生じ、固有の表情や姿勢を表出させて自律神経系の活動を引き起こすとしています。

エクマンが主張した基本感情の種類は、怒り・嫌悪・恐れ・幸福感・悲しみ・驚きの6種類(最近は軽蔑も加えて7種類)とされており、イザードは、興味(興奮)・喜び・驚き・苦悩(不安)・怒り・嫌悪・軽蔑・恐怖・恥・罪悪感の10種類を挙げています。

エクマン&フリーセンは神経文化モデルを提唱しており、これは表情が多くの文化に共通し人類に普遍的な性質をもつことから、感情に対応した表情を表出するための生物学的なプログラムがあると考えるものです。

また、イザードは分離情動説を提唱しており、個々の情動を離散的に捉えそれぞれが認知や行為に異なる影響を与える区別された動機づけのプロセスであると考えます(この説の中で、上記の基本感情を示した)。

顔面フィードバック説は、主観的感情経験の源として表情を重視する立場であり、いわば新しい末梢起源説に類するものです。

これに対して、エクマンやイザードの説は、表情を全体としてとらえて感情や他の機能と結びつける立場(=基本表情説)ですから、似た箇所はありつつも同じ理論と見なすのは不適切です。

よって、本選択肢に関しては選択肢内でも不適切な内容が存在し、更に本問の「感情は覚醒状態に認知的評価が加わることで生じる」とする感情理論に合致しないこともわかります。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

① A. R. Damasioのソマティックマーカー説

ソマティックマーカー説とは、アメリカの神経科学者ダマジオ(1994)により提唱された、身体信号(ソマティックマーカー)が脳にフィードバックされて意思決定に影響するという説です。

内臓感覚や生理的覚醒などの身体信号(情動的な身体反応)は、体性感覚皮質、島(とう)、前部帯状皮質などの脳部位で受け取られ、内受容感覚を形成します。

これが「良い」「悪い」という評価とともに腹内側前頭前皮質で表象された結果、ある対象に「近づく」「避ける」などの意思決定を導くと主張しています。

特に不確実で複雑な状況において、熟慮的・合理的な思考による意思決定が難しい時、身体信号は速やかな意思決定を可能にすることで適応に貢献するとされています。

この内容をみればわかる通り、ジェームズ‐ランゲ説(末梢起源説)に類似した内容であることがわかりますね。

ジェームズ‐ランゲ説を神経科学の知見で精緻化したともいえるこの説には、まだ実証的な知見が乏しいとの批判もあります。

しかし、さまざまな身体反応が意思決定に影響すること自体については多くの支持的知見があり、理論の再考が図られているところです。

このように、ダマジオのソマティックマーカー説は、本問の「感情は覚醒状態に認知的評価が加わることで生じる」とする感情理論に合致しないことがわかります。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

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