公認心理師 2019-79

問79は「怒り」という感情に関する問題です。
基本感情仮説について問うているのではなく、あくまでも「怒り」という感情に関しての問題だと認識しておきましょう。

問79 基本感情のうちの怒りについて、適切なものを1つ選べ。
①敵意帰属バイアスは、怒りの喚起を抑制する。
②パラノイド認知の性格傾向のある人は怒りを生じにくい。
③進化論の観点からは、怒りは自然淘汰上の有利さをもたらす。
④怒りの表情に対する認知については、異文化間での共通性はない。
⑤タイプCパーソナリティの人は怒りを含むネガティブ感情を表出しやすい。

怒りという感情については、心理療法において重要なものだと思います。
後述していますが、怒りがあると心理療法のやりにくさを感じるかもしれませんが、怒りがあるからと言って良くなりにくいとは一概に言えません。

解答のポイント

怒りという感情に対する多面的な理解をしていること。

選択肢の解説

①敵意帰属バイアスは、怒りの喚起を抑制する。

バイアスについては過去問でも様々な種類が出題されていますね。
これは単なる思い込みと捉えるべきではなく、人間の脳には限界があるので、簡便な情報処理では認知的バイアスが働くということです。
有名なものとしては、利用可能性(可用性)バイアス、確証バイアス、内集団バイアス、後知恵バイアス、正常性バイアスなどがありますね。

本選択肢で示されている敵意帰属バイアスは、他人からの「敵意」を過度に感じやすい傾向を指します。
当然、敵意を向けられている感じやすいわけですから、怒りが喚起され攻撃行動をとりやすい傾向となります

こういう場合の怒りについては、目の前の出来事を過度にネガティブに受け取るということによって生じるわけですが、こういうことが生じてしまう要因としてはいくつか考えられます。
あまり専門用語を使わず、その要因を挙げていきましょう(全部一続きですけど)。

  • 元々の自己認知:
    自分が攻撃される、自分が否定的に見られると認識している人は、周囲の情報を否定的に受け取りやすい。よって、周囲から敵意を向けられていると自覚・無自覚を問わず認識している場合に、周囲の情報を敵意をもって解釈しやすい。
  • 葛藤耐性:
    多くの出来事には複数の解釈可能性がある。敵意と受け取りやすいということは、その解釈可能性から過度に敵意の解釈を採用するということである。健康な精神状態であれば、敵意を受け取ったとしても、同時に「それ以外の解釈可能性」にも目が向くはずであり、それらが葛藤している状態が内面的に発生することになる。しかし、葛藤耐性が低い場合や精神状態によって低くなっている場合は、こうした複数の解釈可能性を同時に抱えることができず、よって、その人が処理しやすい解釈を採用してしまう。
  • 現実検討力:
    上記にもつながることだが、一定以上の現実検討力があれば、目の前のやり取りの文脈から「敵意」という解釈を採用することが難しいと感じることも多いはずである。しかし、自己認知として「敵意を向けられる」というのがあると、そういった内界の認識と、外界の「現実」との齟齬が生じ、これが葛藤につながる。葛藤に耐えられないときに多くの場合で、外界の「現実」ではなく、内界の「認識」を採用してしまう。
  • 自分の認識を変えたくない:
    人には自分の認識を変えたくないという特徴がある。よって、外界現実が自分にポジティブであっても、自分の内界のネガティブな認知を採用してしまいやすい。すなわち、自分が敵意を向けられると認識している人は、ちょっとくらいの「それとは矛盾する外界」と出会ったとしても、そう簡単に「周りが自分に敵意を向けている」という認識を変えることはない。

これらの要因が絡み合って、元々ある「敵意を向けられる」という認識によって外界を解釈してしまうということだと思います。
当然、敵意帰属バイアスがあれば、周囲の言動を敵意をもって認識しますから、怒りの感情が喚起されやすくなるはずです。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

②パラノイド認知の性格傾向のある人は怒りを生じにくい。

パラノイド性格とは、びまん性かつ正当と認めがたい猜疑心、他者への不信と警戒、屈辱感に対する過敏性と攻撃性、感情を制限し理性的で、他者からの侵入を拒む秘密主義を特徴とする性格を指します
妄想の存在は否定されますが、投影による被害的な関係づけはなされやすいです。
クレペリンが概念化したパラノイアの病前性格の中で提唱されました。

パラノイアはDSM-5における「猜疑性パーソナリティ障害/妄想性パーソナリティ障害」と分類されます。
これの病前性格ということですね。

ちなみに、ソンディテストには8種の衝動因子と疾患が示されておりますが、その中に「妄想病:存在への欲求」が示されておりますね。

パラノイド認知があると攻撃性が高くなると見なすことができ、当然、怒りも喚起されやすいと言えるでしょう
以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③進化論の観点からは、怒りは自然淘汰上の有利さをもたらす。

感情の進化説は、Darwinの「人及び動物の表情について」に始まるものであり、感情は生得的機構により生じると見なします。
脳の解剖学的な直接の証拠はないが、人間や生物の研究から感情が進化論的な発達をとげており、4つの基本的な感情(満足、怒り、恐れ、悲しみ)があることが知られています(人間だけでなく他生物も含めて、ということです)。

 感情は進化してくるものであり、単細胞から人に至る感情の発達は次のようになると考えられています。

  • 単細胞:満足
  • 蟻:満足、怒り
  • 鳥:満足 怒り、恐れ
  • 人:満足、怒り、恐れ、悲しみ

怒りは自衛的な、あるいは攻撃的な行動につながり、恐れは強力な敵から逃げる行動につながります。
悲しみは、ターナーの説では、人間の祖先が森林での生活をすててサバンナに進出したときに、敵から身を守るため、あるいは狩猟などで協力し合うときに生じたとされています。
協力者を失ったときなどに自然に、悲しみの感情が起こるということです。

怒りという感情は、目標達成に向けた行動が妨害するもの、その障害となるものが出現する状況下において喚起される感情であり、攻撃が生み出されます。
そして、怒りは生涯となるものを破壊し、目標を達成するという機能を持ちます

怒りとは本質的にはそういった機能であるので、人が例えば技術的な障害にぶち当たったときに、それを突破するエネルギーとなるものとも言えます。
そのように考えたとき、怒りを示している人はカウンセリングを行っていく中で変化しやすいことが思い合わされます(怒りの種類や方向性には拠るのですけどね)
怒っている人のカウンセリングって、実はやりやすいなと感じています(怒りに対する構えは人それぞれでしょうから、一概には言えないでしょうけど)。

私個人の意見としては、怒りという感情が存在すると考えることはあまりなく、怒りは人間の「創造性」の副産物であると考えています。
何か突破したい状況が目の前にあるとき、怒りやそれに伴う攻撃によって目の前のものを破壊し、それを再構築することで新たな技術なり状態なりが生じるということです。
ですから、クライエントの感情を「怒り」と表現して共有することはほとんどありません。
こうした「創造性」が背景になっていない怒りもありますが、そのような場合は、その怒り・攻撃自体が何かしらの代替であったり、過去からの持越しであると見るようにしています。

いずれにせよ、選択肢③は適切であると判断できます。

④怒りの表情に対する認知については、異文化間での共通性はない。

Izard(イザード)、Ekman(エクマン)、Plutchik(プルチック)は、ヒトは系統発生的に連続した文化普遍的な「基本感情」を持つと主張しました。
ただし、基本感情の種類は研究者で一致してはいません。
エクマンらは、複数の国々で調査を行い、文化の違いに関わらず怒り・嫌悪・恐れ・幸福感・悲しみ・驚きの6種類の基本感情が存在することを主張しています

重要なのは、ここまでで納得して終わってしまわないことです
なぜなら選択肢には「表情に対する認知については」という表現が入っているので、基本感情は文化普遍的でも、その表情認知はどうであるかまで把握せねばなりません(基本感情は文化普遍だから…という理由だけでは、この選択肢に答えたことになりません)。
こういう点で「表情に対する認知は違うかも…」と迷わせたり、出題の仕方によっては引っかけ問題にすることも可能なわけです。
上記のエクマンの研究では、6つの基本感情と顔面表情が異文化間であってもほぼ普遍のものと識別されています
よって、基本感情とそれが表情に出たときの認知についても、異文化間で共通していると言えるでしょう。

なお、基本感情仮説では、基本感情は文化普遍的なものと考えますが、エクマンはどのような場面でどのような表情をするかは集団によって異なることを明らかにしています。
例えば、日本人は権威者の前では感情を抑え、親しい人の前では抑制しないなどです。
エクマンはこうした知見に基づいて、文化は主に感情表出の強度に影響を与えるとする「感情の神経文化説」を示しました。

上記の通り、怒りの表情(だけでなく他の基本感情も含め)に対する認知には異文化間であってもほぼ普遍と識別されることが示されています。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤タイプCパーソナリティの人は怒りを含むネガティブ感情を表出しやすい。

タイプC行動型パターンとは、怒りをはじめとしたネガティブな感情を表出せず、経験もしないということや忍耐強く控え目で、周囲の人々に対して協力的で、権威に対して従順であるというもの、他者の要求を満たすためには極端に自己犠牲的になり得るなどの特徴を示す行動パターンのことを指します
そのため、表面的にはいわゆる「良い人」に見えるのであるが、何らかの葛藤やストレスを抱えている可能性も考えられています。

こうした行動の背景にあるパーソナリティをタイプCパーソナリティと呼び、がんにつながる病前性格とされ、感情の抑圧、自己主張の弱さ、受動性などを特徴とし、タイプAの対極の特徴を持つとされています

このように、タイプCでは感情の抑制を特徴としており、選択肢の内容とは齟齬があることがわかります。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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