問10は説明から概念を推定するタイプの設問です。
「概念名→説明」だけではなく、「説明→概念名」という流れでも対応できるようにしておく必要がありますね。
問10 社会的判断に用いる方略を4種類に分類し、用いられる方略によって感情が及ぼす影響が異なると考える、感情に関するモデル・説として、正しいものを1つ選べ。
①感情入力説
②認知容量説
③感情混入モデル
④感情情報機能説
⑤感情ネットワークモデル
自分自身、他者、集団、社会的な問題などに対して評価したり、賛成・反対、支持・不支持などの態度を決めたりすることを社会的判断と言います。
正解の解説については、こちらの書籍を参考にしております。
本問は「状態依存記憶」および「気分一致効果」と関連する仮説・モデルになっています。
一まとめにして把握しておきましょう。
解答のポイント
社会的判断における感情混入モデルについて理解している。
状態依存記憶および気分一致効果と関連する理論について把握していること。
選択肢の解説
⑤感情ネットワークモデル
人の感情状態が記憶に影響することが知られています。
状態依存記憶効果(特定的な生理状態において記憶された事柄が、再び同じ生理状態となった場合の方が、そうでない時よりも想起されやすいことを示した現象)、気分一致効果(記銘された事柄の感情価と想起する人の感情状態が対応、一致している場合の方が一致していない場合よりも記憶が優れていることを指した現象)などで示されます。
気分一致効果の特徴として、楽しい気分時にポジティブな記銘内容が想起されやすいという効果は頑強であるが、悲しい気分や不快気分時にネガティブな記銘内容が想起される効果は弱いとされています。
これをポジティブ・ネガティブ・アシンメトリー(PAN現象)と呼ばれます。
こうした気分一致効果がもたらされる説明機序として、Bowerが示した感情ネットワーク理論で説明されることが多いです。
認知心理学では、私たちが持っている知識はノード(結び目、という意味)と呼ばれる概念がリンクと呼ばれる経路によって連結したネットワークの形で表現されます。
ある概念が処理を受けると、それに対応するノードが活性化するが、その活性化はリンクに沿って連結している概念にも自動的に拡散していると考えられています。
それによって周囲のノードの処理効率が上がり、連想的な処理が可能になって、思考や文章の読みなどの認知活動が円滑に行えると主張されています。
Bowerは、こうした知識構造のネットワークに「怒り」「喜び」「悲しみ」などの感情のノードがあると仮定し、それらの感情を経験した過去の事例の記憶、それらの感情に伴う表出行動、自律神経反応などのノードとが連結されていると考えました。
更に、「悲しみ」「喜び」のように相反する感情価を持つ感情ノードの間には相互抑制の関係があり、一方の感情が経験されている場合には、他方の感情ノードは活性化しにくくなるように働くと仮定されています。
感情ネットワークモデルは、概念や意味記憶の説明理論として認知心理学で優勢であったネットワークモデルを感情に応用・拡張したものであり、広範な現象をシンプルに説明できるモデルとして長い影響力をもっていました。
しかし後に、このモデルでは説明できない現象も知られるようになりました。
例えば、感情一致効果は快感情のもとでは強く生じるが、不快感情のもとでは弱くしか生じないことが示されており、これは、人間は不快感情をなるべく早く回復させようとするからだと考えられています。
感情ネットワークモデルでは、こうした人間の動機づけ側面は考慮されていないので、この快・不快感情の非対称性については説明できません。
また、人間が積極的に行う意識的過程の効果を説明できないともされています。
感情ネットワークモデルとは、人間を情報処理装置として理解しようとした典型的な認知主義のモデルであり、それ故に、人間ならではの特性を説明できないという制約を持ち合わせているということです。
以上より、選択肢の内容は設問の内容と齟齬があることがわかります。
よって、選択肢⑤は誤りと判断できます。
④感情情報機能説
感情ネットワークモデルは、例えば、ポジティブな気分時には評価や判断が肯定的になりやすく、ネガティブな気分時には評価や判断が否定的になりやすいという現象(気分一致判断効果)の説明に使われることもあります。
ポジティブ気分にあるときの方が、ポジティブな材料を想起しやすいので肯定的な評価が導かれるというものです。
ただ、判断への効果には、感情情報機能説によって説明することもなされています。
これは、人は評価・判断を行う際に手がかりが乏しいと、自己の感情状態を判断の基盤として用いるという考え方であり、そのために、自己の感情状態にひきつけられた方向へと判断が傾きがちであるとされています。
この考え方では、自己の感情の情報価としての意味が問題となるので、あらかじめこのような偏りに気をつけるとか、自覚化の過程によって、気分一致効果が消失するなどの減少も説明可能となります。
以上より、選択肢の内容は設問の内容と齟齬があることがわかります。
よって、選択肢④は誤りと判断できます。
②認知容量説
先述したように、PAN現象(楽しい気分時にポジティブな記銘内容が想起されやすいという効果は頑強であるが、悲しい気分や不快気分時にネガティブな記銘内容が想起される効果は弱い)は、感情改善動機の働きによって説明できるとされています(嫌な気分は早めに終わらせたい、という動機)。
これまでのこうした気分と情報処理方略の関係についての説明の試みでは「ポジティブ気分時にヒューリスティック処理、ネガティブ気分時にシステマティック処理がなされる」という主張がなされてきました。
ここで述べられるヒューリスティック処理は通常、認知的な課題解決で扱われているヒューリスティックスよりも広げられた概念であり、判断などの際に、与えられた情報を十分考慮しないで、直観的に下される判断の仕方全般を指し示して用いられています。
判断や回答を得る仕方として、簡易的な処理や直観的な処理に依存するといったことです。
こうしたポジティブ気分時に、おおまかなヒューリスティック処理がなされる原因として、認知容量説が提起されたことがありました。
この理論の前提としては感情ネットワークモデルを想定しており、ポジティブ気分時にはポジティブな事項の活性化拡散が生じ、ネガティブ気分時にはネガティブな事項の活性化拡散が生じると考えます。
そして、ポジティブな材料の方が記憶ネットワークの中で多量なので、ポジティブ気分に基づく活性化拡散の方が広い活性化を生じて認知容量(処理資源)を奪い、そのためにヒューリスティック処理しかできなくなるといった説明がなされました。
ネガティブな材料の方が少ないため、処理資源の消費が少ないので、認知的な能力の問題として、ネガティブ気分時の方が分析的処理をなしやすいということでした。
ただしBlessらは、ポジティブ気分群の方がネガティブ気分群より、スクリプト内の典型的項目をよく再認し、典型的項目に対する虚再認(AだったのにBだったと判断すること)を生じることを確認した上で、実験的研究を重ね、ポジティブ気分時に動機づけの減退も認知容量の減退も、いずれもが不可避的に生じているとは言えないと結論付けました。
このBlessらの実験によって認知容量説は否定され、現在では強く主張されていません。
以上より、選択肢の内容は設問の内容と齟齬があることがわかります。
よって、選択肢②は誤りと判断できます。
①感情入力説
これまでの説では、説明機序は異なるものの、ポジティブ気分時にヒューリスティック処理、ネガティブ気分時にシステマティック処理がとられるということ自体は一致していました。
Martinらは、この気分と処理方略の一対一図式そのものに異を唱えました。
Martinらが注目したのは、感情が果たす行動の持続に関わる情報価値です。
人は楽しいと思うことを行い続ける傾向を持つが、だからといって、楽しいことでもいつまででも続けるというわけでもありません。
たいていは楽しいことでも行っているうちに「楽しい感じ」は失われてきます。
飽きたり疲れたりして気分がネガティブ方向に変わってくると、その行為を止めるようになるわけです。
このようにして、感情は自己の行動を導くストップルールとして働くことはMartinは指摘しました。
そして、この方法をエンジョイ・ルールと名付けました。
一方、例えば、試験勉強のような活動は、しなければならないという義務感があります。
そこでは達成すべき目標があり、目標に達成することで活動は終了します。
しかし、目標に到達したかどうかの基準はけっこう曖昧なものです。
明確な目標があれば終止のタイミングは明確になりますが、実力テストなどになると基準は曖昧で、気分的に「もう十分やった。いい感じだ」と思ったところで終えるという判断の仕方になります。
これをイナフ・ルールと呼び、十分な感じがしない場合は、一生懸命継続するだろうということです。
このような構想からMartinは、教示次第で気分の効果が逆に現れることを実証的に示しました。
すなわち、同じ課題に取り組むにしても、教示次第で気分の示すところの意味を変えてしまうと、ポジティブ気分の者が課題を長く続けたり、短くやめたり、振る舞いが変わってしまうことになります。
以上より、選択肢の内容は設問の内容と齟齬があることがわかります。
よって、選択肢①は誤りと判断できます。
③感情混入モデル
気分一致効果は、ポジティブな気分時により肯定的な評価・判断がなされ、ネガティブな気分時には否定的な評価・判断がなされやすいというものです。
先述の通り、これを感情ネットワークモデルの観点からは、ポジティブ気分時には判断対象についてのポジティブな考えや反応が活性化され、ネガティブ気分時では対象についてのネガティブな思考や反応が活性化されやすいので、判断が感情価に引きずられバイアスを受けた評価がなされやすいという説明がされます。
これに対して、Schwarz(1990)は感情情報説(情報としての感情仮説)で異なる説明を行いました。
これは、人間は曖昧で不確実な対象について判断する場合、自分自身の感情を手がかりにするという考え方です。
このような場面は日常に溢れており、人間は知らず知らずのうちに感情を判断の手がかりにしているということです。
その結果、快感情にある場合はより楽観的で肯定的な判断が、不快感情にある場合はより悲観的で否定的な判断がなされるということです。
これらの「感情ネットワークモデル」でも「情報としての感情仮説」でも共通して想定しているのが、感情が自動的に認知過程に影響するということです。
そこで暗黙に想定されていたのは、本来精緻である人間の情報処理システムが、感情の影響を受けて処理が歪むという発想でした。
そのために、そうした感情の影響は自動的であって、もし理性の力で意識的に認識されたならば、感情の影響は回避されると考えられてきました。
しかしながら実際には、人間は受動的に感情の影響を受けるだけでなく、自らの感情所帯を積極的に制御し、変容させようともします。
また、処理されるべき課題が容易であったり、慣れていたりする場合には感情の影響が小さくなることも知られており、要求される課題に応じて処理方略を積極的に選択していると考えられます。
このような観点からForgasは、感情と判断の関係を包括的に説明する感情混入モデルを提唱しました。
感情と判断の関係を包括的に説明する「感情混入モデル」では、処理される課題の難易度や重要度などの条件によって、主体の判断への感情の影響の大きさが異なることを示しました。
このモデルでは、感情の影響を受けにくい(感情混入の少ない)2種類の処理方略と、感情の影響を受けやすい(感情混入の多い)2種類の処理方略が考えられています。
このうち「直接アクセス処理」は、過去の経験や知識、信念などをそのまま呼び出して判断に適用します。
例えば、選挙のときに過去にある政党に投票したことを思いだしたり、この政党を支持しているというこれまでの信念に基づいて、投票を決定することがこれに該当します。
また、「動機充足処理」は、はっきりした目標や動機づけがある場合、それを最優先させるような判断が行われます。
例えば、高齢な扶養家族を持ち経済的に苦しい状況にある人は、たとえ普段は支持していない政党でも、高齢者問題を改善してくれそうな候補に投票する、といった具合です。
この2つの処理方略は、感情の影響をほとんど受けません。
これに対して、強固な信念や動機づけがなかったり、正しい決定が不明確であり判断の手がかりがなかったり、熟考して判断を行う余裕がなかったりする場合には、判断対象のごく限られた情報だけに基づいた簡略な処理が行われます。
これを「ヒューリスティック処理」と呼びます。
無党派層の人が、候補者の外見や第一印象だけに基づいて投票するのがこれに該当します。
この場合には、情報としての感情仮説が想定するような強い感情の影響が生じると考えられています。
一方、同じように信念、動機づけ、明確な判断手がかりがなくても、課題が重要である場合には「実質的処理」が行われます。
ゴミ処理場や原発の受け容れに賛成の候補と反対の候補が争う自治体選挙のような場合、その選挙結果は自分の生活に直結します。
このような場合には、新たに多くの情報を取り入れ、既存の知識と照合しながらそれらを評価する心的作業が必要となります。
こうした場合には、感情ネットワークモデルが想定する過程が優勢になり、情報の評価、記憶に感情の影響が混入しやすくなります。
以上より、これらの説明は問題の内容と合致していると考えられます。
よって、選択肢③が正しいと判断できます。