感情の発達について、不適切なものを1つ選ぶ問題です。
こちらはいわゆる「自己意識的感情」について問うている内容になります。
単にうまくいかない時に感じるような怒りや悲しみなどと違い、他者の存在や他者が見る自己の姿を意識するからこそ感じる感情を「自己意識的感情」と呼びます。
例えば、共感、恥、罪悪感、困惑、誇りなどがそれに当たります。
自己意識的感情の研究としては、恥や罪悪感、困惑、誇りが自己評価を伴う自己意識的で評価的感情であると提唱したM.Lewis(1995)、感情の中でも恥や罪悪感、困惑、誇りが特に対人関係とかかわりが深い感情であると体系的に自己意識的感情をまとめたTangney(1995)の研究が契機と思われます。
心理学における自己意識的感情の研究は、以下のように分類できます。
- 自己意識的感情の病理に関する研究
- 自己意識的感情と社会文化の研究
- 自己意識的感情と自己の発達における研究
解答のポイント
ルイスの発達理論について理解していること。
自己意識的感情の発達について
【基本感情について】
まずは基本感情という考え方を知っておきましょう。
Ekman(1972)は、比較文化的研究により人間の情動表出は6つの基本情動で、文化を超えて普遍的に成り立つことを実証しており、本来、人間の基本情動は喜び、怒り、悲しみ、恐れ、驚き、嫌悪の6つであるとしています(最近は「軽蔑」も含めて7つとしている)。
これらの感情については、研究者によって一致していませんが、発達研究からは0歳半ばにはこれらの感情が出揃うと言われています。
【自己意識的感情の芽生え】
そして困惑、恥、誇りといった感情を「二次的感情」および「自己意識的感情」と呼んでいます。
これらは、他者あるいは社会全般からの注目や評価といった「他者の目」、そして「他者への意識」を通した自己意識によって喚起されます。
ルイスは、喜び、悲しみ、恐れ、嫌悪、興味、怒りなどは「一次的感情」と呼べる単純な日常の感情であるのに対して、共感や同情、恥、羨望、罪悪感、誇り、後悔などはより複雑なものであると位置づけています。
ルイスは以下の図の自己意識的感情の発達モデルのなかで、基本的で日常的な一時的感情(喜び、怒り、悲しみ、恐れ、驚き、嫌悪)に客体的な自己意識の認知能力と、基準・規則・目標の認知能力が発達するようになると、内省をともなう二次的感情として自己意識的感情(困惑、誇り、恥、罪悪感)が感じられるようになると述べています。
こうした「客体的自己意識」という認知能力(要は鏡などを見て、それが自分だとわかるという現象などに代表されるものです)は、生後18か月~24カ月に生じるとされ、そのころの乳幼児には、他者の前で顔を赤らめる、視線をそむける、うつむくなどして、恥ずかしいという感情を示す表情や身振りが見られます。
【ルイスの発達心理学】
ルイスは感情、特に自己意識的感情の発達を以下のように示しています。
- 人は生まれながらにして「苦痛」「満足」「興味」の3つの感情を持っている
- 生後3か月頃までに「満足」という感情から「喜び」という感情が生まれ、「苦痛」という感情から「悲しみ」と「嫌悪」という感情が生まれる。
- 生後6か月頃までに「嫌悪」から「怒り」と「恐怖」という感情が生まれ、「興味」から「驚き」という感情が生まれる。
こうして、概ね9か月頃までに喜怒哀楽という基本的な感情が形成される。 - 16か月頃には、歩いて行動できる様になることで親元を離れ、自分の世界を創りあげていくことで、「照れる」「憧れ」「共感」といった感情が生まれる
- 生後36か月頃には親や周囲の人の存在を認識することで「自尊心」「罪悪感」「恥」といった感情が生まれる。
ルイスは、こうした感情は、関わる人とのつながりの中で形成されていくものなので育つ環境が大きく影響するとしています。
よりわかりやすく図でまとめると以下の通りです。
ちなみにこちらはLewis(1992)を改変し、作成したものです。
上記のような感情発達の流れになることを指摘しています。
これらを踏まえて、各選択肢の解説に入っていきましょう。
選択肢の解説
『①1歳半頃から誇りの感情が現れる』
従来より、自分の行動の結果を肯定的に感じた際に生じる「誇り」については、子どもが18か月~24か月になると誇りを感じたような行動を取り始め、3歳の終わりごろには出現すると考えられています。
Mascolo&Fischer(1995)によると、誇りが以下の段階を通して発達するとしています。
- 18か月~24か月:自分が引き起こした結果に関する喜びや誇りが見られる。たいていは、喜ぶ親に対して「僕がやった」などと自慢げに語る。
- 2、3歳以降:自分がうまく行った結果に対して誇りを感じる。「うまくできた」という感じ。
この2つの違いは、前者が引き起こした結果が自分の能力によるものという認識であり、後者が社会的に良いと評価されるものを子どもが理解していることを示しています。
一方で、2歳9か月頃の子どもたちを対象とした研究では、他者と競争するという基準を理解していないことが示されており、この時期の誇りの行動については、他者との比較によって生じたものではないことが明らかにされています。
このような他者との競争を通して、その勝敗により誇りを表出するのは3歳6か月ころからとされています。
ルイスらによる研究では、胸を張る、肩を後ろにそらすなどの誇りに関する姿勢が3歳の子どもに見られ、その姿勢は失敗場面よりも成功場面で、課題が易しい場面よりも難しい場面で多く見られることが報告されています。
ただし、3歳児は誇りの表出を幸福と驚きの非言語的な表出から分けて認識することができておらず、3歳では他者との比較だけでなく、他の感情と区別して誇りを理解することも難しいことが明らかにされています(Tracyなど,2005)。
以上をまとめると、1歳半~2歳にはすでに誇りと見られる行動は示すものの、それは他者との比較で生じたものでもなければ、自身の他の感情との弁別もできていないと言えます。
よって、誇りの感情は3歳を少し超えたあたりから生じると見なすのが適当でしょう。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
『②2歳後半になると罪悪感が現れる』
上記の図の通り、罪悪感は大体3歳くらいになって生じてきます。
Hoffman(2000)によると、罪悪感が他者との関わりから経験されると考え、罪悪感が共感性と並行して発達するとしています。
ホフマンによれば、0歳~1歳までの漠然とした共感的苦痛は物理的存在としての他者への意識(1歳~)、役割取得の始まりに伴う他者の内的状態への気づき(2、3歳~)の高まりによって在区間に変わります。
生後2、3歳頃になると、子どもは自分の行動を基準、規則、目標などと照合させて恥じたり、罪を感じたりするようになります。
また、この時期の子どもは向社会的な行動を他者に見せ始めるため、それに伴って罪悪感が表出されると考えられています。
複数の研究で、2、3歳の子どもにおいて恥と罪悪感に関連する行動が区別されており、それらが子どもの獲得した基準から逸脱した際に生じることが示されています。
以上より、選択肢②は適切であると判断できます。
『③出生時に、快(充足)、不快(苦痛)及び興味という感情を備えている』
こちらはルイスの主張していたことの一つになります。
ルイスは出生時に「苦痛」「満足」「興味」を備えていると捉えています。
そして、生後3か月頃までに「満足」という感情から「喜び」という感情が生まれ、「苦痛」という感情から「悲しみ」と「嫌悪」という感情が生まれる。
生後6か月頃までに「嫌悪」から「怒り」と「恐怖」という感情が生まれ、「興味」から「驚き」という感情が生まれる。
このように感情が分化していき、生後半年頃にはいわゆる「基本感情」が出揃うとされています。
ちなみに、こうした感情の発生の背景にどういった心理力動があるのか、については精神分析学でいくつか知見が見られますね(土居健郎先生の甘えの構造などにも)。
以上より、選択肢③は適切と判断できます。
『④生後半年頃までに、喜び、悲しみ、怒り、恐れ、嫌悪及び驚きという感情が現れる』
こちらの選択肢は基本情動(感情)理論に関する内容になっています。
Ekman(1972)は、比較文化的研究により人間の情動表出は6つの基本情動で、文化を超えて普遍的に成り立つことを実証しており、本来、人間の基本情動は喜び、怒り、悲しみ、恐れ、驚き、嫌悪の6つであるとしています(最近は「軽蔑」も含めて7つとしている)。
ちなみにIzardは、興味・興奮、喜び、驚き、苦悩・不安、怒り、嫌悪、軽蔑、恐れ、恥、罪悪感の10種類を基本感情として挙げています。
上記のように基本感情の種類は研究者によって一致していませんが、発達研究(Izard,1991;Lewis,2000)からは0歳半ばにはこれらの感情が出揃うと言われています。
以上より、選択肢④は適切と判断できます。