公認心理師 2020-11

チョムスキーの言語発達の理論に関する問題です。

ブループリントにずっと載っているけど出題のなかったところですね。

ここ数年は「ブループリントに載っているけど出題されていない用語」については、しっかりと勉強して試験に臨むことが重要です(たぶん)。

問11 N. Chomskyの言語理論の立場として、正しいものを1つ選べ。

① 言語発達のメカニズムは、遺伝的に決定されている。

② どのような言語にも共通する普遍文法は存在しない。

③ 言語の文法は、ヒト以外の動物種にも認めることができる。

④ 句構造規則によって作られた文の表層構造は、変形規則によって深層構造となる。

⑤ 脳の中にある言語獲得装置は、報酬と罰の経験によって文法を獲得する働きを持つ。

解答のポイント

チョムスキーの言語発達理論の概要を理解していること。

選択肢の解説

① 言語発達のメカニズムは、遺伝的に決定されている。

言語発達の理論はさまざまですが、大きく分けるとするなら「内側から外へ」と考える理論と、「外側から内へ」と考える理論になるでしょう。

この2つのタイプの違いは、「外側から内へ」の理論が経験を重視し、言語学習の基礎となるメカニズムは言語特殊的というよりも、普遍的であると主張しているのに対し、「内側から外へ」の理論は「言語能力」の生得的な言語的制約によって言語が習得されると主張するところが挙げられます。

生得主義者(内側から外へ)の理論は、子ども自身の経験の役割を最小限にしており、その2つのアプローチは言語経験の役割についての強調の仕方が大きく異なっています。

この辺の違いは、もともと心理学でよく言われている「氏か育ちか」という論争に起源がありますね。

この「内側から外へ」すなわち「生得主義者」の代表的な理論家は、ノーム・チョムスキーです。

「言語は、最も周辺的な意味において教えられるものであり、教えられることは言語の獲得のにとって決して本質的なものではない。ある意味において、私たちはさらに進んで、言語は学習されるものではない」

「よくわかっている身体の生理的システムが成長するように、言語は心の中で成長するように私には思われる。遺伝的に特別に決められた状態で、私たちの精神と外界との交渉が始まる」

「経験により、つまり、私たちの周りにある全てのものとの交渉を通して、この状態は、私たちが言語の認識と呼ぶところの成熟した状態まで変化する」

これらはチョムスキーの述べていることですが、「経験と言語環境は、子どもの生得的に推進される言語発達の過程へ最小限の影響を与えるのみ」という彼の考え方を端的に示していると言えますね。

チョムスキーにとっての環境との関わりは、子どもがそれぞれの言語共同体において用いられる特定の言語に触れる必要があるということのみを意味しています。

ただし、チョムスキーの関心は、文法規則の学習であり、明らかに個々の単語の学習は、その言語に特有なものですから、経験を基礎にしなければならないわけです。

以上より、選択肢①が正しいと判断できます。

② どのような言語にも共通する普遍文法は存在しない。
③ 言語の文法は、ヒト以外の動物種にも認めることができる。
⑤ 脳の中にある言語獲得装置は、報酬と罰の経験によって文法を獲得する働きを持つ。

通常の状態にある人間であれば、誰でも言語を使いこなすことはできます。

これは、人間には生まれつき言語を習得する能力が備わっているからであると考えられ、この能力のことを普遍文法と呼びます。

チョムスキーは、人間には生まれつき言語を獲得する装置(言語獲得装置)が備わっており、言語獲得装置は、普遍文法とそれを介して言語的経験から特定の個別語(日本語とか英語とか)を形成するための関数(これを言語習得関数と呼びます)を含んでいると捉えています。

図式化すると以下のようになります。

言語獲得装置は、以下の3つの特徴を有しています。

  1. 遺伝的に決定されている。
  2. 人間の言語に特定的である。
  3. 言語の多様性を生み出すほどに複雑であり、かつ、子どもが短期間に習得を完了させるほどに単純である。
上記の1は選択肢①の解説でも述べましたね。

また、上記の2は選択肢③に対する解答と言えます。

続いて、普遍文法について見ていきましょう。

日本語や英語等の個別言語に関する理論を「(個別)文法」と呼び、文法一般に関する理論を「普遍文法」と呼びます。

つまり、普遍文法とは、人間の文法として可能なものは何かに関する仮説ということになります。

普遍文法は人間の言語の基本設計であり、言語習得装置の中心をなすものです。

人間に生得的な言語習得装置は、経験すなわち言語資料を入力にして個別言語の文法を出力とする上記のような装置であるとチョムスキーは考えていました(これが選択肢⑤への解答と言えます)。

子どもは、短期間に大きな個人差も無く、複雑な文法体系を習得します。

このように経験における刺激の貧困と、経験だけから帰納するとすれば極めて特殊な文法の特性とを考え合わせると、普遍文法は豊かな内部構造を備えていると考えざるを得ません。

原理とパラメータの理論による普遍文法のモデルでは、個別文法は中核部と周辺部からなると仮定し、周辺部のみが経験により獲得される個別言語に特有の部分であると考えます。

一方、文法の中核部には全ての言語に共通な言語の基本設計として「原理とパラメータ」を仮定し、言語の習得可能性を説明しようとします。

普遍文法の内容が豊かであり、「可能な文法」に対する制限が十分に強ければ、短期間にしかも限定された経験によって、一様な文法を獲得することが可能になります。

従って、普遍文法の内容を詳細に研究することが、言語普遍性を明らかにするのみならず、言語習得の問題を解明することにもなるわけです。

このように、普遍文法にはあらゆる言語の「もと」があると考えられています。

以上より、選択肢②、選択肢③および選択肢⑤は誤りと判断できます。

④ 句構造規則によって作られた文の表層構造は、変形規則によって深層構造となる。

上記の普遍文法は、チョムスキーの生成文法の代表的な理論と言えます。

生成文法とは、有限の規則により文法的な文の集合を生成する文法のことを指します。

ここで示されている「句構造規則」「表層構造」「深層構造」というのは、生成文法の用語です。

深層構造は語彙情報に基づいて文の文法関係を決定する構造であり、表層構造とは深層構造に変形規則を適用して派生される文の構造のことです。

つまり、深層構造とはすべての言語に備わっているとみられる基本的文法の普遍的な特性のことを指します。

これに対して、表層構造とは、ある特定の言語が持つ文法の型と文章の構造のことで、その言語を他の言語と区別するものですから、要は実際に表出された文章のことだと思えば良いでしょう。

深層構造はすべての言語に共通な基本的原理なので、子供はそれを生まれながらに持っており、生まれたあと、周りから聞こえる言語の表層構造を解読するのに使います。

例えば、「ありがとう」と「Thank you」では言語の違いはありますが、意味することは同じですから、表層構造は違うが同じ深層構造をもった文だということになります。

感謝の気持ちは同じでも、表す言葉が違うということですね。

子どもは生まれた土地で生きていくためにその土地の言葉(表層構造)を学ばなければならないとされています。

そして、深層構造に含まれている単語の並びの規則を表したものを句構造規則と呼ぶ。

つまり、句構造規則というのは、文を構成している要素の支配・階層関係を表したものです。

また、深層構造と表層構造を結びつける働きをするものを変形規則という。

句構造規則というのは単語をまとめあげてフレーズを作り出す規則であるのに対し、変形規則というのは、既に出来上がっているフレーズを加工して新たなフレーズを作り出す規則です。

例えば、「○○先生の、これが最も優れた著作だ」という文章では、「これ」イコール「最も優れた著作」だと述べているので、下線を引いた部分は意味的に一つのまとまりを成すと言えますね。

それにもかかわらず、下線部は、「これが」というフレーズによって2つに切り離されてしまっているので、このような文を句構造規則だけを用いて生成することは不可能ではないかもしれないが容易ではありません。

そこで、句構造規則体系に、変形規則と呼ばれる新しいタイプの規則を付け加えていくということになります。

初期のモデルでは、深層構造は意味部門(いわゆる意味論:言語のもつ意味の構造、歴史的な変化などを研究する部門)への入力となり、表層構造は音韻部門(いわゆる音韻論:言語がどんな音から成り立っているか。意味の弁別に関与する最小単位である音素の特定やその分布の研究を行う)への入力となると考えられていました。

しかし、表層構造もさまざまな意味に関係することが明らかにされ、更に、文法関係に関わると意味も痕跡に基づいて表層構造で解釈可能となることから、表層構造のみが、意味部門と音韻部門への入力となる以下のような文法モデルに改訂されました。

以上より、句構造規則によって作られた文の深層構造は、変形規則によって表層構造となると言えますね。

よって、選択肢④は誤りと判断できます。

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