説明に合致する現象を選択する問題です。
「抑制」という言葉が付く概念を並べていますが、すべて記憶関係の概念というわけではありませんね。
問9 過去に経験した物事の記憶によって、その後に経験する物事の記憶が困難になる現象として、最も適切なものを1つ選べ。
① 側抑制
② 逆向抑制
③ 構音抑制
④ 順向抑制
⑤ 条件抑制
選択肢の解説
② 逆向抑制
④ 順向抑制
順向抑制とは「ある事柄についての記憶の想起が、その前に体験した事柄の記憶によって干渉を受けること」を指し、対して、逆向抑制とは「ある事柄についての記憶の想起が、その後に体験した事柄の記憶によって干渉を受けること」を指します。
覚え方として、この概念は「時間経過を客観的に見て、順向・逆向を捉えている」と考えましょう。
以下の図を見て覚えて頂けると幸いです。
順向抑制の例として、同じカテゴリーに属する単語からなる2つのリストを続けて学習すると、異なるカテゴリーに属する単語のリストを続けて学習する場合に比べて、後に学習したリストの項目の記憶の成績が悪くなるということが挙げられます。
順向抑制が生じる原因は、多数の項目が同じ手がかりを共有することによって、項目同士の区別がつきにくくなるためです(手がかりの過負荷、と言います)。
上記の例では、2つの学習リストが1つのカテゴリー名を共有することで、そのカテゴリー名を手がかりとする項目の数が多くなり、結果として手がかりとしての有効性が低くなることによって順向抑制が生じたと考えられます。
また、それまでとは異なる種類の単語を提示することによって、記憶の成績が回復する現象を「順向抑制からの解除」と呼びます。
逆向抑制の例として、刺激項目Aと刺激項目Bを対にしたA-Bリストの対連合学習を繰り返し行うと、Aを手がかりとしたBの再生成績は次第に向上します。
ところが、次に、Aと対になる項目をCに変えて、A-Cリストの対連合学習を行うと、A-Cリストの学習は行わずにA-Bリストの学習だけを行った場合に比べて、Aを手がかりとしたBの再生成績は低下します。
これは、後から記銘したCが、過去に学習したBの記憶に対して遡及的に抑制を加えるために生じます。
逆向抑制は、最初の学習と新たな学習との時間間隔が短かったり、用いる項目の類似度が高い場合に顕著に生じます。
これらを踏まえれば、本問の「過去に経験した物事の記憶によって、その後に経験する物事の記憶が困難になる現象」を指すのは順向抑制であると考えられますね。
よって、選択肢②は不適切と判断でき、選択肢④が適切と判断できます。
① 側抑制
側抑制とは、神経細胞が近傍の神経細胞に対して抑制性の入力をすることを指し、カブトガニの複眼で最初に発見されました。
一つの個眼を光刺激すると、刺激された個眼の視神経繊維にインパルスが発生すると同時に、隣接する個眼の視神経繊維には興奮が起こりにくいように抑制がかかる現象を指しています。
適正な側抑制の働きにより、空間的にある程度規則的に配列している神経細胞群の活動において、隣り合う入力の差を強調することで輪郭の検出に貢献します。
側抑制は視覚、触覚などの感覚神経系に存在する基本的で重要な機構とされています。
少しわかりにくいでしょうから、もう少し噛み砕いて話しましょう(こちらのサイトがわかりやすいので引用します)。
動物の視覚は色や形のあるものの境界をはっきりと見えやすくするように、境界線を強調して感じ取る機能を持っており、これが側抑制です。
次の図のように段階的に明度が異なる色票を隣接して並べると、隣接している近辺だけ明るさが変化しているように見えます。
光を感知する視細胞が網膜の中に無数に存在(1億個程度と言われている)する中で、近隣する視細胞同士の活動を抑制的に作用させることで、境界線を際立たせて見えるようになっていることから側抑制と呼ばれています。
このように、側抑制は「抑制」という言葉は使われていますが、記憶領域の概念ではありませんし、当然のことながら本問の「過去に経験した物事の記憶によって、その後に経験する物事の記憶が困難になる現象」には該当しません。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
③ 構音抑制
構音抑制とは、二重課題法の一つとされています。
何らかの課題遂行中に、その課題とは無関連の言語音(例えば、the、the、theと1秒ごとに言わせる)を繰り返し構音・発生することを求める実験手続きのことを指します。
構音とは、調音のことで、発話器官を動かして言語音を発することを指しますが、こうした活動により、同時に行っている別の課題に言語の音韻的な処理機構が使用できなくなると仮定されています。
この手続きによる効果を構音抑制効果と呼びますが、実際に用いられる材料や構音の速度などによって、効果生起のメカニズムは異なると考えられています。
「公認心理師 2020-113」では音韻ループの解説を行っていますが、Baddeleyは、音韻ループによって説明可能な現象として次の5つを挙げています。
- 音韻類似性効果:音韻が類似している文字や単語は、正確に思い出す事が難しいという現象。これは音韻として符号化されていることを意味する。
- 語長効果:短い単語よりも長い単語の方が、再生が難しいという現象。多数の音節からなる語は、リハーサルや再生を行うのが難しい。これは、記憶痕跡に減退のための時間を与えることになる。
- 構音抑制:単語記憶課題を行う際、1秒ごとに、たとえば「ザ」と発話し続けなければいけないように構音抑制を行うと、主たる単語記憶課題の成績は著しく落ちる。これは構音リハーサルを阻害することによって、音韻ループ内の記憶痕跡の形成が不十分になるためと考えられる。
- 異符号間の情報転送:視覚的に呈示された文字・単語では、しばしば、視覚コードから聴覚コードへと変換し、声に出さずに暗唱する。構音抑制は、視覚呈示された項目では記憶成績低下を引き起こすが、聴覚呈示された項目では成績低下を生じさせない。これは、聴覚刺激は音韻貯蔵庫へ自動的に登録されるためである。
- 神経心理学的証拠:音韻短期記憶に障害を持つ患者は、音韻貯蔵庫にその障害が存在する。統合運動障害を持つ失語症患者は、構音に必要な発話運動コードを形成することができないため、構音リハーサルに障害をもつ。発話に困難を伴う構音障害患者は、リハーサルには問題が無い。これはリハーサルには、明白な音声を伴う必要がないことを示している。
上記からも明らかなように、構音抑制とは、課題とは無関係な語を発話させることにより、ワーキングメモリにおける音韻ループの関与を阻害する手法です。
すなわち、本問の「過去に経験した物事の記憶によって、その後に経験する物事の記憶が困難になる現象」には該当しません。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
⑤ 条件抑制
主に恐怖条件づけの状況において、条件反応の測定のために用いられる方法です。
一般にエサを強化子としたレバー押し反応や水舐め反応のような、一定の反応率で遂行される反応をベースライン反応とし、恐怖条件づけを行った条件刺激の提示によって、ベースライン反応がどの程度抑制されるかを観察します。
獲得された恐怖反応(条件性情動反応)が強いほど、より強い抑制が観察され、条件刺激が提示されていないときのベースライン反応と、抑制時の反応との比が指標とされます。
要するに、特定の行動に嫌悪刺激を随伴させてその行動の生起頻度を落とすことであり、代表的な例としては、牡蠣にあたったことがある人が牡蠣を食べなくなるような現象のことを指すわけです。
これらを踏まえれば、条件抑制は本問の「過去に経験した物事の記憶によって、その後に経験する物事の記憶が困難になる現象」には該当しません。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。