事例が備えている認知バイアスを選択する問題です。
どういう認知バイアスを備えているかがわかるのは前提として、それぞれの臨床家が「そのバイアスはなぜ生じたのか」を考えることが大切です。
問145 15歳の男子A、中学3年生。Aは、学校の廊下で面識のない生徒Bと肩がぶつかった。AはBに、「わざとぶつかっただろう」と文句を言い、BはわざとではないとAに謝ったが、Aは信じられず、Bの顔を殴った。Aは、約2か月前にも、他の中学校の見知らぬ生徒Cと道ですれ違った際ににらまれたと突然激高し、暴言を吐いたことがあった。Cは事後、担任教師にAと目が合ったかどうかも分からないと話している。
AのBとCに対する暴行や暴言に関わる、Aの認知バイアスとして、最も適切なものを1つ選べ。
① 後知恵バイアス
② 正常性バイアス
③ 現状維持バイアス
④ 自己奉仕バイアス
⑤ 敵意帰属バイアス
解答のポイント
各バイアスの特徴を把握している。
選択肢の解説
① 後知恵バイアス
② 正常性バイアス
③ 現状維持バイアス
④ 自己奉仕バイアス
⑤ 敵意帰属バイアス
バイアスとは「偏り」「偏見」「先入観」などを意味し、認識の歪みや偏りを表現する言葉として使われます。
そう言われると否定的な感じを受けますが、バイアスによって脳が処理する情報量を圧縮して素早い意思決定を行うことができるというメリットがあります。
例えば、目の前の男性を評価する際、その人の人となりや細かい情報を吟味していては大変なので、もともと備えている「男性とはどんな存在か」という「偏り」を利用することで、そうした処理を省いて、目の前の男性が「こんな人だよね」と評価しているということです。
もちろん、それによって目の前の男性の本質的な特徴を見落とすリスクが高まりますし、こうした「人や物事を単純化することで本質的な特性・性質を見逃してしまう」ということがバイアスのデメリットと言えるでしょう。
そういう意味では「ステレオタイプ」と同じですが、「バイアス」の場合はステレオタイプのような多くの人に浸透している固定観念やイメージ(例:インド人はカレーが好き)に、評価・感情・態度・行動(例:インド人はカレーしか食わん、カレー嫌いのインド人は変など)がくっついています。
上記を踏まえ、ここでは各バイアスについてまとめて述べていくことにしましょう。
- 自己中心性バイアス:
自分の内部で起きている経験、自分の過去の体験、自分の視点から見た空間的位置、それに伴う注意やリソースの配分のあり方・量などのような、自分しか持ち得ない情報に強く規定された知覚や理解をしてしまうこと。
具体的には「自分だけが知っている情報」に左右されて、他者の感情の強さを歪めて判断してしまうことであり、例えば、夫婦の家事分担について互いの全ての行動を把握できていないのに自分ばかりが頑張っていると思ってしまったり、高い服を着ているときに周りから注目されていると感じてしまうなど。 - インパクト・バイアス:
ある出来事が起きたときのことを想像して、出来事が起きた後のことを実際よりもずっと良く、あるいはずっと悪く予測すること。
提唱者のGilbertは、この現象を「人間がトラウマ的な出来事に遭遇した際に、心を守るために心理的免疫システム(人間が幸福感を自ら想像したり、作り出したりすることができる能力)が働く」と主張した。
つまり「良い出来事を想像して考えた幸福の度合い」は実際にそのシチュエーションになったときの幸福度よりも大きく予想され、反対に「悪い出来事を想像して考えた不幸の度合い」も実際にそのシチュエーションになったときの不幸度よりも大きく予想されている。 - 行為者‐観察者バイアス:
根本的な帰属の誤りの延長とされ、他者の行動については気質要因を過大評価することに加えて、自分の行動の気質要因を過小評価し、状況要因を過大評価する傾向を指す。
たとえば勉強する学生は、状況要因(「試験が近づいている」など)を中心に行動を解釈し、自分以外の学生たちについては気質要因(「野心的で勤勉」など)を中心に解釈している。 - 利用可能性(可用性)バイアス:
日ごろ接している情報や目立つ出来事を過大視する傾向。
車よりも飛行機を敬遠するのは、飛行機事故が大きく発信されるため。
車の方が危険なのに。 - 確証バイアス:
ある考えや仮説を検証する場合、その仮説に合致する情報を選択的に認知したり、重要と判断する傾向。
いったんある決断をおこなってしまうと、その後に得られた情報を決断した内容に有利に解釈する傾向をさす。
見た夢を正夢だと思い込むことなど。 - 内集団バイアス:
ある集団を恣意的に定義して、その集団が多くの点で他の集団より多様で「良い」と評価することを指す。 - 後知恵バイアス:
出来事が起きた後で、そのことは前もってわかっていたはずだと考え、当時の情報を過大に評価することを指す。
過去の事象を全て予測可能であったかのように見る傾向。 - 正常性バイアス:
自分にとって都合の悪い事実や情報を過小評価する傾向。
避難命令が出ているのに避難しない人たち。 - 現状維持バイアス:
現在の状況より好転すると分かっていても、未知のものや変化を避け現状維持を選ぶことを指す。
このバイアスは「損失や失敗を回避したい」という心理から生じるとされている。現状を変化させることはメリットもあるだろうが、デメリットが生じる可能性も捨てきれず、そうなるとデメリットを回避したいあまり現状維持を選択する…ということ。 - 自己奉仕バイアス:
達成課題における成功や失敗など自己評価に直接結びつくような事態では、自分に都合が良いように因果関係の認知が歪められやすい。
他者から非難されそうな行為、自分にとって不都合な結果は、その原因を外部要因に求めて自尊心の低下を防ぐのに対し(これを自己防衛的帰属と呼ぶ)、他者から賞賛されるような行為、自分にとって都合の良い結果が生じた際には、それを自分自身に帰して(これを自己高揚的帰属と呼ぶ)自尊心を高めようとする。
この「自己防衛的帰属」と「自己高揚的帰属」を合わせて「自己奉仕的バイアス」と呼ぶ。 - 敵意帰属バイアス:
行動が曖昧または良性であっても、他人の行動を敵意を持っていると解釈する傾向。
向こうで同級生がひそひそ話をしている時に、自分の悪口を言っていると思い込むなどと言う形で観察される。
研究によると敵意帰属バイアスと攻撃行動には関連性があり、他人の行動を敵対的であると解釈する可能性が高い人は、攻撃的な行動をとる可能性も高くなっている。仲間から拒絶された経験のある子どもは敵意帰属バイアスを持ち合わせている可能性が比較的に高い、敵意帰属バイアスのある母親の子どもは攻撃的になる傾向がある、などが指摘されている。
上記のように様々なバイアスがありますが(後半5つが本問で問われているバイアスです)、これらを踏まえて本事例を見てみましょう(時系列で並び替えています)。
- Aは、約2か月前に、他の中学校の見知らぬ生徒Cと道ですれ違った際ににらまれたと突然激高し、暴言を吐いたことがあった。Cは事後、担任教師にAと目が合ったかどうかも分からないと話している。
- Aは、学校の廊下で面識のない生徒Bと肩がぶつかった。AはBに「わざとぶつかっただろう」と文句を言い、BはわざとではないとAに謝ったが、Aは信じられず、Bの顔を殴った。
こうした2つの出来事をどう解釈するかですね。
2つ目の出来事に関しては「肩がぶつかった」という出来事をどう解釈するかであり、一般論としても攻撃と認識することが可能と言えば可能です(ただ、殴るのはやりすぎなので、やはり強く怒りが出すぎていると考えるのが妥当です)。
一方で、1つ目の出来事に関しては「目があったかどうかもわからない」というのに、「睨まれたと思って突然激高し、暴言を吐いた」というのは明らかに「自分は攻撃される」という前提があったと思われます。
このことから、Aの内には「敵意帰属バイアス」が存在していると考えるのが妥当になるわけです。
ただ、実践上では、目の前に「敵意帰属バイアスがある」と評価して終わりということはありません。
どのような経過を経て、目の前の人が「敵意帰属バイアスを獲得したのか」を見立てていくことが重要になってきます。
私自身、この「敵意帰属バイアス」に出会う機会が多く、その支援を行っていく中で、多くの事例に共通する特徴を述べておきましょう。
まず、彼らは否定的な感情を向けていることは間違いありません(自分はダメだ、自分は価値がないなど)。
ただし、こうした「自らに向けている否定的な感情」を、彼らは「自分自身のもの」と認識する自我を持ち合わせていないことが多く(自我が未成熟であることが多く)、結果として、彼らが自分に向けている否定的感情を「外に投げる」ことになります。
この「外に投げる」とは、自分が認識できない自分への感情を「外の人間が自分に向けている」という形で認識するということです。
つまり、自分が「自分はダメな人間だ」と腹の底では思っているが認識はできておらず、それを「外の人間が、自分をダメだと思っている」という形で認識するということです(これを心理学では投影と名付けたりします)。
こういう仕組みを持ち合わせている人は、外に起こる出来事を「外の人間は自分をダメだと思っている」という前提で解釈することになるので、曖昧・良性の出来事であっても否定的な解釈が生まれてしまうのです(ひどい場合は、絵を描いている子どもに別の子どもが「上手だね」と言ったのに、家に帰って親に「絵が下手だって言われた」と泣きつくなどの場合があります)。
更に、そもそも、彼らが「なぜ、自分のことをダメだと腹の底で思うに至ったか」を考えていく必要がありますが、そこまで述べるとあまりに長くなるので省略です。
いずれにせよ、本事例のAに存在しているのは「敵意帰属バイアス」であることがわかりますね。
以上より、選択肢①、選択肢②、選択肢③および選択肢④は不適切と判断でき、選択肢⑤が適切と判断できます。