公認心理師 2021-85

人間の意思決定過程に関する理論や概念に関する理解を問う内容です。

こうした言い換えって臨床場面では非常に有効な場合がありますね。

問85 ある疾病において、「10%が死亡する」と表現した場合のほうが、「90%が生存する」と表現した場合よりも、リスクが高く感じられる。
 このことを表す用語として、最も適切なものを1つ選べ。
① 連言錯誤
② 確証バイアス
③ アンカリング効果
④ フレーミング効果
⑤ 利用可能性ヒューリスティック

解答のポイント

人間の意思決定研究に属する概念の理解があること。

選択肢の解説

本問の解説では、以下の書籍からの引用が多くなっています。

① 連言錯誤
③ アンカリング効果
⑤ 利用可能性ヒューリスティック

まずここではヒューリスティックスに関する概念の解説を行っていきます。

ヒューリスティックスとは、必ず正解が得られるわけではないが、近似解が期待できる方法を指し、それを活用すれば、回答に至るまでの時間を短縮できます。

この用語自体は、主に計算機科学と心理学で用いられ、計算機科学ではプログラミングの方法を、心理学では人間の思考方法を指します。

なお、ヒューリスティックスに対して、確実に問題解決に至る一連の手順をアルゴリズムと呼びます。

つまり心理学では、ヒューリスティックスとは、人が日常の判断や意思決定において経験的に用いる簡便法を指すわけです。

まず選択肢①の「連言錯誤」について説明していきましょう。

以下のリンダという女性についての説明を読んでみましょう。


リンダは31歳で、独身で、率直に意見を言い、非常に聡明である。大学では哲学を専攻した。学生時代、彼女は、人種差別や社会正義の問題に強く関心を持ち、反核デモに参加していた。次の2つの内、どちらの可能性が高いだろうか。

A:銀行の出納係をしている。

B:銀行の出納係であり、女性解放運動もしている。


この問題では、約90%の実験参加者がBを選択しましたが、この2つの事象が同時生起(連言)する確率が、どちらか一方の生起確率よりも高いことはあり得ません。

すなわち、BはAに含まれている(BはAの部分集合)わけですから、BがAの確率を超えることはあり得ないはずなわけです。

こうした問題で観察される誤りを「連言錯誤」と呼びます。

回答者は、代表性ヒューリスティック(ある事例の起こりやすさを、典型例と類似している程度によって判定する方略。対象が典型例と類似しているほど生じやすい)を用いて、リンダが銀行の出納係や女性解放運動家のステレオタイプにどれほどふさわしいかを考え、その類似性から判断を行ったと解釈できます。

さて、続いては選択肢③の「アンカリング効果」について解説していきましょう。

アンカリング効果、調べても出てこなかったのですがネットで意味を見てみると「係留と調整ヒューリスティックのことじゃないか」と思い、調べるとやはりそうでした。

係留と調整ヒューリスティックとは、人が不確実な事象について予測する時、初期値から検討を始め、最終的な回答を推定していくことをさします。

例えば、以下のような計算問題が提示され、5秒間で答えるよう求められたとします。


A:8×7×6×5×4×3×2×1

B:1×2×3×4×5×6×7×8


こうした難しい計算問題にとっさに答えるために、人ははじめの数ステップを計算し、調整によって回答の推定を行います。

調整は不十分であり、解答の値は過小評価されます。

更に、左から右へと行われる初めの数ステップの掛け算の結果は、Aの方がBよりも値が大きいため、Aの方が解答として大きな値が推定されます。

研究結果では、Aでは2250であり、Bでは512でした(答えはどちらも40320)。

なお、係留とは、初めの値を錨(Anchor)のように設定することから名づけられており、アンカリング効果とも呼ばれるわけですね。

次は選択肢⑤の「利用可能性ヒューリスティック」について解説していきます。

ある出来事が起こる可能性を、その出来事の事例をどれほど簡単に思いつくかで推測することを「利用可能性ヒューリスティック」と呼びます。

通常、頻度の高い事例は想起しやすいので、利用可能性ヒューリスティックが妥当な手掛かりとなる場合は多くなります。

しかし、利用可能性ヒューリスティックは、頻度以外の要因に影響され、例えば、最近の出来事、強い情動を引き起こす出来事は思い出されやすいとされています(ニュースで大きく取り上げられた飛行機事故→飛行機は危ないというリスク認知が高まる)。

Tversky&Kahnemanが示した以下の問題で利用可能性ヒューリスティックは見られやすいです。


A:英語には、kで始まる単語と、kが3番目に来る単語ではどちらが多いか?

B:アメリカにおいて、胃がん、殺人、交通事故、心臓病による死亡者数の多い順は?


質問Aに対しては、大多数が「kで始まる単語」が多いと答えますが、実際には「kが3番目に来る単語」の方が約2倍もあります。

この問題の回答者は、「kで始まる単語」と「kが3番目に来る単語」を思い出そうとしたが、特定の文字で始まる単語を想起する方が容易であるため、「kで始まる単語」の方が多いという印象を持ったと解釈できます。

また、質問Bにおいては、実際には心臓病、胃がん、交通事故、殺人の順で死亡者が多いのですが、回答者は、交通事故、心臓病、殺人、胃がんの順で示し、交通事故や殺人が過大評価されていることになります。

これは、メディア報道による目立ちやすさ、ショッキングな事例の思い出しやすさなどが影響していると考えられています。

以上を踏まえ、本問の「ある疾病において、「10 %が死亡する」と表現した場合のほうが、「90 %が生存する」と表現した場合よりも、リスクが高く感じられる」という現象を考えてみましょう。

これは、一般的な状況よりも、特殊な状況の方が、蓋然性が高いと誤判断すること(連言錯誤)や、情報量が限られている状況下において、先に与えられた数字や情報を基に検討を始めることにより、その後の意思決定に影響を及ぼす傾向(アンカリング効果:係留と調整ヒューリスティック)や、ある出来事が起こる可能性を、その出来事の事例をどれほど簡単に思いつくかで推測すること(利用可能性ヒューリスティック)という現象ではないことがわかりますね。

よって、選択肢①、選択肢③および選択肢⑤は不適切と判断できます。

② 確証バイアス

確証バイアスとは、認知心理学や社会心理学における用語で、ある考えや仮説を検証する場合、その仮説に合致する情報を選択的に認知したり、重要と判断する傾向を指します(「公認心理師 2019-137」で解説済みですね)。

仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことであり、その結果として稀な事象の起こる確率を過大評価しがちであることも知られています。

いったんある決断をおこなってしまうと、その後に得られた情報を決断した内容に有利に解釈する傾向で、見た夢を正夢だと思い込むことなどがそれにあたります。

上記の確証バイアスが、本問の「ある疾病において、「10 %が死亡する」と表現した場合のほうが、「90 %が生存する」と表現した場合よりも、リスクが高く感じられる」に合致するかと言われれば、違うことがわかりますね。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

④ フレーミング効果

こちらについては「公認心理師 2020-14」で既に解説済みですね。

ここではより詳しく解説していきましょう。

物事に対する個人的な望ましさ(価値)を効用と呼びます。

von Neumann&Morgensternは「期待効用理論」によって、合理的な意思決定の条件を公理化して示しました。

期待効用理論によると、ここの選択肢の期待効用を計算し、期待効用が最大となる選択肢を選ぶ意思決定が合理的とされます。

すなわち、この理論においては、意思決定者は期待効用が最大になるような選択・行動を取ることが仮定されるわけです。

これに対し、Tversky&Kahnemanは、期待効用理論では予測できないが、自身らのプロスペクト理論では予測可能な数多くの実験結果を報告しています。

プロスペクト理論とは、不確実性下における意思決定モデルの1つであり、個人の選択によって得られる利益や損益とそれが生じる確率を踏まえて個人がどのような選択をするかを記述し説明するためのモデルです。

この理論では、人は決定問題を分析し、現在の状況にあたる「参照点」に基づいて、意思決定の結果を「利得」か「損失」かに分けて評価すると仮定します。

プロスペクト理論については「公認心理師 2018追加-120」で詳しく解説していますから、こちらを参照にしてください。

さて、プロスペクト理論で説明可能な、以下の例を見てみましょう。


アメリカで600人の死者が予想される、珍しい伝染病の流行に備えている。伝染病の流行に対処するため、2つの方策が提案された。

・対策Aが採用されれば、200人助かるであろう。

・対策Bが採用されれば、1/3の確率で600人助かり、2/3の確率で誰も助からないであろう。

別の回答者グループには、次の選択肢が示された。

・対策Cが採用されれば、400人が死亡するであろう。

・対策Dが採用されれば、1/3の確率で誰も死亡せず、2/3の確率で600人死亡するであろう。


この研究では、対策AとBに対して約70%の回答者がAを選びました。

対策AとBは「どれだけ助かるか」という利得の表現が用いられていますね。

利得領域では人はリスク回避の傾向にあるので(プロスペクト理論にあります)、確実な選択肢(A)の方が、同じ期待値を持つ不確実な選択肢(B)よりも好まれたと解釈できます。

一方、対策CとDの場合、約80%の回答者がDを選びました。

これらの対策は「どれだけ死亡するか」という損失の枠組みで表現されている以外、対策AとBと同一です。

つまり、表現が違うだけで、これらすべての対策の期待値は同一なわけです。

このように論理的に同値であっても、選択肢の表現の違いが選好に影響する現象を「フレーミング効果」と呼びます。

規範的な期待効用理論では、BよりもAを好むのであれば、DよりもCを好むことが合理的なはずです。

これに対して、プロスペクト理論では、人の判断が常に状況や文脈に依存している点を適切に説明できるわけですね。

さて、こうしたフレーミング効果によって、本問の「ある疾病において、「10 %が死亡する」と表現した場合のほうが、「90 %が生存する」と表現した場合よりも、リスクが高く感じられる」を説明可能か考えてみましょう。

これは表現の違いによって、判断が変わってくるというフレーミング効果の例であると言えますね。

よって、選択肢④が適切と判断できます。

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