認知心理学の重要な知見である奥行き知覚に関する問題です。
ブループリントにも記載されている項目となっております。
一つひとつの理解は難しくないのですが、数が多いので覚えるのが大変かもしれません。
日常的な体験を合わせて覚えておくと良いかもしれませんね。
問6 奥行きの知覚における両眼性の手がかりとして、正しいものを1つ選べ。
① 陰影
② 輻輳
③ 重なり
④ 線遠近法
⑤ きめの勾配
解答のポイント
奥行き知覚をおける手がかりの分類と、各分類に含まれる手がかりの種類を把握していること。
必要な知識・選択肢の解説
私たちの眼の中にある網膜に投射される像は二次元の平面画像であるにもかかわらず、私たちは三次元の世界を知覚することができます。
また、絵画や写真、映画、テレビなども二次元で表された平面画像であるにもかかわらず、私たちは奥行きを感じることができます。
このように、奥行き知覚とは「事物が三次元的に定位すること」を意味します。
人間では、視覚、聴覚、探索的触覚に奥行き知覚の能力が備わっているとされていますが、視覚が最も安定的で弁別力が高いとされています。
奥行き知覚において、観察者から刺激対象までの距離を絶対距離(単に距離、自己中心的距離などと呼ぶこともある)と呼び、ある物からまた別のある物までの距離を相対距離(奥行き、対象間距離と呼ぶこともある)と呼びます。
また、物相互の前後関係については遠近感と呼んでいます。
本問で示されている各選択肢内容は、全て視覚に関するものになっています。
古典的な手がかり理論では、眼とその周辺の感覚器に手がかりとして与えられる二次元的刺激から三次元的世界が構成されると考えます。
そして、奥行き知覚に利用される手がかりは、「単眼手がかり」と「両眼手がかり」に大別することができます。
単眼手がかりとは、片方の眼だけで対象を見る場合にも利用できる手がかりであり、その多くは絵画で遠近感を出すために用いられています。
このため、単眼手がかりは「絵画的手がかり」と呼ばれることもあります。
これに対し両眼手がかりは、眼を動かすときの筋肉の緊張感、両眼網膜像の融合など、その多くが生理学的事象と関連しています。
このため両眼手がかりは「生理学的手がかり」と呼ばれることもあります。
両眼手がかりと単眼手がかりの弁別は、片方の眼を覆うことで判断できます。
片方の眼だけでも奥行き知覚が生じれば単眼手がかりになりますし、両眼で見ないと奥行き知覚が生じない場合は両眼手がかりということですね。
以下では、各選択肢に沿って、具体的な手がかりについて説明していきましょう。
① 陰影
陰影は、対象に立体感を与えるを手がかりです。
立体感があるということは、奥行き知覚があるということですね。
陰影は単眼でも奥行き知覚を生じさせる手がかりとされています。
実際に陰影を使い、奥行き知覚を生じさせているものはたくさんあります。
その一つが化粧です。
アイシャドーを塗って陰影をつけることで、彫りの深い顔に見せることができます。
彫りが深いということは奥行きがあるということですよね。
これは、絵画のデッサンなどにも使われている手法です。
以上より、選択肢①は誤りと判断できます。
② 輻輳
両眼で一点を凝視するときに両視線が交わる角度のことを輻輳角(ふくそうかく)と呼びます。
この輻輳角は、凝視する点が近くにあるときには大きくなり(要は寄り目になっている状態ですね)、凝視点が遠くにあるときには小さくなります。
この際の両眼球を内転(知覚を見るとき、寄り目になっているとき)させているか、外転(遠くを見るとき、目が離れている状態)させているかで、動眼筋の緊張度が変わってきます(この眼球の運動2種をまとめてvergence(バーゼンス)と呼びます)。
この緊張度が奥行き手がかりとして知覚されるということです。
なお、この手がかりが有効になるのは20mくらいまでと考えられています。
以上より、輻輳は両眼手がかりであることがわかりますね。
よって、選択肢②が正しいと判断できます。
③ 重なり
2つの対象があって、ある対象が別の対象の一部を覆っている場合に、覆っている面は覆われている面よりも手前に、覆われている面は背後に知覚されます。
これが重なりという奥行き知覚の手がかりであり、単眼手がかりに属するものです。
なお、重なりは重なり合った対象のいずれかが前であるかという相対的な奥行き関係のみを示す手がかりであって、観察者からの絶対的な距離に関しては何の情報も与えません。
以上より、選択肢③は誤りと判断できます。
④ 線遠近法
奥行き方向に伸びた平行線は、絵画平面では収斂した直線として表されます。
距離が遠くなればなるほど、2線の間隔は狭く描かれ、無限の距離ではこの2線は消失点としての1点で交わります。
このように収斂した直線のことを「線遠近」と呼び、その描画法を「線遠近法」と表現します。
同じ幅をもった対象でも観察者から遠ざかるほど幅が狭く知覚されるということですね。
これは風景画などで遠近感を出すために用いられる手法ですね。
もちろん絵画に留まらず、道路のような日常的な風景を観察する時にも、網膜にこのような収束線が投影され、私たちをそれを手がかりにして奥行き感を得ています。
なお、生後1~2か月になると、乳児は「相対的な大きさ」「線遠近法」「陰影」などといった単眼手がかりによる奥行き知覚を獲得しており、この手がかりに基づいてより近くにあるように見える対象に手を伸ばし始めます。
以上より、選択肢④は誤りと判断できます。
⑤ きめの勾配
昨年度、私は家を建てたのですが、その際、さまざまな壁紙や床材などを選ぶ機会がありました。
それらの中には一様な模様が描かれているものもあるのですが、こうした家の床や天井などに一様な模様が広がっているとき、観察者から遠ざかるほどきめが細かく、近いほどきめは粗く知覚されます。
ちなみに、上記の一様な模様を「テクスチャ」と呼びます。
ギブソンは、こうしたきめの勾配が奥行き知覚の重要な手がかりとなると考えました。
単眼の奥行き知覚の証拠となる研究として「視覚的断崖」があります。
高床式の台の床板の部分にガラス板が張られており、床板の模様が見えるようになっており、中心から端に行くにつれて、なだらかな坂になっています。
床板の模様(きめの勾配を表現する)により奥行きが知覚されるような装置になっています。
十分にハイハイができる乳児がガラス板の上に置かれ、両眼の奥行き手がかりを除くため片方の眼を眼帯で覆います。
そして、母親が浅い側から呼ぶと乳児は這っていきますが、深い側から呼ぶと乳児は断崖を横切りません。
このようにきめの勾配は単眼手がかりの一つであることがわかります。
以上より、選択肢⑤は誤りと判断できます。
その他の奥行き知覚の手がかり
ここでは、上記以外の奥行き知覚の手がかりについて簡単に述べていきましょう。
まずは単眼手がかりとしては、「大気遠近法」「相対的大きさ」「運動視差」「調節」などがあります。
観察者と事物との間に介在する水蒸気によって、遠景の事物の輪郭はぼやけ、全体に青味がかり、しかも開口色的な見え方をします。
例えば、大気が霞がかっているときには、遠くにある対象はぼやけて色がかすんで見える、あの現象のことです。
画家はこのような見え方をキャンバスに再現して、平面の上に奥行きを表現しようとしました。
このような絵画表現の手法を「大気遠近法」と呼びます。
「相対的大きさ」とは、形が類似し、大きさの異なる2つの図形を同一の観察距離に提示したとき、相対的に小さい図形は大きい図形よりも遠くに見える現象を指します。
重なりの手がかりを複合することによって、より奥行きがあるように感じられます。
なお、特にその対象の大きさを知っていると奥行きは強く感じられるとされています。
つまり、大きさをよく知っている対象に関しては見えている大きさを手がかりにして、その対象の距離を推測することができるということですね。
例えば、多くの風船が空に舞い上がったとき、大きく見える風船は近くにあり、小さく見える風船は遠くにあるように知覚されることを指します。
運動視差とは、移動する観察者が静止した対象を見ると、注視点よりも遠いものは移動方向と同じ方向に、近いものは進行方向と逆に動いて網膜に投影され、その動きの違いをもとに奥行きを推定することを指します。
例えば、動いている車窓から、ある対象を注視しているときに、その注視対象よりも近くにある対象は電車の進行方向とは逆方向に、遠くにある対象は進行方向に動いて見えますね。
観察者や対象の移動に伴う速度差である「運動視差」は、奥行き知覚の重要な手がかりの一つとされています。
人間の眼は毛様体筋の収縮によって水晶体の厚さを変えています。
これはカメラのレンズと同じ役割とされており、ギュッと水晶体を押すことで分厚くなったり、引っ張ることで水晶体が薄くなるわけですね。
このときの毛様体筋の収縮が奥行き知覚となるというのが「調節」と言われています。
調節の奥行き手がかりは、2mぐらいまでが有効であると考えられています。
また、両眼手がかりについては輻輳以外に「両眼網膜視差」もあります。
私たちの両眼は左右に離れてついていますね。
それ故に、一つの対象を両眼で見ると、左右の眼の網膜に投影された像は少しずれることになります。
このずれを「両眼網膜視差」とか単に「両眼視差」と呼び、この両眼網膜視差を脳内で融合することによって奥行きのある立体像として知覚することができるのです。
もう少し専門的に言えば、視差には奥行き距離差による水平視差と、左右の眼までの距離差による垂直視差、それに奥行きの異なる連続した刺激による両眼方向視差があります。
水平視差と方向視差により奥行き知覚、つまりは立体視が生じるとされています。
この仕組みを利用し、左右の網膜上に少しずれのある像を投影すると、あたかも奥行きがあるように知覚させることができます。
いわゆる立体写真や立体映画(いわゆる3D映画ですね)は、この両眼立体視の原理に基づいています。