人間性心理学の特徴として、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。
本問では人間性心理学の特徴というよりも、臨床心理学の歴史の流れについて把握しているかを問われています。
正答以外の選択肢が、何学派の内容かを答えられることが重要です。
臨床心理学には4つの大きなパラダイムがあります。
フロイトによって確立された精神分析理論、ロジャーズが代表的研究者である人間性心理学、アイゼンクが代表である行動理論、ベックによって確立された認知理論です。
行動理論と認知理論は2000年ごろから統合されて認知行動理論と呼ばれるようになっています。
Witmerの心理学クリニック開設以降、上記のパラダイムが提唱・確立されるまでの流れを押さえておくと良いでしょう。
とりあえずそれを把握しておけば、解ける内容になっていますね。
解答のポイント
臨床心理学の4大パラダイムについて理解していること。
知覚心理学、進化心理学の考え方について把握していると解きやすい。
選択肢の解説
『①科学的であることを強く主張する』
心理学の歴史の中で、ヴントの要素主義を批判する形でワトソンが行動主義を展開しました。
そのときの主張が「心理学を科学として成立させるためには、内観という人間の主観的な側面ではなく、客観的に測定・観察が可能な行動を扱うことが必要である」というものでした。
この主張は、心理学は自然科学の純粋に客観的・実験的な一部門であると考えていたことが窺えますね。
ワトソンが上記の主張を行った際の根拠の一つになっていたのは、パヴロフの条件反射学でした。
その後、1930年代ごろから刺激と反応の間に「有機体」を介在させる新行動主義が展開し、オペラント条件づけに関する知見も提出されました。
第二次世界大戦後になると、実用性を重視する社会的雰囲気(プラグマティズム)が存在するようになり、実証的な心理療法への機運が高まったこともあり、行動療法が展開しました。
行動療法の広がりには、以下の3人が大きく関与していました。
- アイゼンク:
彼は心理療法における科学的な治療効果研究のきっかけを作った人物である。
力動的心理療法の理論、実際的な治療効果、診断法・治療法に関する反論を行った。
スキナーらと共通特徴を持つ治療法をまとめて「行動療法」と呼ぶことを提唱した人物でもある。
彼は行動療法を「人間の行動と情動とを現代行動理論に従ってよい方向に変える試み」「科学的に実証された学習理論に基づいて人間の行動を変化させるためのアプローチ」などと定義している。 - スキナー:
徹底的行動主義のスタンスを貫いており、行動の原因を内的なものに求めないのが特徴となっている。
オペラント条件づけの理論家と臨床応用で活躍した。 - ウォルピ:
もともとフロイトの考え方に沿った治療を行っていたが、フロイトの理論では理解できない症例に出会ったことで、パヴロフの条件反射学に興味を抱いた。
実験神経症を示すなど、行動療法の神経症モデルを提唱した。
不安の治療に対して古典的条件づけの概念を初めて導入し、体系づけたことが大きな功績である。
以上のような流れをもって、その後認知行動療法への統合などが生じていきます。
上記の通り、科学的であることを強く主張しているのは人間性心理学ではなく、行動主義やその流れにある行動療法であるとみなすことができます。
よって、選択肢①は不適切と判断できます。
『②人間の健康的で積極的な側面を強調する』
人間が無意識に支配されているとする精神分析や、外的環境に支配されているとする行動主義に対して、人間を自由意思のもつ主体的な存在として捉える立場が人間性心理学です。
マズローはこの立場を、精神分析と行動主義の二大勢力に対して第三勢力の心理学と呼んでいます。
人間性心理学の立場に属する理論家や臨床家としては、実存分析のフランクル、現存在分析のビンスワンガー、欲求階層説のマズロー、クライエント中心療法のロジャーズ、フォーカシングのジェンドリン、ゲシュタルト療法のパールズ、実存心理学のロロ・メイなどになります。
コーチンは人間性心理学の基本的特徴を以下のように述べています(Korchin,S.J.の現代臨床心理学は重要な古典の一つです)。
- 人間を全体的に理解する
- 人間の直接的経験を重視する
- 研究者もその場に共感的に関与する
- 個人の独自性を中心におく
- 過去や環境より価値や未来を重視する
- 人間独自の特質、選択性、創造性、価値判断、自己実現を重視する
- 人間の健康的で積極的な側面を強調する
選択肢の内容は上記の第7項をそのまま転記したものになっています。
(ついでに言えば、第5項は選択肢③と絡めてあると考えられます)
以上より、選択肢②が適切と判断できます。
それにしても、コーチンの現代臨床心理学から引用されるとは思いませんでした。
コーチンの定義自体は有名ですから不思議ではないのでしょうけど。
『③価値や未来よりも過去や環境を重視する』
厳密な意味で「価値や未来よりも過去や環境を重視する」という心理療法は存在しないと思います。
この選択肢が指しているのは、以下の2案が考えられます。
- 精神分析理論のある側面のことを指している。
- 人間性心理学の「逆」の考え方を提示している。
上記について、少し説明していきましょう。
フロイトは当初、神経症が過去の外傷体験によって生じていると考え、そこから空想説への転換、心的現実の重視への転換という流れがあります。
この「外傷体験によって神経症が生じる」という視点や、そういった環境(例えば、近親相姦など)によって症状が生じるという考え方が、本選択肢の内容と合致していると言えなくもありません。
しかし、正直この説明は無理があると思っています。
その理由は以下の通りです。
精神分析における過去の体験は、内的現実として捉え、今ここで情緒的に体験することの重要性がフロイトの論文からは読み取れます。
過去を重視する姿勢はどの心理療法にもありますが、それはあくまでも現在のクライエントの問題・症状に対する支援のためです。
精神分析で過去を問うのはあくまでも「参考文献」としてであり、そういう意味で常に未来志向であると言えます。
他にも、内観療法など過去の体験を想起するよう促す学派はありますが、「価値や未来よりも過去や環境を重視する」という内容には合致しないと考えられます(「環境を重視する」という表現は行動療法にも通じるものがありますね)。
このような点から「価値や未来よりも過去や環境を重視する」という表現が、精神分析等の心理療法のことを指しているとは思えませんので、次の可能性に移ります。
選択肢②でも示したように、人間性心理学は未来志向の考え方があり、同時にその人の内的な価値を重視するという面があります。
本選択肢はこの人間性心理学の考え方と逆の内容であると言えますね(コーチンの定義と全く逆の内容になっています)。
上記より、本選択肢の内容は人間性心理学の説明としては誤りであることがわかります。
よって、選択肢③は不適切と判断できます。
『④代表的なものとしてアフォーダンス理論がある』
アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり、生態光学、生態心理学の基底的概念です。
彼によると、環境世界は人間や動物にとって、単なる物質的な存在ではなく、直接的に意味や価値を提供(アフォード)するものであると捉えます。
従来の間接的認識論の立場では、外界の物理的刺激を感覚器官によって受容し、心的世界によって意味や価値を与えるとしていたが、アフォーダンス理論においては環境の方に意味や価値が実在するとみなします。
例えば、コップに取っ手が付いていたら、「私はそのコップについて持つという動作が可能である」ということがアフォード(提供)されていると捉え、この可能性が存在するという関係を「このコップと私には持つというアフォーダンスが存在する」あるいは「このコップが持ついう行為をアフォードする」と表現することになります。
大地は歩くことを支え、椅子は座ることを支持する、といったアフォーダンスを備えているということですね。
すなわち、「動物と物の間に存在する行為についての関係性そのもの」をアフォーダンスと呼びます。
アフォーダンス理論は知覚や認知や運動をめぐる理論であり、もともとはクルト・レヴィンやクルト・コフカのゲシュタルト心理学から派生しました。
レヴィンらは、環境世界が知覚者にもたらしている意味のゲシュタルトや価値のゲシュタルトに関心をもって、これを「要求特性」として抽出しようとしました(クリスチャン・フォン・エーレンフェルスはそれを「ゲシュタルト質」と名付けました)。
このような特性や質は要素そのものに備わっているのでも、知覚があらかじめ備えているものでもなく、要素と知覚の関係の「あいだ」に発生したものだと考えます。
ギブソンが確立した理論は、まとめて「生態学的心理学」とよばれています。
アフォーダンス理論は知覚心理学の領域の概念であり、その背景にはゲシュタルト心理学の流れがあることが示されております。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。
『⑤動物と比較して人間らしい性質を系統発生的に明らかにする』
こちらの内容はおそらく「進化心理学」の内容になっていると思われます。
人間行動進化学会は、進化心理学を「社会学と生物学の視点から、現代的な進化理論を用いて、感情、認知、性的適応の進化などを含めた人間の本性を解明する学際的な学問」と位置づけています。
すなわち、ヒトの脳やこころの働きを進化の産物であるという認識に立った心理学ということになります。
生物としての進化の過程から人間を捉える進化心理学は、心理的問題の理解には欠かせません。
例えば、各種恐怖症の対象は確かに安易に近づくと危険なわけです。
人間の生物学的な進化を考えてみると、恐怖症は人間の生存において必要であったと考えられます。
恐怖症に限らず、さまざまな精神疾患、殺人、同性愛、自殺などにも何かしらの進化論的に見た適応的な意味がないかを探っていきます。
ブループリントには「進化発達心理学」という用語が載っています。
進化発達心理学は、従来の進化心理学が「大人の心理」に焦点を当てがちだったので、子どもの心理の発達過程にも進化論の光を当ててみようというものです(たぶん…)。
ヒトの発達を進化的視点で研究分析するという領域です。
選択肢の内容は、進化心理学もしくは進化発達心理学の説明に近いと思われますが、正直、確信はもてていません。
時間があるときに、更に詳しく調べてみようと思います。
いずれにせよ、人間性心理学の説明ではないことは確かです。
以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。