Jonsenが提唱する臨床倫理の四分割表に関する問題です。
ずいぶん前にこちらで書いていました。
問111 A. R. Jonsen が提唱する臨床倫理の四分割表の検討項目に該当しないものを1つ選べ。
① QOL
② 医学的適応
③ 患者の意向
④ 周囲の状況
⑤ 個人情報の保護
関連する過去問
なし
解答のポイント
Jonsen が提唱する臨床倫理の四分割表について把握している。
選択肢の解説
① QOL
② 医学的適応
③ 患者の意向
④ 周囲の状況
臨床倫理4分割法とは、Jonsenらが1992年に示した倫理的な症例検討の考え方で、症例を広い視野から具体的に眺められ、多職種で議論する枠組みとしても有用とされています。
臨床倫理とは、以下のような定義です。
- 日常診療において生じる倫理的課題を認識し、分析し、解決しようとする試みること(Siegler)。
- クライエント(患者だけではなく患者家族や患者に関係する人)と医療者が、日常的な個々の診療において、互いの価値観の違いを認識しあいながら、双方にとって最善の対応を模索していくこと(白浜)。
これらの実践のための具体的方法の一つが「臨床倫理4分割法」ということです。
「臨床倫理4分割法」では、「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」の4項目の検討を行います。
- 医学的適応
患者の医学的な問題点、病歴、診断、予後
急性か慢性か/重篤か/救急か/回復可能か
治療の目標
成功の可能性
治療に失敗した時の対応
医療で恩恵を受け害を避けられるか - 患者の意向
患者はどのような治療をしたいか
利益とリスクを理解し同意したか
精神面の能力/法的判断能力/判断能力がない
根拠
事前の意思表示
代理決定は誰/適切な基準か
治療に協力しようとしない/できない
患者の選ぶ権利が尊重されているか - QOL
治療する/しない場合の社会復帰の可能性
QOLの評価にバイアスをかけていないか
治療で患者はどのような不利益を被るか
現在や将来の状態は患者に耐えがたいか
治療を中止する理由は
緩和ケアを受けられる見込みは - 周囲の状況
影響を与える家族の問題
医療提供者(医師・看譲婦)側の問題
財政的・経済的な問題
宗教的・文化的な問題
守秘義務を破る正当性
利用できる資源や手段の問題
治療決定の法的な意味あい
臨床研究や教育に問題があるか
医療提供者や施設間の利益上の葛藤
上記の4つの枠のどの枠にも問題点を入れて、様々な視点から様々な人々と広い視野で考える事が出来るように、という実践的アプローチの方法です。
例えば、医師は「医学的適応」を中心に考えがちで、他の要素について気付きが不足していたり、遅れたりしがちですが、こうした4つの枠組みで考えていくことで、そうした気づきにくくなっている要素に気付くきっかけとなるということです(カウンセラーは「患者の意向」や「QOL」を重視しがちかもしれませんね。それが悪いわけではないけど、それだけでも困るという感じでしょうか)。
それぞれの項目についてもう少し詳しく見ていきましょう(本当は出版されている書籍を読んで書きたかったのですが、手元に無かったのでこちらのスライドから引用しています)。
「医学的適応」は与益および無危害原則に関連するものであり、その具体的問いは以下の通りです。
- 患者の医学的問題は何か(急性か、慢性か、重症か、可逆的か、緊急か、人生の最終段階にあるか)。
- 治療の目標は何か(治癒、QOL維持・向上、健康増進、予防、早すぎる死の防止、低下した機能の維持・向上、教育・相談、害の回避、臨死期苦痛緩和・支持提供等)。
- どのような状況なら治療の適応が無くなるか、治療のリスクは何かそれぞれの治療選択肢が成功する確率はどのくらいか(「医学的無益性」関連問題)、そのアウトカム(転帰)はどのような状態か。
- 要するに、この患者が医学的および看護的ケアからどのような利益を得られるか、また、どのように害を避けることができるか。
「患者の意向(選好)」は自律尊重原則に関連するものであり、その具体的問いは以下の通りです。
- 患者は十分な説明を受け、適切なインフォームドコンセントを与えているか。
- 患者には意思決定能力があるか、同能力がないという根拠はあるか。
- 同能力がある場合の、患者が述べている治療に関する意向は何か。
- 同能力がない場合、患者は事前に治療に関する意向を表明しているか。
- 誰が適切な代理決定者か。
- この患者は治療に非協力的または協力できない状態か。それはなぜか(提案されている治療方針に協力しない・できない患者(コンプライアンス・アドヒアランスの問題))。
「QOL」は与益・無危害および自律尊重原則に関連するものであり、その具体的問いは以下の通りです。
- 治療をした場合/しなかった場合に、正常な生活(normal life)に復帰できる見込みはどのくらいか。そして、治療が成功したとしても、どのような身体的・精神的・社会的な欠陥が生じ得るか。
※「正常な生活」に単一の定義はない。QOL評価者、同評価基準、同評価結果の使用法に問題に留意。 - 意思決定能力のない患者のQOLが当人にとって好ましくないと、本人以外が判定できる根拠はあるか。
- 患者のQOL評価を偏らせる医療者の先入観(人種、高齢者、障害者、ライフスタイル、ジェンダー等に関わる)はあるか。
- 患者のQOLを改善するにあたっての倫理的課題は何か(リハビリテーション、緩和ケア、慢性疼痛コントロール等における問題)。
- QOL評価の結果で、治療方針が変わる事態が生じるか(例えば、延命措置の中止)。
- 延命措置中止が決定した後の緩和ケアのプランはあるか。
- 医師による患者の死を幇助は倫理的、法的に許容されているか。
- 自殺に関する法的、倫理的状況はどのような状況か。
「周囲の状況」は公正原則に関連するものであり、その具体的問いは以下の通りです。
- 患者の治療に関して、医療者・医療施設側に利益相反はないか(個々の職業倫理観、他職種間関係、医療関連企業に関連して)。
- 医療者と患者以外に患者の治療に正当な利害関心を持つ人々(例 家族など)はいるか。
- 第三者の正当な利益保護のために、患者の秘密保持義務に限度があるか。
- 患者の治療に関する利益相反状態を作り出す経済的要因はあるか(患者の支払い能力・無保険者の診療受け入れ、選択肢毎の費用と費用対効果、施設のコスト削減方針)。
- 治療方針に影響する医療資源配分の問題はあるか。
- 宗教的側面が治療方針を左右しているか。
- 治療方針に関する法的懸念はあるか。
- 臨床研究、医学教育、公衆衛生と安全(第三者及び医療者の保護)に関わる事項が治療方針に影響を及ぼすか。
こうしたさまざまな視点や具体的問いは、他職種からの意見が出されたときに見られるものでもあり、こうしたさまざまな視点を踏まえて「本人にとっての最善」を中心に話を進めることが重要になります。
こうした枠組みをもって大まかな方向性を確認し、具体的な計画や、その後本人・家族等との対話の進め方について議論することになります。
以上のように、Jonsenが提唱する臨床倫理の四分割表の検討項目として、医学的適応・患者の意向・QOL・周囲の状況が該当します。
よって、選択肢①、選択肢②、選択肢③および選択肢④は該当すると判断でき、除外することになります。
⑤ 個人情報の保護
上記の通り、個人情報の保護はJonsenが提唱する臨床倫理の四分割表の検討項目には該当しません。
とは言え、個人情報の保護については、倫理上重要な事項と言えますね。
なお、個人情報保護法では「個人情報」について、「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む)」とされています(第2条1項)。
また、「要配慮個人情報」については、「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう」(第2条3項)とされていますね。
以上より、選択肢⑤はJonsenが提唱する臨床倫理の四分割表の検討項目に該当しないと判断でき、こちらを選択することになります。