問58は公認心理士養成における実習に関する設問です。
こうした問題に対してついつい何となく回答しがちですけど、カリキュラム検討委員会や公認心理師法第7条に関連する通知の中でいろいろ明示されています。
まずはそこらへんを見ながら解説していきましょう。
問58 公認心理師を養成するための実習について、正しいものを2つ選べ。
①公認心理師に求められる倫理や態度を学ぶ良い機会である。
②実習生の評価には多肢選択式の客観的な試験による評価が適している。
③実習に先立って目標を明示し、実習指導者と実習生が共有することが重要である。
④実習生は、公認心理師の資格を持っていないため、クライエントの面接を行うべきではない。
⑤実習生がクライエントに直接関わらず見学のみの場合は、その同意をクライエントに求める必要はない。
厚生労働省のこちらのページに、公認心理師関係の通知などがまとまっています。
大学にいたころは科目の読替え作業などをしていたので、こちらの通知を熟読していました。
特に実習関係の書類はいろいろあって大変なのです。
本問では常識的な養成に関する考え方で解けなくはありません。
ですが「常識的」という部分はかなり個人差があります(公認心理師はこうあった方がよいという考えに左右されますから)。
ですから、まずは公認心理師の科目、特に実習に関する事項をきちんと把握し、その辺のすり合わせをしておくことが大切でしょう。
解答のポイント
学部の「心理実習」および大学院の「心理実践実習」で定められている事柄について把握していること。
選択肢の解説
①公認心理師に求められる倫理や態度を学ぶ良い機会である。
「公認心理師法第7条第1号及び第2号に規定する公認心理師となるために必要な科目の確認について」における心理実習に含まれる事項として「実習担当教員が、実習生の実習状況について把握し、次の(ア)から(ウ)までに掲げる事項について基本的な水準の修得ができるように、実習生及び実習指導者との連絡調整を密に行う」とあります。
掲げられているのは…
(ア)心理に関する支援を要する者へのチームアプローチ
(イ)多職種連携及び地域連携
(ウ)公認心理師としての職業倫理及び法的義務への理解
…となります。
このように心理実習においては、公認心理師としての職業倫理を身につける場であると定められていることがわかります。
当然のことではありますが、心理実習で倫理を「学び始める」のではありません。
科目としては「公認心理師の職責」の中に、倫理に関する事項が以下の通り設けられております。
- 公認心理師の役割
- 公認心理師の法的義務及び倫理
- 心理に関する支援を要する者等の安全の確保
- 情報の適切な取扱い
- 保健医療、福祉、教育その他の分野における公認心理師の具体的な業務
- 自己課題発見・解決能力
- 生涯学習への準備
- 多職種連携及び地域連携
座学の中できちんと倫理観について伝えられ、それをもって実習に臨むわけです。
また「公認心理師カリキュラム等検討会」の報告においても、公認心理師に求められる役割、知識及び技術、特に活動領域を問わず求められるものとして以下が報告されています。
「心理に関する支援が必要な者等との良好な人間関係を築くためのコミュニケーションを行うこと。また、対象者の心理に関する課題を理解し、本人や周囲に対して、有益なフィードバックを行うこと。そのために、さまざまな心理療法の理論と技法についてバランスよく学び、実施のための基本的な態度を身につけていること」
この「基本的な態度」とは、要心理支援者と接する時の基本的な態度と見なすのが自然であり、実習において実際の要心理支援者と関わることは、そういった態度を身につける良い機会であると考えられます。
以上より、選択肢①は正しいと判断できます。
もしかしたら、選択肢①に違和感を覚える方もおられるかもしれません。
それは「要心理支援者を通して学ぶということ」への違和感かもしれません。
乱暴に言えば、人を使って、利用して、実験台にして、学んでいるという感覚を持たれる方もおられるかもしれないということです。
かつていた大学で、臨床心理士試験が近くなるとケースを担当したがる学生がおりました。
こういう学生はまさに「自分のためにクライエントがいる」わけです。
当然ですが、こういう経緯で結ばれたカウンセリング関係は早々に破綻を来たします。
こういう学生とは話し合いを持ち、場合によっては「担当させない」ということが教育のやり方の一つだろうと思います(どうして担当させられないのか、について話し合うことが前提ですけど)。
あえて担当させるという考えもあるのかもしれませんけど、それは倫理に反することだと私は考えています。
ただこうした学生の例とは違い、実習で実際のクライエントと関わるということは、専門家として成長していくためにどうしても必要なことです。
だけど、やはりクライエントには良い支援を行っていきたい。
そうした葛藤から、SVや実習担当者による細かな指導が設定されるという対応が生まれているわけです。
上記の報告でも「施行規則第3条第3項に規定する実習施設は、実習担当教員による巡回指導が可能な範囲で選定し、巡回指導は、実習期間中、概ね週1回以上定期的に行うこと」とあるのは、学生への教育という面もありますが、同時にクライエントによい支援を提供できるようにという考えもあるわけです。
そもそも実習担当者も、明らかに担当できないような事例を担当させることはないのですけど(妙に自己評価の高い人は、この辺の調整が大変になるんですけどね…)。
②実習生の評価には多肢選択式の客観的な試験による評価が適している。
③実習に先立って目標を明示し、実習指導者と実習生が共有することが重要である。
先述の報告では「実習の指導を実施する際には、次の点に留意すること」とあり以下が定められております。
- 心理実習及び心理実践実習を効果的に進めるため、実習生用の「実習指導マニュアル」及び実習の振り返りや評価を行うための「実習記録ノート」等を作成し、実習の指導に活用すること。
- 実習後においては、実習生ごとに実習内容についての達成度を評価し、必要な個別指導を行うこと。
- 実習の達成度等の評価基準を明確にし、評価に際しては実習施設の実習指導者の評定はもとより、実習生本人の自己評価についても考慮して行うこと。
このように実習における学生の評価は、実習中に行う都度の指導や振り返り(いわゆる形成的評価、ですね)、実習生の自己評価も考慮して行われることがわかります。
また、評価基準を明確にするということも示されておりますね。
更に、上記第1項は実習に先立って行われることと読み取るのが自然です。
ですから、その中で示される「実習指導マニュアル」「実習記録ノート」などは、その目標を実習指導者と共有していると見なすことができますね。
よって、選択肢②は誤りと判断でき、選択肢③は正しいと判断できます。
④実習生は、公認心理師の資格を持っていないため、クライエントの面接を行うべきではない。
まず実習について把握しておきましょう。
公認心理師のカリキュラムでは、学部における「心理実習」、大学院における「心理実践実習」があります。
これらはそれぞれ、以下のように定められております。
【心理実習】
- 心理実習の時間は、80時間以上とすること。
- その際、保健医療、福祉、教育、司法・犯罪、産業・労働の5分野(以下「主要5分野」という)に関する施設において、見学等による実習を行いながら、当該施設の実習指導者又は実習担当教員による指導を受けるべきこと。
- ただし、当分の間、医療機関(病院又は診療所)での実習を必須とし、医療機関以外の施設における実習については適宜行うこととしても差し支えないこと。
【心理実践実習】
- 心理実践実習の時間は、450時間以上とすること。
- また、実習において担当ケース(心理に関する支援を要する者等を対象とした心理的支援等)に関する実習時間は計270時間以上(うち、学外施設における当該実習時間は90時間以上)とするべきこと。
- その際、主要5分野のうち3分野以上の施設において、実習を実施することが望ましい。
- ただし、医療機関における実習は必須とするべきこと。
- なお、医療機関以外の施設においては、見学を中心とする実習を実施しても差し支えない。
- なお、大学又は大学院に設置されている心理職を養成するための相談室における実習は、心理実践実習の時間に含めて差し支えないが、主要5分野のいずれにも含まれないこと。
これらより、本選択肢と関連がある部分をまとめていきましょう。
まず学部の「心理実習」では、実際にクライエントを担当することを前提とした実習内容とはなっておらず「見学等による実習を行いながら」となっております。
「等」が入っているので必ずとは言えませんが、やはり学部による実習では見学が中心であると見なすのが自然でしょう。
一方で、大学院の「心理実践実習」では、「実習において担当ケース(心理に関する支援を要する者等を対象とした心理的支援等)に関する実習時間は計270時間以上(うち、学外施設における当該実習時間は90時間以上)とするべきこと」とあります。
すなわち、大学院においては450時間という全時間のうち、270時間以上をケース担当の時間と定めており、加えて、270時間のうち90時間以上を学外実習の中でケース担当をするよう定めているということです。
学部、大学院とも医療機関での実習が必須とされているので、当然大学院実習でのケース担当も医療機関を念頭に置いていると考えられます。
公認心理師が、医療領域を重視している資格であるということが、この点からも推察できますね。
以上より、選択肢④は誤りと判断できます。
⑤実習生がクライエントに直接関わらず見学のみの場合は、その同意をクライエントに求める必要はない。
こちらの選択肢は、実習生やそれを依頼する大学側ではなく、実習生を受け入れる実習施設側の実習指導者に求められる事項ですね。
先述の通り、実習では見学のみの場合があり得ます。
ただ、見学のみでも、例えば医療機関などでは入院しているところを見学するというだけでも、クライエントからすれば見られるわけです。
このような事態が生じることをクライエントに伝えないということで何が起こるのかを考えてみる必要があります。
クライエントからすれば、そういう点に対する細かな配慮がない場である、自分が見せ物にされている、と感じる可能性だってあるわけです。
それはクライエントの支援を受けている機関に対する信頼を下げ、その後の心理支援にネガティブな影響をもたらしかねません。
そのため、実習施設の実習指導担当者は、事前にクライエントに許可を取り、実習生が来る日にちや期間を伝え、そこでの実習生の動きについて話し合っておくことが大切になります。
また実習生に対して行われている倫理教育、例えば、個人的情報を外で漏らすことはない、実習内で知り得たことを外部に話すことはしない、といった指導を受けているという事実も、場合によってはクライエントに伝えられる事項となります。
そういう実習施設の担当者がそういうことをしているのだということを実習生に伝えることが、大切な倫理教育になるとも言えるでしょう。
これらが選択肢①で述べられているような「倫理や態度を学ぶ良い機会」と考えられますね。
以上より、選択肢⑤は誤りと判断できます。