軽症うつ病エピソードに対する初期の短期間の心理療法として、最も適切なものを1つ選ぶ問題です。
軽症うつ病エピソードとは、ICD-10(F32.0)に診断ガイドラインが示されております。
- 抑うつ気分、興味と喜びの喪失、および易疲労性が通常うつ病にとって最も典型的な症状とみなされており、これらのうちの少なくとも2つ、さらに「うつ病エピソード」のうち少なくとも2つが、診断を確定するために存在しなければならない。
- いかなる症状も著しい程度であってはならず、エピソード全体の最小の持続期間は約2週間である。
- 軽症うつ病エピソードの患者は、通常、症状に悩まされて日常の仕事や社会的活動を続けるのに幾分困難を感じるが、完全に機能できなくなるまでのことはない。
上記に加えて、「身体性症候群」を伴うもの・伴わないもので鑑別します。
各心理療法においては、特にある心理療法に精通している人からすれば「○○療法でもやれる」と言われそうです。
ここでは、あくまでも「軽症うつ病エピソード」「初期の短期間の心理療法」の2点が重要であるという捉え方で各選択肢の検証を行っていきます。
解答のポイント
各心理療法の特性や、特に有効とされる対象を把握していること。
選択肢の解説
『①家族療法』
「臨床精神医学講座4 気分障害」では、対人関係の問題でも、夫婦間の問題が中心になっている場合は、夫婦が一緒になって行う夫婦療法が、問題の中心が家族の不調和からと推測される場合は、家族療法が適しているとされています。
うつ病の家族療法では、
- うつ病の性格形成に対する家族の役割
- 発病する状況としての家族が果たす役割
- 遷延化や反復をもたらす状況としての家族の役割
が背景に存在し、そのために家族を治療に含めることは有意義とされています。
一方で、うつ病者が単身で来談することが多いことが指摘されており、家族への導入のし辛さが考えられます。
また、家族属性としても主要な家族が働き盛りの配偶者であり、仕事の問題があり、家族療法への導入が困難な場合も見受けられます。
すなわち家族療法については、軽症抑うつエピソードの「抑うつ気分、興味と喜びの喪失、および易疲労性が通常うつ病にとって最も典型的な症状」に特に有効であるとはされないこと、「初期の短期間の支援である」とは言えないと考えることができます。
以上より、選択肢①は不適切と判断できます。
『②自律訓練法』
自律訓練法とは、「気持ちが落ち着いている」「両手・両足が重たい」など計7つからなる公式をこころの中で繰り返すことによって、手足の重感や温感が得られるようにし、リラックスした際の生体反応を自ら感じ取り、習得していく方法です。
筋弛緩法、呼吸法などのリラクセーション法の一つであり、不安の軽減が期待できます。
日々行うことで、日常での不安を軽減することに寄与するだけではなく、パニック発作の際や予期不安が高じた時の対処にもなります。
自律訓練法に関する1960年以降の研究報告では、不眠、吃音、夜尿、胃腸障害、喘息、あがり症、などが示されていますが、次第に適用範囲が広がり、教育指導、スポーツマンの心理トレーニング、体操選手訓練、自己啓発学習、緊急場面行動訓練など、教育領域における報告が増えています。
以上のように、自律訓練法は軽症うつ病者の「抑うつ気分、興味と喜びの喪失、および易疲労性が通常うつ病にとって最も典型的な症状」に特に有効という方法論ではなく、段階的に心理生理的再体制化を図る方法です。
よって、選択肢②は適切とは言えないと判断できます。
『③認知行動療法』
うつ病に対する心理療法の中で最も普及しているのは認知行動療法です。
ここでは、「脳とこころのプライマリケア1 うつと不安」をもとに記載して行きます。
認知行動療法は短期的かつ構造的な治療であること、患者の過去の記憶ではなく「今、ここ」の認知機能に焦点を当てること、ベックの認知療法が主に医療領域での治療法として発展し、治療効果の検証が積極的に行われてきた経緯があることなどから、医学的枠組みの中でも利用しやすい心理療法とされています。
近年、薬物治療を受けるうつ病者が増える一方で、多忙な精神科外来では患者の心理面に立ち入らない傾向が見られます。
しかし、構造化された方法論を持つ認知行動療法は日常診療の中でも工夫次第で施行可能であり、うつ状態の治療効果改善に寄与します。
認知行動療法では、ある状況で自然に、そして自動的に湧き上がってくる思考・イメージを自動思考と呼ぶが、うつ病では世界に対する否定的な考え、自分に対する否定的な概念、将来に対する否定的な評価が中心的な自動思考があり、否定的認知の3徴候と呼ばれています。
認知行動療法が奏功するためには、患者が自らのものの見方・考え方から離れ、それを客観的に把握すること、いわば「乗り越え」が不可欠です。
したがって、認知行動療法が適用されるのは、この乗り越えの能力が保持されるか、または回復していることが前提となります。
具体的には、ある程度思考力が保持されている軽症から中等症の大うつ病性障害、慢性に経過する気分変調症です。
また、一般に症状を軽減することを目的とした場合は、早期に効果が期待できる、認知療法、行動療法、対人関係療法が有効とされています(臨床精神医学講座4 気分障害)。
一方で、急性期や混乱が強い状態で認知的アプローチが導入しづらい事も示されております。
以上より、問題文にある「軽症うつ病エピソードへの初期の短期間の心理療法」として認知行動療法が適当であることがわかります。
よって、選択肢③が適切と判断できます。
『④来談者中心療法』
ロジャーズがシカゴ大学に43歳で赴任した際、それまでの「非指示的」から「来談者中心」という用語を使うようになりました。
シカゴ大学では主に神経症圏のクライエントを、ウィスコンシン大学では統合失調圏のクライエントに対して来談者中心療法による支援を行いました。
(ちなみに統合失調症圏のクライエントにはあまり芳しい結果は出ませんでした)
効果研究において、ある程度のエビデンスは認められています。
プロチャスカ&ノクロス、クーパーによる研究では、無治療群や待機リスト群よりは効果があるとされたが、認知行動療法ほどに高い効果は無いとされています。
(ただし、こちらは特にうつ病者にという研究ではありません)
国立医療技術評価機構のガイドラインにおいては、軽度から中度のうつ病に対して推奨される技法として、認知行動療法や対人関係療法、短期力動精神療法と並んで「カウンセリング」が挙げられています。
一方で、APAによる心理療法のガイドラインでは、来談者中心療法は取り上げられていません。
ただし、来談者中心療法を基本として、フォーカシングなどの技法を統合した「感情焦点化療法」は、APAでもうつ病への効果が中程度の支持があると認められています。
一方で、支持的療法は、ある程度まとまった対象数で統計処理をされた研究が少なく、認知行動療法や対人関係療法に比べると、構造化されず型にはまらないアプローチのため、精神分析と同様に、介入方法が統一できず、また心理的介入者の力量に左右されてしまう(臨床精神医学講座4 気分障害)とされています。
いずれにせよ、来談者中心療法は「抑うつ気分、興味と喜びの喪失、および易疲労性が通常うつ病にとって最も典型的な症状」に限定したアプローチではないこと、「初期の短期間の心理療法」と限定されないと考えられます。
以上より、選択肢④は不適切と判断できます。
『⑤力動的心理療法』
こちらは一般に精神分析を基盤としたアプローチになると思われます。
「脳とこころのプライマリケア1 うつと不安」の記載をまとめると、以下の通りです。
精神分析の見地から見れば、抑うつは対象喪失に基づく悲哀の感情を心に置くことを拒絶することによって発生する感情であり、心の状態と把握されています。
したがってその治療の本質は、本人が悲しみ、そして前進できるように、抑うつ的な反応を喪の反応へと転換させることとされています。
こうした精神分析的なアプローチが真価を発揮するのは、人格障害を基盤として発症するうつ病とされ、慢性あるいは難治性うつ病の一部にこうした症例が見出されるが、その発見のためには、対人関係や行動パターン、治療関係のあり方などへの詳細な検討が必要です。
また、力動的精神療法への批判として古くからあるのが、時間がかかること、それに伴う経済的負担などです。
松木先生も「早急かつ完璧な症状の除去という目標は精神分析療法には期待できない」としております(専門医のための精神科リュミエール11 精神療法の実際)。
以上より、問題文にある「軽症うつ病エピソードへの初期の短期間の心理療法」に力動的心理療法は該当しないと言えます(短期力動的心理療法なら別かもしれませんが、それでも認知行動療法がエビデンス的には第一になりそうですね)。
よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。