公認心理師 2020-151

仕事と家庭の両立は大変ですが、それに際して生じる様々な現象・感情体験が概念化されています。

それらの把握が求められている問題ですので、この際しっかりと押さえておくようにしましょう。

問151 50歳の女性A、看護師。Aは看護師長として、職場では部署をまとめ、後進を育てることが期待されている。これまで理想の看護を追求してきたが、最近は心身ともに疲弊し、仕事が流れ作業のように思えてならない。一方、同居する義母の介護が始まり、介護と仕事の両立にも悩んでいる。義母やその長男である夫から、介護は嫁の務めと決めつけられていることが Aの悩みを深め、仕事の疲れも影響するためか、家庭ではつい不機嫌になり、家族に強く当たることが増えている。
 Aの事例を説明する概念として、不適切なものを1つ選べ。
① スピルオーバー
② エキスパート・システム
③ ジェンダー・ステレオタイプ
④ ワーク・ファミリー・コンフリクト

解答のポイント

仕事と家庭の両立に際してテーマになりやすい概念を把握している。

選択肢の解説

① スピルオーバー

スピルオーバーは、一方の役割における状況や経験が他方の役割における状況や経験にも影響
を及ぼす現象と定義され、複数の役割従事による負担や葛藤などのネガティブな感情だけでなくポジティブな感情にも焦点を当てたものです。

ネガティブ・スピルオーバーは「人間がもつ時間や能力は有限であり、役割が増えると1つの役割にさく時間や能力が足りなくなる」という欠乏仮説(Marks:1977)によって説明されます。

これに対して、ポジティブ・スピルオーバーは、仕事生活や家庭生活など複数の役割を持つことで相互の役割に良い影響を及ぼし合うことに注目した概念で、「人間がもつ時間や能力は拡張的で、役割が増えると収入や経験、自己実現やよりどころが増える」という役割増大仮説(Barnett&Hyde:2001)から発展しました。

スピルオーバーでは、こうした「ネガティブ・ポジティブ」という枠組みに加え、「影響の方向」という枠組みがあります。

「影響の方向」とは、「仕事の役割が家庭に影響を与える」もしくは「家庭の役割が仕事に影響を与える」のいずれかになります。

こちらの論文に詳しく載っていますし、上記の表がわかりやすいだろうと思います(本選択肢の解説自体も、この論文からの引用がほとんどです)。

スピルオーバーは、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)に類する概念ですが、ワークライフバランスとスピルオーバーとの関連に関するメタ分析の結果が示されています。

これによると、仕事の負担(量的負担、情緒的負担など)が仕事→家庭のネガティブ・スピルオーバーを高めること、仕事の資源(職場での裁量権、サポートなど)がポジティブ・スピルオーバーを高めること、家庭での負担(量的負担、情緒的負担など)が家庭→仕事のネガティブ・スピルオーバーを高めること、家庭での資源(家庭での裁量権やサポートなど)が家庭→仕事のポジティブ・スピルオーバーを高めることがわかりますし、イメージも湧きやすいだろうと思います。

そして、ネガティブなスピルオーバーが高まれば健康アウトカムに悪影響を与えますし、ポジティブなスピルオーバーが高まれば健康アウトカムにも良い影響が出ることになります。

また個人属性や家庭状況などは、先行要因、ワーク・ライフ・バランス、アウトカムに対してそれぞれ直接的な影響を及ぼすほか、3者間の関連を調整する要因としても位置づけられています。

特に、アウトカムとしての精神的健康については、これまで抑うつや不安障害、心理的ストレス反応、バーンアウトなどの指標が検討されており、ワーク・ライフ・バランスの悪化(ネガティブ・スピルオーバーが高く、ポジティブ・スピルオーバーが低いこと)がこれらの上昇につながることが明らかにされています。

本事例では、「仕事の疲れも影響するためか、家庭ではつい不機嫌になり、家族に強く当たることが増えている」という形で、明らかに仕事が家庭に影響を与えていることがわかります。

この内容は上記のネガティブスピルオーバーであると考えられ、健康アウトカムにもネガティブな影響が出ると考えられます。

以上より、選択肢①は適切と判断でき、除外することになります。

② エキスパート・システム

エキスパート・システムとは、専門家(エキスパート)の専門的知識をモデリングしたもので、人間の専門家と同じような意思決定ができることを目指した人工知能のシステムを指します。

知識ベースと推論手続きによって構成され、専門家の知識をif-thenルール(「もし~ならば~をする」)の集合によって表現した知識ベースをもとにし、推論手続きによって意思決定などを行います。

1970年代に人工知能において期待された実用化の技術であり、MYCIN(マイシン)などの医療診断を行うシステムが開発されました。

ただし、専門家の知識は必ずしもif-thenルールで表象されているわけではなく、ルール集合に還元できるものでもないと考えられ、現実の実用化レベルも、専門家にとって代わるものではなく、支援システムに留まっています。

そのため、エキスパート・システムと言う場合、if-thenルールに基づいた知識ベースによって実現したシステムの総称として使われることが多いです。

本事例の状況には、エキスパート・システムのような人工知能を用いたシステムは存在しませんね。

よって、選択肢②が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。

③ ジェンダー・ステレオタイプ

まず「ステレオタイプ」とは、人々が特定の属性または社会集団の成員に結び付けている特徴であり、その集団の成員に関する情報の利用に大きく影響する認知的スキーマを指します。

その働きとしては、ステレオタイプに基づく予期の形成、ステレオタイプに合致した情報への注目ならびに記憶の促進などがあります。

これらはステレオタイプ的な印象形成を促し、ステレオタイプの維持に寄与します。

そのもとになるのは対象人物に接した時に生じるステレオタイプの活性化ですが、自動的に生じるためこれを避けることは難しいとされています。

なお、こうしたステレオタイプに感情的要素が加わった先入観を「偏見」(例えば、男性はみんな乱暴だ等)と呼び、選択や意思決定などの観察可能な行動を伴う場合を「差別」(例えば、細やかな配慮が必要な秘書職には女性しか雇わない等)と呼びます。

ステレオタイプには、性別(性的指向など)、身体的特徴(血液型とか)、服装・髪型、人種・国籍・肌の色、地域性、職業や学業の専攻などに向けられたものが代表的ですね。

その中でも、「男は仕事・女は家庭」に代表されるような、男性と女性に対して人々が共有する構造化された思いこみ(信念)のことをジェンダー・ステレオタイプと呼びます。

事例では「義母やその長男である夫から、介護は嫁の務めと決めつけられていることが Aの悩みを深め」とありますから、まさにジェンダー・ステレオタイプの存在が示されていますね。

以上より、選択肢③は適切と判断でき、除外することになります。

④ ワーク・ファミリー・コンフリクト

ワーク・ファミリー・コンフリクトとは、仕事と家庭を両立する際の心理的な葛藤や緊張のことを指します。

多くの人が仕事と家庭で別の顔を持つものですが(ユングは人間の外的側面をペルソナと呼びましたね)、これらを両方ともこなそうとする際に生じる葛藤のことを指すわけです。

具体的には、子どもが熱を出した時に誰が迎えに行くかという問題や、大切なプレゼンテーションのある日に家族が体調を崩す、といった状況ですね。

Greenhaus&Beutellにより時間不足による葛藤、ストレイン(疲労や抑うつ)による葛藤、役割間の行動規範が異なることによる葛藤(行動による葛藤)という3種類の要因が示されました。

時間不足による葛藤は、労働時間が長くなれば、子どもの迎えや食事を作るなど、家庭で求められる役割を遂行しづらくなりますが、そういった葛藤を指しています。

ストレインによる葛藤は、一方の役割で強いられた緊張や疲れによってもう一方の役割遂行に支障をきたす状況で(スピルオーバーですね。こういった概念は重なり合いがありますね)、短い時間でも非常に負荷の高い仕事に取り組んでいるときには、仮に時間があっても家事に取り組めないかもしれませんね。

役割間の行動規範が異なることによる(行動の)葛藤は、一方で求められる行動様式と他方で求められる行動様式とが異なる場合を指し、学校の先生の教育の仕方は学校では良いのですが、それをそのまま家で自分の子どもに行うとうまくいくとは限りませんね。

これらに加えて、仕事役割での遂行が家庭役割での達成を妨げる方向の葛藤と、その逆の方向の葛藤という2種類の方向性も提案され、これらを組み合わせた3要因×2方向の計6種類が示されています。

ワーク・ファミリー・コンフリクトは職場や家庭でのストレッサーや役割荷重状況によって生じ、職場や家庭での満足感の低下のほか、精神的・身体的健康の低下を引き起こします。

これはワーク・ファミリー・コンフリクトの実現を阻む心理的要因の1つと捉えられるため、この葛藤の発生・影響のメカニズムを明らかにしたり、葛藤を低減・緩和する対処やサポートについて解明することが目指されています。

事例では「同居する義母の介護が始まり、介護と仕事の両立にも悩んでいる」とありますから、まさにワーク・ファミリー・コンフリクトの存在が端的に示されていますね。

よって、選択肢④は適切と判断でき、除外することになります。

2件のコメント

  1. いつも丁寧な解説をありがとうございます。知らないことばかりで、大変勉強になります。一応確認なのですが、多分、②は不適切だからこれを採択し、③は、適切だから除外する、なのかなあ、と思いました。いかがでしょうか。

    1. コメントありがとうございます。
      確かに間違っていますね。
      修正しておきました。

      ご指摘、ありがとうございます。

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