公認心理師 2019-67

問67では見立てと対応の基本について理解していることが大切です。
ポイントは「保留にできること」「まだ「わからない」ことが「わかる」こと」ですね。

問67 5歳の男児A。落ち着きがないことから、両親が児童相談所に来所した。Aは乳幼児期から母親と視線を合わせ、後追いもあり、始歩1歳0か月、始語1歳3か月で、乳幼児健康診査で問題を指摘されたことがなかった。ただし、よく迷子になり、気が散りやすく、かんしゃくを起こすことが多く、何かあると母親はAをすぐに叱りつけてしまう。幼稚園でも、勝手に部屋から出ていったり、きちんと並んで待てなかったりするなど集団行動ができない。
 この事例に対して児童相談所の公認心理師がまず行うべき対応として、最も適切なものを1つ選べ。
①一時保護する。
②薬の服用を勧める。
③しつけの方法を指導する。
④療育手帳の申請を勧める。
⑤発達検査を含むアセスメントを行う。

事例ではASDや言語の問題等は否定されているという状況ですね。
こういう事例問題で誤りがちなのは「この事例は○○である」という確定をしなければならないという欲求に駆られることです。
しかし、臨床実践では「わからなさ」をそのままにして置いておくということが大切な場面の方が多いのです。

解答のポイント

事例について考えられる見立てを保持しつつ、それに偏ることなく全体を把握しようとする構えをもっていること。

選択肢の解説

①一時保護する。
②薬の服用を勧める。
③しつけの方法を指導する。
④療育手帳の申請を勧める。

本問で大切なのは「男児Aの問題は現時点ではわかっていない」という理解です。
おそらくは「男児AはADHDである可能性が高いから、これらの選択肢は間違いだよね」と考える方がいると思いますが、それは厳密に言えば不適切です。
見立てを行う上で大切なのは「何がわかっているのか」よりも「何がわかっていないのか」という自覚です

本事例の記述では、何かしらの診断基準を満たしているということはありません(まずこのことを理解しておくことが大切ですね)。
それは「まだまだ見えていない情報があるため」かもしれないし、「男児Aの問題が診断基準を満たすほどにはなっていないから」かもしれません。
いずれにせよ、いくつかの問題を思い浮かべつつも査定作業がそれに色づけされることなく行われるように、少なくとも頭の一部はニュートラルに保っておく自制が大切です

さてその前提に立ちつつ、各選択肢を見ていきましょう。
こういう試験問題で事例の対応について検証する場合、その背景にある見立てと併せて考えていくことが重要です。
要は「どういう見立てだったら、その対応が採られるのか」に関する理解を持っておくことです

まず選択肢①の「一時保護する」については、たいていは虐待があると判断される場合、もしくはその危険性がかなり強く懸念される場合に採用される対応(というか措置)になります
本事例で見られるのは「何かあると母親はAはすぐに叱りつけてしまう」ということになりますが、その理由は無理からぬ面もあると思われますし、何よりもこの内容で一時保護(虐待)になってしまうという判断はかなり無理があると言えるでしょう。

選択肢②の「薬の服用を勧める」については、何らかの障害の存在を前提した対応になります
薬の処方は何かしらの診断が前提にあって行われるものです。
公認心理師はその立場にないことは間違いなく、この対応は立場の範囲を超えていると見なすのが妥当であり、適切とは言えないでしょう。
また、現時点の情報で何かしらの障害を確定することが適切でないこともすでに述べたとおりです。

選択肢③の「しつけの方法を指導する」については、子育てに課題があると見なした場合の対応になります
男児Aが示している「よく迷子になり、気が散りやすく、かんしゃくを起こすことが多く」「幼稚園でも、勝手に部屋から出ていったり、きちんと並んで待てなかったりするなど集団行動ができない」ということを、単に子育ての要因であると結論づけることは早計と言わざるを得ません。
もちろん、落ち着かなさが多動傾向+養育の複合で生じている場合も少なからず見受けられますが、本選択肢のように「養育」の面だけで捉えていくのは間違いと言えます。
また、臨床実践では、この種の状態像がどういった由来で生じやすいのかに関する集積が大切になります。
その点から見ても、男児Aが示している状態を養育要因に帰することは不適切と言えるでしょう。

選択肢④の「療育手帳の申請を勧める」については、知的な問題があると見なした場合の助言となります
しかし、男児Aは「乳幼児期から母親と視線を合わせ、後追いもあり、始歩1歳0か月、始語1歳3か月で、乳幼児健康診査で問題を指摘されたことがなかった」とありますし、現在示している問題も知的な問題を前提にして考える類のものではありません。

以上より、選択肢①~選択肢④は不適切と判断できます。

⑤発達検査を含むアセスメントを行う。

まず男児Aが示している状態が、どういった背景によって生じるのかを判断し、その後に支援の方向性を決めていくということが重要です
そのアセスメントを行う場合は、それが男児Aが示している「よく迷子になり、気が散りやすく、かんしゃくを起こすことが多く」「幼稚園でも、勝手に部屋から出ていったり、きちんと並んで待てなかったりするなど集団行動ができない」ということを念頭においたものである必要があります。

すなわち不注意、多動性・衝動性なども細やかに観ることができるようなアセスメントである必要があり、それが本選択肢の「発達検査を含む」という表現になっていると思われます
繰り返しますが、現時点の情報だけでは何かの問題に確定し、具体的な支援について話し合う段階にありません。
その辺を明らかにし、そこから支援的な対応に移っていくというのが正着でしょう。

ちなみに「何かあると母親はAをすぐに叱りつけてしまう」というのは、こうした男児Aの状態のわからなさに由来するイライラが多分に含まれている可能性があります。
選択肢①~選択肢④のように具体的な対応を示したくなる状況は、このようなクライエントと接しているときです。
クライエントの焦りが伝わり、また何とかしてほしいという思いを受け取ることで「無い袖を振る」という事態が生じやすいのです。

専門家としては、現時点で考え得る可能性を伝え、それを明らかにしていくことが支援上大切であるという考えを共有することが母親への支援の第一歩かなと思います。
この時点で「まだわからない」と伝えることは、母親からの信頼は深めても不信につながることはないと言ってよいです。
むしろ母親が一人で抱えていた「わからなさ」を、支援者と共有することにより落ち着きが生じると期待できます。

更に、臨床実践では「叱りつけてしまう」という表現にも細やかになっておきましょう。
「○○してしまう」という表現は、それが良くないことだとわかっていても止められないという苦慮感の表明です(わかっちゃいるけど止められない、というやつです)。
この場合、「叱る」というのが言葉の内容であり、「しまう」というのが言葉の構造になります。
カウンセリングでは「内容」よりも「構造」に目を向けることが重要です。

例えば、「叱りつけてしまうということは、本当は言い過ぎだなとか、怒りすぎだなって思っているけど、止められないということ?」などのように問い、そこから止められないという体験の背景にあるもの(状態のわからなさによる懸念、一人で抱えていることへの不安、子どもに問題があるのではないかという怖さ、子育てによってこうなったのではないかという自責感など)に目を向けていく作業になると思われます。
こういう体験の背景にあるものを共有することで、一定の落ち着きを取り戻すことも少なくありませんし、その中で見当違いの認識があれば話し合いの中で修正していくことも可能でしょう。

以上のように、選択肢⑤が適切と判断できます。

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