公認心理師 2019-147

問147は高齢者虐待および保護観察中の問題行動に関する設問となっています。
クレバーに状況を判断することが求められている事態だと感じます。
現時点で、何が言え、何が言えないのか、そういう判断は実際の臨床場面でも重要なことですね。

問147 75歳の女性A。A は相談したいことがあると精神保健福祉センターに来所し、公認心理師が対応した。Aは、45歳の長男Bと二人暮らしで、Bは覚醒剤の自己使用により保護観察付執行猶予中だという。「最近、Bが私の年金を勝手に持ち出して使ってしまうようになった。そのため生活費にも事欠いている。財布からお金が何度もなくなっているし、B の帰りが遅くなった。Bは覚醒剤を使用しているのではないか。Bに恨まれるのが怖くて保護司に言えないでいる。Bを何とかしてくれないか」との相談であった。
公認心理師の対応として、最も適切なものを1つ選べ。
①高齢者虐待のおそれがあるとして、市町村に通報する。
②Aの話が本当かどうかを確認するため、しばらく継続して来所するよう提案する。
③Bの行為について、高齢者虐待防止法違反として、警察に通報し立件してもらう。
④Bが覚醒剤を使用している可能性が高いので、対応してもらうよう保護観察所に情報を提供する。
⑤Bの行為は高齢者虐待に該当しないため、覚醒剤乱用の疑いがあるとして、Aから担当保護司に相談するよう助言する。
(注:「高齢者虐待防止法」とは、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」である)

本問では2つのトピックス、「高齢者虐待」と「保護観察中の再犯」が示されております(秘密保持義務に関しても絡んできますね)。
事例の状況の公認心理師の立場で、情報の確信度の濃度の違いなどに基づいてできることとできないことを冷静に判断していくことが求められます。

解答のポイント

与えられた情報で確かなものと不確かなものの判定を行い、それぞれの判定に対して合理的な対処を把握していること。

選択肢の解説

①高齢者虐待のおそれがあるとして、市町村に通報する。
③Bの行為について、高齢者虐待防止法違反として、警察に通報し立件してもらう。

これらの選択肢に答えるには…

  1. 本事例の状況は高齢者虐待に該当するか否か。
  2. 該当する場合の通報先は何処になるのか。
…に関する理解が求められます。
いずれも高齢者虐待防止法に規定がありますね。
細かく見ていきましょう。
高齢者虐待防止法および障害者虐待防止法には、児童虐待防止法とは異なり、「経済的虐待」が規定されております。
高齢者虐待防止法第2条には「養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること」という規定があり、こちらが経済的虐待のことを指しています。

ここで判断が求められるのは「最近、Bが私の年金を勝手に持ち出して使ってしまうようになった。そのため生活費にも事欠いている。財布からお金が何度もなくなっているし、B の帰りが遅くなった」という状況についてです。
この状況が上記の「経済的虐待」に該当するか否か(該当する可能性があるかどうかも含めて)の判断です

厚生労働省が出している資料では、本規定を以下のように噛み砕いております。
経済的虐待とは「本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人の希望する金銭の使用を理由無く制限すること」であり、具体的な例として「日常生活に必要な金銭を渡さない/使わせない」「本人の自宅等を本人に無断で売却する」「年金や預貯金を本人の意思・利益に反して使用する」などを挙げております。

これらを踏まえると、Bの行為は高齢者虐待防止法における経済的虐待に該当する、もしくはその可能性があると見なすことが可能です。
さて、続いては最初に挙げた項目の2つ目、「通報先は何処になるのか」について理解しておくことが大切です(児童虐待では「通告」で、高齢者虐待は「通報」なんですよね)。
こちらは高齢者虐待防止法第7条に以下の通り規定されています。

  1. 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない
  2. 前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
  3. 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前二項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。

本事例では虐待者は長男ですから、上記の第1項が該当しますね。
通報先は「市町村」となっていますから、選択肢③の「警察に通報し立件してもらう」は明らかに誤りです

また「警察に通報し立件してもらう」という表現には、まだ瑕疵があります。
「立件」とは、刑事事件において、検察官が公訴を提起するに足る要件が具備していると判断して、事案に対応する措置をとることですから、主体は警察ではありません
この辺は一般常識が問われている部分と言えるかもしれません。
ただし、「立件」自体は法律用語ではなく「警察が捜査した内容が検察に送致された」という場合で日常使用されていることもあります。
ですが、辞書などで確認すると、立件の主体は検察官であるという旨の記述が大勢を占めていることは間違いないです。

更に、選択肢②の解説でも述べますが、あくまでも現時点では「経済的虐待をされている可能性がある」というレベルに留まります。
もちろん、可能性があれば通報を行う義務があるのでそれを確実に行う必要はありますが、あくまでも「事実認定」はまだである上、それを行うのは公認心理師ではないという認識が必要です。
にも関わらず、「通報し立件してもらう」という考え方は公認心理師という立場を弁えていない、自分の責任の範囲を理解していない考え方であると言わざるを得ません

以上より、選択肢①が適切と判断でき、選択肢③は不適切と判断できます。

②Aの話が本当かどうかを確認するため、しばらく継続して来所するよう提案する。

選択肢①の解説では「高齢者虐待防止法における経済的虐待に該当する、もしくはその可能性がある」という表現を使っていたかと思います。
なぜ「可能性」という表現を入れるのか、をしっかりと理解しておいてほしいところです。

現時点では、虐待の有無に関する判断はAの言説のみに基づいています。
もちろん、高齢者虐待防止法第7条第1項に「養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない」とあり、この中の「思われる」という箇所は虐待の可能性があれば通告する義務があるということを指しています

当然、本当に虐待があったかどうかは別枠での判断になります(そのために市町村に通報する)。
だからこそ、高齢者虐待防止法第9条には「市町村は、第七条第一項若しくは第二項の規定による通報又は高齢者からの養護者による高齢者虐待を受けた旨の届出を受けたときは、速やかに、当該高齢者の安全の確認その他当該通報又は届出に係る事実の確認のための措置を講ずるとともに、第十六条の規定により当該市町村と連携協力する者とその対応について協議を行うものとする」という事実確認の規定が入っているのです。
この判断を公認心理師が行うと考えるのは、職権を理解していないということになります。
この時点では「虐待の可能性がある」という認識に留まり、その認識に基づいた責任として通報することが求められているということになります。
よって、選択肢前半の「Aの話が本当かどうかを確認するため」という虐待の有無を確かめるという行為自体が不要であり、法的にはしてはならない保留の対応であると言えるでしょう

また選択肢後半の「しばらく継続して来所するよう提案する」というのも、事態を甘く見ている対応と言わざるを得ませんね。
「生活費にも事欠いている」という訴えがあって来所しているのですから、危機的な状況を想定した対応が第一選択となるべきです(すなわち通報することが第一選択となる必要がある)
この辺は危機管理意識を問われている部分とも言えるでしょう。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

④Bが覚醒剤を使用している可能性が高いので、対応してもらうよう保護観察所に情報を提供する。

選択肢前半の「Bが覚醒剤を使用している可能性が高い」に関してですが、事例の内容と照らして、本当にそのように言えるのかを検証していきましょう。
Bが覚醒剤を使用していると見なす根拠は大きく「Bは覚醒剤の自己使用により保護観察付執行猶予中」であること、「財布からお金が何度もなくなっているし、Bの帰りが遅くなった。Bは覚醒剤を使用しているのではないか」という状況の2つであると言えます。
こうして見てみるとわかるとおり、明らかな使用の痕跡があるというわけでもありませんね

もちろん薬物使用に関しては、再犯率が非常に高いことが知られていますし、本事例の状況は再使用を疑わせる状況と言えなくもありません。
しかし、現時点ではその点に確証をもって対応していくということは不可能であると言えるでしょう

薬物再使用の根拠が薄弱であることに加え、「Bに恨まれるのが怖くて保護司に言えないでいる」というAの状況を考えることが大切です。
曖昧な情報提供によってAにどのような影響が出るのか予測できないという点に関しても考えねばなりません。

本事例では薬物再使用が確定的ではないので、情報提供が適切とは言えないと判断することは容易いのですが、難しいのがもしもBの薬物再使用がかなり確定的な場合ですね。
刑事訴訟法第239条では「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる」とあり、告発が義務というわけではありません(公務員は義務ですけど)。
もしもBが再使用している可能性が高いならば、通報するかどうか迷うところです。

秘密保持義務の例外状況は…

  1. 明確で差し迫った生命の危険があり、攻撃される相手が特定されている場合
  2. 自殺など、自分自身に対して深刻な危害を加えるおそれのある緊急事態
  3. 虐待などが疑われる場合
  4. そのクライエントのケアなどに直接関わっている専門家同士で話し合う場合(相談室内のケース・カンファレンスなど)
  5. 法による定めがある場合
  6. 医療保険による支払いが行われる場合
  7. クライエントが、自分自身の精神状態や心理的な問題に関連する訴えを裁判などによって提起した場合
  8. クライエントによる明示的な意思表示がある場合

…などになりますから、犯罪の存在が示唆されたときにどうするかはそのケースの状況に左右されると言えるでしょう。
各事例で、通報することによって予見できる危険と、通報しないことによって生じるだろう危険を天秤にかけて判断するということになります。

例えば弁護士の場合、被告人が犯行を否認していた刑事裁判で、逮捕時に被告人の弁護人を務めていた(裁判前に辞任)弁護士が、面会で打ち明けられた犯人である旨の自白を証言したケースでは、後に守秘義務違反として懲戒処分が下されています。
今後の殺人計画を打ち明けられたような場合には話は別でしょうけど(タラソフなど)。
弁護士の場合は、刑事弁護の際には、被疑者及び被告人の防御権を侵害しないことを第一に考えなければならないという立場もあるので、守秘義務違反となるのかもしれません。
公認心理師の場合はどうなんでしょうかね。

本事例の場合は、高齢者虐待の方で通報することが可能ですから、覚醒剤再使用に関しては虐待対応の流れのなかで明らかになることも期待できます。
そういった意味で、覚醒剤再使用の件に関しては保留にしておいても、Aへの支援に乗り出せるという状況と言えます。
そのことも手伝って、現時点ではそこまで情報提供に傾かなくても良いだろうという状況判断ができますね。

また、カウンセリングの枠組みで言えば、支援対象者はAであり、厳密にはBではありません。
よって、Aが受けている可能性がある虐待の通報が第一であり、Bの再犯の問題は二次的な要素になっていくという見方もあるでしょう(と言っても、Bの再犯の対応をしないとAに危険が及ぶという視点もあるので、再犯が確定的なら判断が難しくなる)。

以上のように、さまざまな連想が湧くところではありますが、あくまでも本事例の状況を考えると、ここまで曖昧な情報でBの薬物再使用に関して情報提供するというのは不適切と考えるのが妥当です。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤Bの行為は高齢者虐待に該当しないため、覚醒剤乱用の疑いがあるとして、Aから担当保護司に相談するよう助言する。

他選択肢の解説でも示した通り、「Bの行為が高齢者虐待に該当しない」という選択肢前半の記述は明らかに誤りであると言えます。
高齢者虐待の定義に照らして、本事例で起こっていることはその可能性があると見なすに十分であると言えるでしょう

また選択肢後半の「覚醒剤乱用の疑いがある」と見なすのも、選択肢④の解説の通り早計な判断です。
Bが覚醒剤を「乱用」というには根拠薄弱であると考えられます

また、Aが「Bに恨まれるのが怖くて保護司に言えないでいる。Bを何とかしてくれないか」と訴えてきた心情も理解する必要があるでしょう
Aは既に「Bは覚醒剤を使用しているのではないか」と考えているわけであり、覚醒剤を使っていると思っていても保護司に言えないでいるわけですから、本選択肢の内容は「Aが今まで、できていないことを、するように助言している」という形になります。
このような助言を行ったとしても、Aが実際に保護司に相談する可能性は低いと見積もるのが当然ですね

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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