公認心理師 2021-64

被災後に心的不調を訴える事例への対応に関する問題です。

こういう問題では、選択肢で示されている対応が「どういう見立ての時に採られるのか」を理解しておくことが大切ですね。

問64 28歳の女性A。Aが生活する地域に大規模な地震が発生し、直後に被災地外から派遣された公認心理師Bが避難所で支援活動を行っている。地震発生から約3週間後に、AからBに、「地震の後から眠れない」と相談があった。Aの家は無事だったが、隣家は土砂に巻き込まれ、住人は行方不明になっている。Aはその様子を目撃していた。Aによれば、最近崩れる隣家の様子が繰り返し夢に出てきて眠れず、隣家の方向を向くことができずにいる。同居の家族から見ても焦燥感が強くなり、別人のようだという。
 BのAへの対応として、最も優先されるものを1つ選べ。
① ジョギングなどの運動を勧める。
② 生き残った者の使命について話し合う。
③ リラックスするために腹式呼吸法を指導する。
④ 行方不明になった住人が必ず発見されると保証する。
⑤ 現地の保健医療スタッフに情報を伝えることへの同意を得る。

解答のポイント

事例の状況・状態から、Aの見立てを行うことができる。

併せて、見立てに応じた対応を選択することができる。

選択肢の解説

⑤ 現地の保健医療スタッフに情報を伝えることへの同意を得る。

本問ではAの状態を適切に見立てることが重要になります。

Aは大規模地震に遭い、「隣家は土砂に巻き込まれ、住人は行方不明になっている。Aはその様子を目撃していた」「最近崩れる隣家の様子が繰り返し夢に出てきて眠れず、隣家の方向を向くことができずにいる。同居の家族から見ても焦燥感が強くなり、別人のようだという」という状態です。

これらの状態から想定されるのが心的外傷ですが、地震発生から3週間ということですから急性ストレス障害の診断基準を見てみましょう。


A.実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:

  1. 心的外傷的出来事を直接経験する。
  2. 他人に起こった出来事を直に目撃する。
  3. 近親者または親しい友人に起こった出来事を耳にする。 注:家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうになった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。
  4. 心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする。 (例:遺体を収集する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し曝露される警官)。 注:仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。

B.心的外傷的出来事のあとに発現または悪化している。侵入症状、陰性気分、解離症状、回避症状、覚醒症状の5領域のいずれかの、以下の症状のうち9つ(またはそれ以上)の存在。

侵入症状

  1. 心的外傷的出来事の反復的、不随意的、および侵入的で苦痛な記憶。
    注:子どもの場合、心的外傷的出来事の主題または側面が表現された遊びを繰り返すことがある。
  2. 夢の内容と情動またはそのいずれかが心的外傷的出来事に関連している、反復的で苦痛な夢。
    注:子どもの場合、内容のはっきりしない恐ろしい夢のことがある。
  3. 心的外傷的出来事が再び起こっているように感じる。またはそのように行動する解離症状(例:フラッシュバック)(このような反応は1つの連続体として生じ、非常に極端な場合は現実の状況への認識を完全に喪失するという形で現れる)。
    注:子どもの場合、心的外傷に特異的な再演が遊びの中で起こることがある。
  4. 心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに反応して起こる、強烈または遷延する心理的苦痛または顕著な生理的反応。

陰性気分

  1. 陽性の情動を体験することの持続的な不能(例:幸福、満足、または愛情を感じることができない)。

解離症状

  1. 周囲または自分自身の現実が変容した感覚(例:他者の視点から自分を見ている、ぼーっとしている、時間の流れが遅い)。
  2. 心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)。

回避症状

  1. 心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を回避しようとする努力。
  2. 心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を呼び起こすことに結び付くもの(人、場所、会話、行動、物、状況)を回避しようとする努力。

覚醒症状

  1. 睡眠障害(例:入眠や睡眠維持の困難、または浅い眠り)
  2. 人や物に対する言語的または肉体的な攻撃性で通常示される、(ほとんど挑発なしでの)いらだたしさと激しい怒り
  3. 過度の警戒心
  4. 集中困難
  5. 過剰な驚愕反応

C.障害(基準Bの症状)の持続は心的外傷への曝露後に3日~1ヵ月。
注:通常は心的外傷後すぐ症状が出現するが、診断基準を満たすには持続が最短でも3日、および最長でも1ヵ月の必要がある。

D.その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

E.その障害は、物質(例:医薬品またはアルコール)または他の医学的疾患(例:軽度外傷性脳損傷)の生理学的作用によるものではなく、短期精神病性障害ではうまく説明されない。


この基準を踏まえてAの状況を見てみると、A基準、いわゆる出来事基準に関しては「隣家は土砂に巻き込まれ、住人は行方不明になっている。Aはその様子を目撃していた」とありますから該当することがわかりますね。

ただし、症状に関しては「最近崩れる隣家の様子が繰り返し夢に出てきて」という侵入症状、「眠れず」という覚醒症状、「隣家の方向を向くことができずにいる」という回避症状などが確認され、「同居の家族から見ても焦燥感が強くなり、別人のようだという」という話もありますが、「5領域のいずれかの、以下の症状のうち9つ(またはそれ以上)の存在」という要件を満たしていないので、現時点では急性ストレス障害の診断は難しい状況です

この時、「診断基準を満たしていないのだから急性ストレス障害ではない」「まだ医療につなげることはできない」と考えるのは不適切ですね。

少なくともAが急性ストレス障害、そして先々は心的外傷後ストレス障害に移行する可能性は十分にあり得ます。

そして、こうしたストレス関連障害に関しては、出来事から症状までの期間が短いほど改善しやすいという特徴がありますし、必要な訴えをしてきたAに対して速やかに支援体制を整えることが重要と言えます。

ですから、Aに対して適切な支援・治療が受けられるようにすることが、この時点でのBの役割であると言え、本選択肢の「現地の保健医療スタッフに情報を伝えることへの同意を得る」というのは必要な対応であると言えます。

このように考える前提には「公認心理師Bは被災地外から派遣されている」ということがあります。

つまり、長く支援に係わることができる人間ではないという現実を認識しつつ、クライエントが良い形での支援につながるようにすることが役割ということになるわけです。

よって、選択肢⑤が最も優先されることと判断できます。

① ジョギングなどの運動を勧める。

ジョギングなどの運動に関しては、糖尿病の(有酸素)運動療法(「公認心理師 2020-29」など)、睡眠教育の一環として(「公認心理師 2019-64」にあります)、などが過去問で示されていますね。

事例でも「眠れない」という訴えがあることから、もしかしたらこちらへの対応として示されている選択肢かもしれません。

詳しいことは厚生労働省の「快眠と生活習慣」にありますが、本問の状態で睡眠だけをターゲットにして対応するのは、見立てが狭すぎると言わざるを得ません。

Aの問題の本質は睡眠自体ではなく、心的外傷的出来事に遭ったことによるPTSD状態であると言えます。

心的外傷的出来事に出遭うことで、心身には「異常な状況下での正常な反応」が生じます。

具体的には「いつ何時、同じことが起こっても対処できるように過覚醒状態になる」「同じ出来事が起こっても対処できるように、何度も夢に見たり思い出したり近い刺激で思い起こされる」「同じ出来事に遭わないように、近い刺激から遠ざかる」「苦しい体験から自我を守るために、「他人事」として扱う」という反応が出てきますが、それぞれが覚醒症状、侵入症状、回避症状、解離症状に該当するわけです。

そして、主に解離症状をはじめとした心的外傷的出来事に関する感情体験を抑えるという心身の対処が続くことで、感情体験全体が不活性になる(人間の感情には、その一部を抑えるだけで、全体が抑制されるという特徴がある)ので、これが陰性気分という症状になります。

このように、Aの不眠はこうした心的外傷を基盤とした種々の症状の一つに過ぎないと言えますから、不眠だけを対象にしていると思われる本選択肢の対応は適切にはなりません。

また、単にリラックス効果を狙ってジョギングを、という考え方もあるでしょうが、その視点は別選択肢で否定しておりますからご参照ください。

以上より、本選択肢の対応はAに優先して行うべきではないものと言えます。

よって、選択肢①は最も優先されることに該当しないと判断できます。

② 生き残った者の使命について話し合う。

こちらは「サバイバーズギルト(生存者の罪悪感)」に関する理解が欠けており、どのような状況であってもなされる可能性が低い対応と言えます。

サバイバーズギルトは、自分以外の人間が悲惨な道筋を辿ったのに自分はまぬがれているという事実が、当人にとって大きな心理的な負担になることを指します。

Aは隣家の被災を見ており、こうしたサバイバーズギルトによって苦しんでいる可能性があることを、例えその訴えがなかったとしても予見しておくことが求められます。

こうした状況で「生き残った者の使命について話し合う」という対応は、Aのサバイバーズギルトを強くさせ、自身の不調を他者に訴えづらくさせる恐れもあり、悪化を促す対応と言えます。

よく被災者に対して「死んだ〇〇の分も生きて」という表現があろうかと思います。

おそらく話し手は「あなたの大切な人は死んでしまったけど、あなたの中で生き続けている」というメッセージを込めて言っている部分もあるのでしょうが、その人の人生はその人だけのものであり、死んだ人の分まで背負う必要はありません。

このようなサバイバーズギルトを活性させる言い方を「優しさに包んで」提供することで、受け手は優しさに包まれているものの中身も「善い」ものとして受け入れてしまいます。

支援者になる人は、自身の言葉が「どういうイメージを運ぶか」を理解し、使うことが重要です。

心理支援は、そのやり方によってはクライエントを容易に悪化させることができますから、そのことを肝に銘じて関わることが求められます。

もちろん、被災者自身が「生き残った者の使命について話し合う」ことを望むのであれば、それ自体がその人にとってどういう意味を持つかを見立てながら話し合うことが大切になります。

「生き残った者の使命について話し合う」ことが一般に推奨されるとは思わないのですが、何がどうなって改善していくのかは、完全に個性による面が大きいというのも事実です。

「その人がどうやったら良くなるのかは、その人が一番知っている」というのは臨床の世界でよく言われていることですし、ある一定の割合のクライエントには強くあてはまることだろうと思います。

そういった事情も考慮し、クライエントの訴えに耳を傾けていくことが求められますね。

いずれにせよ、選択肢②は最も優先されることに該当しないと判断できます。

③ リラックスするために腹式呼吸法を指導する。

本選択肢の対応は「過緊張等の問題があり、腹式呼吸法を習得してリラックス効果を高めることで改善する」という見立てがあるときに採られるものになります。

リラックスを重視する技法としては、不安反応な過剰な場合に、不安な反応と逆の反応(ここで言えば、リラックスすること)を同時呈示ことで、その不安を消去しようとする「脱制止」などが該当します(古典的条件づけに基づいた行動療法技法ですね)。

クライエントAには焦燥感などが見受けられ、こうしたリラックスなどの効果が全くないとは言い切れません(筋緊張などの記述がないので、効果がないとは言い切れないけど、やはり第一選択にするのはおかしいですが)。

しかし、現時点で公認心理師Bが行う必要があるのは、Aの状況を急性ストレス障害もしくはその前駆状態と見立て、Aを適切な治療につなげることです。

治療につなげた後、その治療の一環としてこうしたリラックスが効果があると見立てられれば実践していけばよいだけの話で、事例の時点で腹式呼吸法を伝えるというのは状態を軽く見すぎていると考えられます。

まず専門的な治療につなげるということが、Aの支援においても、Aが今後悪化するリスク回避のためにも必要なことと言えます。

よって、選択肢③は最も優先されることに該当しないと判断できます。

④ 行方不明になった住人が必ず発見されると保証する。

この対応は無責任の極みですね。

震災が3週間前で「隣家は土砂に巻き込まれ、住人は行方不明になっている」という状況を考えれば、本選択肢のような保証ができるはずもありません。

そもそも、こういった非常事態において「おおよそ自分と関わりのない他者の安否はわからない」というのが現実的な認識です。

本選択肢は「こういった保証をすることによって、Aの混乱を収めようとした」というのが目的でしょう。

しかし、こういった対応は「どのような状況でも、基本的に行われることはない」とするのが正しい理解です。

こういう対応をしてしまう背景には、支援者側の「抱えられなさ」があることが多いです。

いま、急性ストレス障害の状態にあるAは非常に苦しいと言えますが、被災地外から派遣されたBにはできることが少なく、だからこそ選択肢⑤にあるような「つなぐ」ことが重要になってくるわけです。

そして、こういう「できることが少ない無力感」をどう自分のものとして馴染ませておくかが、臨床を実践する上では大切なことです。

「臨床」という言葉の「床」は「死に瀕している人」という意味があり、そういう手の施しようのない人の傍に無力感がありながらも「臨む」ということが、「臨床」の本質だと私は考えております。

ですから、この「無力感」をかき消すような対応をし、それにクライエントを巻き込むというのは臨床の本質から離れた行為であると思うのです。

なお、先述のように、臨床においては「保証」をそうそう使う場面は無いと思います。

あるとすれば、例えば、現実感のないことで強い不安を示し、それによって治療にならない強迫性障害の事例においては「そういうことは起こらないと私が保証しましょう」と伝え、不安を下げて治療に入りやすくする、という対応もあり得ます。

ただ、こちらの対応は「保証」という言葉に現実感を持たせられる「責任ある立場」の人が言うのが定石であり(例えばDrなどですね)、多くの公認心理師はこれに該当しないと思うのです。

本事例はこういった状況とは異なりますよね。

以上より、本選択肢の対応はAに対して行うべきではないものと言えます。

よって、選択肢④は最も優先されることに該当しないと判断できます。

2件のコメント

  1. 最近こちらのサイトを知りました。とても勉強になります。質問なのですが、サバイバーズギルトは、サイバーズギルトとも言うのですか。

    1. コメントありがとうございます。

      完全に誤植です。
      厄介なことに、過去の「サバイバーズギルト」もすべて「サイバーズギルト」で記載しておりました。
      「さ」と打つと過去の間違った「サイバーズギルト」が予測変換で出てきて、そのまま入力してしまっておりました。

      というわけで、他の問題の解説でもふんだんに「サイバーズギルト」と記載しておりますが、脳内で「サバイバーズギルト」と読み替えてください。
      検索の際は「サイバーズギルト」で打ってもらった方がヒットします…。

      本問の解説はサバイバーズギルトに修正してあります。
      それでは。

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