公認心理師 2021-116

災害支援者を対象としたストレス対策に関する問題です。

もうお馴染み、デブリーフィングに関する内容が出ていますね。

問116 災害支援者を対象とするストレス対策として、不適切なものを1つ選べ。
① 生活ペースを維持する。
② 業務のローテーションを組む。
③ 住民の心理的反応に関する研修を行う。
④ ストレスのチェックリストによる心身不調の確認を行う。
⑤ 話したくない体験や気持ちについても積極的に話すように促す。

解答のポイント

災害支援者のストレス対策について概要を把握している。

選択肢の解説

① 生活ペースを維持する。
② 業務のローテーションを組む。
③ 住民の心理的反応に関する研修を行う。
④ ストレスのチェックリストによる心身不調の確認を行う。

災害支援者、具体的には消防隊員や警察官、あるいは医療関係者などが該当しますが、災害に当たって救援活動をする者は、大きな心理的影響を受けます。

ですが、社会は、日常的に悲惨な現場に遭遇している救援者は、それを克服する訓練と心構えを持っているはずだと期待します。

しかし、災害支援者を対象とした研究では、心理的影響の大きさが明示されています(オーストラリアの草原火災で活動した消防隊員では、42か月後の段階で13%がPTSDと診断されている)。

一般に惨事ストレスが生じやすい状況は以下の通りです。

  • 悲惨な状況の遺体を扱う:損傷の激しい遺体、自殺者など
  • 子どもの遺体を扱う:特に自分の子どもと同じ年齢の場合
  • 被害者が肉親や知り合いの場合
  • 本人あるいは同僚が活動中にケガをする、あるいは殉職者が出る
  • 十分な成果が得られ場ない場合
  • これまでに経験したことがない状況

これらに加えて、さまざまな情緒的反応(高揚感、罪責感や罪悪感、同一化、被災者と救援者の関係、怒りと不信)や職場の精神保健上の問題(日常業務に対する意欲の低下、家族の反応など)と結びつくことで、心身のバランスを崩しやすくなってしまいます

このように、災害支援者の精神的問題に影響する要因は多彩なので、それぞれに関して、きめ細かい対策が職場の精神保健を維持する上で必要になります。

その主なものは以下の通りです。

  1. 日常的な対策:
    ・さまざまなレベルの災害を想定した訓練・演習
    ・福利厚生の充実
    ・チーム内のコミュニケーションを図る
    ・適性を把握した上での配置
    ・相談窓口の整備:組織から切り離した形、家族の利用も可
    ・メンタルヘルスに関する教育:日常ストレスや惨事ストレスについて
    ・家族への啓発
  2. 災害現場での対応
    ・交代体制の徹底
    ・大きく影響を受けた職員の把握と危機介入
     →被災職員への対応:情報の収集、業務の軽減
     →業務内容によって心理的影響を受けた可能性がないかの確認
    ・仲間の同士のインフォーマルなサポート
  3. 活動後の対策
    ①現場から戻った直後
    ・十分な休息:水と食料が補充できる、清潔な場所の確保
    ・活動内容、状況について報告する
    ・影響を受けたであろう職員の把握
    ・どのような心理的影響が発生するのか、その対処や相談的口の周知
    ②その後の対処
    ・影響を受けた職員に対する介入:相談窓口の利用推奨等
    ・心理的影響に関する啓発:講演会やリーフレットの配布
    ・心理的症状についてのスクリーニング

これらが維持されていることで、災害支援者のストレス対策になり得ると考えられます。

さて、上記を踏まえて各選択肢を見ていきましょう。

まず選択肢①の「生活ペースを維持する」ですが、こちらは上記に特に明示されていませんが理解を得るという意味では「家族への啓発」は関連するでしょうし、選択肢②の「業務のローテーションを組む」ことには生活ペースの維持も関連してきますね。

災害支援状況というのは、それ自体が「いつもと違う」わけですから、普段の生活の中に混乱因子を混ぜ込むようなイメージに近いと思っておくと良いでしょう。

災害支援者としては、それはせざるを得ないわけですが、その際に大切なのは「それ以外の状況を安定させておく」ということです。

私はカウンセリングがある日の前日は(ほぼ毎日ですけどね)、夜更かしや飲酒等をせず、いつも同じように過ごすことを心がけています。

それはクライエントに自分が影響を与えうる存在であると認識しているので「自分の不調による要らない影響を与えない」ということを重視してですが、カウンセリング状況以外を安定させておくことで、カウンセラーとしての「カウンセリングで受けた影響を認知しやすくする」という目的もあります。

クライエントからのメッセージによる影響をカウンセラーとして認知し、それを治療に活かしていくことが私の仕事なわけですから、それをしやすくするために「カウンセリング以外の場面を安定させ、自分の調子を常に一定に保つ」ようにしているわけです。

災害支援者として、災害状況以外の「自分の生活ペースを保つ」ようにすることによって、心身を安定させて仕事をしやすくするだけでなく、災害状況によって受けた自身への影響を認知し、必要であればセルフケアすることがしやすくなります。

ただでさえ「いつもと違う状況」に入っていくわけですから、それ以外の状況を安定させ、心身の平衡を保ち、その乱れを感知しやすくすることで、自身のストレスチェック(選択肢④の内容ですね)にもつなげやすくなるということですね。

選択肢②の「業務のローテーションを組む」ですが、これは上記のうちの「交代体制の徹底」などが該当します。

災害支援者の中には、苦しんでいる人たちを前に頑張りすぎる、限界を超えて活動するという反応がみられます。

しかし、こうした反応によって、後々心理的問題を生じさせることが少なくないので、あくまでも「枠組み」「ルール」として、業務体制の徹底・遵守が重要になります。

また、こうした「限界を超えて活動する」という行動の背景には、救援による賞賛や充足感、満足感を求めるという動機が働いていることもあり、こうして肥大してしまった自尊心は周囲と様々な軋轢を生むだけでなく、業務の遂行にも支障をきたす恐れがあります。

選択肢③の「住民の心理的反応に関する研修を行う」に関しては、上記の「メンタルヘルスに関する教育:日常ストレスや惨事ストレスについて」に該当しますね。

もちろんこれは、救援対象者だけでなく、災害支援者の「心理的反応に関する研修」も含まれると考えるのが自然です。

災害時に(自らも含めて)どのような反応が人に生じるのかを知っておくことで、現場で出会う様々な被災者からの理解し難いコミュニケーションに混乱しないでいることができやすくなります。

これは私の持論でもあるのですが「知っていることで、できることがある」というのは常々、あちこちの研修でも伝えています。

目の前の人が示してくる、一見「理解し難い」言動について、その仕組みや心の流れについて理解しておくことによって、そうした言動に対する適切な対応を選択しやすくなります。

多くの支援者は、無自覚の中でも「それなりに適切な対応」を取っていることがほとんどであり、特別に「もっとこうしておけば良かった」ということが少ないのが普通です。

しかし、自分が行った対応について「これで良かったんだ」という柔らかな確信を備えているという実感は、その人をサポートするものとして機能します。

災害時は「異常な状況下」と言われていますが、そうした「異常な状況下」における「自然な反応」があるわけで(代表的なのがPTSDですね)、こうした反応を理解しておけば、支援者としての心理的負担を軽減することにもつながるわけです。

また、そうした「災害時に生じやすい反応」を知っておくことで、災害支援者自身のメンタルヘルスの不調にも気づきやすくなると考えられますね。

選択肢④の「ストレスのチェックリストによる心身不調の確認を行う」に関しては、上記の「災害現場での対応:大きく影響を受けた職員の把握と危機介入」や「心理的症状についてのスクリーニング」などが該当しますね。

心理的影響が大きいと思われる状況と、影響を受けた災害支援者を把握しておくことは重要なことであり、特に悲惨な状況に遭遇したり恐怖感や無力感を味わうような活動と思われた場合は、それを組織として把握しておくことが望ましいです。

いくつかの調査では、過去に外傷体験があった場合、新たな体験によるPTSD発症のリスクが上がることが示されていますから、強い心理的影響を受けたものを把握・フォローすることは予防的観点からも重要になります。

また、大規模な災害の場合、災害支援者自身が被災する可能性もあります。

個人の生活への影響が大きく生活再建に関して大きなストレスを感じた場合、心理的影響が遷延することが指摘されているので、災害支援者自身の被災状況を把握し、生活再建など可能な援助をすることが重要になります。

以上より、選択肢①、選択肢②、選択肢③および選択肢④の内容は、災害支援者を対象とするストレス対策として適切と判断でき、除外することになります。

⑤ 話したくない体験や気持ちについても積極的に話すように促す。

こちらはデブリーフィングに関する内容と言えます。

デブリーフィングとは、災害や精神的ショックを経験した人々に対して行われる、急性期(体験後2、3日~数週間)の支援方法のことで、心理的デブリーフィングとも呼ばれます。

デブリーフィングは元来、軍隊用語で「状況報告、事実確認」を意味し、前線から帰還した兵に任務や戦況を質問し、報告させることを指しており、これが転じて、大規模災害や悲惨な死傷事故を目の当たりにした人々が、自身が体験した状況を正しく認識することが、ストレスによって引き起こされている自身の異常反応(不安感、抑うつ感など)が正常な反応なのだと認識することにつながり、ひいては回復へと繋がっていくことを目指して行われるアプローチです。

デブリーフィングでは、トラウマとなるような出来事を体験した人がグループで2~3時間話し合い、互いを理解しあう雰囲気のなかで心に溜まったストレスを処理することを目指すという形が多いですね。

デブリーフィングはいくつかの過去問(「公認心理師 2018-96」など)において、実施しないことを前提としている対応であると示されていますね。

ただ、「デブリーフィングはやらない方がいい」と単純に決めつけるのではなく、その起源を知って、正しい使用法やその状況を理解しておくことで、デブリーフィングの使い所を知っているより柔軟な支援者になっていくことができます。

ここではデブリーフィングについて述べていきましょう。

デブリーフィングは、元救急隊員であった心理学者のMitchellによって提唱された介入法です。

デブリーフィングは、被災地で支援にあたったアメリカの消防士が、自分たちに対する支援の必要性を感じて作り上げたものです。

その消防士がわざわざ心理の大学院に入ってデブリーフィングを作ったという経緯から、元々は消防士、警察官、軍人等に対するPTSD予防の早期介入技法でした。

その後、一般の被災者にも適用できるものとして広く知られるようになり、阪神・淡路大震災を契機に日本にも紹介されました。

しかし21世紀に入った頃から、心理的デブリーフィングがPTSDの予防に有効ではない、あるいはかえって悪化させることがあるという研究が相次いで発表されるようになりました。

デブリーフィングの問題点の一つはタイミングです。

被災直後の安全が確保されていない時期に言語化すること、あるいは他の人の語りを耳にすることにより、トラウマ反応がかえって強化されてしまう可能性が指摘されています。

もう一つの問題点は回数についてです。

PTSDの発症には個人の歴史、その人をとりまく現在の環境が多大な影響を与えますが、だとすれば、1、2回の介入でそれらにアプローチするのは、まず不可能であろうということです。

ですが、ここで元々のデブリーフィングが、先述した特定の任務に従事する職能集団に対するものであるということを理解しておきたいところです。

こうした集団に対してのものが一般の被害者や被災者に対して援用されたため、多くの研究で示されたような問題点が出てきたと思われます。

中井久夫先生はデブリーフィングの価値として、区切りや締めくくりといった「終結(入門)儀式」として有効であるとしています。

アメリカの被災地では暴動が生じやすく、警察官等は暴動がおこったときは2日間は暴徒に略奪を自由にさせておき、3日目になって眠れなくなってクタクタになったところを一網打尽にするということです。

しかし、やはりそこでは残虐なことも起こり、そのまま暴徒の鎮圧に従事した人たちを家に帰したら、たとえばDVのもとになったりして家庭に害が及ぶ可能性があるということです。

そのため、デブリーフィングを行って帰すということになります。

これらを理解しておくことで、どういった人たち、どういったタイミングならばデブリーフィングが有効になる可能性が出てくるかを考えることができると思います。

支援は山登りと同じで色んなルートがあり、デブリーフィングはあまり登られないルートになるかもしれませんけど、やはり活用できる瞬間はあるのと思うのです。

先述の通り、デブリーフィングはPTSDの症状を悪化させるという報告もあり、災害直後の心理的デブリーフィングには否定的な見解が示されるようになりました。

特定の技能集団に対して行われていた手法が、一般にも援用され、その中で「災害直後にその体験を話させる」という点が走り出してしまい、結果として上記のような否定的な反応を示す事例が出てきたというのも問題の一つだろうと思います。

また、本選択肢の不適切ポイントでもある「話したくない体験や気持ちについても」の「話したくない」という点が重要です。

PTSDの治療では、自身の状況が「安全である」という前提が重要になってきますが、「話したくないことを話す」というアプローチは、そうした安全であるという前提が崩れやすいものですよね。

ですから、こうしたデブリーフィングの「被災直後に体験を話してもらう」ということが、本人の動機づけとは別に実践されたならば、当然否定的な結果になるでしょうね。

また、当人が話したいと思っていたとしても、話しているうちに(もしくは人の話を聞いているうちに)苦しくなってくるということも考えられますし、「話すのが望ましいことだ」と治療者が思いながらやっていれば、そうしたクライエントの変化にも気づきにくくなることでしょう。

いずれにせよ、デブリーフィングがいつも必ずネガティブな結果を招くとは限りません。

事実、何度もPTSD体験を語ることで、その体験の鮮明度が下がっていき、対応しやすくなるという事例もあるわけです。

ですが、本選択肢にある「話したくない」という前提がある場合には、どういう事例であろうと「積極的に話すように促す」のは不適切と言えるでしょうね。

以上より、選択肢⑤が不適切と判断でき、こちらを選択することになります。

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