公認心理師 2020-64

状況を踏まえ、最も蓋然性がある疾患や問題を同定する問題です。

まず、挙げられている選択肢について説明できることが前提ですね。

本問でターゲットになっている疾患は、医学的に学ぶというよりも、テレビ番組等で見聞きした人が多い疾患かなと思います。

問64 1歳半の男子A。母親BがAの高熱とけいれん発作を訴えて、病院に来院し、Aは入院することとなった。これまでに複数の病院に通院したが、原因不明とのことであった。Bは治療に協力的で献身的に付き添っていたが、通常の治療をしてもAは回復しなかった。Bは片時もAから離れずに付き添っていたが、点滴管が外れたり汚染されたりといった不測の事態も生じた。ある日突然、Aは重症感染症を起こし重篤な状態に陥った。血液検査の結果、大腸菌など複数の病原菌が発見された。不審に思った主治医がBの付き添いを一時的に制限すると、Aの状態は速やかに回復した。

 Aの状態と関連するものとして、最も適切なものを1つ選べ。

① 医療ネグレクト

② 乳児突然死症候群

③ 乳幼児揺さぶられ症候群

④ 反応性アタッチメント障害

⑤ 代理によるミュンヒハウゼン症候群

解答のポイント

事例の状況から「最も蓋然性が高い」疾患・問題を絞ることができる。

選択肢の解説

① 医療ネグレクト

医療ネグレクトとは、保護者が子どもに必要な医療を受けさせることを怠ることを指します。

子ども虐待防止学会の定義(1999)では、「子どもの健康に関することで、医療的ケア、健康ケアが必要であるにも関わらず、適切なケアが施されない結果、心身の障害をきたすもの、あるいはきたす可能性のあるもの」とされています。

厚生労働省では、医療ネグレクトは以下の項目をすべて満たす状況で、子どもに対する医療行為(治療に必要な検査も含む)を行うことに対して保護者が同意しない状態を指すとしています。

  1. 子どもが医療行為を必要等する状態にある。
  2. その医療行為をしない場合、子どもの生命・身体・精神に重大な被害が生じる可能性が高い(重大な被害とは、死亡、身体的後遺症、自傷、他害を意味する)。
  3. その医療行為の有効性と成功率の高さがその時点の医療水準で認められている。
  4. (該当する場合)子どもの状態に対して、保護者が要望する治療方法・対処方法の有効性が保証されていない。
  5. 通常であれば理解できる方法と内容で子どもの状態と医療行為について保護者に説明がされている。

ここで挙げられた状況が、本事例の母親Bに見られるか検証していきましょう。

母親は、Aと共に「病院に来院し」て入院にも同意していること、「複数の病院に通院」していること、「治療に協力的で献身的に付き添っていた」、「片時もAから離れずに付き添っていた」などより、治療を受けさせることに拒否的であったとは言えません。

この状況で考えるべきは、「きちんと医療を受けさせ、適切な治療が行われているのに、回復しないことや不測の事態が生じること」の背景に何があるかですね。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② 乳児突然死症候群

乳幼児突然死症候群(sudden infant death syndrome:SIDS)とは、予兆もなく、主に1歳未満の健康に見えた乳児に突然死をもたらす疾患です。

生後1歳までの内因性疾患とされていますが、特に生後1~5ヶ月がSIDSの60~70%を占めています。

その正確な病因・病態はいまだ解明されていませんが、実際には呼吸中枢の未熟性、特に覚醒中枢の未熟性が本態であり、そこに呼吸循環を不安定にするような自律神経のアンバランスが発症の引き金になると考えられています。

現在では、「暖めすぎ」や先行感染など自律神経のアンバランスを来す因子による、何らかの呼吸障害が末梢で起こり、高二酸化炭素血症・低酸素血症に陥るも、中枢神経(特に呼吸中枢)での覚醒反応が悪く、そのまま心停止へ進行するものと仮定されています。

疫学的因子として1997年厚生労働省の研究班が、うつ伏せ寝の危険率が仰向け寝に比べて3.0倍、両親の喫煙が非喫煙の4.8倍、人工栄養が母乳栄養に比べて4.7倍、未熟児が成熟児の4.2倍、早期出産児が満期出産児に比べて3.7倍と報告しています。

他にも、若年母親(10歳代)、着せすぎ・暖めすぎ、先行感染、添い寝、男児、睡眠中、冬期、出生順位が高い、朝方に多い、などの疫学的因子が示されています。

1996年の厚生労働省研究班の研究結果を受けて、1998年から「Back to Sleep」キャンペーンを開始し(仰向け寝に戻そうということ)、乳幼児突然死症候群の発生率は著減しています。

出生10万に対する発生率として、1995年には44.3だったのが、2007年には13.5になっています。

一方、それ以降の数年は減少することなく下がり止まっているため、その原因を再度究明することは喫緊の課題と言えます。

さて、ここで事例を見てみましょう。

事例Aにはさまざまな問題が生じていることがわかり、「健康に見えた乳幼児が」という点で齟齬があります。

また、呼吸器系の問題ではないこと、睡眠中ではないことなど、SIDSを否定する要素も見られます。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 乳幼児揺さぶられ症候群

乳幼児揺さぶられ症候群とは、乳幼児を激しく震盪することで生じる、重傷の頭部損傷であり、硬膜下出血などの多発性の脳内出血と眼底出血が認められます。

乳児では頭が大きく重く、首の筋力も弱いため、shakingを受けたときに頭部が激しく動きやすく、強い加速度が加わります。

骨結合が柔らかいため、骨膜付着部、静脈洞付着部などで硬膜の裂傷が起こりやすく、硬膜下静脈も破綻しやすいです。

また、髄鞘化が未完成で脳が全体的に柔らかく、受傷しやすいという背景もあります。

更に、生理的にくも膜下腔が広いため、頭蓋骨の中で、脳が大きく動きやすく、軸索損傷、剪断損傷を受けやすく、架橋静脈の破綻も起こりやすいとされています。

その結果、硬膜下血腫(+くも膜下血腫)、さまざまな脳実質損傷、網膜出血が伴いますが、これに直接外力の影響を加味して「乳幼児揺さぶられ症候群」と読んでいます。

また、揺さぶられて具合の悪くなった乳幼児を見て驚いた養育者が放り出すことで、より重度の衝撃を与えることになります(実際にはshakingとimpactが組み合わさっている症例が多い)。

なお、「たかいたかい」などのスキンシップで起こることが指摘された時期もありましたが、現在は否定されています(高いところから落とすリスクはあるので気をつける必要はありますが)。

生じやすい症状として、元気がなくなる、機嫌が悪くなる、傾眠傾向、嘔吐、けいれん、意識障害、呼吸困難、昏睡などになります。

軽傷の場合には単に不機嫌や嘔吐下痢症など通常の疾患と誤認してしまいかねないので、十分な問診と発生原因などの洞察が不可欠と言えます。

その他にも、失明や視力障害、言語や学習の遅れ、後遺症としてのけいれん発作、脳損傷、脳性麻痺などの症状を起こすこともあります。

なお、頭部外傷における児童虐待の占める割合は20~40%であり、頭部外傷では乳幼児揺さぶられ症候群も疑い、①頭部CT検査を搬入時に速やかに撮影する、48時間以内にMRIを撮影し1週間後に再検査を行う、②全身骨単純X線検査、③眼底検査を必ず施行して、問診や既往歴、養育歴等を含めて総合的に判断することが求められます。

養育者の話し方、対応でつじつまの合わないこと、頭部外傷(虐待死につながる外傷としては頭部外傷が最も多い)および頭部以外の外傷の有無に注意し、網膜出血と意識障害があれば乳幼児揺さぶられ症候群を鑑別することが重要です。

ここで事例を見ていきましょう。

「高熱」「血液検査の結果、大腸菌など複数の病原菌が発見された」などは、乳幼児揺さぶられ症候群で見られやすい症状ではないと考えられます。

唯一、「けいれん」だけは乳幼児揺さぶられ症候群でも見られますが、「通常の治療をしてもAは回復しなかった」「点滴管が外れたり汚染されたりといった不測の事態も生じた」などの状況因子は乳幼児揺さぶられ症候群を否定するものと考えられます。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④ 反応性アタッチメント障害

まずは、反応性アタッチメント障害の診断基準を確認しておきましょう(ここではDSM-5の基準を示します)。

A.以下の両方によって明らかにされる、大人の養育者に対する抑制され情動的に引きこもった行動の一貫した様式:

  1. 苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽を求めない。
  2. 苦痛なときでも、その子どもはめったにまたは最小限にしか安楽に反応しない。

B.以下のうち少なくとも2つによって特徴づけられる持続的な対人交流と情動の障害

  1. 他者に対する最小限の対人交流と情動の反応
  2. 制限された陽性の感情
  3. 大人の養育者との威嚇的でない交流の間でも、説明できない明らかないらだたしさ、悲しみ、または恐怖のエピソードがある。

C.その子どもは以下のうち少なくとも1つによって示される不十分な養育の極端な様式を経験している。

  1. 安楽、刺激、および愛情に対する基本的な情動欲求が養育する大人によって満たされることが持続的に欠落するという形の社会的ネグレクトまたは剥奪
  2. 安定したアタッチメント形成の機会を制限することになる、主たる養育者の頻回な変更(例:里親による養育の頻繁な交代)
  3. 選択的アタッチメントを形成する機会を極端に制限することになる、普通でない状況における養育(例:養育者に対して子どもの比率が高い施設)

D.基準Cにあげた養育が基準Aにあげた行動障害の原因であるとみなされる(例:基準Aにあげた障害が基準Cにあげた適切な養育の欠落に続いて始まった)。

E.自閉スペクトラム症の診断基準を満たさない。

F.その障害は5歳以前に明らかである。

G.その子どもは少なくとも9カ月の発達年齢である。

これらを踏まえて、本事例を見ていきましょう。

男児Aについては、診断基準Aで示される「大人の養育者に対する抑制され情動的に引きこもった行動の一貫した様式」や、診断基準Bで示される「持続的な対人交流と情動の障害」に関する描写は見られません。

もちろん見られないから無いとは言い切れないですが、診断基準Cの「不十分な養育の極端な様式を経験している」に関しては否定できると思われます。

「Bは治療に協力的で献身的に付き添っていた」「Bは片時もAから離れずに付き添っていた」などから、「安楽、刺激、および愛情に対する基本的な情動欲求が養育する大人によって満たされることが持続的に欠落するという形の社会的ネグレクトまたは剥奪」(診断基準C-1)という状況とは言えないと考えることができます。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ 代理によるミュンヒハウゼン症候群

まずミュンヒハウゼン症候群とは、精神疾患の一つで、周囲の同情や関心を引くために、自ら病気を装ったり、自分の身体を傷つけるという疾患です。

その対象を自分以外に向けるのが「代理によるミュンヒハウゼン症候群」であり、自分の子どもを対象とすることが多いです。

代理によるミュンヒハウゼン症候群は、多くは母親が子どもを意図的に病気に仕立てて病院を転々とする疾患であり、その子どもの病因の判断がつかずに診断に窮することが多く、子どもにとって予後不良な疾患とされています。

芥(2002)は「子どもを代理としたミュンヒハウゼン症候群」の中で、その子どもたちの臨床的特徴を以下のように示しています。

  1. 遷延または再発を繰り返す疾患が非特異的なパターン・経過を示し、また異なる原因によると思われる症状を同時に示す。
  2. 診断が全く典型的な症状で行われるか、あるいは全くまれな疾患である。
  3. 一般的な治療では効果が得られず、治療の妨げになるような出来事(静脈ラインが抜けたり、カテーテル感染を繰り返したり、薬を何度も吐く、傷口の汚染が不自然に反復するなど)が起こる。
  4. 身体所見と検査所見に矛盾点が多い。
  5. 母親の訴える症状や身体所見が子どもの一般的な健康状態と矛盾している。
  6. 子どもの症状と親の訴えが一致しない。親がいないときには親がいるときの症状が認められず、親以外の観察者には親の言う症状は観察できない。
  7. 過去の正確な治療歴が聴取できない、あるいは親の病歴説明が診療記録と矛盾する。
  8. 出血、けいれん、意識消失、無呼吸、下痢、嘔吐、発熱、嗜眠傾向などの訴えが多く、食物や薬のアレルギーもよく聞かれる訴えである。

母親自身の欲求不満-注目を浴びたいという欲求が、こうした問題を引き起こすと考えられており、母親の神経心理状態に強く左右されます。

更に母親自身が病院・医療に詳しいために、その巧妙なやり口に病院関係者は騙されることが多いと言われています。

わかりそうになると勝手に転院するため、その追跡が困難になることもしばしばです。

自分に処方された薬や塩などを多量に服用させたり、点滴の中に自分の唾液を入れたりなど、さまざまな行動が見られます。

上記は代理によるミュンヒハウゼン症候群の「客観的な特徴」であると言えます。

ですが、心理学において、特にカウンセリングを行うにあたっては、そうした「客観的特徴」がどのような心理的力動によって生じるのか、自分なりのストーリーを持っておくことです。

私自身、こうした代理によるミュンヒハウゼン症候群と思しき事例と出会って、そこそこ「確からしい」と思えることを述べていきましょう。

まず、代理によるミュンヒハウゼン症候群のような傾向を持つ母親にとって、子どもは親を喜ばせる役割をもつモノにすぎません。

白雪姫の継母が「世界で美しいのはだあれ?」と鏡に問いかけて「それは貴女です」と答えさせるようなイメージに近く、この場合、鏡に人格があると思わないのと同じで、子どもに人格があるという認識が薄いです。

ブランド物を身に付けてそれを自分の魅力と錯覚することで自分の価値が高いと錯覚するという心理は、多少理解できる人もいると思いますが、この母親にとって子どもはそうしたブランド物と変わらないということです。

つまり、代理によるミュンヒハウゼン症候群の親にとって、子どもは「自分の価値を高めてくれるモノ」に過ぎないのです。

ですから、代理によるミュンヒハウゼン症候群の親は、子どもの不可解な病状を目の当たりにしても冷静さを保っていることが多いです(モノが壊れた程度で、そこまで取り乱すことはしませんよね)。

ただし、医療者が子どもの病状を軽く見積もれば、危機的な症状や重篤な検査結果を伴う病歴を訴えてきます(軽く見られたら自分に対する価値をもたらすモノではなくなるから)。

また、代理によるミュンヒハウゼン症候群の母親は、そのほとんどが「産みの母親」であるという事実も、ここまで歪んだ一体感を持つためには欠かせないことであると言えるかもしれません。

先にブランド物の例を挙げましたが、この裏には「自分の価値に自信がない」という心理を有していることは想像に難くないと思います。

周囲からの羨望を求め、自らに価値があるという体験をすることで、自信の無さに蓋をし、自分自身をも誤魔化し、一時の高揚感を味わうことになります。

全ての人がそうなるわけではありませんが、子どもを看病することで「献身的な母親」という社会的立ち位置を手に入れ、それによって一時とはいえ自らが満たされていく感覚を体験したことで、それを再度求めるようになるということは、理屈としては生じ得るだろうと思うのです。

こういう心理は、おそらく「ちょっと物事を大袈裟に言って注目を集める」という有りがちな心の動きと地続きだと思います。

そして、こういう「仮初の自己価値感」を得るために子どもを媒介させることで、今度は前以上の問題を出す必要があります。

つまり、以前よりも大きな症状や問題が子どもに生じるように仕向ける必要が出てくるわけですが、このように依存に近い構造で生じてくるのが代理によるミュンヒハウゼン症候群であると私は考えています。

経験不足もあり、母親の「自分の価値に自信がない」という細やかな心理については把握できていませんが、ここにも独自のニュアンスがあるだろうと予測しています。

こうした母親の支援にあたっては、まずは「子ども抜きで、母親個人の人格に対して価値を見出す」という姿勢が欠かせないでしょう。

場合によっては、多少カウンセラーに対して依存的になることも考えねばなりませんが、子どもを使って価値を得ることに依存的になるよりは健康的だろうと考えています。

ただし、そもそも代理ミュンヒハウゼンの親はカウンセリングに来ないという前提があります。

代理ミュンヒハウゼンの親は、自らが価値ある存在と見なされる場には行きますが、自らの弱さや葛藤を認める場には訪れません(子どもが苦しんでいたとしても、親は平気であることも、この問題の特徴と言えるでしょう)。

最後に、こうした親を持つ子どもに見られる傾向について述べると、「自分の感情よりも、相手の気分や機嫌に敏感になる」ということであり、それゆえ、相手に合わせすぎて対人関係を持った後はどっと疲れることが多いようです。

また、自分の感情を表現すること、自分が楽しんだり喜びを感じるような選択をすることに罪悪感を覚えがちになります。

以上、代理によるミュンヒハウゼン症候群の特徴と、私見を少し述べました。

これらを踏まえて、本事例を見ていきましょう。

再発を繰り返していること、一般的な治療では効果が得られず治療の妨げになるような出来事が起こっていること、「高熱とけいれん発作」などは代理によるミュンヒハウゼン症候群に多いこと等、状況的には代理によるミュンヒハウゼン症候群であることを考えねばならないと言えます。

また、「不審に思った主治医がBの付き添いを一時的に制限すると、Aの状態は速やかに回復した」という事実からも、Bの存在がAに何らかの問題を生じさせていると考えるのが妥当です。

このように、代理によるミュンヒハウゼン症候群を否定する事柄は見られないので、こちらを第一仮説に据えて支援を行っていくことになります。

よって、選択肢⑤が適切と判断できます。

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