公認心理師 2020-51

問51はインシデントレポートに関する問題です。 

インシデントについては、産業領域の過去問で出ていましたね。

定義はどの領域でも変わらないと言えます。

問51 入院患者が公認心理師の面接を受けるために、病棟の面接室に車椅子で入室した。車椅子から面接室の椅子に移乗する際に看護師と公認心理師が介助したが、車椅子から転落した。健康被害は起こらなかった。

 それを診断した主治医の他に、インシデントレポートの作成者として、適切なものを2つ選べ。

① 看護師

② 病院長

③ 公認心理師

④ 病棟看護師長

⑤ 医療安全管理責任者

解答のポイント

医療安全推進対策に関する施策に関して把握していること。

必要な知識・選択肢の解説

厚生労働省は、平成14年4月、医療安全対策検討会議においてまとめられた「医療安全推進総合対策」(報告書)を基に、平成14年10月には病院および有床診療所に、平成15年4月には、特定機能病院および臨床研修病院に医療安全管理体制の整備を義務づけました。

さらに平成17年6月には、医療安全対策検討会議において、「今後の医療安全対策について」(報告書)がまとめられ、これに基づき、平成18年の医療法改正により、医療安全管理体制の整備を行う医療機関の拡大等を図りました。

また、平成18年4月の診療報酬の改定では、医療機関において専従の医療安全管理者を配置していること等を要件とした、医療安全対策加算を新設した。

さらに、医療機関における医療事故の発生防止対策等については、平成12年、国立病院等の安全管理指針作成のための「リスクマネジメントマニュアル作成指針」の検討を行い、平成14年には「医療安全推進総合対策」(報告書)を基にした医療安全ハンドブックを作成し、広く医療安全の推進について周知を図っているところです。

2002年の厚生労働省 医療安全対策検討会議での定義には以下のように定められております。

  • アクシデント:医療に関わる場所で医療の全過程において発生する人身事故一切を包含し、医療従事者が被害者である場合や廊下で転倒した場合なども含む。通常、医療事故に相当する用語として用いる。
  • インシデント:日常診療の場で、誤った医療行為などが患者に実施される前に発見されたもの、あるいは、誤った医療行為などが実施されたが、結果として患者に影響を及ぼすに至らなかったものをいう。いわゆる「ヒヤリ・ハット」に該当する。
    ※医療過誤は、医療事故の発生の原因に、医療機関・医療従事者に過失があるものをいう。

このように見ると、本問の患者に起こったことは、健康被害が起こらなかったことを鑑みると「インシデント」に該当することがわかります。

また、国立大学医学部附属病院医療安全協議会が定めているインシデントレポートで報告すべき範囲は以下の通りになります。

インシデントレポートの対象になるものとしては…

  1. 患者に傷害が発生した事態(ただし、後述の対象とならない事項を除く)
  2. 患者に傷害が発生する可能性があった事態
  3. 患者や家族からの苦情(医療行為に関わるもの)

※上記1および2に含まれるものとしては…

    • 医療用具(医療材料や医療機器)の不具合
    • 転倒、転落
    • 自殺、自殺企図
    • 無断離院
    • 予期しない合併症
    • 発見、対処(処置)の遅れ
    • 患者の自己管理薬の服薬ミス
    • 患者自身の針刺し

これに対して、インシデントレポートの対象とならないものは…

  1. 院内感染
  2. 食中毒
  3. 職員の針刺し
  4. 暴行傷害(事件)、窃盗盗難(事件)
  5. 患者や家族からの苦情(医療行為に関わらないもの)

このように、本問では「車椅子から転落」していますので、インシデントレポートの対象となることがわかりますね。

そして、国立大学医学部附属病院医療安全協議会では、インシデントやアクシデントによって患者に及んだ影響によって、以下のような分類がなされています。

本問の事例は、この表の中のレベル1~2に該当するものと思われます。

これらを踏まえて、各選択肢の解説をしていきましょう。

① 看護師
③ 公認心理師

インシデントレポートとは、平たく言えば、業務上で発生したミスや事故についての報告書のことです。

ヒヤリとしたりハッとしたりした体験(ヒヤリハット=インシデント)から自発的に提出するレポートで、組織内での提案活動として位置づけられます。

つまり、インシデント情報を収集することにより、アクシデントの発生原因の恐れがある背景要因を洗い出し、分析評価を行うことにより、医療事故防止に繋げていくわけですね。

さて、このインシデントレポートですが、以下のような項目で構成されていることが多いです。

  • 患者情報:氏名、性別、年齢、病名など
  • 当事者or発見者:氏名、所属、その所属での経験年数、総実務経験年数、職種など
  • 発生日時・場所:詳しい日時、インシデントが起こった場所(病室とか待合室とか)など。
  • 患者に与えた影響のレベル:上記の表を参考に作られていることが多い。
  • 事象の概要:発生・発見時を中心に客観的事実を記入する。
  • インシデントやアクシデントの種類:どのような医療行為の中での事象であったか。
  • 原因について:どのような原因によって生じたと考えられるか。
  • 当事者・発見者の報告連絡等:どこに報告を行ったか等。
  • 結果および対処:どのような結果になったか。
  • 患者や家族への説明:行っているか否か、行っているならばどのような結果か。

つまり、生じたインシデントについて、その場の状況が細やかにわかるようにレポートを作成することが求められるということです。

よって、インシデントレポートを作成するのは、そのインシデントに立ち会っていた人物ということになりますから、本問においては患者が車椅子から転落したときにその場に居た「公認心理師」と「看護師」が作成者となるわけですね。

以上より、選択肢①および選択肢③が適切と判断できます。

なお、こうしたインシデントレポートをもとにして、インシデントの事例分析を行って、予防につなげていくことになります。

インシデントレポートから、事象の整理・問題点の抽出を行い、背景要因を探っていきます。

その上で、対策案の列挙し、実施する対策の決定と対策の実施と評価をしていくわけです。

こうした考え方の根拠として挙げられるのが「ハインリッヒの法則」です。

アメリカの保健会社員のハインリッヒは、1件の重い傷害となるような事故の背景には、300件の傷害のない事故が、29件が軽い傷害を伴う事故があると考えました。

1件の重大な事故を防ぐために、傷害のない事故の段階から、その内容を精査し、対応を取っていくことが大切であるということですね。

② 病院長

既に述べたように、インシデントレポートの作成者として病院長は該当しませんが、本選択肢の解説では近隣領域として医療事故において病院長がどのような役割を担うかを述べていきます。

医療法第6条の10には以下のように規定されています。

  • 第1項:病院、診療所又は助産所(以下、病院等)の管理者は、医療事故が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚生労働省令で定める事項を第六条の十五第一項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。
  • 第2項:病院等の管理者は、前項の規定による報告をするに当たつては、あらかじめ、医療事故に係る死亡した者の遺族又は医療事故に係る死産した胎児の父母その他厚生労働省令で定める者に対し、厚生労働省令で定める事項を説明しなければならない。ただし、遺族がないとき、又は遺族の所在が不明であるときは、この限りでない。

上記で言う「病院等の管理者」が、概ね病院長に該当すると見てよいでしょう。

つまり、病院長は医療事故が発生した場合には、医療事故調査・支援センターに報告すること、遺族に対して予め定められた事項の説明をすることが求められます。

更に、医療法第6条の11には、以下のように規定されています。

  • 第1項:病院等の管理者は、医療事故が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、速やかにその原因を明らかにするために必要な調査を行わなければならない。
  • 第2項:病院等の管理者は、医学医術に関する学術団体その他の厚生労働大臣が定める団体に対し、医療事故調査を行うために必要な支援を求めるものとする。
  • 第4項:病院等の管理者は、医療事故調査を終了したときは、厚生労働省令で定めるところにより、遅滞なく、その結果を第六条の十五第一項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。
  • 第5項:病院等の管理者は、前項の規定による報告をするに当たつては、あらかじめ、遺族に対し、厚生労働省令で定める事項を説明しなければならない。ただし、遺族がないとき、又は遺族の所在が不明であるときは、この限りでない。

このように、病院長は医療事故に際して、その解明に必要な種々の活動を行わなければならないことになっています。

なお、医療法施行規則法第6条の3第1項の規定により、「病院、診療所又は助産所の管理者(≒病院長)が当該病院等の所在地の都道府県知事に報告しなければならない事項は、別表第一のとおりとする」とされており、この事項に「医療安全管理者の配置の有無及び専任又は兼任の別」が含まれております(つまり、選択肢⑤の医療安全管理者は病院長が指名するということ。副院長であることも多いですね)。

選択肢⑤で後述しますが、ヒヤリハット(インシデント)に関して集約される医療安全管理者と共に、病院の安全文化を構築・醸造していくのも病院長としての務めと言えますね。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

④ 病棟看護師長

ここでも選択肢②同様、医療事故を踏まえて解説していくことにしましょう。

リスクマネージメントマニュアル作成指針が示されており、これは医療事故の発生防止対策及び医療事故発生時の対応方法について、国立病院等がマニュアルを作成する際の指針を示すことにより、各施設における医療事故防止体制の確立を促進し、もって適切かつ安全な医療の提供に資することを目的とされています。

これによると医療事故防止対策委員会の設置が定められており、この委員としては、副院長、診療部長又は医長、薬剤科長、看護部長又は総看護婦長、事務部長又は事務長等をもって構成することを原則とされています。

このように、病棟看護師長は、医療事故の際には医療事故防止対策委員会の委員として、所掌事務に係る調査、審議等の任務を行うことになりますね。

また、一般論としても、多くの病院では、医療事故が発生した際にはただちに上司に報告することが定められています。

よって、医療事故を体験した医療者によって、以下のようなルートで報告が上がっていくことが多くなります。

  • 医師→(医局長)→病院長
  • 薬剤師→担当医師→病院長
  • 看護師→(病棟)看護師長→総師長→病院長
  • 医療技術員→技師長→病院長
  • 事務職員→係長→課長→次長→事務長→病院長

もちろん、現場では直属の上司への報告と、病院長への報告が同時であることも多いでしょう。

また、単にインシデントの事案であっても、インシデントレポートを受け取るのが直属の上司である場合も多いでしょうから、本問では看護師から病棟看護師長にインシデントレポートという形で報告されることになるでしょう。

もちろん、病棟看護師長自身が医療事故(アクシデント)やインシデントの当事者であればその限りではなく、病棟看護師長自身がレポートを書く立場になりますね。

もちろん、本問ではそういう状況ではないので、病棟看護師長はインシデントレポートは書きません。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ 医療安全管理責任者

厚生労働省が出している「医療安全管理者の業務指針および養成のための研修プログラム作成指針」によると、医療安全管理者とは、各医療機関の管理者から安全管理のために必要な権限の委譲と、人材、予算およびインフラなど必要な資源を付与されて、管理者の指示に基づいて、その業務を行う者を指します。

そして、医療安全管理者の業務としては、医療機関の管理者から委譲された権限に基づいて、安全管理に関する医療機関内の体制の構築に参画し、委員会等の各種活動の円滑な運営を支援することにあります。

また、医療安全に関する職員への教育・研修、情報の収集と分析、対策の立案、事故発生時の初動対応、再発防止策立案、発生予防および発生した事故の影響拡大の防止等に努める。そして、これらを通し、安全管理体制を組織内に根づかせ機能させることで、医療機関における安全文化の醸成を促進することも、その業務に挙げられています。

本問と関わる部分で言えば、医療事故を防止するための情報収集、分析、対策立案、フィードバック、評価などが医療安全管理責任者の役割となります。

医療安全に関する情報収集では、医療安全管理者は、医療事故の発生予防および再発防止のための情報を収集するとともに、医療機関内における医療安全に必要な情報を院内の各部署、各職員に提供します。

医療機関内の情報の情報としては、次のようなものが考えられます。

  1. 医療事故およびヒヤリ・ハット事例報告
  2. 患者や家族からの相談や苦情:外来診療や入院中の出来事に関する患者や家族からの相談や苦情、患者相談窓口の担当者やソーシャルワーカー等が直接対応した相談や苦情、電話や投書による相談や苦情
  3. 患者及び職員への満足度調査等の結果
  4. 院内の各種委員会の議事録
  5. 院内巡視の結果
  6. 各部門、部署の職員からの情報提供

また、特に1などから上がってきた情報をもとに事例の分析を行うのも、医療安全管理者の仕事になります。

事故等の事例については、職員や患者の属性、事故やヒヤリ・ハットの種類、発生状況等の分析を行い、医療安全に必要な情報を見出していきます。

また、事例の事実確認を行い、医療事故の発生予防および再発防止に資する事例については、必要に応じて各種の手法を用いて分析します。

事例の分析については、現在広く医療機関において使用されている方法としては、根本原因分析(RCA : Root Cause Analysis)、SHELモデル、4M-4E等があります。

また、危険箇所の特定と事故の発生予防を目的としたものとしては、FMEA(Failure Mode & Effects Analysis)などがあります。

医療安全管理者は、事例の分析とともに、医療安全に関する情報・知識を活用し、安全確保のための対策を立案していきます。

この対策の立案に当たっては次の点を考慮することが大切です。

  • 実行可能な対策であること
  • 各医療機関の組織目標を考慮した内容であること
  • 対策に根拠があり成果が期待されること
  • 対策実施後の成果や評価の考え方についても立案時に盛り込むこと

こうして得られた情報をもとに医療安全管理者は、医療安全に関する情報や対策等について、各部署や職員へ伝達する体制を構築します。

具体的には、組織のラインを通じての情報提供とともに、定期的な医療安全ニュースの配布や職員への一斉メール配信等の方法によりフィードバックし、周知を図ります。

また、対策実施後の成果について評価し、評価に基づいた改善策を検討・実施する。

このように、医療安全管理者は、事前に事故の発生に備えた対応を検討していきますが、医療事故が発生した場合には、関係者の事故への対応について支援するとともに、事故によって生じる他の患者への影響拡大を防止するための対応等を行います。

さらに、再発防止のための事例の調査や報告書の取りまとめ等に協力し、あわせて院内各部署への周知を図ることもその役割です。

このように、本問のインシデントレポートを作成者として医療安全管理責任者は該当しませんが、提出されたインシデントレポートをもとに組織全体の安全管理を構築していくことが安全管理責任者の役割と言えますね。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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