公認心理師 2021-65

Alzheimer型認知症の女性へのアプローチに関する問題です。

事例の状況から「どこに焦点を当てた介入が最も効果的か」を推定しておくことが大切ですね。

問65 70歳の女性A。長男、長男の妻及び孫と暮らしている。Aは、1年ほど前に軽度の Alzheimer型認知症と診断された。Aは、診断後も自宅近所のスポーツジムに一人で出かけていた。1か月ほど前、自宅をリフォームし、収納場所が新たに変わった。それを機に、探し物が増え、スポーツジムで使う物が見つけられなくなったため、出かけるのをやめるようになった。Aは、物の置き場所をどう工夫したらよいか分からず、困っているという。
Aに対して行うべき非薬物的介入として、最も適切なものを1つ選べ。
① ライフヒストリーの回想に焦点を当てた介入
② 日常生活機能を補う方法の確立に焦点を当てた介入
③ 有酸素運動や筋力強化など、複数の運動を組み合わせた介入
④ 物事の受け取り方や考えの歪みを修正し、ストレス軽減を図る介入
⑤ 音楽を聴く、歌うなどの方法によって構成されたプログラムによる介入

解答のポイント

見立てに応じて最も効果的な関わりを選択する。

事例の見立て・選択肢の解説

まずは本事例の状態について、しっかりと把握しておきましょう。

  • 1年前に軽度のAlzheimer型認知症と診断されている。
  • 診断後もスポーツジムに一人で出かけている。
  • リフォーム後、収納場所が変わったことを契機に、捜し物が増えた。
  • それによってスポーツジムに必要な物が見つけられず、出かけなくなった。
  • Aは物の置き場所をどう工夫すれば良いか分からず困っている。

これらの情報から分かることを述べていきましょう。

現時点でAの困り事としては「物の置き場所の工夫」であり、それは客観的に見ても「妥当な主訴」であることが分かります。

Alzheimer型認知症とはいえ、一人でできることは可能な限り実践することが大切ですし、スポーツジムに行っていたのは良い習慣であっただろうと考えられます。

しかし、スポーツジムに行くことに消極的になってきたわけですが、その理由は「リフォームによって、ジムに必要な物の場所が分からなくなったから」という非常に現実的な理由です(それを正しく「悩んでいる」ので、上記で「妥当な主訴」と述べたのです)。

事例の流れからは「その問題さえなければ、引き続きジムに行っていただろう」と見なすことができます。

万が一、それ以外の理由があったとしても「クライエントの問題を適切に見極める」ために、この問題を解決する方向で動くのは真っ当な支援の方針と言えます。

ですから、とりあえずAが「ジムに行くときの物の置き場所がわかる」ようにすることが重要であり、それをもってAのジムに行くという行動が再開されるか等を見ていくことになります。

人の記憶には様々なものがありますが、エピソード記憶はその人だけの個人的な記憶であって、これがあることによってその人がその人らしく在ることができます。

認知症のケアにおいて回想法が重要になってくるのは、こうしたエピソード記憶の「煤払い」をするという面があるからであり、その際に用いられる懐かしい品々や写真はエピソード記憶の「索引」とも言うべきものです。

こうした「索引」を付け、「煤払い」をしていくことで、認知症老人の人格の肌理を細かくするということができます。

さて、何が言いたいのかというと、本事例のようにリフォームをするということは、認知症者の「索引」を無くし、「煤」が溜まりやすくなる要因となります。

エピソード記憶と合致する風景が無くなることで、世界が見知らぬものになってしまい、世界と関わることに消極的になってしまう恐れがあるのです。

端的に言えば、外界と関わることが減ることで、認知症の進行が早まってしまうことも懸念されます。

そのためにも、Aが「物の置き場所がわかる」ようにすることは重要であり、これは世界に導きの糸を付けるようなイメージのアプローチと言えるでしょう。

こうしたAの状況に加え、A自身のニーズについても応えていくことが大切です。

カウンセリングをしていく上では、クライエントのニーズをどう受け取っていくかは大切なことであり、Aのニーズは「物の置き場所をどう工夫したらよいか分からず、困っている」というところにあると考えられますね。

ここにどう対応していくかも、カウンセリングの方針を定める上で大切なことです。

それと、本問の前提になっている「非薬物療法」についてもまとめておきましょう。

認知症の薬物療法以外のものをまとめて「非薬物療法」と呼びます。

認知症に対する主な非薬物療法の種類と内容、特徴は以下の通りです。

  • 運動療法:認知症の1次・2次予防の有効性が確立されている。
  • 認知刺激療法:ルールや手順を理解できる軽度の認知症が対象。
  • 回想法:写真などを利用し、楽しかった経験などを話してもらう。成功の追体験なども。
  • 現実見当識訓練:日めくりカレンダーや時計を目のつくところに複数設置するなど。現在と過去の区別が困難な患者には向かない。
  • 光療法:日中1000~2000ルクスの明るさを確保する。夜間消灯後の睡眠誘発を促進する。
  • 音楽療法:活動的と受動的を組み合わせて施行する。BPSDの予防・治療の有効性がある。
  • アロマセラピー:植物由来の揮発性油を拡散・塗布する。

これらの非薬物療法については、中核症状やBPSDの改善だけでなく、発症予防への効果も期待されています。

以上を踏まえ、各選択肢の解説に入っていきましょう。

② 日常生活機能を補う方法の確立に焦点を当てた介入

上記の見立てを踏まえれば、本選択肢が最も適切なものであると考えられます。

Aはリフォームによって物の保管場所が分からなくなり、習慣になっていたジム通いに消極的になっていますが、物の保管場所が分からなくなっていること自体には困っており、何とかしたいと考えています。

こちらの改善は、Aが積極的に外界と関わる上で大切な支援のポイントであると同時に、クラインとのニーズが強いポイントでもあると言えますから、こちらにアプローチしていくことが重要と言えます。

そこで、本選択肢のような「日常生活機能を補う方法の確立」が重要になるわけです。

すぐに思いつくのが外部記憶補助を使った方法ですね。

「外部記憶補助」というと難しく感じますが、単純なもので言えば、メモやカレンダーに記入すること、目の留まる場所に置いておくことなどを指します。

自身の記憶の機能が下がってきているので、その下がった分を「外部」に委ねるということですね。

Aの場合は「軽度のAlzheimer型認知症」とされていますが、記述を読む限り、記憶以外の機能は保たれているように見受けられますし、A自身の困り感は記憶面に集約しているように受け取ることができますから、外部記憶補助を中心に「日常生活機能を補う方法」を提案していくことになるでしょう。

具体的なものは、家の間取りやAの生活の仕方によって変わってはきますが、Aにとって必要なもの、身近なものが目に入りやすいように工夫することが重要になりますね。

以上より、選択肢②が適切と判断できます。

① ライフヒストリーの回想に焦点を当てた介入

「ライフヒストリーの回想」で一般的に思いつくのは回想法だと思います。

回想法については「公認心理師 2019-89」などで出題がありましたね。

回想法は記憶の想起により人生の連続性の自覚を促し、自尊心やコミュニケーション能力を回復させる方法です。

すなわち、自尊心を高めるという個人内効果と、対人関係を促進させるなどの社会的効果の両方が期待されています。

認知症の場合は、情動機能の回復、意欲の向上、発語回数の増加、非言語的表現の豊かさの増加、集中力の増大、問題行動の軽減、社会的交流の促進、支持的・共感的な対人関係の形成および他者への関心の増加、などが効果として挙げられています。

回想法は1963年にアメリカの精神科医Butlerによって示された方法であり、「高齢者の回想法は、死が近づいてくることにより自然に起こる心理的過程であり、過去の未解決の課題を再度とらえ直すことも導く積極的な役割がある」と提唱し、これまで「過去の繰り言」「現実逃避」と否定的に捉えられてきた高齢者の回想行為を意味あるものとして論じてきたことが回想法の起点となっています。

Butlerは「ライフレビュー(人生の復習)」という概念を提出しており、ライフレビューが成功に終わった後の到達点は受容であり、人生を無駄なもの、価値のないものと見なした後の到達点は絶望です(この辺はエリクソンの8段階と同じですね)。

高齢者に回想に取り組むよう勧めることは、価値ある治療活動であり、高齢者が生涯の経験を正面から取り組み、それを客観的に捉える助けになるとされています。

回想法は「私の若い頃はね…」というセリフの繰り返しに代表されます。

認知症者の支援にあたっている人が、こうしたセリフの重要性に気づき、高齢者の過去の出来事について話し合うことは価値があると気づいたことで回想法は拡がりを見せました。

高齢者と話し合うことによって通じ合い、交流が深まる中で高齢者の過去の生活や経験を理解できるようになります。

それによって支援者は現在の会話や行動の意味をより的確につかめるようになります。

このように「ライフヒストリーの回想」は認知症者に対して重要な支援の一つと言えますが、Aの状態に合致するかは疑問です。

なぜなら、Aの問題はリフォームに伴っての「物の保管場所が不明になること」ですから、具体的・現実的なものと言えます。

回想法は、情動機能の回復、意欲の向上、発語回数の増加、非言語的表現の豊かさの増加、集中力の増大、問題行動の軽減、社会的交流の促進、支持的・共感的な対人関係の形成および他者への関心の増加など、幅広い機能の向上を狙うことができますが、Aのように具体的・現実的な問題の解決をニーズとしている場合、問題と対応の整合性が取りにくくなってしまいます。

端的に言えば、ニーズに合わないアプローチになっているということですね(クライエントのニーズがいつも正しいとは限りませんが、本事例の場合は整合性が認められますね)。

本事例のような場合は、もっと端的にAの困っている「物の保管場所が分からなくなる」にアプローチしていくことが望ましいと考えられます。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

③ 有酸素運動や筋力強化など、複数の運動を組み合わせた介入

こちらはやや的はずれな対応と言えます。

おそらくは「スポーツジムで使う物が見つけられなくなったため、出かけるのをやめるようになった」ので、その分の運動を介入として行おうという考えだろうと推測できます。

確かに認知症の運動療法では、運動を通して関節機能の改善、筋力の増強、全身耐久性の向上、動作の改善、転倒予防、痛みの緩和などを目的とし、身体機能の改善や生活の質の向上を図るわけですが、認知症の予防や改善に効果があるとことがわかっています。

しかし、本事例においては、「スポーツジムに行って得られる運動を提供する」よりも、その手前にある「(リフォームによって)物が見つけられなくなった」という箇所にアプローチする方が賢明であると考えられます。

その理由としては、既に述べているように、Aの問題はリフォームを端にした「物の保管場所が分からない」という点に集約されているように考えられますし、そのことにA自身も問題意識を持っているということが挙げられます。

また、Aは「スポーツジムで使う物が見つけられなくなったため、出かけるのをやめるようになった」わけですが、スポーツジムに行くことの価値としては、①以前からの習慣を継続することで、Aの人生の流れを維持する、②外界と関わる機会を持つことで、適度な刺激のある生活を送る、③運動自体の健康作用、などが挙げられるでしょう。

「有酸素運動や筋力強化など、複数の運動を組み合わせた介入」は、上記の③にのみ焦点を当てているだけであり、より大切な視点が欠けているように思われます。

この事例で最も懸念されるのは「物の保管場所が分からない」ことを端にして、徐々にAが外出に消極的になることであり、それによって家庭内で過ごすことが増えていつも同じ風景の中で生活するようになり、それによって認知症の進行の恐れもあるわけです。

本選択肢のアプローチは、支援をしているようでAを家庭内に留める形になりやすいため、認知症者への支援としては考え物と言えます。

よって、選択肢③は不適切と判断できます。

④ 物事の受け取り方や考えの歪みを修正し、ストレス軽減を図る介入

本選択肢のアプローチは、いわゆる認知療法のものであり、それ自体には価値があるものですが、本事例に合うとは考えられないですね。

認知療法は、ベックによって始められた治療法で、患者の偏った物事の捉え方(認知)を修正させ、より柔軟的で現実的な考え方や行動ができるように手助けするアプローチです。

うつ病などの患者は、自分や周囲、将来に対して否定的・悲観的に考えてしまうなどの考え方の癖が心に悪影響を及ぼすため、それらの考え方を軌道修正させることで症状の改善を図ります。

初期から中期のうつ病の治療に効果的だと言われていますが、恐怖症性不安障害や人格障害などにも用いられています。

既に述べている通り、Aは自身の問題を正しく認識しており、そこに「物事の受け取り方や考えの歪み」は見受けられません。

「1か月ほど前、自宅をリフォームし、収納場所が新たに変わった。それを機に、探し物が増え、スポーツジムで使う物が見つけられなくなったため、出かけるのをやめるようになった。Aは、物の置き場所をどう工夫したらよいか分からず、困っている」という主訴は非常に整合性があり(必ずしも整合性があるから良いというわけではないけど)、まずはAの生活を以前のレベルに戻すために「物の置き場所が分かるようにする」ことが大切だと考えるのが妥当です。

以上より、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ 音楽を聴く、歌うなどの方法によって構成されたプログラムによる介入

本選択肢は「音楽療法」を用いたアプローチになりますね。

音楽療法では、音楽の持つ特性を活用するプログラムを通してリハビリテーションを行うことになります。

健康の維持、心身の障害の機能回復、生活の質の向上、問題行動の改善などを目的に行われ、障害の有無は問わず、子どもから高齢者まで全ての年齢・性別のクライエントを対象とすることが可能です。

音楽療法には不安や痛みの軽減、精神的な安定、自発性・活動性の促進、身体の運動性の向上、表情や感情の表出、コミュニケーションの支援、脳の活性化、リラクゼーションなどの効果が挙げられます。

認知症者を対象にする場合は、昔の歌を思い出す、という回想法的な要素を含めてのアプローチが考えられますし、単に音楽を聴く、歌う、楽器を鳴らすことで、脳の働きや身体の動き、発声が促され、感情の発露や自発性の亢進が期待できます。

また、認知症の進行の予防としては、歌いながら楽器を鳴らすなど、2つの動作を同時に行うことが有効とされていますね。

このように、音楽療法自体には価値があるものだと言えますが、本事例の状況に合致するかと言われればNoになります。

選択肢①の解説でも述べた通り、Aの問題はリフォームに伴っての「物の保管場所が不明になること」ですから、具体的・現実的なものと言えます。

ここにしっかりとアプローチすることで、Aの生活を維持し、外界との関わりが消極的になることに歯止めをかけることが重要になります。

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です