ここの解説には誤りがあります。
改めて正しい解説を別記事として作成します。
ストレスコーピングについて、正しいものを1つ選ぶ問題です。
いくつかの資料を参考にしつつ解説を書きました。
選択肢③と選択肢④がいずれも間違いと言い難いため、どうしたものかという感じです。
何か良い資料があればよいのですが。
解答のポイント
ストレスに関する基本的な理論を把握していること。
コーピングに関する複数の理論について理解していること。
選択肢の解説
『①状況が変わっても、以前成功したコーピングを実行したほうが良い』
直面するストレス状況の時間的変化に伴って、同じコーピング行動であっても、その有効性の評価が大きく変動することなどが数多く実証されています(大迫、1994など)。
また、ある特定の状況に対して適応的あるいは不適応的と言える一般的なコーピングが存在することも指摘されており、同一のコーピングも状況によっては不適応となることは明らかと言えます。
コーエンもこの点を主張しており、何にでもうまくいくというものはないこと、この行動の方があの行動よりもうまくいくとか、あの行動は自滅したり有害なものとして跳ね返ってきたりしやすいだろうといった時や場所や状況や人は複数存在するとしています(健康の謎を解く-ストレス対処と健康保持のメカニズム、p167)。
よって、選択肢①は誤りと言えます。
『②ストレッサーに対して多くの種類のコーピングを用いないほうが良い』
ラザルスはコーピングを「情動焦点型」と「問題焦点型」に大きく分けています。
特定のストレッサーに対して、単一のコーピング行動を用いるというよりも、むしろ複数の種類のコーピング行動を用いることが多いこと(坂田、1989など)が示されております。
なお、この2つは互いに促進的に用いられること(気持ちを落ち着かせること(情動焦点型)で、ノートに目を通す(問題焦点型)などの試験対策がしやすくなる)もあれば、妨害的に用いられること(病気の診断を受けた人が、躍起になって病気の情報を集め(問題焦点型)、かえって不安が高まってしまう(情動焦点型が取れない))もあります。
コーエン(1984)は、対処パターンと結果としての疾病を関連づけるかなりの数の論文をレビューし「鍵となる問題は、個人がどの対処戦略をとるかということではなく、その人のレパートリーの中にどれだけの対処戦略があるのか、あるいは、様々な戦略を使うことにどれくらい柔軟であるかということだろう」と結論づけています(健康の謎を解く-ストレス対処と健康保持のメカニズム、p163-164)。
よって、選択肢②は誤りと言えます。
『⑤一時的に生じたネガティブな感情を改善するコーピングは、慢性的なストレス反応の改善には効果がない』
ラザルスはコーピングを「問題焦点コーピング」と「情動焦点コーピング」に分けました。
問題焦点型コーピングは、特定の問題、または状況に焦点を合わせて、それを変える方法や将来二度と同じ経験をしないで良い方法を探そうとするものです。
一般に明確な問題、例えば学習上の行き詰まりの解決法などの場合に適したコーピングとされています。
情動焦点型コーピングは、たとえ状況そのものは変えられないとしても、ストレスとなる状況に伴う情動を軽減することに焦点を合わせる方法を指すものです。
不治の病や失恋など、自分の力ではどうしようもないストレッサーに用いられることが多いとされています。
そして、情動焦点型は「行動的方略」と「認知的方略」の2つに分類できます。
行動的方略:身体を動かす、アルコール、当り散らす、友達にサポートを求める等
認知的方略:一時的に考えるのを止めて目を逸らす、状況の意味づけを変える等
選択肢の内容を精査していくと、前半の「一時的に生じたネガティブな感情を改善するコーピング」は「情動焦点型コーピング」の認知的方略の一つに該当すると思われます。
一時的に生じたネガティブな感情の改善のために「一時的に考えるのを止めて目を逸らす」などです。
選択肢後半の「慢性的なストレス反応」とは、状況を変えられない、自分の力ではどうしようもないなどの状況を指すと思われます。
慢性的なストレス反応なわけですから、それと連動する状況の存在等があることが想定されます。
一時的に考えのを止める、などの対応は時間が立つことで情緒的に落ち着いたり、状況が過ぎ去ることが前提の方策だと思われるので、「慢性的なストレス反応」やそれが生じる状況には不適格なものだと言えるでしょう。
こうした状況での「情動焦点型コーピング」の「認知的方略」としては、例えばがん患者であれば、「がんと闘う」という認知ではなく「共に生きていく」という考え方に変化していくことなどがあり得ます。
こちらだと一時的な方略とは異なったものになりますね。
以上より、選択肢⑤は誤りと判断できます。
『③コーピングを続けているうちに疲労が蓄積することを、コーピングのコストという』
「コーピングのコスト」という概念はコーエンによるものです。
以下は「ストレス心理学-個人差のプロセスとコーピング」(p51-52)をまとめたものになります。
コーエンは、積極的なコーピング方略(ラザルスの言う「問題焦点型コーピング」を指します)の短所について指摘しました。
積極的な対処努力によって状況の改善に成功し、対処努力に伴う以下の3種類のコストが個人の健康や行動に有害な影響を及ぼすと主張しています。
- 蓄積疲労
ストレスフルな状況に長時間・積極的に対処することで、生理的・心理的エネルギーが低下した状態を指す。 - コーピングによる副次的影響
積極的なコーピング努力自体が覚醒レベルを上昇させているので、それ以外の健康維持活動に振り分ける努力を低下させる。 - 方略使用の過度の一般化
ある状況で成功したコーピング方略を、その後のいかなる状況でも使用することを指しており、うまくいかなくなることでストレスを高めます。
3については、選択肢①とも被りますね。
神田橋先生も「人間は一度成功したら、同じ方法を10回くらいはやっちゃう」とおっしゃっておられました。
この内容からすると、大きな誤りは見当たりません。
引っかかるとするなら、以下の点になります。
- 選択肢③の内容は「コーピング」という大きな括りで記述しているが、コーピングのコストについては「問題焦点型コーピング」について記述したものである。
- コーピングのコストには3種類示されているが、選択肢③では「蓄積疲労」のみを「コーピングのコスト」であるかのように表記している。
と言っても、上記の内容も「誤り」と言うには難しいように感じます。
ですが、選択肢④に明らかな問題が見当たらないことから、これをもって選択肢③を除外しようと思います。
『④コーピングの結果は、二次的評価というプロセスによって、それ以降の評価に影響を与える』
ラザルスはストレスへの認知的評定を重視し、コーピングという概念を呈示しました。
認知的評定は、以下の一次的・二次的に分けて論じられています。
一次的評定とは、その事態が「有害」であるか否かの評定です。
それに対し、二次的評定とは、その事態に対処する「効果的な方法を知っているか(結果期待)」と「その効果的な方法を実行できるか(効力期待)」を評定することを指します。
この2種類の評定について、「2種類のアプレイザルを、個人が環境からの刺激を評価する際に用いる個別的かつ相補的な機能として区別することは重要である」とラザルスはまとめています(ストレス測定法、p181)。
ラザルス&フォルクマンによれば、二次的アプレイザルは「複雑は評価プロセスであり、どのような対処(コーピング)が可能か、そのコーピングは効果を期待できるか、効果が期待できる方略はいくつあるか、などを考慮するものである」としています。
したがって、「二次的アプレイザルから一次的アプレイザルへのフィードバックが想定され、2つのアプレイザルは継時的に反復すると考えられ、この継時的相互作用が、アプレイザルのプロセスとなって、経験されるストレスの程度を調整する」とされています(同上、p181-182)。
さらに「イベントに対する個人のコーピング能力は、個人に自覚されて二次的アプレイザルに影響を与えるし、また、実際に取られたコーピング行動とその効果も、その後のアプレイザルのプロセスに多大な影響を及ぼす」とされています(同上、p182)。
以上を踏まえると、選択肢④の内容と矛盾がないことがわかります。
よって、選択肢④が正しいと判断できます。