公認心理師 2020-62

事例を読んで、ある精神医学的問題が同定できるかがまずは前提となっている問題です。

その上で、必要な関わり、しない方が良い関わりなどを考えていくことになります。

この問題に限らずですが、特定の病理に見られる「人間としての特徴」を把握しておくことは重要ですね。

問62 30歳の女性A、会社員。Aは、精神科病院において入院治療を受けている。20代後半より抑うつエピソードを繰り返していたが、医療機関の受診歴はなかった。入院の1か月ほど前から口数が多くなり、卒業後交流のなかった高校時代の友人たちに電話やメールで連絡を取るようになった。衝動的な買い物が増え、職場での尊大な態度が目立つようになった。心配した家族の支援で入院となり、1か月が経過した。症状は改善しつつあるが、依然として口数は多く、睡眠は不安定である。Aは、仕事を休んでいることへの焦りを主治医に訴えている。

 この時点での公認心理師のAへの支援として、最も適切なものを1つ選べ。

① 障害年金制度について情報を提供する。

② 幼少期の体験に焦点を当てた心理面接を行う。

③ 会社の同僚に対する謝罪の文章をAと一緒に考える。

④ 毎日の行動記録を表に付けさせるなどして、生活リズムの安定を図る。

⑤ Aの同意を得て、復職の時期について職場の健康管理スタッフと協議する。

解答のポイント

本事例の精神医学的問題を同定できていること。

また、その問題を抱えた人に対するアプローチを理解していること。

必要な見立て・選択肢の解説

本問の構成を見ると、事例情報から本事例Aが「双極性障害」であり、現在は躁状態にあることを認識できることが前提になっています。

つまり、「双極性障害で躁転している人」に対する支援を理解していることが重要となります。

事例Aは、もともと「抑うつエピソードを繰り返していた」ということですが、入院1か月前から「口数が多くなり」「卒業後交流のなかった高校時代の友人たちに電話やメールで連絡を取る」「衝動的な買い物が増え」「職場での尊大な態度が目立つ」など、明らかに躁状態の「抑制解除」の特徴が出ています。

以上のように、Aは「双極性障害の躁状態である」ということを前提として、各選択肢を見ていくことにしましょう。

① 障害年金制度について情報を提供する。

まず障害年金制度について伝えるということは、背景には働くことへの困難さが大きいという判断があるということになります。

Aは「20代後半より抑うつエピソードを繰り返していたが、医療機関の受診歴はなかった」とあり、その年齢になるまでは社会生活を維持できていたと考えることができます。

また「入院1か月前から状態が悪化して、現在は入院して1か月が経ったところ」ですから、障害年金制度を活用していく状態であると見なすのは尚早な気がします。

何より、障害年金制度を利用するためには、主治医の診断書の提出が求められますから、公認心理師が独断でして良い情報提供ではないことは明らかです。

主治医がその判断をして、公認心理師がその情報提供の役割を指示されたなら行うことはあり得るのでしょう(そのような指示も基本的には無いと思いますが)。

もちろん、A自身からその話をされれば「情報提供」として行うことはあっても、基本的には医師と話し合う事項である旨を伝えることが大切ですね。

また、Aが「仕事を休んでいることへの焦り」を主治医に訴えているという状況で、障害年金制度について伝えるというのはあまりに対応にズレがあるように感じられます。

公認心理師が勝手に「仕事を休むことへの焦り=収入の心配をしている=障害年金があるから大丈夫」という連想で話している可能性はありますが、仕事をしている理由や休むことの背景にある理由はさまざまです。

特に双極性障害の場合、単に金銭的なものだけでなく、職場での対人関係も含めて仕事の動機づけになっていることが少なくありませんから、独善的な解釈によって支援を行うのは不適切と言えるでしょう。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② 幼少期の体験に焦点を当てた心理面接を行う。

こちらは恐らく精神分析的なアプローチを行うということだろうと思います。

非常に単純化した言い方をすれば、内省的に幼少期の体験と現状との繋がりを自覚することで改善を目指すというアプローチは、心理療法全般でよく行われていることだろうと思います。

出題者の意図として、こういうアプローチを本事例のクライエントに行うことが適切か否かを問うているのだと思います。

その視点で言えば、こうした深層分析は第一選択にはならないだろうと思います。

神田橋先生が「双極性障害の診断と治療-臨床医の質問に答える-」(臨床精神医学第34巻第4号)で述べられていたことですが、「双極性障害を境界例状態に作り上げるための方法」として「内省精神療法を行うこと」を挙げています。

双極性障害の人たちは自分の内側をフィールすることは得意ですが、感知して言葉をくっつけて抽出することが下手で向かないと言えます。

むしろ、双極性障害では、フィールしたことを言葉にくっつけるのではなく、行動に結びつけることが適切な生き方であるとされています。

だから、感じたことをパッと行動で表現する、例えば、嫌な感じが出たらそれを相手に伝えるのではなくてパッとその場から離れる方が向いています。

このように双極性障害の人は、自分の思いを言語化して観察するようなやり方は向いていませんが、他者を観察する力には長けています。

なので行動で示すような対人サービスが向いていることが多く、内省をしなくても人に良いサービスをしてお互いがハッピーになれるような人生を送るように指導してあげることが、双極性障害の精神療法のコツであると神田橋先生は述べておられます。

以上のように、本選択肢のアプローチは適切ではないと考えられます。

ただ間違えないでほしいのは、双極性障害やうつ病者に対して「過去の話」をすること自体は悪くありません。

木村敏先生が、統合失調症は「アンテ・フェストゥム」としたように未来に目が向いているのに対して、うつ病者や双極性障害では「ポスト・フェストゥム」とされているように過去に目が向いているのが特徴です。

躁状態の人と話すときには、遠い過去の話をするとその場限りではありますが、話がまとまることが多いです。

過去の話といっても、本選択肢のような深層分析的なことではなく、学生時代の修学旅行や幼い時の景色の話などですね(兎追いしかの山~の世界)。

逆に現在や将来の話をすると、インフレのように話が膨れ上がって、まとまりがなくなり、不機嫌になることが多いです。

このように、クライエントの特徴に合わせて「過去の話」の質を変えて関わることも重要ということですね。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③ 会社の同僚に対する謝罪の文章をAと一緒に考える。

躁状態では、「頭の中が忙しく」なっているのに加えて「転導性」も増大しています。

今は電子体温計が主流ですが、昔は水銀体温計が多かったと思います。

その水銀体温計を割ったときに出てくる水銀の動きに、この「転導性」は喩えられてきました。

こぼれた水銀の粒がコロコロ動くこと、それに加えて、「動いた後に湿り気が残らない」という特徴も躁状態が水銀の動きに喩えられた所以だと考えられています。

つまり、躁状態の特徴として「後に尾を引かない」ということがあります。

それを踏まえた上で本事例を見てみると、まず「会社の同僚に対する謝罪の文章」についてAが書きたいと思っているかが疑問です。

躁状態の人が、こういうことをしたいと思うことはあまり無いのでは…というのが実践的な見地から思うことです。

実際に事例の中でもそういった描写が見られませんから、クライエントが望んでないことを「カウンセラー側の倫理観や価値感」に基づいて実行するのは不適切な行為であると言えますね。

カウンセラーが勝手に「仕事に復帰する時に、職場での尊大な態度を取ったことが気になって苦しいだろう」と考えているのかもしれませんが、事例Aがそこまで気にしているかは疑問です。

それに双極性障害の特徴として、うつ状態のときに「取り返しがつかないことをした」と悔やみ、躁状態では「何とか取り返し、埋め合わせ、つぐないをつけよう」と頑張ることが挙げられます。

本選択肢のアプローチは「何とか取り返し、埋め合わせ、つぐないをつけよう」という特徴に拍車をかけることになり、かえって躁状態がひどくなるような印象を受けます。

もちろん、クライエントによっては「付き合ってくれる」ことも少なくないのですが、やはりその病理の特徴を踏まえたアプローチが重要です。

本選択肢のやり方は、もしかしたらうつ病者にはすんなりと入る可能性はあっても(入るからやっていいというわけではないけど)、双極性障害には難しいというのが個人的な感覚です。

このように、本選択肢のやり方は、一般感覚では間違っていないように見える「礼節」ではありますが、それが目の前のクライエントに合うか否かは、その病理の特徴を掴んだ上で考えていくことが大切です。

そういう意味では、心理支援を行う時には自らの価値観や倫理観を「棚上げ」しておくことが大切です。

自分にとって大切だと思うことでも、目の前のクライエントにとってはどうでもよいということも、ままあることですね。

特に本事例では、クライエントがそれを望んでいる様子がないわけですから、わざわざカウンセラー側からそれを提案するのは行き過ぎた行為だと思われます。

行うのであれば、職場復帰が近づいて「A自身が職場の同僚との関係を気にしている」という状況において、「職場の健康管理スタッフ」などと考えていくことなのではないかと思います(個人的にはAさんは気にしないかなと思いますが)。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④ 毎日の行動記録を表に付けさせるなどして、生活リズムの安定を図る。

双極性障害が遺伝か否かはさまざまな見解がありますが、もともと気分屋で興味本位にふわふわと色々なことをするような特徴を有していることが多いです。

波はもともと有しており、それがある狭いところに閉じ込められると波が大きくなって、生活に支障を来たすと診断が付くということが多いです。

双極性障害にとって大切なのは、自らのこういう特徴について自覚的になり、それをコントロールするようになることです。

躁状態を「ご機嫌な状態」と考えている人は専門家では居ないでしょうが、彼らは何かに突き動かされている感じを持っていて底の底には不快感があります。

この「何かに突き動かされている感じ」は、あらゆる人にとって不快なことですから、これをコントロールできるようになることは精神健康上大切なことです。

双極性障害では、日中の生活リズムの乱れと共に気分の変動が起こっていることも多いので、それを「行動記録表」に記入してみると、自分の症状を客観的に捉えやすくなります。

自分の気分の変動の要因、例えば、季節的なものや状況的なもの、睡眠との関係などがわかることで、「そろそろ気分の変動が起こりそうだから、その前に受診しました」のように自分の健康状態をコントロールし適切な対応を取ることができるようになるとかなり良くなったと言えますね。

こうしたモニタリングの中で、大きく言えば自分に合う生き方(神田橋先生いわく「気分屋的に生きて、人の役に立って喜んでもらうような生き方」)を見つけ出してもらうと改善しやすくなると考えられます。

少し硬い言い方をすれば、心理教育ではまず、病気の性質や薬の作用と副作用を理解し、再発のしるしは何なのかを自分自身で把握することを目指すということです。

再発をほうっておくと自分でも病気の自覚がなくなり、病院に来ることができなくなってしまいますが、初期に治療を開始すれば、ひどい再発にならなくてすむからです。

そのため、再発した時に、最初に出る症状(初期徴候)を確認し、本人と家族で共有することが大事で、再発のきっかけになりやすいストレスを事前に予測し、それに対する対処法などを学ぶことも有効ということですね。

以上より、行動記録を取ることは、上記のような「自分の病気を知る」「自分を知る」という上で大切なアプローチと言えるでしょう。

よって、選択肢④が適切と判断できます。

⑤ Aの同意を得て、復職の時期について職場の健康管理スタッフと協議する。

こちらの選択肢はいくつかの視点で問題がありますね。

まずAの状態ですが、症状は改善しつつあるものの「依然として口数は多く、睡眠は不安定である」とあります。

まだ躁状態が維持されており、職場復帰ができる状態と判断するには時期が早いように思えます。

Aが職場復帰したいと考えていることと(事例の印象では、職場復帰したいというよりも焦っているという感じですが)、医療的に退院させることができるかどうかの判断は別個に行うことが大切です(もちろん、考慮しないわけではありませんが)。

ただ、重要なのは「Aが職場復帰できるかどうかを判断するのは公認心理師ではない」ということです。

「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」によると、メンタルヘルス不調により休業した労働者が円滑に職場復帰し、就業を継続できるようにするため、衛生委員会等において調査審議し、職場復帰支援プログラムを策定するとともに、その実施に関する体制整備やプログラムの組織的かつ継続的な実施により、労働者に対する支援を実施することになります。

この際、労働者の個人情報の保護に十分留意しながら、事業場内産業保健スタッフ等を中心に労働者、管理監督者がお互いに十分な理解と協力を行うとともに、労働者の主治医との連携を図りつつ取り組むことになります。

このように本事例の状況では、職場の健康管理スタッフと連携を取るのは、Aの主治医となりますから、「Aが同意している」こととは関係なく本選択肢の対応は公認心理師が行うべきことではありません。

以上より、Aの状態や職場復帰のルールという観点から、本選択肢の対応には問題があると考えられます。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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