公認心理師 2020-140

本問は物忘れを主訴として受診した患者の症状を同定する問題です。

それほど難しくはありませんが、正答以外の選択肢もきっちり答えられるようにしておきましょう。

問140 75歳の男性A。Aの物忘れを心配した妻の勧めで、Aは医療機関を受診し、公認心理師B がインテーク面接を担当した。Bから「今日は何日ですか」と聞かれると、「この年になったら日にちなんか気にしないからね」とAは答えた。さらに、Bから「物忘れはしますか」と聞かれる
と、「多少しますが、別に困っていません。メモをしますから大丈夫です」とAは答えた。
 Aに認められる症状として、最も適切なものを1つ選べ。
① 抑うつ状態
② 取り繕い反応
③ 半側空間無視
④ 振り返り徴候
⑤ ものとられ妄想

解答のポイント

物忘れが多いなどの反応を示す患者に見られやすい反応を把握している。

選択肢の解説

① 抑うつ状態

うつに関しては、「うつ」「抑うつ」「うつ状態」「うつ病」など、その時々であいまいな使われ方をしていることが多いですね。

ここでは、まずその意味についてまとめておきましょう。

大まかにうつの使われ方は以下の3通りになります。

  1. 感情の一様体として:すなわち、うつ気分として。
  2. 一精神症候群として:すなわち、うつ状態として。うつ症候群とも呼ばれるが、日本ではうつ状態という表現が好んで使われる。
  3. 精神障害に一つとして:すなわち、うつ病として。

本来は、これら3者がいずれもその時々できちんと考えて使われることが大切ですし、専門家であればこの辺の言葉のニュアンスの違いを理解しておくことが求められます(例えば、うつ気分とうつ病は大きく違うはずなので、この辺をきちんと弁別できてないとダメ)。

うつ気分はいわゆる正常心理の中でも見られるし、病的にも現れます(そういう意味では不安と同じ)。

これに対してうつ状態は、感情面のうつ(うつ気分)と同時に、思考や意欲の面でも機能低下がみられる状態を指します。

いわゆる正常なうつ気分では感情面だけのうつが大部分を占め、生活上の困難などは生じないのが普通ですが、思考や意欲面にも強い低下が起こるうつ状態では日常生活に支障が生じます。

うつ気分とうつ状態の「感情面」に関しては似通っていますが、感情以外の「思考」と「意欲」における主観症状(自己表現)と客観症状(行為面の変化)について、正確に把握することが重要になります。

一方、うつ病の定義はなかなかの混乱が見られ、一義的に示すことは困難です。

反復性にうつ状態になる場合は内因性のうつ病(双極性障害も)と考えますが、そもそもうつ病のエピソードが内因性か反応性か決められないことも多いです。

さて、本問で示されている年齢のうつ状態では、不安や焦燥が強いこと、抑うつ思考が妄想にまで発展しやすいことなどが特徴として指摘されています。

うつ気分や思考内容のうつは強いですが、制止は弱い傾向にあります。

高齢者のうつ状態は認知障害(認知症など)の有無にかかわらず起こります。

ですから、認知症のある人にうつ状態が見られたからと言って、すぐに脳の問題と絡めるのは性急に過ぎます。

認知症の中では、アルツハイマー型がうつ状態が起こりやすいと古くから知られており、その意味で物忘れが多い本事例においてもその可能性を考えねばなりません。

しかし、本事例の言動を見る限り、うつ状態を示すようなものは見られませんから、現時点では抑うつ状態の存在は否定(もしくは保留)されます。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② 取り繕い反応
④ 振り返り徴候
⑤ ものとられ妄想

ここで挙げた選択肢は、アルツハイマー型認知症で見られることが多い反応であるため、まとめて解説していきます。

まず、誰かに財布や通帳など、自分にとって大切な品物を盗まれたという「ものとられ妄想」は、アルツハイマー型認知症の病初期に現れ、記憶障害と関連した出現頻度の高い行動・心理症状(BPSD)です。

自覚的にも次第に管理ができなくなりつつあると感じられる自分の生活領域において、誰かが侵入して大切なものをもってゆくという侵入妄想はしばしば認められるものですね。

アルツハイマー型認知症では、収納した場所を覚えていないという近似記憶の障害が基になって妄想的な解釈が行われ、ものとられ妄想の形を取ることもしばしばです。

アルツハイマー型認知症で見られやすい妄想としては、被害妄想(とくにものとられ妄想)や見捨てられ妄想、それに嫉妬妄想などが挙げられます。

本事例においては、物を盗られることに言及した表現は見られませんから、この存在は現時点では否定されますね。

また、苦手な記憶能力に関する質問に「最近は目が悪くなって新聞も読んでいないから」などと、とっさに言い訳する等物忘れの存在を否認する「取り繕い反応」が見られることが多いです。

記憶障害が前景に立ちやすいアルツハイマー型認知症でよくみられる反応であり、上手に相手に話をあわせて忘れてしまったことを憶えているかのように振る舞う態度のことを指します。

本事例では「この年になったら日にちなんか気にしないからね」「多少しますが、別に困っていません。メモをしますから大丈夫です」などのように、物忘れの存在を否定したり軽く見せるような表現が見られますから、これは「取り繕い反応」に該当します。

さらに、診察室などでは、主治医からの質問に困って、家族の方を振り向いて尋ねる「振り返り反応」もしばしば現れます。

こうした反応は子どもの診察でも見られ、その背景には親への強めの依存とそれを発生させる家族間力動の存在を想定していくことになります。

アルツハイマー型認知症の場合、物忘れなど自らの力の衰えによって生体に刻まれていた「誰かを頼る」というパターンが活性化され「振り返り反応」が生じると考えられますが、こういう視点で言えば子どもとアルツハイマー型認知症者の「振り返り反応」の根っこは似ていると言えます。

もちろん、子どもの場合、自立を阻む形にならないかが支援において重要ですし、アルツハイマー型認知症の場合は誰かに全面的に頼ることで必要以上にできることを狭める懸念がありますね。

本事例では、家族の方を振り向くなどの反応の記述はありませんから、「振り返り反応」に関しては現時点では否定されます。

以上より、本事例で示されているのは「取り繕い反応」であると考えるのが妥当です。

よって、選択肢④および選択肢⑤は不適切と判断でき、選択肢②が適切と判断できます。

③ 半側空間無視

半側空間無視は視空間失認の一つです。

視空間失認には、対象の定位や複数対象間の位置関係の認知ができない「視空間的失見当」、病巣の大脳半球と対側の空間にある刺激に反応できない「半側空間無視」、注視対象への到達運動などができない「バリント症候群」、熟知した場所で見当識を失う「道順障害(地誌的見当識障害)」などがあります。

これらは主に頭頂葉および後頭葉の損傷により生じると考えられています。

脳梗塞や脳出血が大脳半球に生じた場合に起こることが多く、急性期を除けば右半球損傷後に生じる左半側空間無視がほとんどです。

なお、半側空間無視の重症度判定には、CBS(Catherine Bergego Scale)やBIT行動性無視検査日本版があります。

本事例の場合、物忘れが主訴であるので、半側空間無視の存在を第一とは考えません(もちろん、特に左側の見落としがある場合には話が別です)。

それに、実際に本問の事例状況を踏まえても、半側空間無視の存在をにおわせる言動が見られませんね。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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