公認心理師 2020-138

事例の状況から最も優先されるべき対応を選択する問題です。

うつ病の事例で「認知行動療法」が出ると、それを選びたくなりますが、あくまでも現時点で何が優先するべきかという点に沿って判断していくことが重要になります。

問138 37歳の男性 A、会社員。Aは、大学卒業後、製造業に就職し、約10年従事したエンジニア部門から1年前に管理部門に異動となった。元来、完璧主義で、慣れない仕事への戸惑いを抱えながら仕事を始めた。しかし、8か月前から次第に仕事がたまるようになり、倦怠感が強まり、欠勤も増えた。その後、6か月前に抑うつ気分と気力の低下を主訴に精神科を受診し、うつ病と診断された。そして、抗うつ薬による薬物療法の開始と同時に休職となった。しかし、主治医による外来治療を6か月間受けたが、抑うつ症状が遷延している。院内の公認心理師に、
主治医からAの心理的支援が依頼された。
 このときのAへの対応として、最も優先されるべきものを1つ選べ。
① 散歩を勧める。
② HAM-D を行う。
③ うつ病の心理教育を行う。
④ 認知行動療法の導入を提案する。
⑤ 発症要因と症状持続要因の評価を行う。

解答のポイント

事例の状況において最も優先すべきtaskは何か理解している。

選択肢の解説

この手の問題は、以下のような視点から考えていくことが大切になります。

  1. 事例状況から、何がこの事例の中で優先的に取り組む必要がある事項か読み取る。
  2. 各選択肢の対応がどういったときに行われるものなのか、何を対象としたときに採られる対応なのかを明確に把握する(つまり、対応の目的を言語レベルで理解している)。
  3. 「1.優先的に取り組む事項」に対して最も合致する「2.対応の目的」はどれかを考える。

おそらく、多くの人は自覚・無自覚に関わらず、上記のような思考の流れで選択肢を絞っていると思います。

こうした考え方は一般的ではありますが、「より自覚的に行う」ことでその精度がよりブラッシュアップされていきますから、試験勉強ではそれを心がけましょう。

⑤ 発症要因と症状持続要因の評価を行う。

本事例では、環境の変化(慣れない仕事への異動)、病前性格(完璧主義)、発病した年齢、出現した症状を踏まえると、うつ病である可能性が高く、実際にそのように診断されていますね。

病前性格が旧来のうつ病に見られるようなものであり、環境の変化がきっかけといううつ病の典型的な状況と言えますし、こうした事例に対しては薬物療法による療養が効果的であることが多いものです。

しかし、薬物療法を行ってきたにも関わらず、それが奏功せずうつ病が遷延しているという状況ですね。

こういう状況で考えねばならないのは「見落としている要因がないか」ということです。

一般にいくつかの過程から成る複合過程があるとき、この複合過程の進行速度は、一番遅い素過程によって決まります。

大きな船団があるとき、その船団全体の速度を決めるのは「船団の中で最も速度の遅い船」であり、これは回復過程にも当てはまるということです。

この素過程は、その複合過程の「律速過程(因子)」と呼ばれます(全体の速さを律する、という意味ですね)。

改善に向かう過程が複合過程であることは言うまでもありませんが、とすれば、支援者はこの「律速過程」が何かを考え、それを念頭において支援にあたる必要があります。

「律速過程」という改善を司る一因子を置き去りにしたままの支援は、遷延化を招きます。

本事例では、一見して「うつ病の典型例」であるように思われ、だからこそ薬物療法と休息を以って改善を目指したのだと思います。

しかし、それがうまくいかなかったという結果が出た以上「別の律速過程の存在」を考える必要が出てきたということが言えますね。

実は「改善全体の速度を決める因子(=律速過程)」を見落とすことで、見当違いの要因を支援対象にしてしまい、遷延化を招くということは案外多いものです。

精神医学的問題は「本来は治りやすい病であるにも関わらず、それを妨害する要因が時には非常にたくさんあるので、結果として遷延する」という見方も実はできます。

支援者とは、こうした律速過程を正確に把握し、それに向けた最も効果的なアプローチを行う、その精度が高い専門家を指すのです。

本事例では、こうした律速過程の見落としがないかを、改めて検証していくことが求められます。

まず、典型例にありがちと思われる発症の前後の出来事やその際の本人の認知・行動などを見直し、典型例とは異なる特徴が見いだせないか考えていくことが重要です。

一般に発病過程は千差万別ですから、その付近にクライエントの個性が見え隠れするものです。

もしかしたらそういった検証によって、より心理的な要因や環境要因が大きな影響を与えていることがわかったり、クライエントの認知が外罰的であることがわかったり(典型的なうつ病は自罰的であることが多いですね)する可能性もあります。

そうなると、単なる休養や薬物療法だけではなく、カウンセリングも支援法の枠組みに入れ込んでいくことが重要になってきます。

また、主治医をはじめ、多くの人が「症状を持続させている何か」を見落としている可能性もあります。

摂食障害者がこっそりと真夜中のランニングを継続している、不登校児が罪悪感からお手伝いを続けている、などはよくあることですが、これを見落とすことで「なぜか良くならない」という事態も生じえます。

こうした、密かにクライエントの体力を奪う「ブラックホール」「陥穽(落とし穴)」は存在し、厄介なのがそれが「社会的にはプラスの場合もある」のです(上記のお手伝いはまさにその一例です。もちろんお手伝い自体が悪いのではなく、罪悪感を背景にしたお手伝いは全体としてマイナスの方が大きいということです)。

ですから、こうした隠れた因子を見つけるときには「社会通念はいったん棚上げする」ことにして、(100%は不可能でも)先入観のない見方をしていくことが重要です。

このような姿勢で臨み、どんなに些末的であれ、一見迂遠なものであれ、回復の足を引っ張る因子、発病へののめりこみを促す因子が見つかれば、そして、それが支援者が左右できる要因であれば、これは儲けものです。

「良いかもしれなくて有害ではないもの」あるいは「ほぼ取り返しがつく程度に有害である方法」はなんでも試してみる価値があります。

遷延している理由として「最初の段階の見落とし(発病の要因)」や「症状を持続させている要因」の検証をするのは、ごく自然なことです。

これを省いて行う支援は、「なぜ遷延するかがわからないまま行う」ということですから、当てずっぽうの支援になりますし、万が一それが一旦は功を奏したとしても、改善が上げ止まったときに結局はまた立ち往生・足踏みということになってしまいます。

ですから、こうした検証を行った上で、次のアプローチを考えていくというのが正しい手順であることがわかりますね。

よって、選択肢⑤が適切と判断できます。

① 散歩を勧める。

まず、うつ病者に散歩を勧めるのはどういうときかを考えていきましょう。

うつ病への運動療法は、生活習慣を整える、じっとしていると生じる罪悪感の軽減、などの効果を狙えますし、いくつかの研究においてその効果が証明されています。

もちろん、うつ状態がひどいときには散歩もできない状態でしょうから、それを勧めること自体が有害であることもあり、注意が必要です。

本事例では「抑うつ気分と気力の低下を主訴」とされており、しかもそれが改善せず遷延しているという状況ですね。

より明確なうつ症状に関する記述はありませんから、それ以上のことはわかりませんが、遷延している以上、抑うつ気分と気力の低下は継続的に存しているとみるのが当然です。

となると、この状態のクライエントに対して、果たして散歩が可能か否かは不透明であると言わざるを得ません。

特に本事例のように「元来、完璧主義」だと、無理をしてでも散歩の助言を実行しようとして、逆に疲弊してしまうという懸念もあります。

また、散歩に限らずですが、こうした明確な助言を行うのであれば、それが奏功するという判断の根拠を伝達可能な状態で自身の内に保持しておくことが求められます。

他選択肢にも共通することですが、事例で示された状況においてテーマになっているのは「なぜ支援を行ったにもかかわらず、うつ病が遷延しているのか」ということです。

本選択肢のような具体的な助言は、「うつ病が遷延している因子が、散歩という助言によってクリアできる」という見通しがあってこそ行われるべきものです(例えば、生活習慣の大きな乱れがあって、散歩の時間を定めることでその点を修正しよう、などの意図がある場合。私はそういうやり方はしませんが、可能性として)。

選択肢⑤でも述べたように、まずはその点の検証が本事例で真っ先に取り組まれるべき事項であると考えられます。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② HAM-D を行う。

HAM-Dとは、ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale:HDRS)が正式名称となります。

検査項目の特徴として、睡眠の評価に重点が置かれており、睡眠状態が改善すれば高評価になりやすいという特徴があります(ちなみにHAM-Dには17項目版と21項目版があります)。

HAM-Dは自己評価式の心理検査ではなく、うつ病の症状に特徴的な項目について専門家が項目ごとに評価をしていく心理検査です。

それぞれの項目で最もクライエントに近いと思われる点数をチェックし、合計点からうつ症状の程度を割り出します。

HAM-Dは単に重症度を評価するだけでなく、うつ病からの回復の度合いを知るためにも広く用いられる検査になります。

HAM-Dの総得点から重症度を評価するとき、いくつかの提案があり17項目版においては、「23点以上」は最重症、「19~22点」は重症、「14~18点」は中等症、「8~13点」は軽症うつ病とされ、「7点以下」を正常範囲とします。

また、21項目版では「20点以上」を重度、「11~19点」を中等度、「5~10点」を軽度とする報告もあります。

この総合的な重症度評価における境界点は、必ずしも未だ確立されておらず、同じ21項目版で「25点以上」「17~24点」「16点以下」に分ける考え方もあります。

このように、HAM-Dは抑うつ状態やその重症度を査定したり、回復具合を知るために有用な検査です。

しかし、それが本事例のクライエントに優先的に行うべき対応であるかは疑問ですね。

なぜなら、本事例のクライエントはうつ病の診断を受けていて、現時点で知りたいのはその重症度や回復具合ではありません(回復はしていないので、公認心理師に依頼があったわけで)。

もちろん、当初の重症度を見誤っていたという可能性もありますが、それよりも「抗うつ薬による薬物療法の開始と同時に休職となった」「主治医による外来治療を6か月間受けたが、抑うつ症状が遷延している」という「見立てに沿って適切な支援を行っているのに変わっていない」という事態の方が本事例においては重要案件であると言えます。

重症度を見誤っていたとしても、上記のような対応で「変化がない」ということはないでしょうから、むしろクライエントへの見立てや回復阻害要因の見落としを検討すべき事態と言えます。

以上より、選択肢②は不適切と判断できます。

③ うつ病の心理教育を行う。

心理教育の意義とは何かを理解しておく必要があります。

心理教育では、クライエントが抱える諸問題の仕組みを当人が理解し、困難への対処法の習得を通して、主体的に改善を目指す能力を獲得することです。

そもそも心理支援において重要なことの一つは、クライエントが「主体的に自らの問題に関わろうとすること」です。

動機づけが高いという表現をすることもありますが、大切なのは支援者として動機づけを高める努力をすることでもあります。

クライエントに限らず「自分がわけのわからないものに操作されている感じ」は自己有能感・自己効力感を下げますし、やる気(動機づけ)も出ません。

ですから、その仕組みを説明し、クライエントが自らの手のひらの上で転がせるように支援していくことが大切なわけです。

それにこうした心理教育で「クライエントの問題の仕組みを伝える」ことによって、外在化のアプローチにもなりますから、その後の支援でカウンセラーとクライエントの間に「クライエントの問題」を置いて話し合うという雰囲気が作りやすくなります。

さて、このように見ていくと、心理教育を実施する場合、クライエントが自らの問題への理解に乏しいとき、症状等に振り回されているように見えるとき(統制感を失って意欲が出ないとき)、主体的に症状に関わろうとしていないとき、などが良い機会であると思います(もちろん、心理教育自体は行ってもマイナスが少ないアプローチなので、他の状態のクライエントにも適用可です)。

ですが、本事例では「適切と思われる支援をしているのに良くならない」ことが、現在のテーマのはずです。

優先すべきは「支援者として見落としている因子がないか」を考えることであって、それがわかっていない状況で他のアプローチを行うということは、目標が見えていない状況で鉄砲を撃つようなもので、当たってもまぐれ当たりで、その後の対応で結局苦慮するだろうことは他選択肢でも述べましたね。

それに、この状況で心理教育を優先的に行うと「クライエントの疾患への無理解」が遷延要因だと考えているようで、何やら気持ち悪い感じが残ります。

支援者として、まずは「遷延要因の同定」から入り、その結果で「クライエントの疾患への無理解に伴う日常生活」が遷延要因となっていると判断されたなら(他選択肢で述べた「ブラックホール」「陥穽」が見つかったらということ)、本選択肢の心理教育は優先的に行われることになるでしょう。

というわけで、本事例の状況で真っ先に心理教育から入るのは「手順違い」であることがわかりますね。

以上より、選択肢③は不適切と判断できます。

④ 認知行動療法の導入を提案する。

認知行動療法はさまざまな疾患への有効性が確認されており、特にうつ病への支援法としては高いエビデンスを誇るアプローチと言えます。

ですが、「主治医による支援」が奏功しなかった理由の検証なしに、別の支援を行ってうまくいったとしても、それは「まぐれ当たり」にすぎませんし、「主治医の支援がうまくいかなかった要因」がその後の展開に影響を及ぼす可能性も十分に考えられますよね(この点は他の選択肢でもしつこいくらいに述べていますが)。

特に認知行動療法は、多様な技法を抱える学派でもあります。

その多様な技法の中で「どの技法が有効だと言えるのか」について、それこそ明確な論理を以って説明できることが認知行動療法の本分とも言えると思います。

ここからが少し考えどころなのですが、認知行動療法の技術の中には、クライエントの症状や病態が遷延する要因を見立てる技術も含まれています。

このように考えると、本選択肢の「認知行動療法の導入を提案する」という表現には、「うつ病が遷延している因子の見立ても含んでいる」と捉えることもできなくはありませんし、そういう意図をもって本選択肢を選んだ人もいるのではないでしょうか。

そういう意味では、本選択肢は「不適切」とは言えないと思いますが、選択肢⑤によりクリアな「発症要因と症状持続要因の評価を行う」という具体的方策がある以上、こちらを超えるほどの適切さを持つとは言えません。

よって、選択肢④は最も適切とは言えないと判断できます。

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