公認心理師 2018追加-154

6歳の男児Aの事例です。

事例の内容は以下の通りです。

  • 4歳のときに母親は継父と再婚し、その後、継父は母親とAに暴力を振るうようになった。
  • 5歳のときに、Aは継父からの暴力により腕と足首を骨折した。
  • 母親がAを病院に連れて行き、病院からの虐待通告後、継父は逮捕された。
  • Aと母親は転居し、Aは保育所に通い始めた。
  • Aは意欲が乏しく内気に見えるが、時折、別人のようになって他児に暴力を振るう。
  • 昼寝の時間は全く眠れず、家でも夜は何度も目を覚ます。
  • 乳幼児健康診査では何の問題も指摘されていなかった。

A に考えられる心理的問題として、適切なものを2つ選ぶ問題です。

この問題、意外と間違った方も多いのではないでしょうか。
そして間違った方の多くが「養育者との愛着形成の阻害」を選んでしまったのではないかと思います。

本問では「Aは意欲が乏しく内気に見えるが、時折、別人のようになって他児に暴力を振るう」と「昼寝の時間は全く眠れず、家でも夜は何度も目を覚ます」という記述が、どういった心理的問題を指しているのかをきちんと理解しておくことが重要ですね。

解答のポイント

事例の状況から心理的問題を「推定」するのではなく、明示されている事例の言動から「蓋然性が高いもの」を選ぶことができる。

選択肢の解説

『①心的外傷後ストレス障害』

問題文の中で注目すべきは「昼寝の時間は全く眠れず、家でも夜は何度も目を覚ます」という点です。
こちらはDSM-5で言う「覚醒度と反応性の著しい変化」の(6)睡眠障害に該当します

またA自身が暴力を受けていること(身体的虐待)、そして母親が暴力を振るわれているところを見ていること(心理的虐待)などからも、PTSDの要件である「出来事」についても満たしていると捉えてよいでしょう

以上より、選択肢①は適切と判断できます。

『②養育者との愛着形成の阻害』

Aの受けてきた仕打ちを考えると、愛着形成の阻害は大いにありそうです。
しかし、あくまでも問題文の内容から考えられるものを選択することが試験においては重要です。

愛着障害であれば「大人の養育者に対する抑制され情動的に引きこもった行動の一貫した様式」「持続的な対人交流と情動の障害」などが示される必要があります。
しかし本問で示されているのは「愛着障害になりそうな過去の事実の記述」のみであり、上記のような愛着障害を判断するために求められる症状行動については示されておりません

いくら状況が愛着障害が疑われるものであっても、実際の症状行動として現れてなければ、単なる状況からの当てはめ、推察、当てずっぽうの域を出ません
それは見立てを行う上で適切な捉え方とは言えないでしょう。

以上より、選択肢②は適切と判断するにはやや無理があると思われます。

『③支配的で暴力的なモデルの取り入れ』

こちらの選択肢は精神分析で言う「攻撃者への同一化」という防衛機制のことを指しています(取り入れ=同一化ですね)。
攻撃される側の立場に同一化すると、責められて苦しいので、攻撃する方の立場に同一化するという防衛機制になります

まずは順を追って説明していきましょう。
上記にある「同一化」は防衛機制の一つです。
単純な言い方をすれば「あやかる」ということですね。

誰かと自分を「同一化」(あやかろうと)するということは、自らに劣るところがあるのを認めるからです。
それは一種の渇きであり羨望でもあり、言い換えれば、同一化の裏には常にアンビバレンスな感情が潜んでいます。
「好きだけど愛せない」「嫌いだけど尊敬はしている」というのはまさに「同一化」から成る対人関係を意味しています。

「攻撃者への同一化」について詳細に、わかりやすく説明しているのが、田中茂樹先生の「子どもを信じること」です(カテゴリーとしては育児に関する本ですが、子どもと関わる支援者、これから親になる人、親である人など、すべての子どもと関わる可能性がある人に読んでほしいと思う本です)。
この本に記載されている説明以上にわかりやすいものはないと思うので、重要と思える箇所を抜き出して説明していきます(以下、引用です)。

【例】ドーナツを落とした子どもと叱った母親。パン屋さんでの出来事。四、五歳ぐらいの男の子が母親に連れられてパン屋に入ってきた。母親がパンを選んでいる間、男の子はうろうろしていたが、手を伸ばしてドーナツを一つ取ろうとした。しかしドーナツの山が崩れて数個が床に落ちてしまった。レジにいた母親と店主が同時にそれに気がついた。その瞬間に母親は「触るなって言ったやろ!なにやってんの!コラ」と大きな声で叫んだ。子どもは固まってしまった。店主は「あ、良いですよ、良いですよ。ボク、大丈夫だった?」ととりなすように言った。最終的に、母親はドーナツの分を弁償することなく、この店を立ち去った。

子どもの管理は親がすべきなのですから、子どもがドーナツを落としてしまったら、親としては、店主に子どもの粗相を詫びるべきでしょう。子どもを叱るのはその後でも良いわけです。まずは、発生した事態の被害者に対して、加害者(子どもとその親)が謝らないといけません。
それにもかかわらず、この母親は、害を受けたのはあたかも自分であるように、子どもに対して攻撃をしかけることで、加害者の辛い立場(謝らなくてはならない上に、食べられなくなったドーナツの代金を弁償させられる立場)から逃れることに成功しています。

上記の引用が「攻撃者への同一化」の例です。
こちらは日常場面の例ですが、「攻撃者への同一化」は虐待されている子どもに多く見られる防衛機制として知られています。
よく子どもは大人のやることを真似をしますが、常に大人を好いての結果とは限らず、大人の手から受けた外傷体験を、自ら今度は誰かに受けさせるということで説明されることが多いです

また田中先生は「子どもを信じること」の中で、虐待された子どもが親をかばうような言い方をする場合も「攻撃者への同一化」が背景にあると指摘しています。
虐待という危機状態の恐怖から逃れるために、親の立場を取り入れる(攻撃者に同一化する)ことで自分を守ろうとしているということです
その結果で生じる子どもの思考として「自分が悪いから叱ってくれているのだ」というものです。
こちらが虐待された人にすべからく見られる「根底に刻まれた自己否定」の仕組みなのかもしれないですね。

さて、改めて問題を見てみましょう。
「Aは意欲が乏しく内気に見えるが、時折、別人のようになって他児に暴力を振るう」というのは、上記の説明に合致することがわかると思います。
殴ってきた継父に同一化し、他の児童を殴るという仕組みですね。

こういった防衛機制は、幼いほどに幅が狭く、単純な仕組みのものを使いがちです。
Aの年齢を考えると、ちょっとした緊張感・不快感によって容易に、しかも、使い慣れた防衛機制が無自覚に発動されると考えられます。
虐待を受けてきたAにとって「別人のようになって他児に暴力を振るう」のは、攻撃者に同一化することで心の平穏を保ってきたという痛ましい過去を感じさせる行動と言えますね。

以上より、選択肢③は適切と判断できます。

『④保育所に入所したことによる心理的ストレス』

本問で示されている「Aは意欲が乏しく内気に見えるが、時折、別人のようになって他児に暴力を振るう」「昼寝の時間は全く眠れず、家でも夜は何度も目を覚ます」を保育園に入所したことによる心理的ストレスと見なすには、かなり無理があります。

例えば、Aの問題として甘えの増大、遺尿・夜尿が頻回になる、などが示されているならば、環境変化による心理的ストレスと見なすこともあり得ます
しかし、Aの生育歴を考えたときに、暴力的になる面や過覚醒の状態については「環境変化による心理的ストレス」とは別の枠組み(選択肢①および選択肢③)で説明する方が自然であると言えるでしょう

本選択肢は、Aが示している問題の原因として捉えるにはあまりに質が違いすぎますね。
よって、選択肢④は不適切と判断できます。

『⑤注意欠如多動症/注意欠如多動性障害〈AD/HD〉』

こちらは「乳幼児健康診査では何の問題も指摘されていなかった」という記述から否定できる可能性が高いと見なせます

杉山登志郎先生が述べておられますが、虐待を受けた子どもがADHDに似た特徴を示す場合があります。
もしかしたら本選択肢は、この知識を持っている人を引っかけようとしているのかもしれないですね(虐待されていたなら、ADHDっぽくなる可能性もある!と考えて)。

生育歴から「ADHD様」の状態が示されることは可能性の一つとして考えることはできますが、現時点で起こっていること(「Aは意欲が乏しく内気に見えるが、時折、別人のようになって他児に暴力を振るう」「昼寝の時間は全く眠れず、家でも夜は何度も目を覚ます」)をADHDで説明可能かと言われればNoですね

以上より、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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