公認心理師 2020-106

本問はもともと「適切なものを1つ選べ」とされていましたが、実際には適切なものが2つあることが判明し、本番ではいずれか一方を選択していれば正答となった問題です。

ですが、学ぶ上では「2つ正答があるぞ」と言えるようにしておくことが大切ですから、しっかりと理解できるように進めていきましょう。

問106 向精神薬の薬物動態について、適切なものを2つ選べ。
① 胆汁中に排泄される。
② 主に腎臓で代謝される。
③ 代謝により活性を失う。
④ 薬物の最高血中濃度は、効果発現の指標になる。
⑤ 初回通過効果は、経静脈的投与の際に影響が大きい。

解答のポイント

向精神薬の薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄)を理解している。

選択肢の解説

① 胆汁中に排泄される。
② 主に腎臓で代謝される。
⑤ 初回通過効果は、経静脈的投与の際に影響が大きい。

向精神薬は、吸収、分布、代謝、排泄のプロセスを経る中で、標的臓器である脳に到達します。

それぞれのプロセスについての基礎知識と向精神薬の一般的な特性について理解しておくことが重要です。

なお、以下が上記の用語に関する一般的な理解になります。

  • 吸収:主に消化管内の上皮細胞の膜を通過する薬物の輸送のこと。
  • 分布:血液中および脂肪、筋肉、脳など体の様々な組織間の薬の移動、また各組織内の薬の相対的な濃度比率のこと。
  • 代謝:生体内に取り込まれた薬物が受ける化学的構造変化のこと。体の中の作用によって化学構造が変化するということ。
  • 排泄:体から薬が除去されること。化学的に変化(代謝)してから排泄されることもあれば、そのまま排泄されることもある。

薬物の多くは経口的に投与されたとき、まず胃内に一定時間とどまった後、小腸へ移行します。

胃内を通過する速度を「胃内容排出測度」といい、食事の内容、容量、粘度、温度、浸透圧、疾病、体位、精神状態などに影響されます。

小腸は消化管中で最も長く、ヒトの場合、直径約4cm、長さ約280cmであり、小腸粘膜輪状ヒダに絨毛が存在し、更にこの絨毛には微細絨毛が無数に存在し、吸収表面積を増大させることにより薬物の吸収率向上に関与しています(よって、ほとんどの経口製剤の吸収部位は小腸であると考えられています)。

多くの薬物は消化管から全身循環に移るときに集中的に代謝・排泄され、具体的には薬物代謝の行われる主な部位は小腸や肝臓で、代謝を受けた薬物の多くは尿中に排泄されます。

その他の排泄経路として、汗、胆汁、呼気などが挙げられます。

選択肢②で挙げられている腎臓に関しては、多くの向精神薬は腎臓から未変化体のまま排泄されることは少なく、ほとんどが小腸や肝臓で代謝された後に生成する代謝産物が腎臓から尿排泄、肝臓から胆汁中(胆汁から糞中)排泄されるケースがあると考えられています。

つまり、生体内に投与された薬物は、そのまま、あるいは代謝を受けた後に排泄されるわけですが、その主な排泄経路として「腎臓からの尿中排泄」と「胆汁から糞中への排泄」があるということですね。

薬物が小腸や肝臓を通過する際に代謝・胆汁中排泄を受けるため、薬物によっては体循環血に到達する量は投与量に比べてかなり少なくなります(例えば、経口投与されたmidazolam(ベンゾジアゼピン系の麻酔導入薬・鎮静薬)の43%までが小腸粘膜を通過するときに代謝されます)。

この過程は初回通過効果として知られ、経口投与後の薬物の生体利用に重要な意味を持っています。

経口投与の場合、小腸から吸収された薬物は門脈を通って肝臓を経て全身血へ移行するが、肝臓には多くの酵素が存在し、薬物によっては大半が代謝されためです(肝初回通過効果)。

また、肝臓のみでなく、小腸にも代謝酵素が存在し、ここでの代謝も無視できないことがわかってきました。

いくつかの因子が初回通過効果の強さに重要な影響を与えるとされています。

初回通過効果は非経口投与と比較して、経口投与後の普通全身循環する化合物量が減少することや、経口投与後の代謝産物が増加することによって示されます。

この過程は向精神薬の活性代謝産物の形成にとって重要であり、薬物動態学的な多様性の主な原因となります。

もう少し初回通過効果についてわかりやすく述べてみましょう。

向精神薬は投与され、その成分が血中に溶けて体を巡り、目標臓器である脳に到達し作用します。

経口投与だと、各臓器で代謝を受けることになりますから、実際に有効成分が血中に溶け、脳に到達する量は、投与時に比べて随分少なくなるということですし、結果として薬物の移行量が減少し場合によっては薬効が発現しない場合もあります。

ですので、特に投与するのが子どもの場合、身長や体重から全身の血液量なども踏まえて投与することになります(もちろん、子どもに限りませんが、子どもの場合は差が大きいので)。

こうした過程のことを「初回通過効果」と呼ぶわけですが、当然各臓器を巡る中での作用ですから経口投与の場合とくに考慮すべき事態と言えます。

選択肢⑤にある経静脈的投与だと、直接血液内に薬剤を入れることになるので、初回効果通過は受けないということになりますね(ほかにも皮膚、鼻腔、直腸下部(坐剤)などを投与経路として用いることがある)。

以上より、選択肢①の胆汁は排泄経路として適切であると判断できます。

これに対して、選択肢②の腎臓は代謝ではなく排泄で重要になり、選択肢⑤の初回通過効果は静脈投与ではなく経口投与で生じるとされていますので、これらは不適切と判断できます。

③ 代謝により活性を失う。

薬の代謝とは、体内で起こる薬の化学変化のことを言い、一部の薬は生体の作用によって化学的に変化します。

そして、薬物が代謝を受けると、薬理効果が消失するのが一般的です。

それは、代謝の結果生じる物質(代謝物)には活性がないか、またはその活性や毒性が元の薬と異なるものもあるためです。

ここで「活性」という言葉の意味も確認しておきましょう。

1つの細胞は非常にたくさんの受容体をもっていて、薬物は、その中から必要な受容体を選択して結合するように作られています。

そして、受容体と結合して神経伝達物質やホルモンと同様の作用を起こす(=細胞を活性化させる)物質をアゴニスト(作動薬・刺激薬)と呼びます。

一方、受容体と結合しても作用を現さず(活性化しない)、本来結合するはずの神経伝達物質やホルモンの働きを阻害する物質をアンタゴニスト(拮抗薬・遮断薬)といいます。

ここまでをまとめると、薬が体内に入ることによって代謝が生じ、元も薬理効果が消失してしまうために活性しなくなるということですね。

代謝は「薬物代謝」とも呼ばれ、特に医薬品の代謝に重要であり、薬の効き目や副作用の個人差、複数の薬の間の相互作用などに大きく関わる現象です。

また薬物代謝に関与する酵素には薬物などの投与により発現誘導されるものが多く、生体の有害物質に対する防御の手段として重要です。

薬物代謝に関与する代謝経路は、環境科学において重要と見られています。

ただし、薬物が代謝を受けると、薬理効果が消失するのが一般的ですが、薬物によっては薬理効果が増大した代謝物(活性代謝物)に変換される場合もあります。

プロドラッグと呼ばれる薬は不活性型として投与され、体内で代謝されると活性型に変化します。

つまり、プロドラッグは活性代謝物の薬効を期待して、ある薬物を化学的に修飾し、生体内に入って酵素的・化学的に変化を受けた後、元の薬物に戻り薬理活性を現すようにしたものを指すわけです。

プロドラッグ自身は薬理作用を有する必要は無く、薬物の不安定性、吸収性、味、においなどを改善するために用いられるものが多いです。

冒頭で述べたように、本問はもともと「適切な選択肢を1つ選べ」でしたが、公開時に「正答が2つ」と修正されました。

おそらく、本来、この選択肢③は「不適切」にするつもりで設定されたものだと考えられます。

上記の通り、プロドラッグの存在によって一概に「代謝によって活性を失う」とは言えない場合があるからです。

しかし、一般に「代謝により活性を失う」のもまた事実ですから、こちらを除外することができないと判断されたのだと思います。

以上より、選択肢③は適切と判断できます。

④ 薬物の最高血中濃度は、効果発現の指標になる。

投与した薬物の血液中の濃度のことを「血中薬物濃度」といいます。

血液中の薬物濃度は、血球中薬物濃度、血漿中薬物濃度に区分され、多くの薬物では全血液中の薬物濃度の測定は技術的に困難なため血漿中薬物濃度あるいは血清中薬物濃度を測定し、血中薬物濃度としています。

「最高血中濃度」は薬物投与後の最大血中濃度を、「最高血中濃度到達時間」は最大濃度に達するまでの時間、「血中濃度半減期」は薬物の血中濃度が半分になるまでの時間であり、これらは体内動態の指標となります。

「最高血中濃度」は、単純にとらえれば、最も効果が発現している状態であると言えます。

ですが、効果発現に関しては「最高血中濃度」はそれほど重要とは言えませんし、「最高血中濃度」だからといって一概に薬効が正しく発揮されるとも限りません。

こちらを見ればわかるように、血中濃度が高ければ効果は発現しますが、それが過ぎれば「中毒域」に達することになります(副作用が出るとか、そういうことになりやすい)。

大切なのは「どのくらいの血中濃度ならば、その薬の効果が表れるのか」という範囲を理解しておくことであり、その範囲のことを「有効血中濃度」と呼びます。

上記の「有効域」が「有効血中濃度」であり、これを知ることが薬剤の効果発現においては重要になります。

よく薬を処方されるときに「朝晩食事後」とか「夜寝る前に〇錠」などのように、飲むタイミングや量が指定されていますよね。

それはその薬を売り出す前の研究によって、そのタイミングでその容量を摂取することによって、有効血中濃度を保ちやすいためです。

上記の図がわかりやすいと思います。

薬剤によっては、この有効血中濃度が狭い場合も考えられますから、こうした用法・容量を守ることが重要になってくるわけですね。

以上より、薬物の効果発現の指標になるのは、有効血中濃度であると考えられます。

最高血中濃度は確かに効果が出やすいですが、中毒域にあれば「効果発現の指標」にはなりませんね。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

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