公認心理師 2021-11

集団に関する説明に合致する概念を選択する問題です。

今回は過去問の解説不足が悔やまれる内容でした。

問11 集団や社会の多くの成員が、自分自身は集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状況を指す概念として、最も適切なものを1つ選べ。
① 集団錯誤
② 集合的無知
③ 集団凝集性
④ 少数者の影響
⑤ 内集団バイアス

解答のポイント

社会心理学における集団に関連する心理の概念を把握している。

選択肢の解説

① 集団錯誤

集団が、成員個々の心理を超えて、固有の心性をもつことを想定するのは幻想にすぎないという見解のことを指します。

もともと、マクドゥーガルが「集団心」という個々の成員の心理とは別に集団全体に備わる特有の心性の存在を提唱しました。

集団を有機体のように見なし、固有の心性を持つ超個人的存在だと考える観点に立つ概念で、類似する概念に、時代精神、社会意識、デュルケームの集合表象、ヴントの民族心などが挙げられます。

これらは集団有機体説(要は「集団にも心がある」と考える説)と呼ばれますが、これに対して、オルポートは民族性や国民性などの集団の特性は成員個々の心の中に存在する意識であって、個人を離れては存在しないと指摘し、集団に個人の精神とは別に心性を付与することは錯誤でしかないと批判するとともに、集団も個人の行動レベルに還元できると主張しました。

こうした「心は個人のものであり、集団が心をもつと想定するのは過誤である」というのが集団錯誤であり、こうした批判を受けて集団心の考え方は衰退していきました。

これらの内容から、本問の「集団や社会の多くの成員が、自分自身は集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状況」は本選択肢の内容と合致しないことがわかります。

マクドゥーガルは、集団の中では、個人は自らの意思というよりも集団の意思で行動するようになり、個人(成員)はたとえ入れ換わっても、集団の心は受け渡され次の世代に継承されていくと論じていますから、どちらかと言えば集団心の方が近いようにも感じますね(微妙に意味合いが異なるので、こちらも合致しませんが)。

以上より、選択肢①は不適切と判断できます。

② 集合的無知

集合的無知は「多元的無知」や「多数の無知」などとも呼ばれる現象です。

この用語はもともとオルポートの造語であり、「集団や社会の成員が互いに、自分の公的行為は自分の感情や意見と一致していないと思うにもかかわらず、他の人の公的行為は、当人の感情や意見を反映したものだと推測すること」を指しています。

これは成員が互いに、各自の私的な感情や意見を知らないために起こる認知状態と言えます。

ラタネとダーレーは、緊急事態で傍観者効果が起こる理由の一つにこれを挙げていますね(こちらについては「公認心理師 2019-13」で既に解説していますね)。

また、プレンティスとミラーは、集合的無知の生起メカニズムを集団規範や集団同一視との関係で検討しています。

ラタネとダーレーは、実験(人数が違う集団による援助行動の違いを調べた)によって、援助すべき緊急事態に出くわしている人が多数いるにも関わらず介入が起こらない原因を追究して、傍観者効果の存在を明らかにしました。

一般には、傍観者の数が増えるほど、また、自分より有能と思われる他者が存在するほど、介入は抑制されます。

この現象が生起する理由として、「責任の分散:自分がしなくても誰かが行動するだろう」「集合的無知(多元的無知):周囲の人が何もしていないのだから、援助や介入に緊急性を要しないだろうという誤った判断をする」「評価懸念:行動を起こして失敗した際の、他者のネガティブな評価に対する不安から、援助行動が抑制される」などを挙げたわけですね。

以上より、これらの内容は本問の「集団や社会の多くの成員が、自分自身は集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状況」と合致することがわかります。

よって、選択肢②が適切と判断できます。

過去問の解説では、傍観者効果→集合的無知の流れで解説していたのですが、本来は「オルポートの集合的無知という概念を、ラタネらが傍観者効果を説明するために運用した」というのが正しい理解になります。

過去問解説が不十分だった箇所(集合的無知自体の解説が手薄だった)を突かれた問題でしたね(悔しい!)。

③ 集団凝集性

集団凝集性とは、集団成員をその集団に留まらせるよう働く、集団がもつ特性のことです(もっと単純に「集団としてのまとまりのよさ」と説明している書籍もありますね)。

集団の地位、成員の魅力度、活動の魅力度などによって決まるとされ、その測定においても、集団成員に他の成員の魅力度や当該集団に留まりたい程度を回答させ、それを集約して集団の凝集性とする場合が多いです。

集団凝集性は集団生産性を上昇させると考えられており、生産性と関連の深い集団活動・課題に基づく集団凝集性にのみ注目する研究もあります。

集団凝集性の高い集団の特徴としては、成員が目標に向かって互いに協力し、結果として集団の課題遂行にプラスに働くとされています。

一方で、過度に凝集性が高くなることによって、成員は結束を乱すまいと発言を控えるようになり、それが有効な問題解決を妨げることがわかっています。

例えば、全員一致のルールを採用し決定に費やした努力が大きいほど、その決定の誤りを正そうとしないことが示されております(いわゆる「コストを要した決定への固執」)。

また、集団で意思決定すると単独の場合に比べ、決定内容がよりリスクが高いものになったり(リスキーシフト)、逆により安全志向に傾く(コーシャスシフト)ことが知られています。

この傾向は集団討議を経ると、当初の意見が一層強められることを表しており、「集団極性化」と呼ばれています(こちらについては「公認心理師 2019-13」で出題がありますね)。

集団極性化については以下の3通りの説明がなされています。

  1. 集団討議では多数派の意見がより多く聞かれることになり、結局、当初の立場を互いに支持・補強しあう。
  2. 他の成因に好ましい自己像(力強く自信があるイメージとか)を提示したいがために、各人が他者と比較してあえて人よりも極端でつよい意見を表明する。
  3. 集団討議を通じて集団への同一視が生じ、各人が自らの社会的アイデンティティを維持するために、そこでの代表的意見に同調する。

いずれにしても集団で討議したとしても、必ずしも妥当で公正な結論が得られるわけではないということが窺えますね。

以上より、これらの説明は「集団や社会の多くの成員が、自分自身は集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状況」とは合致しないことがわかりますね。

よって、選択肢③は不適切と判断できます。

④ 少数者の影響

社会的影響過程の研究の中で少数派に関しては、アッシュに代表されるように、多数派の影響下にあるネガティブな面が強調されてきました(「公認心理師 2019-13」でアッシュの理論は説明済みですね)。

モスコヴィッシは、こうした従来の同調中心の研究を機能モデルと称し、研究の行き詰まりを批判、これを打開するためには集団の変化に視点を移動すべきであるとし、集団内少数派が果たす役割に肯定的かつ積極的意味付けをする発生モデルを提案しました。

逸脱者や少数派を反社会的存在としてではなく、少数派は時として権力に屈しない勇気を持った魅力的な存在として肯定的に捉えようとする視点に立つわけです。

彼のこの発生モデルは、集団内の個人全てが影響力の標的であると同時に自らも情報源になりうることを前提としています。

そして人間関係で決定的なのは葛藤の存在であり、これが人々を接近するよう働きかける動因となると考えました。

この葛藤の解決をテーマにしつつ、モスコヴィッシは社会的影響過程には以下の3つがあるとしました。

  • 妥協によって葛藤を回避する「規範化」:葛藤解決の方向を示す規範はなく、合法的多数派も逸脱少数派もない。同じ情況にある各個人が譲歩によって合意に達する。
  • 集団多数派の方向に葛藤を解決する「同調」:こちらは集団を安定させる過程となる。
  • 少数派の方向に集団合意が向かっていくような方法で葛藤を作り出し強調する「革新」:少数派は問題や事象に対して新しい意見を導入し、既存の価値を突き崩し、集団内一貫性を混乱させ明確なものを不明確なものに変えて、集団内に葛藤を創造する。その後も少数派は様々な不利益を持ちつつも妥協を拒否、多数派の譲歩を期待し自らの立場を多数派に受容させ、ついには集団に革新をもたらす。

読めばわかる通り、「革新」が少数者の影響として最も大きいものですね。

少数派が影響を発揮する要因は、自律性のある首尾一貫した少数派の行動様式であるとし、モスコヴィッシらはその実証的実験を報告しています。

少数派の影響は浸透するのに時間はかかるが、うわべだけではない真の態度変化を引き起こすとされています。

これらの内容は、本問の「集団や社会の多くの成員が、自分自身は集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状況」とは合致しないことがわかりますね(むしろ逆の内容と言えるでしょうね)。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ 内集団バイアス

まずバイアスに関する基本的理解として、これを単なる思い込みと見なしてはいけません。

脳で多くの情報を処理すると負担がかかるので、認知的バイアスを複数持つことでその処理を簡便にし、脳への負担を減らしているというのが本質だと思われます。

このように「脳の負担を減らすための処理」というのは、実は他の領域でも見られる現象です。

例えば、統合失調症の幻聴ですが、脳には「無意味な音を無意味なものとして処理するよりも、有意味なものとして処理した方が負担が少ない」という特徴があるので、無意味な音を自分の内にある認識をもとに処理することで有意味な音が聞こえる、という側面があると考えられます。

もちろん、これで幻聴のすべてを説明できるわけではありませんが、強い恐怖状態にあると何気ない音が足音や人の声に聞こえることは経験している人も多いのではないでしょうか(小さい子どもが、初めて自分の部屋で一人で寝るときに、こういう現象が生じることもある)。

また、外界の出来事について「理由がないままでいるよりも、どんな理由でもあった方が処理が楽」という特徴もあり、これは被虐待児が殴られる理由を「自分が悪いから」と帰納している現象を説明するものです。

こうした現象のため、被虐待児の根っこには「自分が悪い」という強い信念がはびこるようになり、それだけでなく他者が受けている暴力(例えば、自分の弟が同じく身体的虐待を受けるという状況)についても「殴られる方が悪い」と無自覚に処理する等の状態がありますね(なお、これは「殴られている方を批判する」という形ではなく、「攻撃者への無批判」という形で顕在化することの方が多い)。

さて、本選択肢の内容に関しては、過去問の「公認心理師 2020-87」における社会的アイデンティティ理論を説明する中で論じていますね(ただし、内集団バイアスという表現は使っていない)。

自分が所属する集団(内集団)のメンバーの方が、それ以外の集団(外集団)のメンバーに比べて人格や能力が優れていると認知し、優遇する現象を「内集団バイアス」あるいは「内集団びいき」と言います。

一般に人には自己評価高揚の動機づけがあり、自己と強く同一視する内集団が存在する状況では、集団間社会的比較に基づく内集団評価の高揚が起こるためとされています。

こうした正の社会的アイデンティティの希求という過程によって、集団間社会的比較過程が集団間の差別や内集団バイアスを引き起こし、集団間の偏見・葛藤へと至ると説明されています。

これらの内容は、本問の「集団や社会の多くの成員が、自分自身は集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他の成員のほとんどがその規範を受け入れていると信じている状況」とは合致しないことがわかりますね。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

2件のコメント

  1. 初めてコメントさせて頂きます。
    こちらのサイトを参考書の様に活用させて頂き、過去問を解いて勉強してきました。
    試験に関しての知識だけでなく、支援においての見方や気持ちの持ち方など、多くの事を学ばせて頂いています。
    先生の人への温かい眼差しにいつも感銘を受け、少しでも私も、と思っています。

    先日の第4回試験を無事受験し、今のところは合格点以上はありそうな感じです。
    しかし、この問題は分からず、間違ってしまいました。解答が集団的無知と知り、とても悔しく感じていましたが、先生の「解説が手薄だった。」との言葉に、気持ちが救われてしまいました。けして先生を非難したり不満を伝えたいわけではありません!試験結果は自分の勉強不足なだけですが、この様なことも言葉にしてくださる先生の姿勢を更に尊敬しました。

    長文失礼しました。

    今後もこのサイトを通して勉強させて頂きます。

    1. コメントありがとうございます。

      試験、お疲れさまでした。
      この問題に関しては、過去の解説が間違っていたわけではないのですが、正面を切って「集合的無知」の解説をできていなかった(オルポートが提唱したとか)のが悔やまれます。

      >けして先生を非難したり不満を伝えたいわけではありません
      もちろん承知しております。
      というか、もしもこれで文句を言ってくる人ならば「人の支援をしていくには、まだ未成熟かな」と感じますし、そもそも私もコメントを返すことはしません。
      自分のための試験の責任は、どこまでいっても自分のものですからね。

      それとは別に、解説をしている身としてはやはり悔しい思いがありますね。
      「試験作成者が、私の解説を読んで「この解説の穴を突いてやろう」と考えたんだ」と妄想的に考えて、気を引き締めて解説にあたっていこうと思います。

      今後もご活用くださいませ。
      それではまた。

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