公認心理師 2020-84

この問題はなかなか良問です。

単にその概念だけを知っていれば解けるわけではなく、その概念に対する批判やそこからの展開まで理解しておくことが求められています。

また、「実験の例として」という点が上手い出題の仕方で、その制約がなければ正解が複数になってしまいます(その意味でも深い理解が求められている)。

問84 学習の生物的制約を示した実験の例として、最も適切なものを1つ選べ。
① E. L. Thorndike が行ったネコの試行錯誤学習の実験
② H. F. Harlow が行ったアカゲザルの学習セットの実験
③ J. Garcia らが行ったラットの味覚嫌悪学習の実験
④ M. E. P. Seligman らが行ったイヌの学習性無力感の実験
⑤ W. Köhler が行ったチンパンジーの洞察学習の実験

解答のポイント

代表的な学習心理学の概念やそれを導いた実験の内容を把握している。

選択肢の解説

① E. L. Thorndike が行ったネコの試行錯誤学習の実験

まずは「試行錯誤学習」の流れについて理解しておきましょう。

どうすればよいか「わかった」という洞察によるのではなく(洞察学習はケーラーの方ですね)、出鱈目にやっていたら偶々うまく言った行動が何度か成功と失敗を繰り返すうちに定着するという過程によって成立する学習のことを「試行錯誤学習」と呼びますが、もともと試行錯誤学習について述べたのはソーンダイクが最初の提唱者ではありません。

イギリスの比較心理学者Morganは、イヌなどの日常の場面でのそのような学習過程を観察し、「偶然の成功を伴う試行錯誤学習」と呼びました。

その後、アメリカの教育心理学者であるソーンダイクがネコの問題箱の実験を行い、より客観的で厳密な形で試行錯誤学習を示したという流れです。

ソーンダイクはいろいろなサイズの問題箱にドアを開くためのいろいろな仕掛けを作り、空腹のネコ12匹を用いて問題箱からの脱出時間を何回も計測しました。

訓練初期には、ネコは問題箱に入れられると隙間から抜け出そうとしたり、内部をひっかいたり、噛みついたりするが、偶然にドアを開く仕掛けにつながっているひもを引いたりペダルを踏んだりして脱出に成功し、外にある餌を食べることができました。

これを繰り返すうちに脱出に有効な行動だけが残り、脱出に要する時間も短縮されていく過程が見いだされ、最終的には問題箱に入れられるとすぐに脱出のための行動が行われるようになったのです。

このような偶然の成功から無効な行動が排除されて課題解決に必要な行動だけが残されていく過程をソーンダイクは「試行錯誤学習」と呼びました。

そして、この試行錯誤学習が成立する過程を説明するために「効果の法則」を示しました。

「効果の法則」とは、ある状況に対してなされた反応の内で、動物に満足を伴うか、直後に満足を与えるような反応は他のものが等しければ、その状況に一層強固に結合され、この状況が再び生ずると、その反応はもっと生じやすくなるという原理です。

単純に言えば「学習が生起するためには反応が環境に対して何らかの効果をもつことが必要」という考えです。

つまり状況=反応(S-R)結合の変化が試行錯誤学習をもたらすという主張であり、今日強化と呼ばれている概念の必要性を唱え、また観念の連合に代わってS-Rの結合を考えたものであり、しばらく後の行動理論の発展に影響を与えました(特にハルの強化理論)。

なお、当時ソーンダイクは、効果の法則に罰の影響(嫌なものや不快なものをもたらすような行動は状況との結合が弱められる)も考えていましたが、その後、罰にあたる部分に関しては状況との結合が弱められるとは言えないとして彼自身によって後に除外されています。

以上のように、ソーンダイクのネコの試行錯誤学習の実験は、学習の生物的制約を示した実験とは言えないことがわかります。

よって、選択肢①は不適切と判断できます。

② H. F. Harlow が行ったアカゲザルの学習セットの実験

ハーローはアメリカの心理学者で、ウィスコンシン大学においてアカゲザルを対象にして多くの実験的研究を行ったことで有名です。

ハーローの行った実験で特に有名なのが、アカゲザルを人間の愛情形成を考えるための有効な動物モデルと考えて行った研究です(生理的な満足よりも、肌触りが心地よいものに愛着を抱き、安全基地と見なすという研究ですね)が、本選択肢の内容はそれではなく試行錯誤学習をさらに発展させた研究です。

本選択肢の実験では、ハーローが自ら考案したウィスコンシン一般テスト装置(WGTA)を用いてアカゲザルの学習実験を行い、「学習セット」という概念を提出しています。

ハーローは、形、色、大きさの異なる刺激対(2刺激1組を344組)を8党のアカゲザルに順次提示して弁別訓練を行いました。

まず予備訓練として32組の刺激対を各50試行ずつ提示し、次の200組の対は各6試行ずつ、残りの112組の対は各9施行ずつ提示しました。

結果を、最初の32対に関しては8対ずつの4ブロックに分けて、これらの弁別訓練のうち最初の6試行だけについての正反応の百分率をグラフに示しました。

そのグラフでは、訓練初期の学習曲線は緩やかな正反応の増加(緩やかな勾配)を示していますが、訓練が進行するにつれて急な勾配になっていく様子がみられ、最終的には2試行目で急激な100%近くまでの上昇を示しました。

選択肢①の試行錯誤学習は有効な反応が有意になっていく過程であり、学習曲線は徐々に正反応が増加していく緩やかな勾配を示しますが、この過程はハーローの実験では初期にしか見られません。

後期に見られるように、2試行目から100%に近い正反応率を示すということはほとんど洞察によって正反応が生じていることを見しており、このグラフ全体は、次々に新しい課題による弁別訓練を続けていくと、反応の仕方は試行錯誤から洞察へと変わっていくという過程を示していると言えます。

つまり、この実験では、アカゲザルは課題を呈示されても最初は解き方が分からず、徐々にしか正答率が上がりませんでしたが(これが試行錯誤)、同じような問題に取り組んでいくうちにどうすれば正答できるかが分かるようになってきたということですね(ここが洞察)。

これは何度も取り組んでいくうちに課題のしくみ、狙いが分かってきて学び方を学んだと言え、すなわち、被験体が「学習の仕方を学習」していく過程であり、「学習の構え(学習セット)」が形成される過程であるとハーローは示しました。

以上より、ハーローの学習セットの実験は、学習の生物的制約を示したものではないことがわかりますね。

よって、選択肢②は不適切と判断できます。

③ J. Garcia らが行ったラットの味覚嫌悪学習の実験

味覚嫌悪学習は20世紀半ばにガルシアが発見したことにちなんで「ガルシア効果」とも呼ばれ、特定の食べ物の接種後に内臓不快感を経験すると、その食べ物の味覚刺激への嫌悪反応が学習されることを指します。

要は、ある食べ物を摂取した後に体調が悪くなると、その食べ物の味を長く記憶にとどめ、以後同じ食べ物が提示されても、その味を手掛かりとしてその食べ物を嫌悪するようになる、あの現象のことです(牡蠣とかで経験している人が多いかもしれませんね。うちの妻は一度あたったのに再度チャレンジしていたので味覚嫌悪学習は生じなかったようです)。

この学習は味覚情報と内臓感覚情報の脳内連合学習の結果生じるということを、ガルシアらが動物行動実験により明らかにしたわけですね。

内臓不快感を喚起する手続きとして、動物実験では塩化リチウムの腹腔内投与などが用いられますが、ヒトでは車酔いやがんの化学療法の袱紗王による内臓不快感によっても生じます。

味覚刺激と内臓不快感は結び付きやすいのですが、電気ショックのような外部からの嫌悪刺激とは結び付きにくく、内臓不快感は光や音といった刺激とは結び付きにくいといった連合の準備性があります。

この学習は、未経験の味を有する溶液(条件刺激)を摂取させた後で、胃腸障害を引き起こすなどの不快感を招く薬物(無条件刺激)を注射すると、動物は条件刺激と無条件刺激の結びつきを学習し、次に条件刺激を与えてもその味を手掛かりとして接種を拒否します。

条件刺激は無条件刺激に先行する必要があり、この学習は古典的条件づけ学習に相当すると見なされ「条件づけ味覚嫌悪」「味覚嫌悪学習」などと表現されました。

上述の通り、この学習は古典的条件づけによる学習と見なされていたのですが、味覚嫌悪学習はが「味覚刺激と内臓不快感の対提示が1回でも十分な学習が成立する」ことと、「味覚刺激と内臓不快感の感覚が数時間に及んでも学習が可能」であるという点で、従来の条件づけの規則に沿っていないことが指摘されました。

特に後者については、条件づけにおける「接近の原理(アリストテレスの「連合による学習の第一法則」の一つで、同じ時点あるいは同じ場所で起きた二つの経験は接近連合する傾向がある、という考え。条件づけでは条件刺激と無条件刺激が接近しているほど学習が生じやすく、離れているほど学習が生じにくいことが明らかにされている)」に矛盾することから問題となり、学習の法則に「生物学的制約」を考慮すべきであるという考え方の一つの端緒となりました。

先ほど「味覚刺激と内臓不快感は結び付きやすいのですが、電気ショックのような外部からの嫌悪刺激とは結び付きにくく、内臓不快感は光や音といった刺激とは結び付きにくい」と述べましたが、実はこの検証過程でGarcia&koellingは「生物学的制約」を示したのです。

ガルシア&ケーリングは、味、光+音、外部刺激といったいくつかの刺激との連合を試みたわけですが、その結果、「味>光+音>外部刺激」という連合の生じやすさに違いがあることがわかったのです。

このような連合の選択性が存在するのかについて、生物学的および進化論的な制約を受けるという説明がなされ、生体が学習するうえで何を必要としているかは進化の過程によって違いがあり、動物は特定の事柄を特定の方法で学習するため「事前にプログラム化」されているという動物生態学の主眼点と一致する結果が得られたわけです。

通常ラットは自然の中で食物を選ぶのに味覚に頼りますから、味と吐き気の間の連合は促進されるが、音や光と吐き気は促進されにくいのが自然です。

また、自然環境では寒さや外傷の様な外的要因に由来する痛みの多くは外的刺激によって生じていますから、音や光と電撃の間の連合は促進されるが、味と電撃の間では連合の促進がされにくいとも言えそうです。

また、動物種が異なれば、連合されやすい刺激が異なることも示されており(鳥は音や光の方が連合されやすい)、これらの実験結果から「生物学的制約を受ける」という考えは成立している。

こうした「人間や動物の行動に現れる強力な生物学的要因」の発見により、古典的条件づけにおいて刺激による連合することが出来るかどうかは、生物学的および進化論的な制約を受けることが明らかとなったということです。

以上より、ガルシアの味覚嫌悪学習は、学習の生物学的制約を示した実験の例と言えますね。

よって、選択肢③が適切と判断できます。

④ M. E. P. Seligman らが行ったイヌの学習性無力感の実験

Seligmanは、アメリカの心理学者で、ペンシルベニア大学教授です(でした)。

いかなる能動的行動もいっさい嫌悪刺激の回避に役立たないという経験を通して無気力が学習されること(学習性無力感)をイヌを用いた実験から明らかにしたことで有名です。

実験は1967年にセリグマンとマイヤーが犬を用いて行いました。

予告信号のあとに床から電気ショックを犬に与えるというもので、犬のいる部屋は壁で仕切られており、予告信号の後、壁を飛び越せば電気ショックを回避できるようにしました。

実験では「電気ショックを回避できない状況を経験した犬」と「足でパネルを押すことで電気ショックを終了させられる状況を経験した犬」の二つの集団を用意しました(実験ではその二つの集団に加え、なにもしていない犬の集団で行われた)。

実験の結果、電気ショックを回避できない犬は、その他の集団に比べ回避に失敗しました。

具体的にはその他の集団が平均回避失敗数が実験10回中約2回であるのに対し、「電気ショックを回避できない群の犬」は平均回避失敗数が実験10回中約7回でした。

これは犬が前段階において、電気ショックと自分の行動が無関係であると学習・認知した為に、実験で回避できる状況となった場合でも何もしなくなってしまったと考えられます。

こうした現象を指して、セリグマンらは「学習性無力感」と呼びました。

なお、こうした学習性無力感が、人に現われる症状としては以下の通りです。

長期に渡り、人が監禁されたり、暴力を振るわれたり、自分の尊厳や価値がふみにじられるような場面に置かれた場合、次のような徴候が現れます。

  1. 被験者は、その圧倒的に不愉快なストレスが加えられる状況から、自ら積極的にその状況から抜け出そうとする努力をしなくなる。
  2. 実際のところ、すこしばかりの努力をすれば、その状況から抜け出すのに成功する可能性があったとしても、努力すれば成功するかもしれないという事すら考えられなくなる。
  3. ストレスが加えられる状況、又ストレッサーに対して何も出来ない、何も功を奏しない、苦痛、ストレス、ストレッサーから逃れられないという状況の中で、情緒的に混乱をきたす。

人の行動は、良かれ悪しかれ何らかの学習の成果として現れてくるものである、という学習理論を土台としたのが学習性無力感という理論です。

このように、学習性無力感は、拉致監禁の被害者や、長期の家庭内虐待の被害者などの、行動の心理的根拠を説明する理論として注目されています。

なお、セリグマンは、ヒトの恐怖症において、対象となりやすいものとなりにくいものがあることを例に挙げ、刺激の連合のしやすさは、それぞれの種において生得的に決定されているとする学習に対する準備性の考えを提唱しています。

ガルシア効果をはじめ、学習現象の生起・不生起は普遍的ではなく、動物種、刺激の特徴、反応の種類によって制約(時には促進)されるという学習の生物学的制約を「準備性」という言葉で表現したわけです(この概念自体は大雑把であり循環論になってしまうというBollesらの批判もあります)。

このように、セリグマンも本問の「学習の生物的制約」と無関係ではありませんが、セリグマンが行ったイヌの学習性無力感の実験自体は「学習の生物的制約」を示すものではありません。

よって、選択肢④は不適切と判断できます。

⑤ W. Köhler が行ったチンパンジーの洞察学習の実験

ケーラーは課題場面のチンパンジーが、その解決に至るのに試行錯誤の過程を経ずに、それまでの行動とは不連続に解決行動に至ることを見出しました。

問題の解決を学習における学習完成基準への到達と考えると、試行錯誤的方法では、試行数の増大に伴い、効果の法則によって徐々に行動の幅が狭まり、同時に成功確率が高くなるという漸増曲線を描きます。

一方、ケーラーがチンパンジーを用いて行った実験では、被験体は無為な試行錯誤を繰り返すよりも、過去経験やその場の様々な状況を統合して、あたかもあらかじめ解決の見通しを立てたかのような行動をとりました。

これは、問題の初期状況において把握された構造が、一定の目的に沿って再構造化・再体制化された結果だと見なされました。

こうした問題状況の中心転換が洞察を構成する最も重要なメカニズムであり、結果的にここで生じる学習曲線は悉無的な不連続曲線となります。

ケーラーの行った実験で有名な状況は、天井からつるされたバナナを取るという課題であり、チンパンジーは箱を押す、箱の上に乗るなどの、それぞれは過去に経験したことはあるものの、単独では解決に至ることができない行動レパートリーを組み合わせることで、天井からつるされたバナナを取ることができました。

こうした行動が、行動主体において問題状況の捉え方が再構造化された結果、突然生じたものと解釈されたわけです(つまり洞察が生じたとされた)。

Wallasによると洞察が生じるプロセスは、①準備、②あたため、③ひらめき、④検証の4つの段階から成ると考えられています。

ウォーラスの説では、洞察が「どのような順序で生じるか」が記述されたのに対して、その後の情報処理アプローチでは「どのようなメカニズムで生じたのか」を説明することが目指されています。

これまでの研究により、洞察が伴う問題解決時には、初期の行き詰まりがみられること、その後、解が突然ひらめいたかのように経験されるといった特徴があること指摘されてきています。

また、多くの場合には、解の発見時に「わかった!」という強い感情状態(アハ体験)が経験されるという特徴もあります。

さらには、解決者自身が解決の過程を意識的にとらえることが困難であるという特徴も指摘されてきています。

これらの特徴がいかにして生じるのか説明する理論には、進展モニタリング理論、制約緩和理論、機会論的同化理論などがあります。

これらは、通常の問題解決とは異なるプロセスが関与するという立場で、通常の問題解決と共通のプロセスで説明可能とする立場に二分されていますが、両者を統合した理論も提案されてきています。

以上より、ケーラーの洞察学習の実験では、学習の生物的制約を示しているわけではないことがわかります。

よって、選択肢⑤は不適切と判断できます。

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