公認心理師 2021-78

秘密保持義務違反に該当する対応を選択する問題です。

頻出問題の一つ、秘密保持義務の例外状況を問う内容ですね。

問78 公認心理師が担当する成人のクライエントに関する情報を、本人の同意なく開示することについて、秘密保持義務違反に当たるものはどれか、最も適切なものを1つ選べ。
① クライエントが、友人に危害を加える可能性が高い場合、当事者に知らせる。
② クライエントが、1歳の娘の育児を放棄している場合、児童相談所に通報する。
③ 所属する医療チーム内で、クライエントの主治医及び担当看護師と情報を共有する。
④ クライエントが、自殺を企図する可能性が高い場合、同居している保護者に連絡する。
⑤ 別居中の母親から音信不通で心配していると相談された場合、クライエントの居場所を教える。

解答のポイント

秘密保持義務の例外状況を把握している。

選択肢の解説

① クライエントが、友人に危害を加える可能性が高い場合、当事者に知らせる。

本問では秘密保持義務の例外状況に関する理解が問われていますね。

上記の書籍に記されている秘密保持義務の例外状況は以下の通りです。

ちなみにYouTube版でも秘密保持義務の例外状況に関しては解説しています。


  1. 明確で差し迫った生命の危険があり、攻撃される相手が特定されている場合
  2. 自殺など、自分自身に対して深刻な危害を加えるおそれのある緊急事態
  3. 虐待などが疑われる場合
  4. そのクライエントのケアなどに直接関わっている専門家同士で話し合う場合(相談室内のケース・カンファレンスなど)
  5. 法による定めがある場合
  6. 医療保険による支払いが行われる場合
  7. クライエントが、自分自身の精神状態や心理的な問題に関連する訴えを裁判などによって提起した場合
  8. クライエントによる明示的な意思表示がある場合

上記のような例外状況を踏まえて、本選択肢を見ていきましょう。

1の「明確で差し迫った生命の危険があり、攻撃される相手が特定されている場合」は、アメリカのカリフォルニア州で起こった殺人事件について最高裁判所で下された「タラソフ判決」として知られる有名な判決から導き出されたものです。

この事件は、カウンセリングにかかっていたクライエントが、ある女性(タラソフ)に対して「殺したい」と話し、警察に連絡をしたものの、警察はこのクライエントに対して、女性に近づかないと約束したことと、彼が落ち着いているように見えたため、警察は彼を開放しました。

この際、サイコロジストの勤めていた病院の精神科部長はこのやり取りについて知り、サイコロジストが警察に送った手紙と診療記録を破棄し、この件についてこれ以上アクションを起こさないよう指示しました。

その後、タラソフは殺害され、タラソフの両親は刑事裁判とは別に、病院の精神科医やサイコロジストを相手に民事訴訟を起こします。

この訴訟の中で問題になったのは、サイコロジストがタラソフ本人に警告をしなかった、という点であり、判決文の中で「犠牲になると思われる者に対してその危険についての警告を行う、その犠牲にしようと意図されている者に対して危険を知らせる可能性のある人たちに警告する、警察に通告する、あるいは、その状況下で合理的に必要と判断される、他のどのような方法も実行することが要求される」とされました。

すなわち、クライエントが、自分自身あるいは他者に対して、明確かつひっ迫した危険を呈している場合には、その危険を避けるために、秘密保持義務は適用されない、というのがこうした流れで定められたわけです。

本選択肢の「クライエントが、友人に危害を加える可能性が高い場合、当事者に知らせる」というのは、まさにこのタラソフ原則に基づく秘密保持義務の例外状況に該当すると言えますね。

よって、選択肢①は秘密保持義務に反するとは言えないと判断できます。

② クライエントが、1歳の娘の育児を放棄している場合、児童相談所に通報する。

こちらについては、選択肢①で示した例外状況の3に該当するものですね。

児童虐待についての通告を秘密保持義務よりも重視するのは「個人のプライバシー対公共の利益」という構図であり、この両者を比較考量したときに、個人のプライバシーを侵したとしても、自動を守ることの方が社会によってより重要であり、そちらの方が社会的利益があるという考え方に基づいています。

そして、こちらについては児童虐待防止法でも秘密保持の例外状況に該当すると規定されています。


第六条(児童虐待に係る通告) 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。

2 前項の規定による通告は、児童福祉法第二十五条第一項の規定による通告とみなして、同法の規定を適用する。

3 刑法(明治四十年法律第四十五号)の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。


上記の太字の通り、守秘義務に関する法律の規定は、通告義務の遵守を妨げるものにはなりません。

よって、本選択肢の「クライエントが、1歳の娘の育児を放棄している場合、児童相談所に通報する」は秘密保持義務を超えて行われるべきことであると言えます。

従って、選択肢②は秘密保持義務に反するとは言えないと判断できます。

③ 所属する医療チーム内で、クライエントの主治医及び担当看護師と情報を共有する。

こちらについては、選択肢①で示した例外状況の4に該当するものですね。

公認心理師ではなく日本医師会の指針ではありますが、その中で示されている「必要な第三者」については以下のように定められています。

  1. 医師間:法律上も倫理上も守秘義務が定められている医師同士であっても、他の医療機関の場合には患者に同意を得ることが必要であるが、同一医療機関内の医師同士の場合には、患者が明確な拒否の意思表示をしない限り、情報共有ができるとされています。
  2. 他職種との間:同一医療機関内の場合には、職務上必要な場合に限ってのみ、他職種の人々は患者の診療情報にアクセスすることが許される。この場合、患者の同意が必要であるとは明記されておらず、患者は医療サービスを求めることにより黙示的に許可していると見なされる。

上記のいずれの場合においても、他機関あるいは医療機関外の第三者に対しては、法律で定められた場合を除き、原則としては患者の同意が必要とされています。

公認心理師においても、概ね上記と同様と見なしてよく、治療や支援に必要と判断される第三者で、その第三者が同一の機関内であればクライエントに許可を取ることなく情報の共有が可能と考えてよいです。

ただし、「必要な第三者」の範囲については支援者側が勝手に決めてよいわけではないと考えておくことが大切です。

クライエントとの間で「必要な第三者」とは具体的に誰を指すのかについて、話し合い、共通理解を持つことが大切になります。

特に、外部機関に「必要な第三者」が存在する場合は、その人に情報を共有することでのクライエントにとっての利益を伝えておくことが重要になりますね。

以上より、選択肢③の「所属する医療チーム内で、クライエントの主治医及び担当看護師と情報を共有する」というのは、秘密保持義務の例外状況に該当します。

よって、選択肢③は秘密保持義務に反するとは言えないと判断できます。

④ クライエントが、自殺を企図する可能性が高い場合、同居している保護者に連絡する。

こちらについては、選択肢①で示した例外状況の2に該当するものですね。

それなりの期間、心理職として携わっていれば、クライエントの自殺や自殺未遂を経験することになるとおもいます

クライエントの自殺に代表される緊急事態は、職業倫理的にみて、秘密保持義務の例外状況として挙げられます。

先述のタラソフ判決は他殺の危険についての判決ですが、現在では、タラソフ原則は自殺の危険についても適用されています。

そもそもタラソフ判決は、人命を守ることと秘密を守ることの両者について比較考量を行い、人命は秘密の保持よりも優先されるべきであるとの結論に達したわけであるから、他殺ではなく自殺の場合にも同様の考え方が適用されるのは自然なことと言えます。

従って、自殺について、明確で具体的かつ差し迫った危険があると判断される場合には、専門家は警告(保護)義務を履行し、クライエントの周囲の人々や警察などに連絡を取り、クライエントが自殺を企てる恐れがあることを知らせて、必要な保護措置を取るようにしなければなりません。

難しいのが、クライエントが自殺をほのめかした場合ですが、それがどれほどの危険性を持っているかは、臨床家としてリスクアセスメントをしていくことになります。

あくまでも、クライエントの許可なく秘密を漏らすことは最後の手段なので、秘密を保持したまま止められるならそちらの方が望ましいと言えます。

もちろん、それにこだわってクライエントの命を危険にさらしてはいけませんから、この辺が難しいところと言えるでしょう。

リスクアセスメントについては「公認心理師 2020-152」でも述べているので、こちらを参照にしてください。

以上のように、本選択肢の「クライエントが、自殺を企図する可能性が高い場合、同居している保護者に連絡する」というのは、秘密保持義務の例外状況に該当します。

よって、選択肢④は秘密保持義務に反するとは言えないと判断できます。

⑤ 別居中の母親から音信不通で心配していると相談された場合、クライエントの居場所を教える。

こちらは上記の例外状況に含まれていないことがわかりますね。

母親から音信不通だから心配していると相談があった場合でも、それがクライエントの命が危険に曝されているわけでも、法律の定めがあるわけでもないので、クライエントの居場所を教える理由にはなりません。

そもそも、選択肢①で挙げたような例外状況とは「秘密保持義務を超えて情報を提供することが、明確にクライエントの福利に資する」と判断されるであろう諸状況を指しており、クライエントの「福利」とは、それによって命が守られるとか、虐待が防がれるとか、法律違反にならないなどの場合を指すわけです。

本事例のような場合では、それに該当すると判断する情報がありませんし、本来、こうした状況ではクライエントの居場所を教えるという対応を取るわけにはいきません。

家族から情報を求められるというのは、例えば、母子の面接を一人の担当者が行っていて、子どもの様子を母親に聞かれるという状況に近いかもしれません。

この場合であっても、基本的には子どもが話したことを母親に伝えることはしませんし、面接を開始する前にその点について同意を得ておくことと、情報を伝えないことの価値を説明しておくことが重要です。

いずれにせよ、本選択肢の「別居中の母親から音信不通で心配していると相談された場合、クライエントの居場所を教える」というのは、明らかに秘密保持義務違反となり得る対応と言えます。

よって、選択肢⑤が秘密保持義務に反する対応と判断できます。

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